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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
220/574

213 さらなる闇の中に潜んでいたもの

少し時間が遡ります。

具体的には今章の第一話の続きとなります。

 闇の中に浮かぶ弱々しい光を受けて剣線が閃く。しかし肝心のその剣は相手へと届くことはなく、逆に漆黒に塗られた刃が持ち手を襲う。


「ぎゃあ!」

「ぐっ!こ、こいつ強いぞ!?」


 私の一撃を受けて倒れた男を数人の同僚が後方へと引きずっていった。


「何をしている!?数で当たらんか!」

「無理です!この先の通路が半壊した位置に陣取られているため、二名程度しか並ぶことができなくなっています!」


 さらにその後方にいるのだろう、前線の様子を知ろうともしない上役の怒号を受けて、誰かが説明してやっているようだ。

 そのやり取りを耳にした前線の者たち、すなわち私に相対している連中の目に非難や嫌悪の色が浮かぶ。どうやらこの部隊の隊長殿は部下たちから好かれていないらしい。


 だが、比較的安全――だと思われる――な後方で(わめ)きたてるように「何とかしろ!」だの「無理矢理にでも押し潰してしまえ!」だのと叫び続けているのを聞いていると、さもありなんと納得できてしまう。

 上司がクズだと苦労するのはどこの世界でも同じようだな。


「ぐわあ!」

「痛え!」


 まあ、だからといって手加減してやる義理などないので、手近にやって来た兵隊を触れるが幸いという勢いで切り刻んでいく。

 それにしてもこんな場所にまで追ってきたにしてはあまりにも弱い。碌に訓練も積んでいないのではないだろうか。現に私の方はかすり傷一つ負ってはいなかった。


「この程度か?期待外れもいいところだったな……」


 ぽつりと呟くと、兵たちは恐怖と悔しさで顔を歪めていく。

 挑発とは受け取ってくれなかったか。残念だ。

 しかし、相手との力量差を見抜くくらいの目はあったようだな。それなのにこの体たらくということは、やはり普段の鍛錬を真面目に取り組んでいなかった確たる証拠といえる。そしてその原因は恐らくあのクズ上司にあると思われた。


 それについては同情しないでもないが、何とかしようともせずに唯々諾々と従い続けたという面もあるはずだ。

 あまつさえささやかな反逆と称して楽な方へと逃げたのは彼ら自身であり、兵士という職に就いている者としてはあるまじき行為である。


 いっそ罪と言い切ってもいいだろう。そして罪は(あがな)われなくてはならない。

 たとえその罰が死にゆくことであったとしても。


「恨むのなら自分とこれまでの行いを恨め。だが、せめてもの慈悲だ。お前たちは全員同じところに送ってやる。納得できない分はあの世で好きに晴らすことだ」


 私の言葉に、眼前の男たちが悲壮な覚悟を決めていくのが分かる。中には雰囲気に呑みこまれた誰かが「ひいっ」と小さく悲鳴を上げていたようだが些細なことだ。

 せめて虎の子だった薬品の代金分くらいは楽しませてくれよ。


「止めておきなよ。こう見えてもあの宰相が子飼いにしていた部隊の一つだ。いざ捨て身でかかられたら、君でも危ないぜ」


 一触即発といえるほどに空気が張り詰めたその時、場違いに陽気な声がどこからともなく響き渡った。


「だ、誰だ!?ど、どこにいる!?」


 裏返った声で誰何したのはクズ上司か。自らの責務を果たしたというよりは、恐怖から思わず叫んでしまったというところだったのだろう。

 内心の動揺をこれでもかというほどに含んだその声音は、敵である私ですら憐れみを感じてしまうものだった。


「あっはっは。わざわざ名乗ってやる必要があるのかい?君がそれに値するとでも?」


 軽やかだった正体不明の人物の声にわずかながらも険がこもる。「あ……、ひ、は……」と言葉にならない謎言語が聞こえたかと思えば、どさりと何かが倒れるような音がした。

 これは……、ほんの少しの感情を込めただけで気絶させた正体不明の人物の力を誉めるべきなのか、それともたったそれだけのことで気絶してしまった誰かを呆れるところなのか、判断を迷ってしまうな。

 どうでもいいことではあるが、倒れたのは案の定というか、想定通りクズ上司だったらしい。突然の事態に奥の方から「隊長!?」と呼んでいるのが聞こえてきたので間違いないだろう。


 さて、突如現れた正体不明の人物であるが、兵たちに比べてその危険性は圧倒的に上だった。なにせ未だにどこにいるのかが分からないのだ。

 これでも私はかなりのハイレベルプレイヤーである。帝都の宮殿にいた宰相を暗殺した実績からも、その腕前を察してもらえると思う。とは言え、この場に追い込まれてしまったのは言い訳のしようがないミスであり、消し去りようがない失態であったのだが。

 無事に戻ることができたなら、依頼主とはきっちりと話を付ける必要があるだろう。

 まあ、予断を許さない事態が続いており、無事に『光雲』の元へと帰ることができるのかは不透明なままなのだが。


 話がそれたな。そんな高レベルであり、なおかつ暗殺者という他者の気配を察知することに秀でた職に就いている私をもってしてでも数分もの間、声の主の情報を一切入手することができていないというあり得ない状況となってしまっていた。

 ちなみに、ある程度の情報を得てはいたが、宮殿に潜入してから七分十六秒で宰相の暗殺を完了している。この数字と比較してみると、どれだけ今が私にとっての異常事態であるのかが理解してもらえるだろう。


「ふむ、しかるべき地位に就いていたとしても小者は所詮小者だったか。まあ、全員同じ道を辿ることになるんだけどね」


 三者のうち私と兵たちの二者までが身動きが取れなくなっていた中で、残る一者である正体不明の人物が相変わらずの軽やかな口調で不穏な台詞を響かせてきた。

 と次の瞬間、


「がはっ!?」

「ふ……!?」


 短い悲鳴と共にどさどさと人が倒れる音が耳に飛び込んできた。


「な、何が!?」


 目を凝らすと辛うじて何かが動き回っているのが見え、そこで私の視界は途切れることとなった。


 その後、目が覚めた私が最初に目にしたのは、丸々と太ったネズミの尻だった。どうやらスラムの薄暗い路地裏へと不法投棄されてしまっていたようだ。

 微かに痛む頭を振りながら起き上がると、懐から紙片がこぼれ落ちていった。


 何だと思い手を伸ばしたこの時のことを、私は一生後悔していくことになるだろう。


 その紙切れには『どうせ死ぬなら僕のためにその命を使っておくれよ、※※※※君』と、私のリアルでの名前が書かれていた。


 私は生まれて初めて恐怖というものを感じたのだった。


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