終わってから、始まったもの-アジェルとキール-
アルミス組のお話。
旅が終わってその後の彼女等。
アルミスに帰り、 私とキールはそのまま女王に報告に来ていた。
流石に制服に着替えて来たけれど、 久しぶりに袖を通した服のなんと心地の悪い事。
溜息が出る。
帰るまでまた二ヶ月程掛かったから、 その間にアルミスはいつもと変わらない様子に戻っていた。
賑やかな商店。 多少人は少ない様に感じたけれど、 それだけで。
ビィに襲撃された跡と言うのは、 現場に居なかった私では分からなかった。
再びキールと合流し、 城の奥へと歩いていく。
いつも報告は謁見の間と呼ばれるやたらと豪奢な部屋で行われていたのだけど、 今日は違う。
女王の執務室での報告となった。
重厚な扉の前で、 一度足を止めた。
「……報告、 私も居なきゃ駄目?」
「こんな直前でごねるの珍しいね。 帰るかい?」
並んで、 ちらり、 と隣のキールを見上げた。
彼も視線だけ私に向けて、 言葉を返す。
行きたくないのには理由がある。
一人でなら報告でもなんでもするけれど、 一緒と言うのが頂けない。
が、 一緒に帰ってきた以上、 一緒に報告に行かないとそれもそれで宜しくない。
「ううん。 ……行く」
ノッカーの音が響く。
「はい」
中から聞こえたのは女王の声。
「陛下、 お時間宜しいですか? 帰還報告に参りました」
聞くが早いか、 扉が開く。
中から覗いた顔は少し疲れた様子だったけれど、 私達を確認すると花でも咲いた様に笑みになる。
「まあ、 二人とも……おかえりなさい。 さあ、 どうぞ」
女王自ら扉を開けて中へと招き入れられる。
質の良い絨毯の引かれた部屋の中は背の高い本棚と、 大きな机でほぼ埋まっている。
けれどそのどれもが、 代々受け継がれた物で格式高く品の良い物……らしい。
高いところに明り取りの窓があるくらいで、 照明が常についている。
何故だか……いつ入っても、 この部屋は緊張する。
「あの……陛下御一人ですか?」
「ええ。 今もまだ忙しくて」
「……警護に誰も付けないのは如何なものかと」
「要らないと言ったのです。 自分の身くらい自分で守れます」
おずおずと言った私達の言葉を穏やかな声音で一蹴りして、 女王はにこりと笑った。
「では、 聞かせてもらえる? 事の顛末を」
「はい」
そうして、 始まった話は気が付けば一時間を超えていた。
私がどうして仕事を休んで旅に出たのかも知っているし、 キラの事は以前報告している。
ユーダ壊滅の後、 ハーティが行動を共にした事を聞いて女王はほっとしたように胸をなで下ろす。
イリアス達の話や、 ビィの事もそのまま伝えた。
そもそもこの人はライア様の友人でもあった人だ。
精霊達の事も何故か知っていたし、 隠し事はすぐバレるので極力有りの侭に伝えた。
この話を後はどう処理するのかは任せておけば良い。
「……以上で報告は終わります」
「わかりました。 リテイト、 補足説明は有りますか?」
「いえ。 アジェルの説明通りです」
「そうですか。 二人とも、 報告有難う。 無事に帰ってきてくれて嬉しいわ?」
そうして女王は、 それはそれは優しく笑ってくれた。
いつ帰ってきても、 こうして笑ってくれる。
その顔に少しだけ、 ほっとした。
「詳しくは、 また。 今日はもう御休みなさい」
「有難うございます」
「……有難うございます」
部屋を後にしようとした時、 女王は言葉を付け足した。
「あ、 でもディーティ。 貴女とはもう少しお話がしたいわ?」
にこにこと笑う顔に、 何か嫌な感じを覚えた。
一瞬、 キールと目があったが彼が留まるのも可笑しい。
困ったように笑いながら、 退室した彼を見送って女王に視線を向けると。
こちらもまた困ったように顔を曇らせていた。
「それで。 ……アジェル? 貴女、 何か体の調子が悪いわよね?」
ほら来た。 女王は治癒師としての力も持っている。
戦いが終わってハーティにもクレシェにも診てもらったから、 もう大丈夫だと思っていたのだけど。
魔力を大幅に持っていかれた損傷は酷く、 まだ完全には戻っては居ない。
勿論、 デスターが居る所為かキラにはバレていた。
キールは流石にわからなかったようだから安心していたけど、 やはり、 バレた。
「……先程の報告には、 貴女は捕らえられ魔力を奪われたとありましたが、 それ?」
「あの……その」
冷や汗が止まらない。
「そう、 です」
「大丈夫だったの?」
「……大丈夫じゃなかったです」
バレたらもう洗い浚い話した方が、 絶対に良い。
大体誰にも臆したりしないと思ったけど、 この人には無理だった。
自然にプレッシャーを掛けてくるあたりが、 非常に苦手だ。
どうも子供の時からそう思っていた所為か、 大人になっても変わらない。
「アジェル」
余段だが、 女王の中では名前で呼ぶ人は友人認定しているらしい。
私だけでなく、 仕事が絡まなければキールの事も名前で呼んでいる。
女王は私の所に歩み寄ると、 そのまま細い腕に抱きしめられた。
「え?」
「そんなに長い間癒えない傷を負ったのだから、 きっと命の危機に晒されたのでしょう。 無事で良かった……。 本当に」
正直、 予想外だった。
ただ、 そうは言われながら物凄く訝しげな顔で診断を受けた後、 私は暫く仕事を休むように言いつけられた。
それから、 一ヶ月。
仕事をするなと言われながら、 時々魔術塔を始め各部署のお手伝いをしたりしながら。
内勤が恐ろしく詰まらないと思いながら、 日々を過ごしていた。
旅が終わる時、 皆はそれぞれ目的を持って別れた。
キラは旅を続けたいと言って、 歩んでいった。
ハーティは街の復興を目指し頑張るそうだ。
イリアスとクレシェは、 半年くらいは人目を避けながら旅を続けるらしい。
キールは一緒に帰って来たのに、 相変わらず多忙の日々を送っている。
皆より近くにいるのに、 報告に行った日以来見掛けもしない。
昔と替わらない日常。 ……いや、 それよりも引き篭った生活。
つまらないなと感じた。
通っていた喫茶室にも、 帰ってきてから行っていない。
仕事が終わると、 自室に戻る。 それを繰り返す。
今日もそう。
食堂で適当な夕食を済ませると、 自室に戻ってぼんやりとしていた。
さっさとお風呂に入って、 ベッドに腰掛ける。
「……?」
戦いが終わってから時間が経過したというのに、 まだ時々、 目が痛む気がした。
右目を押さえてみる。
気のせいだと分かっているけれど、 鏡の覗いて色が変わっていないかチェックする。
条件反射みたいなものだ。
魔力を奪われ、 心を壊される体験。
それから回復をすると言うのも珍しい体験だが、 全部ひっくるめて貴重な物だと自覚する。
沢山の人の手によって、 生かされた。
ただし、 あの出来事は私にとってとても納得のいかないものだった。
皆無事だった。
今回は誰も、 欠けなかった。
戦場で泣く事も無かった。
再会を約束し、 別れた。
精霊達にも物凄く怒られたけれど、 私が生きていることを皆喜んでくれた。
今の日常はちょっとつまらないなと思うけれど、 状況だけみれば、 なかなかハッピーエンドだ。
だけれど、 私は納得がいかない。
個人的な理由だけれど。
魔力を奪われ、 意識を失い。 しかも、 自分の力の所為で皆を危険に陥れた。
最愛の師の愛娘を戦場に出しておいて、 自分はこれだ。
……不甲斐ないにも程がある。
「こんな役回りを期待されては居なかった筈なのに……」
期待を裏切ってしまったろうか。
そう思うと悲しくなってくる。
師の最期のお願いが、 きちんと全う出来なかった。
……結局、 役立たずだ。
一人で居る時間が長い所為か、 そうして自分を攻め立てた。
これも情けない話だけど。
いつもは、 こうして何時間か掛けて反省して、 そのうち眠るのだけど。
今日は違った。
扉をノックする音が思考を遮る。
時計を見ると、 もうすぐ日が変わる頃。
何かしら……。
「アジェル、 起きてる?」
無視しようかと思ったんだけど、 向こうから聞こえる声は久しぶりのもの。
仕方ないから、 扉を開けてあげた。
「……良かった」
「どうしたの? こんな時間に」
「いや、 用事がある訳じゃないんだけど」
そう、 廊下の灯りが照らす顔が苦笑する。
金髪が光を受けて、 ちらちらと光っていた。
「元気かなと思って。 様子見に来たんだ」
どっちかと言うと、 貴方の方が疲れてるんじゃない?と、 言いたくなる。
それくらい疲労が滲む顔だが、 それでも、 こうして来てくれている。
制服に剣まで装備していると言うことは、 職務が終わってそのまま来たと言う事だろうか。
時間を作る為には相応の努力をしたはずだ。
……迷惑かけてるかな。
完全にマイナスモードの頭がまた反省会を開こうとするのを押し留め、 笑顔を作ってみせる。
「うん。 大丈夫。 元気」
「そうか」
「キールは、 疲れてるみたいね」
「まあ、 多少はね」
「……休んでないんでしょう」
「……まあ」
基本的に休まない人なので、 疲れない方が可笑しいといつも思う。
帰ってから一ヶ月程度。
それまでも、 別に休暇と言うわけでも無かったし。
「相変わらずハードなスケジュールで働いてるわね」
「僕が居ない間、 皆頑張ってくれたから。 今休暇回してるとこなんだ」
成るほど。 それなら合点が行くけど……。
あの人数の休暇を回すのに、 一人で頑張ってなんとかなるのだろうか。
「体、 壊さないようにしてね……?」
「大丈夫だよ。 有難う」
「……うん」
笑ってくれる顔を見るのがなんでか辛くて、 下を向く。
そんな私の頭を撫でて、 貴方はそっと離れかけた。
「御免ね。 夜中に押しかけて」
「……」
「でも、 顔が見れて安心した。 アジェルは無理せず、 ちゃんと休むんだよ?」
開いていた扉のノブに、 手がかかるのを見ていた。
帰るの?もう?
「じゃあ、 お休み」
扉の向こうに、 消えてしまう。
それが、 嫌だった。
「……キール!」
慌てて手を掴む。
「え?」
驚く貴方の顔。
だけれど、 私に掴まれた手はそのままにしてくれていた。
「……あの。 ……ちょっと我侭言ってもいい?」
迷惑かな。 そんな言葉が頭を埋め尽くす。
不安で堪らなくて、 心臓がばくばくする。
だけど。 ……話がしたい。 傍に居たいよ。
もう、 あとほんの少しでいいから。
でも、 そんな不安は、 すぐ崩れた。
「珍しい」
そうやって、 笑ってくれたから。
「放って置くと、 すぐ落ちるね」
一頻り私の話を聞いた第一声がそれだった。
ごもっともではあるけど。
ベッドに座る私の真正面に椅子を出して、 真面目な顔で言われた。
「そんな言い方ないでしょー」
「御免御免。 でも、 それが心配だったから来たんだけど」
ふ、 と息を吐くのが聞こえた。
困ったような顔のまま目を閉じるキールに、 何を言われるのかと知らず緊張してしまう。
「……結果に納得いかないのは、 まあ、 仕方ないとは思うんだけどさ」
「うん」
「僕は、 アジェルや皆が生きていてくれた。 それで満足だよ」
「……」
「それとも。 それではいけないと誰かが怒るのかい?」
「そうじゃないけど……」
ただ、 許せないのだ。
皆が戦って、 傷ついた時、 何も出来なかった自分が。
「……許せないの。 私は」
「何故?」
「一人寝てたし、 私の力の所為で皆も危険にさらしてしまって」
「……意識不明で生死の境を彷徨ってたのに、 そこは流すのか」
苦笑される。
まあ、 そうなんだけど……。
「ドレインだっけ。 あれを掛けられたのは、 君だけの所為じゃないだろ。 僕だってその場に居たし、 あの時は僕がビィと戦っていた。 それを君に向かわせてしまったのは、 僕の力量不足だ。 違う?」
「……それは、 関係ない」
「あるよ。 自分が悪いところばかり執着して考えるのはよさないか?」
「そう、 ね」
ぷいっと顔を反らした私に、 また苦笑される。
「どうしても納得いかない?」
ぽん、 と、 隣に座られる。
ついでにまた頭を撫でられながら、 ちらっと隣を見た。
「僕は、 アジェルが生きていてくれて嬉しいよ。 君がビィに魔力を奪われるのを見てるしか無かった時は、 無力さに苛立ったりしたけど。 でも、 今こうして、 君と話が出来る。 ……経過はどうあれ、 結果がこれなら良いと思う」
ぽんぽんと頭を撫でながら、 キールは言葉を続けた。
「瀕死な状態で、 アジェルも頑張ったんだろう? 生きようとする意志がないと、 回復魔法は効かないって聞いたよ」
言われる言葉の音は、 とても優しい。
諭されると言うよりは、 ただ、 伝えられた。
「お願いだから、 そんなに自分を責めないで欲しい」
「……」
「頑張ったね。 ……生きててくれて有難う、 アジェル」
言葉がじわりと胸に広がる。
温かくて、 ……必死に我慢していた私の涙腺を崩壊させた。
本当にあっけなく崩れてしまって、 自分でびっくりした程だ。
「……アジェル? 御免、 僕また何か傷つけるようなことを」
「言ってない! 気にしないで。 止まらないだけだから」
両手で顔を覆って、 せめて言葉だけでも気丈にしてみるが効果は無い。
役に立てなかった。
そうやって連日攻め続けた私を、 許してくれる人が居る。
許してくれる言葉をくれた。
そのきっかけは、 私には大変な意味を持つんだ。
きっと、 みんなもそうやって言ってくれてた。
おかえり、 って。 良かった、 って。
涙が拭っても拭っても流れて、 どうしようも無い。
次第にしゃっくりまで出始めて収拾つかない私の隣で、 一頻りうろたえたキールは小さく息を吐いた。
「……帰ったほうが良い、 かな」
一応聞くあたりがらしいと言うか、 なんというか。
「……っ」
良いわけないでしょ。 泣かせた責任取りなさいよ。
と、 言える状態では無いけれど、 心境はそんな感じだ。
首を横に振っていやいやとやっていると、 そっと、 抱きしめられた。
あやすようにぽんぽんとされると、 安心感からか余計涙が出てしまう。
我侭ついでと思って、 もう良いか、 なんて思ったのは内緒の話。
戦いも、 しがらみも、 もう、 終わったんだ。
仇を討って死のうと思っていた。
でも討つ対象が居なくなって、 これからどうしたら良いのか迷って。
生きている事に、 罪悪感を覚えていたのだろうか。
だけれど。 生きていて良いと、 許して貰える。
だれか一人でも、 そうして、 私が生きることを認めてくれた。
許して貰えて、 ……ほっとした。
とまらない涙はその証拠かな、 と思う。
これから私は何が始められるだろう……?
そんなことを考えながら、 泣きつかれて眠ってしまった。




