227 忘れ物の返却
権三郎によるギルドホームの機能を使っての呼びかけによって場の空気は一旦落ち着きを取り戻すことができた。だがそれは表面上のものであり、内心では運営の対処への憤りがくすぶったままになっている者も多かった。
この後どういう流れで話をするつもりなのかは知らないが、下手をすると問題点をすり替えられたり、責任を押し付けられたりしてしまう可能性がある。
まあ、そこまでやるようなやつがいるとは思いたくはないが、な。
それでも増援の案件を出した時のことを考えると絶対にないとは言い切れない。ここにいる人間が全員同じ方向を向いている訳ではないから、当然と言えば当然のことではあるか。
むしろ百人を超える数が完全に同一の目標を目指している方が不気味かもしれない。
長々と考察をしたが、要するに今の状況は俺としてはあまり好ましいものではない。
そのため、一石投じてみることにした。
「おい、権三郎!」
大声で怒鳴りながら彼の前へと進み出る。決して小さ過ぎることはないのだが、パワーファイターを目指して作成された俺と並ぶと頭一つ分ほど小柄だ。
しかも今の俺は高圧的な態度を演出するために軽く背を逸らしている。そのことによって、まるで見下ろすような視線となっているために、俺たちの対比はますます大きなものとなっていた。
「バックスさん、何か――」
「忘れものだ」
権三郎の言葉を遮って用件を伝える。
「え?」
「『ござる』、忘れているぞ」
「は?」
うむ。予想通り固まったな。
周囲も何のことかさっぱり分かっていないようだ。
「……え、いやでも、今はそんな場合じゃないし……?」
ようやく俺の言っていることの意味が理解できてきたのか、困惑した声を上げ始めたのはたっぷり十秒以上経った後の事だった。
「そんな場合もこんな場合もあるか!胡散臭い時代劇風な喋り方をしない権三郎なんて、権三郎ではない、似非権三郎だぞ権三郎!」
邪神の魔王連呼を真似たことは認める。
俺は面白いと思えたものは取り込む性質なのだ。
「胡散臭いって……。確かにわざとそう言う口調にしていたのではござるが、ちょっとひどくないでござるか?」
がっくりと脱力しながら愚痴る権三郎。よし、いい感じに肩の力も抜けてきたな。
「さすがにあれを認めてしまうと、本業の役者さんや研究者の皆さんに申し訳ないだろう」
『SI・NO・BI』のメンバーの口調はキャラを作るためのものであり、しかもその目指している先にあるのは『忍者』ではなく『ニンジャ』だからなあ。
行動時とのギャップを狙っている部分があるとはいっても、やっぱり、なあ……。
本気でその道で身を立てようとしている人からすれば複雑な心境――多少ズレていても一般への認知を広げるには役に立つ。むしろ正確過ぎない方がいいくらいなので――となってしまうはずだ。
周りでも頷いているやつは結構多いし、それ以外も苦笑しているから、似たような思いだったのだろう。
ふむ……。
このくらい意識の方向をずらせれば、直情的に即行動ということにはならなさそうだな。
「話をぶった切って悪かったな。いつもの調子も出てきたようだし、後は任せた」
「ふう……。ここでこちらに丸投げでござるか?バックス殿、誰かさんたちの悪影響を受け過ぎているのではござらんか?」
う……。どことなく自覚しかけていたところなので、人から言われるとグサッとくるぜ。
「まあ、某を含めた皆を落ち着かせてくれたことには感謝しているでござるよ」
その後は特に紛糾するようなこともなく、これからのことについて話し合いが進められたのだった。
なんだか他人事のような言い方だって?実際、他人事だしな。『諜報局UG』の、というよりはユージロ個人の助っ人として呼ばれた身なので、あまり詳しい話を聞くべきではないかと思い、席を外していたのだ。
そして話し合いの末、
「運営がきっちりと処分してくれるのであれば、目的としていた『闇ギルド』の壊滅は成功したと言えなくもないからな。とりあえず経過を見守ることになった」
とのこと。下手に噛みついたところで運営が譲歩してくれるとは思えない。加えて不穏分子として目を付けられる危険性もあるし、賢明な判断だと言えるのではないだろうか。
「それよりも、邪神や魔王たちの方が問題だったな」
権三郎や他のチームが向かった先でも、既に『闇ギルド』のメンバーは昏睡状態になっていた。その代わり鑑定がほとんどきかない格上の魔物が配置されていたらしい。
「辛うじて読み取れたのはマッドネスキメラという名前だけだったそうだ」
しかも嫌らしいことにその攻撃のことごとくに状態異常が追加されていた。
「下手なレイドボスよりもよほど強かったと言っていた。それこそ増援の人間がいなければ全滅していたかもしれないとな。そのことでは改めて礼を言われたよ」
そして苦戦の末に魔物を倒した後、周囲を探ると邪神からの手紙が置かれていたのだそうだ。
そこには『闇ギルド』を潰したのは自分であり、マッドネスキメラはこちらへのご褒美だと書かれていたのだとか。
「……ドロップした素材は武器にするにしても防具にするにしてもかなり有用な物になるそうだ」
そういう意味では何も手に入らなかった俺たちが一番損をしたかもしれない。
一方、魔王やその関係者は一切現れなかったようだ。
「遭遇した魔王について話すと、皆驚いていたよ……」
ああ、まるでコントのようなやり取りだったからな……。
最近は小説や漫画にゲームなどでも様々なタイプの魔王が登場しているが、それでも危険な存在だというイメージはぬぐい切れていない。
あのお告げのこともあって、ラスボスのような存在だと考えていたプレイヤーも多かったはずだ。
ちなみに、ユージロと佐介くらいは魔王、グドラクについて俺が何かを知っているようだと勘付いている節がある。いずれは折を見て話すべきなのだろうが、魔獣の森のこともあるので軽々しくは口にできない。一度リュカリュカと相談してみる必要がありそうだ。
……なんだか、それ以上に厄介な相談事をされそうな気がするぜ。
「当面は『闇ギルド』の残党に警戒しながら関わりがあったとされるNPCを懲らしめながら、邪神と魔王についての情報収集に当たるという流れだな」
帝国の次期皇帝レースも佳境を迎えつつあるようだし、帝都が落ち着くのはまだまだ先ということになりそうだ。
これにて帝都編その一は終了です。
あっちの人もそっちの人もこっちの人も、ぶんぶんぶんとどこかの誰かに振り回され続けて終わってしまいましたとさ。
閑話を挟んで、次章からは久々のリュカリュカちゃんたちの登場となります。




