206 旅立ち、北へ
子どもたち四人――しかもジュンちゃんの特性睡眠薬で眠っている――に加えてミノムシを二匹――しかもカリオンの攻撃で気絶している――連れていくのは難しいと判断した私たちは、無事子どもたちを救出したことを伝えるついでに応援を寄越してもらうことにした。
余談だけど、広場にいた誘拐犯の仲間はフェスタと三号君が「そいつは誘拐犯だ!捕まえろ!」と叫んだことで周囲にいた村人たちによって袋叩きにされたそうだ。
見かけない顔だったからアルレ教官や猟師さんを始めとした力自慢たちに、一応用心するようにと伝えておいたらしい。村長さん、グッジョブです。
そして待つこと十数分、結構な数の村の人たちが駆け付けてくれた。なかでも弟妹を誘拐されていた三号君や親御さんたち――さらには同年代の子どもを持つ村人さんたち――からは非常に感謝され、少々居心地が悪いくらいだった。
「お嬢さん方、その他の村の者たちを代表してわしからも礼を言わせておくれ」
「私たちは自分たちにできることをやったまでよ。それに相談をせずに勝手に動いてしまったのも事実なんだから、責任者がそれを容認するような発言をするのは問題の火種になってしまうわよ」
「のんびり相談をしている暇がなかったことくらいはほとんどの者が理解しておるよ。そして理解できないようなバカモノにはきっちり教え込むからの、問題が起きようもないわい。だから改めて礼を言わせておくれ。子どもたちを助けてくれて、村の若者たちを諫めてくれてありがとう」
ここまで言ってくれているのを無碍にするのもよろしくないか……。あまり謙遜し過ぎてもかえって嫌味になるともいうし、私たちは謝意を受け入れることにした。
ただし、これ以降は普通に接してもらえるように――村の人たち全員に――お願いしたのだった。
「ところで、あの連中はどうするのですか?」
ジュンちゃんが尋ねたのはもちろん誘拐犯たちのことだ。
おバカたち?彼らの処遇ならもう決まっているわよ。さっき村長さんが行っていたでしょう、きっちり教え込むって。あれはこの事件に対してだけではなくて、諸々全てを含んだことなのだ。
「とりあえずは村に連れて行って、目的などを聞き出さないといかんじゃろうな」
「話してくれますかね?」
「まあ、恐らくは無理じゃろう。こんなマジックアイテムを持っているような者たちが単独とは考えられん。恐らくはどこかの組織の人間じゃろう」
村長さんが視線を向けた先にあったのは例のレンガハウスだった。相変わらず真新しそうなレンガの赤色と森の木々の緑との対比がひどい。
多少なりとも色あせていたならば、あるいは壁に蔦を這わせていたり、苔むしていたりしていたならば、これほど違和感を覚えなかったのかもしれないとも思う。
「こんなマジックアイテムを用意できるとなると、かなり大きな組織かもしれないっす。……ひょっとすると、報復の危険もあるっすか?」
余計な不安を与えないように、後半は声を落としてカリオンが問いかけている。うんうん、周囲への配慮もできるようになったのね。お姉ちゃん、嬉しいわよ。
「それは相手次第なところがあるので何とも言えんが……。報復があるとすれば厳しいのは確かじゃ。ここいら一帯は正式にどこかの国に所属している訳ではないから軍隊を派遣してもらうことができないんじゃよ」
詳しく聞くと、この辺りは北部地域の国々と中央地域の国々――『神殿』の意向が強く反映された国でもある――との間に広がる一種の緩衝区域となっているそうだ。
「随分昔には国として栄えた時代もあったそうじゃが、今では農業中心の小規模な村々と交流の場になっている町がいくつかある程度になっておるな。何かあった時にはお互い協力するという規定はあるが、ほとんど口約束と変わらないようなものじゃから期待はできんだろうなあ」
むしろ集まったところで役に立つのかどうかも怪しいレベルだ。
「一応『冒険者協会』には相談してみるつもりじゃが、さてさてどこまで動いてもらえるものやら」
「あの家を交渉の材料にしたらどう?」
「うん?あれをか?」
「ええ。どんな仕掛けがあるのか分からないから放置することになるんでしょう。それなら調査から使用する権利まで全て譲る代わりに、連中の身元調査や村の護衛なんかを依頼したらどうかしら」
簡単な罠程度であればジュンちゃんでも発見できるだろうけれど、並み以上のものや魔力を併用して隠蔽されてしまったものになると本職でもなければ見つけるのも難しい。
ましてやその解除となれば至難の業だ。
森の規模としても休息用の小屋が絶対に必要ということではない。逆に災いの元になってしまいかねないのなら、いっそのことその管理ができる――かもしれない――『冒険者協会』に押し付けて、もとい、任せてしまった方がいい。
それで村の護衛の代金が浮くなら一石二鳥というものだろう。
「それは良い案じゃ。さっそくその方向で動いてみることにしよう」
村長さんは私の提案を受け入れると――半ば思い付きのようなものだったんだけど、本当にいいの?――、すぐに近くにいた冒険者協会の職員さん――実はオニス村出身の元冒険者だそうだ――へと指示を出していた。
「それで……、申し訳ないのじゃが、『冒険者協会』から人が派遣されてくるまでの間、お嬢さん方に村の警護をお願いできないだろうか?もちろん、正式な依頼としてじゃ」
「四六時中という訳にはいかないわよ。あくまでも私たちができる範囲で構わないのであれば受けさせてもらうわ。その分、依頼料は安くてもいいけどね」
そんな訳で、ミネルの町にある冒険者協会からマジックアイテムの研究者や村の警護をするための冒険者たちがやって来るまでの二日の間、私たちはさらにオニス村へと逗留することになったのだった。
そして、旅立ちの時が訪れる。
村の入り口にはカリオンとフェスタだけでなく、何人もの村人たちが見送りに来てくれていた。
「メイプルさん、ジュンさん、長い間一緒にいてくれてありがとうございましたっす。俺たちはここで鍛え直してもらって、二人に負けないような冒険者になるっす!」
「また会える時を楽しみにしていて欲しいっす!」
「ええ。しっかりやりなさい、可愛い弟たち」
「まあ、実際問題私たちなんてすぐに追い抜いちゃうと思うけどね」
しんみりした空気は似合わない。それに何より、お互いにフレンド登録してあるから、いつでも連絡は取りあえるしね。
そして今度は村長さんたちと向き合う。
「本当に色々と世話になった。またいつでも来てくれ。歓迎するぞい」
「こちらこそたくさんの餞別をありがとう。北部から戻ってくる時にでも寄らせてもらうわ。その時は『光雲オーロラ』とかの土産話をたっぷり聞かせてあげるから」
そうして見送りの人たちと一通り言葉を交わして踵を返す。背後から聞こえる「ありがとう!」とか「お元気で!」といった心温まる声に手を振り返すことで応える。
唯一の気がかりは、ミノムシと化した三人の誘拐犯たちが一言も喋らなかったことだ。そのあからさまな態度から、彼らの背後には何らかの組織が存在しているのは間違いないように思われた。
願わくば、この人のいい村人たちに厄災などが降りかかることのないようにと祈りながら、私とジュンちゃんは北へ向かって歩みを進めるのだった。




