199 教官たちのお仕事事情
カリオンとフェスタを連れてオニス村の教官の元を訪れた私たちに告げられたのは、まさかの拒否の言葉だった。
既に何度も繰り返しているが、各村や町にいる教官の指導というのは救済策の一つなのだ。それが機能していないというのは、はっきり言ってあり得ないことである。
……まあ、普通のゲームであればその理論が成り立っただろう。
しかし、この『アイなき世界』にそれが該当するかと問われると、首を傾げてしまいたくなる。NPC一人一人に無駄とも思えるほど細かな経歴や背景が付け加えられていることからも、運営さんたちの並々ならぬこだわりが察せられるのではないだろうか。
そう考えると、例え搭載必須のシステムであっても、一筋縄では利用できないようなことがあっても不思議ではないと思えてくるのだった。
NPCにまで中の人がいるという説は信じていないけどね。
「俺たちを鍛えるのが仕事だろう!?」
「気乗りしないっていうのはどういうことっすか!?」
だけど残念ながらそう思ったのは私とジュンちゃんだけだった。カリオンたちは教官の言葉に納得がいかずに噛みついている。
おそらく、ヒロイン展開もあって古都ナウキからかなり離れた場所まで来てしまっている割には、実質的なプレイ時間はそれほど長くないのだろう。そのため『アイなき世界』の非常識さを理解しきっていないのだ。
ただし二人の場合は彼に鍛錬してもらえないとなると、自力でどうにかできない限り、キャラクターの再作成をすることになってしまうので、そうした態度に出てしまっても仕方のない部分はあるだろう。
「はいはい、二人とも抑えて」
とはいえ、放置しておくとよろしくない事態――例えば村人全員を敵に回すとか。最悪、住民VS冒険者なんてことにもなりかねない――に発展してしまいそうなので止めに入る。
「でも、姐さん!?」
「教官さんにだって事情や都合があるの。仮にも教わろうとしている人間がそれを無視するなんて、礼儀以前の問題だと言われてもしょうがないわよ」
「事情や都合って何なんすか……?」
「それは聞いてみないと分からないわよ」
宥めるとそういう設定になっていると思ったのか、渋々ながらも引いてくれた。実際は何かしらのフラグが立っている状態だと思われるんだけど、大差はないので放置。
「そういう訳なので、できれば気乗りがしない理由を教えて頂けるとありがたいんですけど?」
ジュンちゃんの言葉の裏には「納得できない理由なら暴れちゃうぞ」的な威圧が込められていた。脅しというなかれ、状況によっては彼の代わりに私たちが二人を鍛えることになるかもしれないのだから。だんまりで通させるわけにはいかないのよね。
ちなみに、カリオンとフェスタに任せて立ち去るという選択肢は既になくなっていた。二人の中の人のことを知ったということも理由の一つだけど、一番は教官が仕事を放棄しているということに興味を覚えてしまったからだ。
プレイヤー視点で見ると、教官というのは低レベルで力量不足な者への救済要因だ。しかし、NPCからするとそれだけではない。
むしろそれは仕事の合間の趣味に近いものだ。なぜなら、彼らに対してプレイヤー側は一切の報酬を支払っていないからである。
一応、『冒険者協会』からは外部委託職員的な扱いで一定の給与が支払われている――お礼をしようとしたプレイヤーがそう説明されたそうだ。複数の証言があるので間違いないとのこと――という話ではあるらしい。
が、それだけで生活が成り立つのかとなると、否ということになる。
彼ら教官の職にある者たちは、住んでいる村や町が非常時に陥った際――力自慢だけでは対処しきれない組織だった行動が必要な時など――の戦力なのだ。現役や第一線を退いたとは言っても、戦闘を生業にしていた経験を持つ彼らは他の村人たちに比べればはるかに強い。
常に鍛えている、というのはそうした有事に備えてのことでもあると同時に、それを周囲にアピールする狙いもあったという訳だ。
恐らく、各村や町からも生活費が支払われているのではないだろうか。これには私の予想が多分に含まれているが、それほど的外れにはなっていないと思っている。
話を目の前の教官へと戻そう。彼は自らを鍛え上げているようには見えず、体格的に至ってはカリオンたちにも劣るくらいだ。ただ、二人の力量を見抜けるくらいだから実力はあるはず。
しかし、さっきも言ったように教官たちは非常時に備えるだけでなく、そんな姿を見せて村人たちを安心させる必要がある。隠れてトレーニングするなんて意味がないのだ。
そうなると先ほどの私とおばちゃんの交渉に顔を出さなかったのもおかしい。教官という職の性質を考えると、警察的な治安維持活動も彼らの役割には含まれているはずだ。
思い返してみると、他の町や村でも騒ぎが起きるとやたらとがたいのいいおじさんがどこからか目を光らせていた気がする。
村の人たちとの折り合いが悪いのかしら?でもカリオンたちは村長さんの家で普通に教官の居場所を聞いてきたようだし……。
厄介な人間関係でもあるの?おばちゃんとの交渉中若者たちの数人が私に取り入ろうという動きを見せていた――一睨みしたら大人しくしていたけど――し、血気盛んな年頃が大人たちに反抗しているのかもしれない。
「ふむ。まあ、理由も告げられずに拒否されれば気にもなるか……。いいだろう、詳しく説明してや――」
ピピピピピピピピ!!
うわあ!?びっくりしたあ!!
教官さんの言葉を遮るようにして突如アラームが鳴り響いた。
「何が起こったっすか!?痛あ!?」
「て、敵襲!?アウチ!?」
「落ち着きなさい!ただのアラーム音よ」
驚いて騒ぎ始める二人を落ち着かせようとジュンちゃんが動く。
……いや、手を出すのが早過ぎ。せめて一度口で説明してからにしようよ。
「ごめん、今のは私。この後用があるのをすっかり忘れていたわ」
正確にはログアウト時間が差し迫っているのだけど、リアルの方で用があるということでもあるし、これでいいだろう。
「という訳で、詳しい話とかを聞いておいてね。それじゃあ、また明日」
「はいはい、それじゃね」
居並ぶ人たちに手を振りながら踵を返す。背後から「え?ここでいなくなっちゃうんすか!?」という声が聞こえてきたけど、あえて無視します。
私だって本当は気になって仕方がないのよー!




