205 突撃!森の一軒家!?
「会場のある広場にいた身元不明な人物は一人だけ。行商人を装ってはいたけど、普段から出入りしている商人さんではないと何人かの村の人から裏付けが取れているわ。多分、試合の見届け人ね」
十分ほどで戻ってきたジュンちゃんは、部屋に入る早々に報告を開始してくれた。
「他に村の中に潜んでいる怪しい人影はなかった?」
「なしね。自分たちの作戦に相当自信があるのか、それとも私たちが舐められているのか」
概ね後者でしょうね。一見すると荒事には向かない華奢な女二人に舎弟のように付き従う男が二人だし、凄腕の冒険者には見えないだろう。実際それほど大した腕でもないし。
「ちょっとムカつくっすね」
「気にしない、気にしない。向こうが油断してくれているなら存分に利用させてもらうだけのことよ。むしろ楽ができていい、くらいに思っておきなさいな」
それと、恐らくだけど向こうはごく少人数なのではないだろうか。それこそ私たちの監視をする人員を割けないくらいに。
そして例え武器で脅しているとしても四人もの子どもたちを常時見張り続け、なおかつ周囲の警戒をするというのはかなりの労力となる。子どもたちの見張りに一人、周囲の警戒に一人はいると考えた方がいい。
そこから導き出される答えとして敵対勢力は広場にいる男を加えて最低で三人、多くても五人程度だと思われた。
「そうだね、私も同じ意見かな。そして情報を伝える人間がいないのは有利だよ。いざ試合が終わってしまっても、広場いる男の動きさえ止めてしまえれば継続して時間稼ぎができるということでもあるから。村の人たちに協力を求めることもできるだろうね」
動きを制御できる自信がないから、村の人たちを巻き込むのはあくまでも最後の手段になるだろうけれど。
「ところで捕まっているという子どもたちが、こっそりと村のどこかにいるということはなかった?」
おバカたちからの指示、もしくは子どもたちによる自作自演――自慢のお兄ちゃんが負けるところなんて見たくない、という理由ならあり得そうじゃない?――という可能性もあるかと思い尋ねてみたけれど、ジュンちゃんはふるふると首を横に振った。
「残念だけど、どこにもいなかったわ。本当に何者かによって捕まえられているみたいね」
「そう……。で、捕まっている場所はやっぱり近くの森の中?」
「それしか候補がないかな。地面の下に空洞を作るような魔法があるなら話は別だけど」
ないとは言い切れないけれど、言い出したら切りがないレベルの仮定ね。ここは素直に森へと向かうことにしましょうか。
そんな訳で第一探索目標である森――ダンジョンではなく、通常のフィールド扱い――へとやって来た訳なのだけど……。
「何あれ?あんなもの見たことも聞いたこともないわよ」
頭の中から猟師さんと一緒に森に入った時の記憶を引っ張り出してみたものの、該当する項目を発見することはできなかった。
ジュンちゃんにカリオンも同じようで、私と一緒に呆然とその先にあるものを見つめていた。
森の中央にほど近いその場所で私たちを惑わすそれは、どこからどう見ても一軒家だった。ただしオニス村に建てられていた木材で造られたものではなく、比較的大きな町で見られるようなレンガ造りのものであるため、場違い感が半端なかった。
「せめてログハウス調の小屋のようなものだったら、風景に溶け込んでいたのに……」
レンガハウスの建てられていたのは開けた場所であり、そばには小さなせせらぎが流れているという風情のあるところだった。それだけに赤褐色のレンガの壁は目にどぎつく感じられてしまったのだった。
「はっ!?あまりにもひどい絵面に意識が飛びかけていたわ!」
「マジックアイテムとかいう物っすかね?便利そうっすけど、使う場所を選ばないとかえって目立つことになるんすね……」
二人も再起動がかかったのか、口々に感想を述べていた。
「あの建物の中に子どもたちが捕まっていると思うんだけど、どうかしら?」
状況的には間違いなくあのレンガハウスが怪しい。だけど、これだけ騒いでしまったにもかかわらず、静まり返っているために罠ではないかという疑念が付きまとっているのだった。
「絶対にあれだと思うわ。だけど中にいる人の気配とかは一切探れないから、カリオンのマジックアイテムという見立てが正解なんだと思う」
ジュンちゃん、十メートル以上離れた場所にある建物の内部の気配を探れるなんて普通は無理だから。いや、ゲームならではの話だとは分かっているんだけどね。
それでもリアルとは乖離した状況についため息がこぼれてしまう。
「中の様子は不明っすか……。どうするっすか?」
このままここで手をこまねいていてはせっかく素早く行動してきた意味がなくなってしまう。危険ではあるが近づいてみるしかないだろう。
「窓がない面があれば良かったのだけど、そう上手くはいかないか。飛び出したら一気に壁に張り付くまで行くわよ。あちらからの狙撃に注意して!」
二人から了承の声が上がったのを確認しつつ、レンガハウスをへと視線を向ける。鎧戸が下ろされた窓からは相変わらず何の反応も見られない。
留守であればいいのにと淡い期待を持ちそうになるのを懸命にこらえる。自分たちの力だけで何とかするのだ、というくらいの気概がなければ成功するものも失敗してしまうだろう。
甘い考えは禁物だと改めて自分に言い聞かせる。
「行くわよ……、ゴー!」
私の合図と同時に全員が駆け出す。
「カリオン、窓を叩き割って!」
「了解っす!でえええい!!」
最初に窓際へと辿り着いたジュンちゃんの指示に従って、カリオンが抜き放っていた剣を叩き付ける。それだけで覆っていた丈夫な鎧戸ごと窓は呆気なく粉砕されてしまった。
「な、何が起きた!?」
中から叫ぶ声が聞こえてきたけど無視。
「こんなこともあろうかと作っておいた拡散型の睡眠薬をぽいっと」
軽い口調で呟いたジュンちゃんが手にした瓶をレンガハウスの中へと投げ込んだ瞬間、発煙筒から煙が噴き出すかのような勢いで、白濁した霧のような何かが壊れた窓からあふれ出てきた。
同時にそれは建物内へも広がっていった。
「メイプルさん、出てこられないように塞いで」
「おっけー!『地槍』そして『石化』!」
これだけやれば簡単には壊れないはずだ。むしろ外に出るだけならば普通に扉からの方が断然早い。という訳で子どもたちが眠りこけたのを見て、焦って飛び出してくるであろう獲物を待ち構えるために扉のある場所へと移動する。
一応、他の窓から出てきても対処できるように目を光らせながら待つこと一分、扉を蹴破るようにして飛び出してきたのは二人の男だった。
「やっちゃえ!」
「どっせい!!」
「けぽ!?」
「ぶへ!?」
なす術もなくカリオンのフルスイング――鞘ごとの一撃――を受けた男は、すぐ後ろにいたもう一人を巻き込んで、建物内へと打ち返されていった。
「誘拐犯を捕縛するわよ!ジュンちゃんは子どもたちの安否の確認をしてきて!」
「了解」
そしてカリオンと二人でミノムシを二匹作り上げていると、
「子どもたちは無事よー。眠っているだけで外傷もなし」
という声が聞こえてきて、ホッと胸をなでおろしたのだった。




