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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
14 混迷する帝都
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207 闇が広がる場所で

新章です。

今回は少し毛色が異なるように感じられるかもしれません。

 ラジア大洞掘南部に位置するモーン帝国の帝都は、『アイなき世界』でも屈指の大都市だ。曲がりなりにも一つの大洞掘の大部分を支配している世界最大の国家の首都なのだから、それも当然のことだと言えるだろう。


 しかし個人的には、レベルを上げる必要はあるがサービス開始直後から行ける場所に――正確にはベータ版の時からで、『神国』以外のラジア大洞掘の地形や町の配置はその頃からほとんど変わっていない――そんな目玉となるような都市を配置するというのはいかがなものかと思ってしまう。


 確かにインパクトはあっただろう。だが、それはスタート地点でもある古都ナウキで十分に達成できていた。むしろナウキがそれなりの大きさを誇っていたため、帝都の威容が減退していた感もある。

 実際に帝都を観光地として訪れている者の内、その規模の大きさよりも宮殿や貴族の贅を凝らした装飾を施された建築群を目的としている者の方が圧倒的に多い。

 結果、狙った成果を出せないままに、ここよりも大きな都市をやたらと配置できなくなってしまったのだから、ゲームの展開としては悪手だったと思われても仕方がないというものだ。


 そんな帝都の片隅で、闇に紛れるようにして隠れる者がいた。『光雲』の影響で一日中明るいこの世界だが、その光が届かない場所というものは存在する。

 例えば動物や魔物が住処としている洞窟の中、例えば隙間なく造られた建物の中などが挙げられるだろう。

 そしてそんな中の一つであり、都市の下に網の目のように広がる地下通路の一画で、私は息を潜めるようにして佇んでいた。


 私を探す者たちの足音だろうか、遠くからたくさんの走り回る音が反響してきていた。

 依頼者からの指示があった通り、目的の場所からこの地下通路へと降りることはできたのはいいが、追手がやって来るのが少々早過ぎではないだろうか。


「これはあの依頼主にしてやられたか……」


 まあ、それ自体は仕方がない。もしも私が彼と同じ立場にいたならば、間違いなく同じことかそれ以上のことをしていただろう。

 なぜなら、そうされてしまうだけのことを私はやってのけてしまったのだから。




 前皇帝――引退を表明した訳ではないので、正確には現皇帝――による古都ナウキ襲撃の失敗に端を発した帝国上層部の分裂は、次代の皇帝の座を巡って熾烈な争いを繰り広げることになっていた。

 次期皇帝に最も近いと言われている第一子を旗頭にして、その脇を長年帝国に仕えてきた忠臣たちが固める宰相派。

 正妻であった皇后とその実家が第二子を神輿として担ぎ上げた皇后派。

 そして失策が続き一時に比べれば力を削がれた感はあるものの、未だに帝国全土へ強い影響力を持つ王弟派。

 帝都を中心に以上の三つの派閥が互いの力を削ごうと暗闘を繰り返していたのだが、やがて強力なダークホースが現れることになった。


 前皇帝の甥にあたり、北部ズウォー領の領主でもあるアルス・ズウォーが次期皇帝候補に名乗りを上げてきたのだ。しかも古都ナウキで捕らえられているはずの前皇帝の推薦を得てのものだという。

 ここに近隣の領主やナウキの有力者たちも加わり、北部領主連合とでも言うべき派閥が誕生したのだった。


 もっとも三つの派閥の者たちの多くは「皇帝一族の血をひいているとはいえ、しょせんは降嫁した先の子」だとして、大した関心を持ってはいなかった。

 また、彼らの拠点が帝都から離れた地であったことも関係していたようにも思う。さらにはナインオーガーズの問題なども重なり、それどころではなくなったということもあった。


 しかし、そうした情勢の混乱すらも追い風として、ダークホースは一気に躍進を遂げることとなる。

 アルス・ズウォーは次期皇帝となるための三つの試練のうち、二つまでをクリアしてしまったのだ。その影にプレイヤーたちの存在があったことは言うまでもない。


 そして事ここに至ってやっと既存の派閥の者たちの多くは、新勢力への危機感を持つこととなった。まあ、プレイヤーというこの世界にとってイレギュラーな存在を味方につけていたなど予想もつかなかったに違いない。

 この状況を見通せなかったからと言って責任を問うのは酷というものだろう。それでも甘く考えていたことには弁解の余地もないだろうが。


 さて、そんな新興勢力への危機感を持った者たちが何を始めたかというと、互いのつぶし合いだった。

 アルス・ズウォーが最後の試練をクリアしてしまうより先に、皇帝になってしまえばいいと考えたようなのだ。

 暗闇で、そして日陰で行われていた暗闘は白日の下にまで広がっていき、帝都やその周辺では内乱の様相すら呈していったのだった。




 その中でも頭一つとびぬけていたのが宰相派だった。……そう、『だった』、つまりは過去形である。

 なぜなら、その中核であり最大の力を持っていた宰相が、今から数時間ほど前に死亡してしまったのだから。

 依頼を受けた一人の暗殺者によって長年帝国を支えてきたその男は、そして前皇帝の失態を機にその内に秘めた野心をあらわにした男は、呆気なく命の灯を消し去ってしまったのだった。


 宰相派の重鎮たちはその死を隠そうとするだろうが、優秀な目や耳を持つ者であればすぐに嗅ぎつけてしまう――うん?優秀な鼻を持つ者と言うべきか?――だろう。

 さらに人の口に戸は立てられないものだ、いずれどこからか出回ってしまうはずだ。これで各派閥の力関係はほぼ横並びとなり、帝位をかけた競争は一層激しさを増すことになるのは間違いないな。


 そして一方で、宰相を暗殺した者は人知れずその生涯を閉じることになるのだろう。

 依頼主とて、そうなるように私をこの地下通路へと誘導したのだろうから。


「こんなどことも知れない場所で終わりとなる、か。……まあ、それも一興というものかもしれないな」


 誰に聞かせるでもなく私の口から言葉が飛び出して行く。もしかすると恐ろしいのだろうか?いずれこうなってしまうであろうことは、とうの昔に覚悟していたはずなのだが。

 人の心というものは難しいものである。


 私は懐からある薬を取り出す――演出だ。実際にはアイテムボックスから取り出している――と、しげしげと眺めた。

 ガラスの入れ物を通して見えるその液体は真っ青であり、禍々しくも美しい。また、その小瓶自体にも精巧な飾りが施されており、持って行く場所によっては良い値段がつくだろうと思わされた。

 そんな小瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干す。そして惜しげもなく空になった瓶を投げ捨てると、甲高い音を立てて砕けて消えていった。

 これから死に逝こうとする私には必要ないものだ。だから捨てた。それだけのことだ。


「あちらから物音が聞こえたぞ!」


 小瓶が割れた音を聞きつけたのか、通路の先から叫ぶ声が聞こえてきた。そしてその頃になると、飲み干した薬の効果が表れ始めたのが分かった。

 それまでのどこか薄い膜に包まれていたような違和感が消え去り、感覚が鋭敏になっていく。おもむろに取り出したナイフで手の甲を切りつけると、明らかな痛み(・・・・・・)を感じることができた。


「ふむ。効果に偽りはないようだな。……これなら、終わりにすることができる」


 準備はできた。それでは精々多くの道連れを作りだすとしようか。

 最期の時を満喫するため、私は増えていく足音がする方へと向かって駆け出すのだった。


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