231 捕獲
エレクトリックスライムの群れから何者かと問われて最初に思いついたのは、ボクと同じようなテイマーか、もしくはサモナーがいるのではないかということだった。
え?スライムが喋る?あはははは!なかなか面白いねその冗談。
……なんて思っていた時がボクにもありました。
振り返った視線の先にいたそれは、人っぽい形をしていたのだけれど半透明でぷよぷよと柔らかそうで、やっぱりすっかりきっちりとスライムだった。
「スライムが喋ったー!!!?」
ティンクちゃんを含めたうちの子たちがびくんちょ!と飛び跳ねたのは、果たしてボクと同じようにスライムが喋ったことに対してだったのか、それともボクの驚きの声だったのか、永遠の謎です。
「ぶれいなやつめ!みなのもの、にがさないようにかこむのだ!」
謎スライムの指示に従って、集まっていたスライムたちが動き出す!
ふにょん、ふにょん。
ぽよん、ぽよん。
……ゆっくりと。
……あー、多分だけどお昼寝タイムとか日向ぼっこタイムだったんじゃないかな。だからまだ半分眠っているような状態なのだろう。
「な、なにをしているのだ!?きびきびうごくのだ!!」
焦って手近にいた大き目のスライムのお尻?を押し始める人型スライムさん。
その必死さに同情してしまいそうになるけど、今は逃げるのが先決だ。
「みんな、今のうちだよ!」
イーノにワトとビィ、ニーノにエッ君とティンクちゃんを乗せて先に逃がす。ボクにはもう一仕事残っているので、逃げるのはそれを済ませてからだ。
そんな訳で人型になっている謎スライムさんに鑑定びーむ!
いや、そんなイメージというだけなんだけどね。
「あっ!?ま、待つのだ!」
一方、謎スライムさんはてってこと逃げ出していくうちの子たちを見てさらに大慌てになっていた。
そんな彼?彼女?の姿を見てボクはふっと鼻で笑ってやった。
あ、確認はできていないけど、鑑定自体は既に終わってます。
「いいことを教えてあげるよ。待てと言われて待つ人間はね、いないんだよ!」
ズビシッ!と指を突きつけると、ガーン!という効果音が幻視できるんじゃないかというほど驚いていた。
うみゅ。思ったよりもいい反応してくれるね、この子。仲間に欲しいかもと思ったのは秘密です。
とりあえず、うちの子たちの撤退も完了していたようなので、ボクもとっとと逃げるべく踵を返したのでした。
さて、逃げるにしても村へと引き寄せてしまうことになると大変だ。沢の上流に当たる小山の方へと進路を取って雑木林を駆け抜けていく。
うちの子たちのことは心配していない。いざとなればティンクちゃんが司令塔になって動いてくれるはずだ。それに一定の距離の中であれば、居場所は分かるようになっているからはぐれたままになる心配もない。
ただ、この時のボクは自分の力を過信してしまっていた。
それほど緑は濃くないといっても林であることには変わりはない。そこに住んでいる魔物であれば、隠れる場所なんて山ほどあったのだった。
ヴーンという某光の剣のような重低音がしたかと思うと、首筋にぶすりと特大の衝撃が走る。
「え?」
次の瞬間、体の感覚がなくなり地面へと倒れてしまった。
足がもつれて転んだのだと理解したのは、受け身も何も取れないままゴロゴロと数回転した後のことだ。
最終的に仰向けで止まったのは運が良かったのかそれとも悪かったのか。現状を把握することができたという点からすれば、良かったということになるのだろう。
だけど、やたらと細部にまでこだわった超巨大スズメバチのドアップとご対面する羽目になったことは間違いなく不運だった。
「!!!!!?」
そしてボクの口から飛び出したのは声にならない叫びだった。
これまでも蜂さん系の魔物とは何度も遭遇してきたけど、さすがに目の前十センチの所まで近づいて来られると恐怖以外のなにものでもなかったです。
それでもしっかりと鑑定はしているのだからすっかりこのゲームに順応してしまっているなと思う。
表示された魔物の名前は、ホネホネホーネット。
え?どういうこと?というボクの疑問が通じたのか徐々にバックしていく蜂の魔物。すると、骨だけの体が視界へと入ってきた。
ダウトー!
蜂って昆虫だから甲殻とか外骨格でしょ!?骨なんてないはずだよ!何このあり得ない生き物!?気持ち悪さにびくりと痙攣を起こすも、それ以上は動かなかった。
声が出せないことからなんとなく予想は付いていたけど、麻痺の状態異常に陥ってしまっているようだ。
さて、困った。
事前情報から麻痺回復薬はアイテムボックスの中に入って入るのだけど、痺れてしまって取り出せない。それ以前に動かせるのは視線くらいなものという状態になっていた。
そもそも麻痺になった時の対処自体うちの子たちと一緒に行動していることが前提になっていたので、自分だけで何とかすることは全く考えていなかったよ。
いやあ、大失敗だね、あっはっは。
なんて笑って現実逃避――ゲームだけどね!――をしてみても、状況は変わらない訳でして……。
ホネホネホーネットは麻痺が回り切るのを待っているのか、周囲を警戒しながら飛んでいた。予想が当たっているとするならば、時間をかけるとより危険度が高まりそうだ。
今の状態で何ができるのかを探っていく。
体の方は……、残念ながら完全に麻痺してしまっていて、立ち上がるどころか腕を振ることすら難しそうだ。
視線は相変わらず動かすことができた。だけど、目からレーザー!なんてことはできないので攻撃手段にはなり得ない。
後は口周りの筋肉も大分強張っているかな。……あ!でも舌の方は思っていた以上に動かせる!短い一言くらいであれば、何とか叫ぶことができるかも。
ボクは急いで、けれど決して焦らないように注意しながら反撃の方法を練っていった。
恐らくチャンスは一回きりとなるだろう。それをものにできなければ、負ける。そういえばここまで敗北の危険を感じるのってイーノとニーノをテイムした時以来じゃないかな。
うーん、色々と油断し過ぎだね。反省。
などと考えている間にもタイムリミットは近付いてきていた。体の方の麻痺は強くなって、背中側の地面の感触すらも分からなくなってしまった。
何かしらの機能でそれを察知したのだろう、ついにホネホネホーネットが止めを刺そうと真上から飛びかかってきたのだ!
「『水撃』!」
しかし、それこそボクが狙っていたものだった。ちょっと怪しい発音ながらも無事に発動した魔法による大量の水がカウンター気味にホネホネホーネットに激突!
天高く舞い上がり視界の彼方へと消え去って行ったのでした。
な、何とかうまくいったよ……。
と一息ついたのも束の間、
「ぬぬ?はでなみずばしらがあがったからきてみれば、にんげんだけか?」
スライムさんが覗き込んできた。あー、力加減とか一切できずにやっちゃったから、目印になっちゃったかー。
一難去ってまた一難ですにゃあ。
「なにかにつかえるかもしれないからつれてもどるぞ。おまえたち、こいつをはこべ」
にゃんと!?人質にでもするつもり?
このスライムさん、知恵がついた程度の賢さじゃないよ!
だけどボクだってただで捕まる訳にはいかない!
「や、やひゃひくひてね」
途端にスライムさんは怪訝な顔になった。
ふふん。一矢報いてやりました!
という訳で、捕獲、された方でした。
ホネホネホーネットという名前は会心の出来だと思っているのですが、いかがでしょうか?
造形は想像したら気持ち悪くなりました……。




