228 接触
ロピア大洞掘西部地域、ここは三つの国が覇権を争う地だ。そして、プレイヤーたちが各陣営に所属して日夜大規模戦闘を行うギルドバトルのメッカでもある。
どうしてギルドバトルなのかというと理由は簡単、最初に彼らに接触したのが傭兵団系のギルドだったから。どう言って取り入ったのかは詳しく公表されていないけれど、プレイヤーであれば死ぬことはないから代理戦争をするにはもってこいだ、という感じで三国の首脳たちを口説き落としたのだとか。
当初は各国共に複数の傭兵団が所属していたのだけれど、今では一つずつにまとめられており、それぞれ『擬装大傭兵団』、『閑職大傭兵団』、『誤損大傭兵団』と名乗っているそうだ。……元ネタは三国志から引っ張ってきたらしいのだけど、酷い当て字だよね、これ。
そんな戦乱の続く西部地域だけど、中にはそんな闘争とかかわりなく平和な場所も存在する。サウノーリカ大洞掘へと続く道のある最西端地方だ。
現在では閉じられているこの大洞掘間通路は『神殿』が管理していることもあって、この地方は実質『神殿』の直轄区のような扱いになっている。
そして今、ボクことリュカリュカ・ミミルは転移門が設置されているこの地方の中心の町、ではなくその近くの村へとやって来ていた。
神様たちの力によって通路は封印されてミュータントの侵入を防いでいる、という建前になっているためか、何にもない大洞掘の端っこにしては町には大きめの聖堂が建てられていて、駐留している神官や神殿騎士たちの数も多い。
彼らの食糧を確保するために、農業に従事する人たちが集まって村を作っているのだ。ちなみに、町には『冒険者協会』の支部もあって、食用の野生動物や魔物の討伐依頼が常時張り出されているそうだ。
「……嬢ちゃんか?あっちに行きたいだなんて言っている奇特なやつは」
村に一軒だけある酒場の奥の小部屋で、ボクは一人のおじさんと向かい合っていた。目が隠れるくらいまで伸ばした前髪に髭面と、人相的にはとっても怪しい。
だけどそのおじさんが着ている上着の胸元には『ロピア西端農業組合』と記されていて、首からは『組合長』の名札が下げられていた。
「ある人から『組合長』さんにこれを持って行けば便宜を図ってくれると聞いてやって来ました」
そう言ってアイテムボックスから二本の小さな土瓶を出す。
「こいつは……?」
「どうぞ、開けて中を確かめてみてください」
いかにも怪しいぞという態度で差し出した小瓶を手に取る『組合長』さん。
だけど、蓋を開けた瞬間、その態度ががらりと変わった。
「こ、これは!?」
分厚い前髪越しでさえその目がくわっ!と開かれたのが分かる。
「へっへっへ。お探しになっていた例の物でやす」
「……嬢ちゃん、それは何の真似だ?」
「なんとなくやっておかないといけないような気がしまして……」
「???よく分からんが、まあ、いいか。……しかし、本物なのか?」
むかっ!
「正真正銘、その小瓶の中身はミソとショウユですよ!それでも疑うというのなら、この話はなかったことで」
引き取ろうと手を伸ばした小瓶を慌てて抱え込む『組合長』さん。
「待て待て待て待て!言い方が悪かった、俺には本物かどうか見極める方法がないんだよ。……なにせ、初めて見たものだからな」
よくもまあそんな状態で探そうと思ったものだし、よく今まで騙されることがなかったものだ。いくら『神殿』の直轄区とはいっても悪賢いやつやずる賢いやつはいるだろうに。
「それで、どうするんですか?」
はっきり言ってこれ以上はどうすることもできない。鑑定技能はあるけれど、信じてもらえなければ意味がないからだ。
「安心してくれ、この酒場のマスターが実物を見たことがある。おい、ちょっとマスターを呼んで来い」
扉の外から「へい」という返事が返ってきてから一分後、酒場に入った時に挨拶してくれただんでぃーなおじさまが入ってきた。
「呼んだか?」
「ああ。この嬢ちゃんからの差し入れなんだか、分かるか?」
『組合長』さんから渡された小瓶を手に取った瞬間、マスターの目もくわっ!と開かれた。
「こいつはミソとショーユか!?一体どこで手に入れたんだ!?」
良かった。ちゃんと分かる人がいたよ。ちょっと発音が怪しかったのはご愛嬌だろう。
「買ったのは中央地域ですね」
正確に言うと材料を買った所が、だけど。料理技能のレベルが一定以上あれば、材料を適切な分量で混ぜ合わせて放置しておくだけで作れてしまうのだ。
うちには燃費の悪い大食いが一人いるので、調味料の類もできるだけ作るようにしないとお金が足りなくなるという悲しい事情があったりするのです。
さらに『料理研究会』がさっさと作り方を公開したこともあって、ミソもショウユもプレイヤーのいる場所を中心に、一気に『アイなき世界』中へと広まっていた。
ところが、この地区には残念ながら未だに伝わってきてはいなかった。それというのも、サウノーリカ大洞掘への移動が禁止されているので実質世界の果てであるということ、つまりプレイヤーが訪れる利点が少ないためだ。
そしてもう一点、手前にギルドバトルのメッカがあるということがあった。ここには当然、多くのプレイヤーたちが流入している。
そして多くのプレイヤーがいるということは、多くの食材を必要とするということでもある。特にニポン食に欠かせないミソやショウユは大量に消費されてしまう。
要するに、持ち込まれてもその地で全て食べ尽くされてしまっていたのだった。
「おお!ありがたい!これでミソとショーユの研究ができる!」
NPCの場合、プレイヤーほど簡単ではなく、色々な手間がかかるようになっている。それでもリアルに比べたらとんでもなく簡単になっているそうだ。
「あ、マスターさん。よかったらこれもどうぞ」
ぴらりと一枚の紙を差し出すと、カチンと固まってしまった。
驚き過ぎて硬直してしまったみたい。
生きてますか?
「材料の配合割合なのか?……こ、こんなものを貰ってしまってもいいのか!?」
「個人的に作った時の割合なので、どこまで上手くできるかは分かりませんけどね。それでも零から試すよりは楽になるでしょ」
と言ってパチリとウインク。
……あれ?
無反応?
どういうこと!?「こうすれば男なんて一発でメロメロよ!」って言われたからやったのに!
ファンシーさん、は、話が違うよ!?




