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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
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219 動き始めた歯車

 方針が決まってしまえば後は早かった。元々『闇ギルド』を壊滅させようと動いていたことも大きいのだろうが、あれよあれよという間に準備が整えられてしまっていた。

 特に『リベンジャーズ』の面々のモチベーションは高く、はたから見ているとしごきすら通り越してもはやいじめか嫌がらせの類では無いのだろうかと思えるような訓練をこなしていたのだった。


 そして良くも悪くもそうした雰囲気は伝播していくものであり、拠点となっている建物の中は静かな熱気とでもいうものが渦巻いていたのだった。


「やる気に満ちているのはいいが、熱に浮かされているやつがいないか心配だな」


 こうした雰囲気というのは上手く乗りこなせれば実力以上の力を発揮することに繋がるのだが、当てられて呑みこまれてしまうと逆に足を引っ張られてしまったりもする。

 そしてそれは判断力の低下といった形で如実に現われてくるものであり、次々と起る事象に冷静に対処していかなくてはいけない情報戦などではかえって不利になりうるものでもあった。


 今回の場合、作戦そのものは『闇ギルド』の連中がそれぞれ本拠地としている場所へ奇襲を仕掛けて捕えていくというシンプルなものだが、その攻撃する順番やタイミングなどは緻密な調査と繰り返し行われた議論に基づくものである。

 この作戦の根底にあるものが不安定であれば当然、作戦そのものも安定しないのだ。


「当日の動きに関しては、きっちりと見直しをしておく事を勧めておく」

「ふむ。一歩引いた立場にいるバックスであればこそ感じるものがあるということか……。分った、権三郎たち他のギルドの長たちには伝えておこう」


 いざ作戦を開始した時に大きな落とし穴が口を広げていたということになったら目も当てられないからな。例え煙たがられたとしてもそこの辺りはきっちりと話を詰めておいて頂きたい。

 だが、問題というか気がかりがないでもない。


「……一歩引いた立場であることを理由に無視されなければ良いのですがね」


 佐助も同じことが気にかかっていたか。そう、今の俺はユージロが個人的に呼びよせた助っ人であり、部外者とまではいかないが作戦に参加する者たちにとって完全な仲間という訳でもない。

 そうだな、時代劇に登場する悪役たちの『用心棒の先生』的なポジションだと思ってもらえれば理解しやすいか?


 しかも戦闘力を期待されていたにもかかわらずあの男に敗戦してしまっているというマイナス要素もある。

 と言っていて気付いたが、敗北したことまで含めて本当に『用心棒の先生』状態だな、俺……。

 一応あの時は権三郎にユージロという彼らにとって身近な強者たちもやられているので、俺が弱いのではなくあの男の方が異様に強かったのだということを理解はしてくれている。が、理解しているからといって、俺が役に立たなかったことが帳消しになった訳ではない。


 さらには協力関係にはあると言っても『諜報局UG』や『SI・NO・BI』をライバル視しているギルドもある。

 そうしたギルドに所属する者たちからすれば、俺の心配など「負け犬が失態を取り戻そうと必死になっているだけ」とか「自分たちの成果を(ひが)んでいるだけ」としか思われないかもしれない。

 そこまではいかなくても「気分良く乗っている勢いに水を差す不躾な訴え」だと気にも留められない可能性も十分にあるのだった。


「そう考えると、あの男一人に我々の作戦がズタズタにされかけている、ということになるのか……」

「時期的に『ペインドラッグ』関連で動いていたことに間違いはないだろうと思われますが、目的がはっきりしないため、再び邪魔をされるかもしれないという不安を植え付けられてしまったのが痛いですね」


 ユージロや佐助の話によると、それぞれのギルドメンバーだけでなく、『闇に隠れて生きる♪』を始めとした協力体制にあるギルドの者たち全員にとって、ユージロと権三郎の二人敗北は相当衝撃だったのだそうだ。

 あれ以来、自分たちよりもはるかに強い二人を瞬殺したような相手が忽然と姿を現わしたりしたらどうすればいいのか?そんなホラー映画のような恐怖感を心のどこかに抱え続けていたらしい。


「ああ、今の一種異様なテンションの高さは、そうした緊張を強いられ続けていたことの裏返しなのか」

「その側面があることは、残念ながら否定できないと思われます」


 そうなると本気で思わぬ見落としがあるかもしれない。

 口煩いと疎まれないようになどと悠長に考えている場合ではないかもしれないぞ。


 しかも厄介なことにほとんどの者たちはプレッシャーを与えられていたこと、ストレスになっていたことを自覚していないように思われる。

 このままでもミスを誘発する原因不明の圧迫感として十分に危険なものだが、何かの拍子で表面に現れた時には一切の動作を受け付けることができなくなって狂乱(パニック)になってしまったり、硬直(フリーズ)したりしてしまう。

 そしてそうした顕在化のタイミングというのは、なぜか最も大切な瞬間だったりするのである。


 つまり、現状多くの仲間たちが心の中に遠隔操作(リモコン)式の爆弾を抱えている状態かもしれないのだ。

 さらにその操作権(スイッチ)を握っているのは、『運命』だとかなんだと呼ばれるような碌でもない存在なのだから始末に悪いことこの上ない。


「今からでも全ての計画を確認し直した方がいい」


 嫌な予感とその根拠を告げると、二人は揃って難しい顔になった。


「いまさらそんなことを言われてもな……。もう動き始めている箇所もあるから止めることはできないぞ」

「それにバックスさんの推理によれば、我々のほぼ全員がそのストレスを持っていることになります。仮に再確認をしても同じ心境であるなら見逃してしまうのではないでしょうか」


 くそっ!もうそこまで状況は進んでいたのか!

 遠慮したり面倒くさがったりしていないでもっと作戦立案などにも参加しておくべきだったか!


「それじゃあ、当日に緊急要員としてできるだけ多くの人を集めることはできるか?それだけでも計画が失敗する危険性は抑えられるはずだ」

「ナウキに残っているメンバーをかき集めればそれなりの数にはなるだろうが……。さすがにそこまで大きく動くとなると、他のギルドからの了承が必要になる。当日の件も含めてギルド長同士の会議で話してからということにはなってしまうぞ」

「そんな悠長なことをしていて間に合うのか?」


 形式にこだわるあまりに失敗したら目も当てられないぞ。


「正直スムーズに事が進んだとしてもギリギリになるでしょうね」

「……分かった。権三郎にだけ話を通して、備えることにしよう。佐介、ナウキにいる者と連絡を取ってできるだけの人数を集めてくれ。話す内容の方はお前に一任する」

「了解しました。すぐに動きます」


 部屋から出て行く佐介を見送り、ユージロが大きくため息を吐いた。


「面倒をかけてすまない」

「全くだ。どうせ思い付くならもう少し早くに思い付いてほしかったぞ」

「悪い」

「冗談だ。……それに失敗して後悔するくらいなら打てる手は全部打っておきたいからな」


 そう言って笑う顔はいつもとは異なり力ないものだった。当然だ、どちらに転んだとしても、事が起こればその責任を追及されることになるのだから。

 重たい荷物を背負わせてしまったこの友人に、俺は一体何を返してやれるのだろうか?答えの出ないまま重苦しい空気の中佇むのだった。


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