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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
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210 薄気味悪い噂

 権三郎たち『SI・NO・BI』の面々と別れた後、俺はユージロに付き従って『諜報局UG』が間借りしている部屋へと足を運んでいた。


「扉に取り付けられたネームプレートといい、何やらそこはかとなく懐かしい感じがする部屋だな」


 部屋の広さは十畳ほどだろうか、置かれていたのはリアルでよく使われているような長机とパイプ椅子だった。


「ああ、なんでも他のギルドに貸し出すことは事前に決まっていたから、教室や部室を彷彿とさせるような作りになっているらしい」


 思っていた以上にユーモアがあるというか、お茶目な連中であるようだ。ただ……、忍びからはどんどんと遠ざかっているような気がするな。

 余談だがこれはスタンダードな状態であり、改修費用を自分たちで負担するのであれば各部屋の中は自由にレイアウト可能なのだそうだ。


「お疲れ様です、ギルマス。バックスさんもこの度は協力して頂きありがとうございます」


 俺たちが腰かけたのを見計らって茶が差し出された。


「紹介しておこう、帝都の支部長を務めてもらっている佐介だ」


 名前だけ聞くと権三郎の所の人間のようだな。そんな思いが顔に出てしまったのか、佐介と呼ばれた男の顔には困ったような笑みを浮かんでいた。


「正真正銘『諜報局UG』のメンバーですよ。本来ならロピア大洞掘で活動するはずだったんですが、どうにもこちらが安定しないということで呼び戻されてしまったんです」

「あー、すまん。別に疑っていた訳ではないのだ」

「分かっていますよ。それに実際彼らと話すのは楽しくもありますので、お気になさらず」


 やれやれ、全部理解して上での台詞ということか。日常的に聞き込みなどを行っている――ゲームの中での話だが。いや、もしかするとリアルでも……?――相手にかかっては俺のような戦闘にしか能のない人間は簡単に扱えてしまうのだろう。


 それにしてもロピア大洞掘か……。タイミング次第ではリュカリュカと会っていたのかもしれないな。


「残念ながらリュカリュカさんとはお会いしていませんね」

「……口に出してしまっていたか?」

「いいえ。ですが「ウリ坊ちゃんに会ったのか?」というのは頻繁に尋ねられることですから」


 これはリュカリュカに限らず有名プレイヤーであれば誰でもということらしい。最近では『女王様』だとか『お姉さま』だとか呼ばれるプレイヤーの目撃情報が人気なのだそうだ。


「私たちの一団があちらに着いた時にはもう、初回の狂将軍討伐が終わったとでしたから。なので話題のドラゴンも見られずじまいでした」


 これは、催促されているのか?まあ、『諜報局UG』の幹部であれば、ユージロ経由で俺やみなみちゃんたちにリュカリュカから動画や近況報告が定期的に送られてきていることを知っていてもおかしくはないか。


「ドラゴンの映像ならいくつかあるから後で見せよう」

「本当ですか!?いやあ、言ってみるものですね」


 白々しい口調だったが、喜んでいるのは本心からのようだ。なんとも器用な真似をする佐介を前に思わずため息が漏れてしまった。

 ちなみに、生前の(・・・)アッシラの映像についてはスクリーンショット、動画を問わずに何点かが掲示板等で公開されている。ただし、数回の知り合いからのコピー(ダビング)を経た上でのものなので、画質はかなり劣化していた。

 オリジナルを撮影したプレイヤーの優位性を守るためということらしいが、相変わらず妙なところにこだわりを持つ運営である。


「さて、前振りはこのくらいでいいか?『ペインドラッグ』と『闇ギルド』の動向について、もう少し詳しく説明しておきたいのだが?」

「ああ、頼む」

「うむ。……だが、権三郎たちが動いていたとなると、新たな情報が入っているかもしれないな。佐介、悪いが『SI・NO・BI』から調査報告書の写しをもらってきてくれないか。先ほど会った時に仕入れた情報は公開すると言っていたから、既に準備してあるだろう」

「分かりました。少々お待ちください」

「調査報告の写しなんて、そんなに簡単に貰えるのか?」


 軽く頭を下げてから部屋を出て行くのを見送った後、少し気になることを尋ねてみた。


「もちろん今回が特例だ。普通はそれなりの対価を渡す必要がある。とはいえ、ここに集まっているギルドは基本的に共闘関係にあるからそれほど無茶な要求をされることはないがな。そうそう、彼女関係のネタは良い取引材料になることも多いから、一応心しておいてくれ」


 特にコッカトリスの孵化動画や竜の谷の映像は人気が高いんだとか。どちらも第一撮影者(リュカリュカ)本人が公開しているものではあるが、個人的に高品質の画像を保持したいというプレイヤーが多いそうだ。そんな話をしているうちに佐介が戻ってくる。


「早いな!」

「同じ建物内ですから。こちらがその報告書です」


 と、机の上に置かれたそれは書類などという可愛らしいものではなく、分厚い紙の束だった。置かれた時にドスンと音がして、その重さの反動で一瞬机が跳ね上がったぞ。


「これは……、読むだけで一苦労だな……」


 これを読むのか?できれば遠慮したいのだが。


「全て公開すると言った手前、関連する書類をすべて集めたらそうなったとのことです。要点はこちらのレジュメで確認できるようにしてあるそうですよ」


 してやったりという顔でレジュメを差し出してくる佐介。これは同じことを『SI・NO・BI』でやられたな。

 それにしても、レジュメでも十二分に分厚いように見受けられるぞ……。そんな書類をユージロはぺらぺらとめくりながら次々に目を通していく。速読技能とかあったのだろうか?


「やはり闇ギルドが『ペインドラッグ』に手を出そうとしているのは間違いのないことのようだ。しかしその目的については未だ不明のままのようだ」

「分からないなりに予測はできないのか?」

「他人にも使用が可能だからな……。復讐に拷問、嫌がらせ、ゲーム内環境の不安定化と、真っ当でない方向でならやろうと思えば何でもできる」

「……本気で殺人を狙っているということはないのか?」

「こちらの世界では全て足跡(ログ)が残されます。よってその可能性は低いでしょう。ミステリーのような完全犯罪などあり得ませんから」


 そもそも『ペインドラッグ』の使用中にHPが全損することで死んでしまうということ自体、眉唾物というか不確かなものなので、それを目当てにしているとは考え難いということらしい。


「しかし、おかしな噂も発生しているようだ。『ペインドラッグ』で死ぬことによって、『アイなき世界』の住人として生まれ変われる、そうだ」


 夢見がちどころではないその話に、俺たちは薄ら寒いものを感じていた。


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