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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
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223 暗殺者プレイヤーの退場

 突如割り込んできた二つの声に、フードの人物のあらわになっている口元が苦々しげに歪められていた。


「チッ!まさかもう追いついて来るとは思わなかったね」

「ふふん。俺たち諜報部隊が本気を出せ部このくらいは楽勝っすよ」


 自信満々に答える片割れに対して、もう一方が呆れた顔で口を開く。


「その割に、見事にあいつの策に乗せられてカフ大洞掘まで行って来たみたいだけどな」

「……ミロク様、それは言いこなしっす。それに前にも説明した通り、あいつもちゃんとカフ大洞掘に寄っていたっすから、追跡自体には失敗していないっすよ」


 うむ、独特な語尾の男の方は初顔だが、突然現れておいてこの緊張感のないやり取りをするその態度からして、もう一人は間違いなく魔獣の森で遭遇したグドラクと名乗っていたプレイヤーだな。

 聞き馴染みのない名前で呼ばれていたが、職業があれ(・・)だと思われるから偽名を名乗っているのだろう。


 おっと、せっかくやつらの注意がそれているのだから、自分のやるべきことをこなさなくては!


「ふんっ!」


 俺はおもむろに愛用の戦斧で自身の左腕を切りつける。得物が大き過ぎたので思っていたほどの力が入らなかったためか斬り飛ばされることはなかったが、その傷に応じてHPは減少していた。

 そしてそれ以上俺の身に何かが起こることはなかった。


「なにを!?」


 唐突な俺の凶行に敵味方さらには乱入者たちまでもが揃って目を見開いている。

 そんな驚愕に染まる仲間たちに、


「ほらな、痛くねえよ」


 と不敵に笑って見せてやった。


 そう。予想通り俺たちに浴びせられたのは『ペインドラッグ』などではなかった。全てはフードの人物のブラフだったのだ。

 そのことに気付いた仲間たちはあっという間に戦意を取り戻して、敵対者たちを睨みつけていた。


「あーあ。まさかそんな無茶苦茶なやり方で僕の策を破られるとは思わなかったよ」


 よし、上手くいった!実はここまで言わせることで初めて俺の狙いは達成することができたのだった。

 それというのも、俺たち全員が『ペインドラッグ』を使用されていないことを証明することが目的だったからだ。

 もしも「おや?君は外れだったみたいだね」などとそれらしく言われてしまえば、俺たちはさらに追いつめられることになっていただろう。


 俺の場合、頭のどこかでやつの言葉はブラフだと確信していたからできたが、痛みがあるかもしれないと考えながらも自傷行為に及べるような人間はほとんどいないはずだ。

 その点、すぐに負けを認めてくれるような単純な、もとい素直なAIで助かったぜ。

 実際、隣の暗殺者プレイヤーなどは「どうしてバラしたんだ、バカじゃないかこいつ」的な冷ややかな視線を向けていたし。


 ふと、俺の体が光に包まれてHPが回復していく。誰かが回復魔法をかけてくれたようだ。


「剛毅な人だとは思っていたけど、ここまでやっちゃう人だったか。でも、あんまり無茶していると周りの人が心配するぜ」


 おっと、グドラクか?

 ……でっかいお世話だ、この野郎め。


 ちなみに切りつけた左腕の方は問題なく動いていた。斬り飛ばした訳でもないからごく普通のダメージとして処理されたようだ。

 よりテクニカルな戦闘を楽しめるということだったので、最近追加されたグロ――に近い――描写有りな年齢制限付きの部位欠損パッチはオンにしてあったんだがな。


 そんな俺たちの様子を見て、フードの人物が大仰に肩をすくませていた。


「はあ……。なんだかなあ。君たちのせいですっかり興醒めしちゃったよ。僕は帰るから、後はお好きにどうぞ」


 冷静に考えると戦ったところで勝ち目はないので、放置しておくのが正解だったのかもしれない。しかし、その時の俺たちは「逃がしてたまるか!」という気持ちに突き動かされていた。

 まあ、要するにおちょくられて頭に来ていたということだな。


「させない」


 そんな一斉に攻撃に移ろうとした俺たちを、暗殺者プレイヤーが一歩前に出るだけで押し留めた。

 ぬおっ!対峙するだけでプレッシャーを感じるとか、どれだけの能力差があるんだ?


 が、その圧力も唐突に消え去ることになる。


 彼の消滅という予想だにしない結末を残して。


「あ……、な……?」


 自らの腹部から飛び出してきた凶器を見て言葉にならない声で呟くと、彼は首だけをよじって背後の人物へと視線を向けた。


「暗殺者君もご苦労様。約束通りこれ以上は付きまとったりはしないから、安心して」


 振り向いていたので、その顔を見ることはできなかったが、恐らくは驚愕に目を見開いていたことだろう。なにせフードの人物の声や口元には優しさや慈しみといった感情が溢れ返っていたのだから。


 結局、暗殺者プレイヤーは数秒の後に死に戻りのエフェクトを発して消え去っていったのだった。


「逃げることに決めたから、自分の情報が漏れ出ることがないように始末したのかもしれない」

 後日、ユージロはこの時の一連の動きをこう分析していた。それが事実かどうかは知る術はないが、またいつかあのプレイヤーと再戦するような機会があれば、聞いてみたい気もしていた。


「それじゃあ、皆さん、さよーならー」


 そして今度はフードの人物の姿がうっすらと消えていく。


「させないっすよ!ミロク様、今っす!」

「あいよ!ってなんで君が指示出したの!?オレの方が上司だよね!?」


 そんなやり取りをしながらもグドラクは魔法のようなものを撃ち込んでいた。


「ぐあっ!?」


 がんじがらめにしてくる魔法でできた縄のような物を振りほどこうと動き回ったことによってフードが落ち、俺たちの前に初めてその人物の顔があらわにされていた。


 アルビノというのだったか、色素が抜け落ちた真っ白い肌に髪というその顔の中にあって、唯一燃えるような真っ赤な瞳が印象的な人物だった。

 男女の別は不明なままだったが、超が付くような美形である。

 プレイヤーであれば確実に「やり過ぎ」と突っ込みが入るような造形だな。


「捕まえたっす!もう逃がさないっすよ、邪神!」

「だからどうして君が偉そうなんだ!?」

「ぐああ!おのれ高が魔王の分際で、よくも僕を縛り付けたなあ!」

「うええ!?そこでオレの正体バラしちゃう訳!?」


 グドラクは部下らしき男と邪神と呼ばれた元フードの人物への突っ込みに忙しそうにしている。

 シリアスな雰囲気が台無しだな……。

 それにしても邪神に魔王か……。中二テイスト満載だ。できればこの争いには近寄りたくないのだが、きっとそうはいかないのだろうな。


「やーい、あほー。お前のことはこれから間抜け邪神と呼んでやるっす」

「止めて!今でも動きを縛るので一杯一杯なんだから、煽らないで!」

「うああああ!!魔王!この魔王めえ!!魔王ー!!」

「そっちも魔王連呼しないで!?というか悪口を言っているのオレじゃないからね!?」


 すっかりギャグモードに移行してしまった状況に、どうすればいいのか頭を抱えたくなるのだった。


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