226 最悪のタイミング
巨大ミノムシどもを背負いながら『諜報局UG』の帝都支部も置かれている『SI・NO・BI』のギルドホームへと向かう。
超絶に怪しい集団と化していた俺たちだが、幸いなことにほとんどを地下道で移動できたために警備兵たちから職質を受けるもことなく無事に帰りつくことが出来たのだった。
そんな俺たちを待っていたのは驚くべき光景だった。ギルドホールへと入った途端、大勢に取り囲まれてしまったのだ。
正面切って戦うようなタイプの者たちではないので一騎当千とまではいかないが、それでも高レベルの熟練プレイヤーたちに囲まれたのだ。
その迫力は相当のものであり、正直ビビッてしまった。
しかもこの連中ときたら、ひどく難しい顔をしていたのだ。
それで友好的だと思えるほど俺の頭の中はお花畑ではない。良くて小言、悪ければ罵声でも浴びせられるのかと覚悟を決めようと思っていた。
当然、理不尽な物言いをされたら言い返すつもりでいたけどな。
「疑ってしまって悪かった!」
ところが、彼らが口にしたのは謝罪の言葉だった。
ホワイ?全くもって意味が分らない。
「すまないが、状況が良く分らないのだが……?」
ユージロも何の事だか理解していない様子で問い返していて、残る佐助以下の『諜報局UG』のギルドメンバーたちも、ただただ困惑していた。
「実は全攻撃目標地点で予定外の事が起こったのでござるが、増援メンバーがいてくれたお陰で何とか切り抜けることができたのでござる」
ああ、そういうことか。
こっちでは戦闘どころか、呼ばれてもいないやつらがしゃしゃり出てきては嵐のように引っかき回して去っていったから、すっかり忘れていたぜ。
「役に立ったのであれば提言した甲斐があったというものだ。それで、作戦の方は上手くいったのか?」
「あれを成功と言って良いのかは判断が分かれるところでござるな……」
歯切れの悪い答えだな。見ると、他の者たちも微妙な顔をしていた。
しかし、それを問い質すよりも前に異変が起きた。
急に背中が軽くなったのだ。
「あれ?」
ぐるりと首をひねって背後を見ると、担いでいたはずのミノムシ、つまり『闇ギルド』のやつらがなくなっていた。
「は?……はああ!?」
それも俺だけではない。担いでいた全員の背から消えていたのだ。
その数総勢二十六人。
それだけの数のプレイヤーが同時に消えてしまったのだった。
「誰か、すぐに地下牢を確認してくるでござる!」
権三郎がそう命じたのは何か予感があってのことだったのだろうか?
その数十秒後、すし詰め状態だったはずの地下牢には誰一人として存在していないという報告が返ってきたのだった。
さらに、前回の襲撃時から関係者を監禁し続けていたアジトの方でも同様のことが起きていた。
「集団ログアウトか!?」
「捕縛状態だからログアウトしても中の人不在へ変更になるだけのはずだぞ!?キャラまで消えてしまうのはおかしい」
「それじゃあ、何が起きたんだ!?」
「そんなこと俺が知るか!?」
至る所で憶測が飛び交い、時には口論になっている。
だがそれも仕方のないことだ。準備機関から全てを入れると一月以上の計画が台無しにされたかもしれないのである。
しかも『闇ギルド』に所属する多くのプレイヤーを生け捕りにできていたという完璧に近い結果を出していたのだ、これで冷静にしろと言うのはどだい無理な話だろう。
そんな混乱の極致にある俺たちに、いや、正確には全てのプレイヤー宛にメールが届けられた。
発信元を見ると、『Under the Earth On-line運営』となっている。
その文字を見た瞬間、嫌な予感がしたのは俺だけではなかったはずだ。実際、その場にいた全員が食い入るようにそのメールを読み始めたのだった。
余談だが、それぞれの視界の個別に表示されているので、その時の光景はとてつもなく間抜けな絵面となっていた。
閑話休題。
肝心の運営からのメールの内容だが、
〈「いつもUnder the Earth On-lineをプレイして頂き誠にありがとうございます。
先日来より問題となっていた『ペインドラッグ』と呼称されていた不正アイテムについて、処理が完了したことをここにお伝え致します。そして、多くのプレイヤーの皆様に多大なご心配とご迷惑をおかけしたことに改めて謝罪申し上げます。
また、警告に従わず該当アイテムを積極的に所持または拡散しようとしていた一部のプレイヤーに対しては、アカウントの削除を始めとした処分に踏み切らせて頂きます。
今後も不正行為には厳しい姿勢で臨んでいくと共に、不正事態を行うことのできない環境作りに邁進して所存です。
これからもUnder the Earth On-lineをよろしくお願いします」〉
……はあ。確か書かれている通りに警告もされていたし、いずれはこういう事が起きるかもしれないとは思っていた。
噂通りだとすれば人死にが出るということだったからな、プレイヤー側に全て任せておく訳にはいかなかっただろう。
加えて、『リベンジャーズ』のような存在もある。放置してしまうと復讐の連鎖が起きる可能性もあった。そういう意味では運営の介入は至ってまともな判断だった。
だったのだが、このタイミングでやるのか!?
こちらは散々邪魔されて遅れたり変更を余儀なくされた計画をようやく形にすることができたところだったのだ。
水を差すどころか巨大な氷塊をぶつけられた気分だぜ。
「ふざけるな!それならもっと早く動けばよかっただろうが!」
「運営だからって何をしても許されると思うなよ!」
同じような思いを抱いたプレイヤーは多かったようで、ギルドホールは怒号に包まれていく。
「さすがにこれは我慢できない。文句言ってやらなきゃ気が済まない!」
言うや否やメール機能を立ち上げるという先走った行動を取るものまで出る始末だった。
「皆、ちょっと落ち着いてくれ!!」
と、騒然とするギルドホール内に一際大きな声が響いた。
??なんだこれ!?他の声や音に関係なく、耳元で直接叫ばれたような感じがしたぞ?
「ギルドホームの機能の一つで、持ち主であるギルドの長だけが使用できるものだ」
そうなのか?それにしてもそんなものをいきなり使われると驚くじゃないか……。俺以外に取り乱しているやつはいないな。実はそれなりに知られた機能だったのか?
いやまて!
それよりも気になる説明があったぞ!持ち主のギルドの長しか使えない?……ということは、さっきの声は権三郎か!?
権三郎!『ござる』を忘れているぞ!?
なんだかんだ言って、冷静になりきれていないバックスさんでした。




