211 誰でも一度くらいは罵倒したくなったことがあるはず
「生まれ変われる、というのはNPCにということなのか?それならばデメリットの方が多い気がするのだが?」
より正確に言えば、プレイヤーであることのメリットが大きいのだ。そしてその根幹にあるのが、死なないことや痛みがないことによる安全性であると言える。
一般的に死に戻りといわれている事象だが、ゲーム内に置いてはプレイヤーキャラの秘めたる力と冒険者カードのロストテクノロジー的な何かが結びついて、突発的な転移や肉体の時間の巻き戻しが起きている、という何とも力技感満載な設定がされていて、本当に死んでしまっているのではない、ということらしい。
対してNPCの場合は、この『アイなき世界』で生きているとされているため、当然、死も設定されている。NPCになるということはそれを受け入れるということだと、騒ぎ立てている連中は理解しているのだろうか?
広大な世界であるということもあり目撃事例は少ないが、実は町や村の外で魔物に襲われて死ぬNPCたちは一定数存在しているのだ。
特に多いのがプレイヤーと同じ冒険者という職業についている者たちである。彼らが死んでしまうのはプレイヤーとは違って秘めたる力を持っていないからだ、というこれまた荒っぽい設定である。
ちなみに、これらの穴のある設定については「運営が意図して杜撰にしているのだ」とする派閥――よって何かしら裏があると主張している――と、「いやいや、ただ単に考えていなかっただけだろう」とする派閥が、どこかの掲示板で定期的に論戦を繰り広げているとかいないとか。
何よりVRの人気が高まった背景には、安全性が保たれた上で様々な体験ができるという点があることに間違いはない。物語や映画、遊園地のアトラクションなどにも共通する、安心安全にスリルを味わえる点とも言い換えることができるだろう。
ただ、この安全性に対する認識は個人差があって……、と言い始めるときりがないのでこの辺で止めておこう。
ともかく、極論を言えば死の危険や怪我の痛みといったリスクを背負いたいのであればリアルで十分なのであり、それを持ち込むなんて愚の骨頂にしか思えなかったのだ。
「明確にどんな存在となるかなんて考えてなんていないさ。大方ログアウトせずにエンドレスでゲームを続けていられるとか、自分たちの願望を妄想しているだけだろう」
メリットや良いところは総取りしたいということか。物語の登場人物に例えるなら、見通しの甘さに足を取られて早々に脱落する立ち位置だな。
「バカバカしい考え方だということには賛成ですが、噂の発生と拡散についてはそれだけではなさそうですよ」
「追記項目があったのか?」
「はい、こちらをご覧ください」
佐介が指さしていたのは、分厚い原本の三分の二ほどのところに書かれていた一節だった。よく見つけられたなと思っていたら、レジュメの方に関連するページが記されていたそうだ。
それでも俺には見つけられる自信がないがね。
「……『ペインドラッグ』の製作者自ら、もしくはそれに近い者たちが噂の出所である可能性が高いのか。狙いとしては運営が処罰を躊躇ってしまうくらいに『ペインドラッグ』の所持者を増やすことにある?」
現在、運営は『ペインドラッグ』を所持しているだけでもゲームの規約違反になるとして、最低でも一時的なアカウントの停止とすることを明言している。
「躊躇するほどの数となると膨大だぞ?それほどの支持を集められるものだとは到底思えないんだが?」
「それについてはこちらを」
「なになに……、アイテムの名称や説明等の設定に手が加えられていて隠蔽されている恐れあり、だと!?」
おいおいおいおい!?気付かない間に問題のアイテムを持たされているかもしれないってことか!?
いつの間にか共犯にされているかもしれないのだから、これが本当だとしたら洒落にならないぞ!
「だが、そんなことがあり得るのか?」
「プレイヤーが作成したアイテムには普通作成者が分かるようにコードやタグが付けられています。運営ならば本来、それを辿ればすぐに該当するアイテムに行きつけて対処できるはずなのに、わざわざホームページなどで警告を出したりしていました。それはつまり――」
「設定そのものが弄られていて、件のアイテムを見失っているということなのかもしれんな」
サービスを一旦停止してでも問題部分の洗い出しとセキュリティの強化を図った方がいいレベルじゃないのか、それ?
「だが、それほどのことができるのであればもっと別の方法で、それこそもっと簡単にこの世界を破壊することだってできたはずなのだ。なぜこんな混乱させるようなことだけをしている?」
ふうむ。つまりユージロは、犯人には何らかの目的があってそのための手段――の内の一つかもしれない――として今回の騒ぎを起こしたと考えているようだ。確かにその考え方も分からないでもないな。
しかし、俺はまた別の考えに行きついていた。
「例えば運営に恨みを持った人間の犯行で、混乱させることそれ自体が目的だったとしたらどうだ?もしくは自分の力を見せつけるためかもしれないし、愉快犯という線もある」
「……そうなってくると犯人を特定することは絶望的だな。何せプレイヤーなら大なり小なり運営に恨みを持っているのが当たり前だからな」
「その通りですね。私も今までに何度も心の中で「運営のバカヤロー!」と叫びました」
しれっと毒を吐く佐介の態度に笑いが起きる。
俺としても「もっとPvP関係の整備を進めろ」だとか「もっとレアアイテムのドロップ率を上げろ」だとか「リュカリュカが何かやらかさないように手綱を握っておけ」だとか運営に言いたいことは山ほどある。
もしも意趣返しができる方法が目の前にあるとしたら、我慢しきれるかどうか正直なところ自信がないな。
「相手の考えが読めれば、その分先手を打つこともできると先走り過ぎたな。今は『ペインドラッグ』を買い占めようとしている『闇ギルド』の対処に注力するべきか」
「そうですね。あの連中であれば本気で拷問などにも使いかねませんから」
古都ナウキを追い出されて帝都へやって来てからも、他人に迷惑を与える『闇ギルド』のプレイスタイルに変化はないようだ。
ここはおかしな騒動に巻き込んでくれたお礼も込めて、きっちりと潰して回るとしようか。
バックスさんが途中で言うのを止めたのは『安全』や『安心』の許容範囲は個々人によって異なるよね、という点です。
例えば、ホラー系のゲームや映画がダメだとか、ジェットコースターは無理!とかそういう事です。




