212 帝都を散策していたはずなのに
それから数日、俺は一人で帝都中を歩き回っていた。
どうしてかって?地理に不明瞭じゃあいざという時の役に立たないかもしれないだろう。簡易マップの表示機能などもあるが、実際に歩いてその場に立ってみないと分からないということもある。
例えば、
「裏路地の狭い通路にこの木箱の山とか、追われた時の妨害に使ってくれと言わんばかりだな」
とか、
「なんで鍛冶屋街のど真ん中にこんな立派な酒場が?……ああ!ドワーフが多いから、か?」
他にも、
「ほお、帝都とは言っても中心街から離れていくと、こんな緑溢れる場所もあるのか……、ってこれ全部毒草かよ!?」
こんな感じで自分の目で見て回るということは重要なのである。
いや、最後のは怪しかったのでユージロたち経由で通報したら、やっぱり違法栽培――軽度の混乱とか精神系の状態異常にするアイテムの原材料で、リアルでいうと大麻っぽいものとのこと――だったらしく、管理をしていたもぐりの調薬師から密造や販売を行っていたイリーガルな組織まで、芋づる式に捕まえる羽目になったのだった。
なんでも俺たちが帝都にやって来る少し前に宰相様が暗殺されてしまっていたのだそうだ。
前皇帝の時代から帝都の一切を取り仕切っていた凄腕がいなくなったことで、現在上から下まで大混乱で人手不足。そのためか「情報提供したんだから最後まで面倒見ろや」的に強制徴用されてしまうという驚きの展開だった。
まあ、そのお陰で帝都の警備をしている下っ端兵士たちとは仲良くなれたのだから、損はしていないはずだ。
はずなんだが……、
「そこ!動きが鈍くなってきているぞ!疲れているのは相手も同じだ。気持ちで押し負けるな!」
「頑張ります!」
「余力があるうちに一気に制圧できるのがベストだが、毎回そう上手くいくとは限らない。互いに削りあう持久戦になった時にでも持ちこたえられるように地力をつけておけ!」
「はい!教官!」
「いいか!お前たち一人一人が帝都の民を、そして安全を守っているのだと自覚しろ!お前たちが負ければ後などない!家族や恋人や友たちが傷つけられることになる!そんな未来を起こさせないようにする、これはそのための訓練だ!」
「サー、イエッス、サー!!」
くたびれ果てながらも、その目には光を宿したままの新兵たちは訓練を続けていく。
そんな光景を見て俺の隣に立っていた男が口を開いた。
「厳しい訓練ですが、その意味や、そしてさらにその裏側にあるものを理解させることによって、これほどまでに違いが出てくるものとは……。バックス殿、あなたに教官役を引き受けてもらえて本当に良かった」
なぜか帝都警備隊の新兵の訓練をすることになってしまっていたのだ。
……どうしてこうなった!?
いや、別に事の経緯を忘れてしまった訳ではない。毒草の一件で違法組織を叩き潰した後、気が合った数人と飲みに行くことになった。
今から思えば戦場の絆とかそういった感覚だったのだと思う。そこにさらにアルコールが加わって完全に意気投合、大愚痴大会を経て「それなら俺が新兵どもを鍛え上げてやろうじゃないか!」と豪語してしまったのが運の尽き。
その翌日にはわざわざ迎えに来たそいつらに連行されてしまったという訳だ。
その際、ユージロや佐介には呆れられ、権三郎には大爆笑され、その他のプレイヤーたちにからは白い目で見られていたことは言うまでもないだろう。
「実は古都ナウキへの侵攻失敗以来、どうにも訓練に身の入っていない者が多くて困っていたのです」
実戦経験を積むための絶好の機会のつもりが、蓋を開けてみればほぼ一方的な負けになっていたからなあ。しかもその相手がどこの者とも知れないような冒険者たち――その中でもプレイヤーたちという規格外な集団だったことには気が付いていない模様――だったのだから、色々なものを喪失してしまっても仕方がなかったのかもしれない。
ここ、帝都の警備隊勤務の中からも経験の浅い新兵を中心にある程度の人数が参加していたのだそうだ。もしも俺がナウキ側で参戦していたことがバレたら一悶着起こりそうなので、黙っておこうとすぐさま決意したのだった。
多恵たちの護衛代わりとして南広場にいて、直接の戦闘には参加していないから知られていないはずだしな。
ちなみに俺が新兵たちに話して聞かせたのは、守る側として敗北してしまった時のことだ。
一時でも攻め込む側の狂気に晒されていた者が混ざっていたからか、その恐ろしさというものをすぐに理解したのは正直ありがたかった。はっきり言ってあまり繰り返して口にしたい内容の話ではなかったからな。
帝国が分裂しかけている今、現実にそうならないとは言い切れなくなっている。大切なものを守り切れるように頑張ってもらいたいものである。
さて、そろそろ終わりの時間だ。ここからは趣味に走らせてもらおうか。
「全員そこまで!以上で今日の訓練は終了とする!」
「あ、ありがとうございました!」
息も絶え絶えになりながら、辛うじて返事を返す兵士たち。中には倒れ込むようにして地面に寝そべる者もいる。この中の何人が俺の期待に応えてくれるのか。
「それでは今から特別訓練を開始する!内容は俺との実戦形式での戦闘だ」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる俺を見て青ざめていくひよっこども。そこに慌てて数人の教官役が止めに入ってくる。
「ば、バックス殿!?いくらなんでも今からあなたとの戦闘訓練は無茶があるでしょう!?」
「ああ、もちろん無理をさせるつもりはない。参加は希望者のみだ。しかし現場に出て、疲れているからといって、自分よりも強い者が相手だからといって、敵を見逃すことができるのか?そのことをよく考えて、参加するかどうかを決めて欲しい」
卑怯な言い方だ?そんなことは百も承知だ。
さて、どのくらいの人数が立ち上がって来るかな?
「ぐ……!お、俺はやるぞ!」
「俺もだ!」
一人がやる気を見せたことで、周囲の者たちも続々と参加を表明していく。
そして驚いたことに、立ち上がれない者たちも全員、参加の意思を示してきたのだった。訓練で再起不能になってしまっては意味がないので、見学させることにしたけどな。
「よし、それでは六人一組になってかかってこい。個々で不利ならば数で対抗しろ。複数で立ち向かうことを卑怯だなどと思う必要はない。いいか、お前たちの仕事は生き残って守り抜くことにある。それを忘れるな!」
「はい!」
そして俺は、特別訓練という名の趣味の時間を堪能したのだった。
いやあ、やはり対人戦は楽しいなあ!
余談だが、翌日以降訓練の教官役として呼ばれることはなかったのだった。




