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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
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225 その頃の魔王

 帝都からそれなりに離れた森の隅に、オレと部下の二人だけ(・・)が転移していた。


「……逃げられたっすか?」

「そうみたいだ。転移した瞬間、魔力縄が引きちぎられた感触があったからな。それで……、追えるか?」


 こう見えてもうちでもトップクラスの諜報部隊員だ。

 彼でダメなら一旦は探索を中断せざるを得ない。


「ちょっと待ってくださいっす。…………。ダメっす、反応が全くないっす。残念ながら追跡は不可能っすね」

「そうか。できれば今の内に終わらせたかったけど、そう上手くはいかないか」


 実際に対面してみると、邪神は基本的に裏で糸を引いて楽しむタイプだが、肝心の場面においては直接手を下すのが好みであるように感じられた。

 ただ、やつが出張ってくるということは確実に勝利できると確信している状況であるはずなので、そこから巻き返すのは極めて困難となってしまうだろう。

 今回のように、運良く他のことに手を出している所に割り込めるようなことがなければ、対等な立場での遭遇は難しそうだ。


「油断はしていないつもりだったっすが、申し訳ないっす」

「いいさ。予定通りあいつの注意をオレに向けさせることはできたからな。これで邪魔されることも減るだろう」


 大まかにはオレの指示ではあるが、諜報部隊にはそれぞれ自分の考えで動いてもらっている。そのため、オレの動向に注視してくれるのであれば、その分皆が動きやすくなるはずだ。

 邪神本人の探索については、さすがに困難なままだろうけれど。


「……それにしても随分とはっちゃけていたな」


 ふと、ノリノリで邪神を煽っていた部下の姿が思いだされて笑ってしまう。


「あー、つい昔を思い出してしまっていたっす。あの場にいた冒険者も含めてお調子者の印象は植え付けられたと思うっすが、やり過ぎだったかもしれないっすね」

「俺が魔王だとバラされたことへの対抗だろ。助かったよ。あれで少なくとも魔王イコール悪の権化というイメージからは遠ざかることができたように思う。後はなるようにしかならないさ」

「そう言って頂けるとありがたいっす」


 ほとんど素の状態で突っ込んでいたからな、オレ。

 あの様子から昔ながらのステレオタイプな魔王像に結びつけられるような人間は稀だと思う。

 まあ、少し前までの猫っ娘のように魔王イコール破壊の化身と思い込んでいるやつがいないとは限らないけど。


 ちなみに邪神がやたらと「魔王!」と叫んでいたのは、激情に駆られていたためだけではない。転移の際に逃げられたように、隙をできたら逃れるつもりだったのだ。

 もしくは、他のプレイヤーとオレたちを戦わそうという腹積もりだったのかもしれない。

 後は、きっと嫌がらせ。


「話は変わるけど、あの暗殺者、どう思った?」


 目算だがレベル五十以上で二回目のクラスチェンジを終えているように見えた。多分、単身でサウノーリカ大洞掘へやって来たとしても、ミュータントに遭遇するという不幸にでも見舞われない限りは十分に踏破していくことができるだろう。

 そんな最高峰――オレを除いてだけど――とも言えるプレイヤーを、油断していたとはいえさっくり死に戻りさせた邪神は、その名に相応しい実力を兼ね備えているという訳だ。


「……人間にしてはものすごい力量だったっすね。まあ、もう死んでしまっている訳っすけど」

「いや、彼も特別な冒険者だから、死んではいないよ」

「それが本当なら由々しき事態っすね」

「全くだ。そういうことで、実際に戦うことがあるつもりで分析してみてくれないか」


 そう告げると、お気楽な調子から一転して真剣な顔で思案し始めた。


「……俺や諜報部隊の者たちであれば問題なくあしらえると思うっすけど、町にいる一般の魔族たちでは危ないかもしれないっす。あ、ミディミアリ様やジイスフッド様ならプチっとやってしまえるはずっすけど」


 うん。その二人についてはそれほど心配していない。

 それよりも「町を守るため」と、近付いてきたミュータントの囮になるような無茶をしていそうで怖い。

 ……今度ちゃんと釘を刺しておこう。


「ただ、あのネコさんにはまだ荷が重いはずっす」


 ああ、確かに猫っ娘では厳しいな。それどころか彼女が勝てるビジョンが思い浮かばない。それでもプレイヤー換算で四十レベル以上はあるはずなんだが……。

 『闇ギルド』だったか?制圧しているのをこっそりと覗いていたが、レベル四十前後の連中を木っ端のようにあしらっていた。あの男のプレイヤースキルというものが隔絶しているという証だ。

 もしもキャラクター側の能力が完全に同じであるならば、オレでも鎧袖一触でやられてしまうだろう。


「最重要監視対象に追加しておくべきか?」

「そうっすね。それくらいはしておいた方が無難だと思うっす」


 帝都かその周辺に死に戻りしているはずだから、こちらで邪神の動向を探っていた者たちをその任に当てればいいか。


「それと、さっきいた冒険者にも監視を付けておいてもらいたいんだけど」

「『諜報局UG』は今でも監視対象になっているっすよ?」

「じゃなくて、腕を切ってみせた人の方。あの人とは以前会ったことがあるんだよ。今回のことでオレが魔王だということは知られてしまったから、いざという時に接触できる人間を確保しておこうと思うんだ」

「そういうことっすか。一本調子な気質のようだったし、あの人間なら裏切られる心配もなさそうっすね。それに古都ナウキではそれなりに名の知られた人物のようでもあるし、付き合いも多い。そういう点からも窓口役には打って付けかもしれないっす」


 こちらの一方的な都合で申し訳ないが、何かあった時には頼らせてもらうことにしよう。


「それにしても、まさか邪神のやつまで『ペインドラッグ』に食いついて来るとは思わなかったっすね」


 まあ、普通のNPCからすれば一部の冒険者が持つという特別な力を封じることができる、かもしれないという噂だけが独り歩きした超絶に胡散臭い薬品に過ぎないからな。

 どうしてこれほどまでプレイヤーたちが騒ぎ立てているのか、理解に苦しむ部分はあるのだろう。


 しかし、やつは邪神だ。神を語っていることからして、運営と何かしらの関係があるのではないかとオレは睨んでいる。

 もしも『ペインドラッグ』が噂通りの効果を発揮してしまうものだとしたら、コンテンツを停止しなくてはならないほどの重要な案件だ。

 事態を処理するために一般では持ちえない特別な情報を与えられていたのか、はたまた運営が中に入って直接動かしていたのかもしれない。


「どうせ碌でもない使い方を思い付いたとかじゃないのか。その邪魔ができただけでも、今回オレが出張ってきた甲斐があったと思いたいな」


 だが、それを詳しく言うこともできないので適当に言葉を濁しておいた。


 さて、今回のオレたちの介入によって情勢はどう変わっていくかな?

 ここは暴虐不尽な魔王らしく、後始末は丸投げしておくことにしよう。


暴虐不尽などと言っていますが、要は後片付けをするのが面倒なだけです。


そしてバックスさんは本人の知らないところで妙な役割を押し付けられることになったのでした。合掌……。

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