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ワールドクライシス  作者: かたせ真
アルミス国の人達のお話
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39/62

ウワサから出たホントの話

なんやかんやで馴れ初め話。

 

「最初からそうしてりゃ、 怒る事も無かったろうに」と、 彼等の共通の知り合いは言った。










「お前が、 リテイトか? ちょっと話があるんだけど」

「……何ですか」


 城下町での事であった。

 教育施設が立ち並ぶエリアを見回る少年兵を呼び止めたのは、 一般市民……の様だった。

 リテイトと呼ばれた少年兵はエルフと見間違う様な容姿で、 中性的な顔立ちをしていた。

 彼に声を掛けたのは王立魔術学校の学生である事を示すバッチを服の襟元に付けている、 少年兵と年がそう変わらない子供である。


「お前、 アジェルと付き合ってるのか?」

「…………」


 突拍子も無い質問であったが、 この頃、 既に耳にタコが出来る程続いていた台詞である。

 まだ少年だった頃、 キール・リテイトはそんな風に尋ねられる事が多かった。

 兵士として一番隊で働き出した頃からが顕著だったろうか。

 当時十五歳。 街を一歩出れば危険が付き纏うような戦いの真下とは言え、 アルミス国の中は少し平和だったように思う。


「……平和ボケしてる余裕あるなら勉学に励んだほうが良いと思うよ」


 表情一つ変えずに言い放ち、 すたすたと去っていく。

 余段であるが、 当時のアジェルは十二歳。 彼女はライアに素質を見込まれ、 王立魔術学校で魔術を学んでいた。

 ただ本人の意志に反してその容姿で注目を浴びる事が多く、 憧れを抱く者も少なくは無い様であった。

 けれどこの頃のアジェルは他人に構う余裕は無く、 只管に勉学に励む子供だった為憧れが壊される者もまた多く。

 一方でキールは教養を知り一般知識があればそれで良かった為、 働きながら勉強をしていた。

 にも関わらず、 彼等は同郷であった事も踏まえ仲が良く。 結果的に、 勘違いと噂と羨望と妬みが入り交じった色々な感情の渦に勝手に巻き込まれていた。

 戦争の真下前線に出て戦う事も厭わない様な場所で働く彼からすれば、 学生と言う立場で甘んじていられるのに全く違う方向性にしか興味を示さない者は全て引っ括めて平和ボケしている様に見えたのである。

 訪ねた少年はわざわざ追い掛け、 キールの肩を掴んだ。


「待てよ!」

「仕事中なので、 手短にお願いできますか」

「ちゃんと答えてないのに、 逃げるのか?」


 くだらない、 と言いかけて、 キールは言葉を飲み込んだ。


「付き合ってないです」

「それならそう言えば良いだろ!」


 怒ったように続いた言葉がカンに触った。

 働いていると言っても、 彼もまだ子供である。 なので、 少年は一言付け加えた。


「君じゃあ、 無理だと思う」

「……は?!」


 何故か、 と言う理由は明確にあったのだが教えてやる義理もない。

 何やら喚いた気がしたが、 無視してキールは去っていった。












 それから、 暫く。











 時間は経過して、 キールは二十三歳になっていた。

 一番隊の隊長に就任して三年が経過し、 部下も出来た。

 昨年からは副隊長としてカトニスと言う青年と組んでいるが、 なかなかに良いコンビだと噂である。

 そんなある日の午後だった。


「隊長」


 詰所を出ようとしたキールを呼び止めたのは、 噂のカトニスである。


「……何だい? 仕事?」

「あ、 いや……そうじゃなくて」


 やや言いにくそうにしているのを見て、 首を傾げた。

 仕事であればこうはいかない。 普段きっぱりと言ってのける姿を知っているだけに、 これは何事かと不思議に思ったのだ。


「ちょっと、 聞きたいんですけど」

「うん。 珍しいな、 君が聞きたい事?」

「はい。 あの……」


 歯切れが悪い。

 言葉を待とうかどうしようかと思いながら、 困ったように笑ってみせる。


「言いにくい事かい?」

「いや。 あの……すいません。 多分聞かれて嫌だと思うんですけど」


 条件反射でキールは無表情になった。

 こういう始まり方には、 覚えがある。

 まさかと言う思いで居る彼に、 続きの言葉が耳に届いた。


「アジェルさんと付き合ってるって、 ほんとですか」

「…………」


 なんと言っていいのか分からず、 結局ため息となって吐き出された。


「なんで皆聞きたがるのかな」

「ちょっと頼まれて」

「……誰に?」

「それは……言えないですけど」


 気だるそうに送られる視線を回避できずに、 冷や汗が背中を滑っていく。

 空気がぴりぴりして刺さる様だ、 とカトニスは思った。 気のせいか、 寒い。

 キールは非常に温厚で、 笑っている事が多い。 だが、 今はどうだろう。 隠そうともせず、 あからさまに怒っている。


「僕等はそういう関係じゃない。 って定期的にいろんな人に言ってる筈だけど」

「ですよね。 はい、 すいませんでした」

「カトニス。 別に雑談するのが悪いとは言わないし、 色恋沙汰は勝手にすればいいと思うけどさ。 人のプライベートを詮索して楽しむのは、 どうかと思うよ」


 苦言を呈して、 それから、 息を吐く。

 リセットしたとでも言うように、 表情もいつもの柔らかなそれだ。


「……頼まれたって言ってたね。 巻き込まれたのかな。 それなら悪い、 八つ当たりした」

「いや、 良いです。 聞かれて嫌なんだろうなと思いながらも聞いたのは自分なんで」

「……」

「……隊長」

「何」

「ついでに聞きたいんですけど」

「……、 うん」

「じゃあ、 隊長もフリーって事で良いんですよね?」

「………………、 うん?」


 引っかかりを覚えた気がしてキールが、 呆気に取られる。

 だってそうだろう。

 男同士で尋ねるには疑問の残る尋ねられ方だ。

 はっとしてカトニスはぶんぶんと手を振った。


「違いますからね! 自分が興味ある訳じゃないですからね!!!」

「ああ……信じる、 よ」

「いや、 信じてないでしょアンタ」


 聞き方を間違えた、 と頭を抱えるカトニスと少し距離を開けて、 キールはふいっと視線を反らす。

 特に意味は無かったのだが、 カトニスは勿論気付いて肩を竦めた。


「誰かまでは言えないですが……その、 メイド達に頼まれて」

「僕とアジェルが付き合ってるかって?」

「はい。 なので頼みますから、 そういうの止めてもらって良いですか。 流石の自分もへこみます」

「……ああ、 うん悪かったよ」


 訝しげな顔をして、 キールは考えていた。

 本当に巻き込まれた形になったカトニスは不憫だと思ったが、 しかし。


「何故皆そんな事に興味があるのかな」


 ぽつり、 と呟いた言葉にカトニスは苦笑いを返す。


「まあ理由は色々あると思いますけど、 単にアンタに告白したいんでしょうよ」

「なんで?」

「何でかまでは知りませんけど。 ……つーか、 意外と他人に興味無いんですね」

「そういう訳では無いよ。 ……多分」

「ふぅん。 まあ良いです。 すいません、 時間取らせて。 失礼しました」


 ぺこりと頭を下げたカトニスに、 キールは「構わないよ。 僕こそすまない」と笑って部屋を出ていった。

 部屋に残ったカトニスは改めて息を吐く。


「……あれは、 本当に聞かれるの嫌なんだな」


 やれやれと机に戻り、 書類を手にする。


「しかし……。 あの二人はどうも人に興味が無いみたいだなー……。 どうするかな、 答えるの」


 困った、 と一人ごちてカトニスは幅広の机に突っ伏した。

 上司も上司で頼まれ事をされがちなら、 部下も部下で頼まれ事を断れない。

 最も、 両者共に状況によるが、 結局のところ似たもの同士と言うことだ。


「このままだと玉砕するだろうなー。 するのは仕方無いと思うけど、 また妙な噂立てられちまったら隊長は怒るだろうなぁ」


 アジェルは昔から目立つ子供だった。

 孤児として引き取られた後、 魔術学校では所謂マドンナの様な引く手数多の立ち位置に祭り上げられていた。

 傍目にはどう見ても美少女だったのが、 彼女の場合は災いしたと言うところか。

 当の本人は魔術の勉強をする為だけに必死でそれどころでは無い上、 他人にさして興味も無い。

 結果、 好意を寄せられていても分からず、 返答が身も蓋もなく滅多打ちな上、 逆恨みされる事もしばしばあった。

 それは今も変わらないのかも知れない。

 多少大人になった事もあり、 人当たりが良い風には出来るようになった様だが。

 交友関係は著しく狭い。 本人が友人だと思っていない所為かも知れない。

 ライアの力を受け継いだ事もあり、 尋常では無い魔力の強さも相まって、 今では敬遠されている程である。

 〝魔女〟と呼ばれていたのはライアだけでは無くなって来ていると思われる。


 キールはキールで、 アジェルとは違った意味で目立つ子供であった。

 彼も彼で、 当時から眉目秀麗な少年だった。

 単純に綺麗な顔立ちだからと、 女王が囲いたがった時もあるくらいだ。

 が、 しかし。 本人が士官する事を選び、 只管稽古に時間を費やす生活を送っていた。

 彼もまた、 必要以上に他人に興味を示さない。 皆平等に大切に思うが、 その代わり、 殆ど皆同じように見えている。

 一定の距離を保つと言う方がいいだろうか。

 近衛隊隊長に就任した今も、 変わりなく思いは息づいていた。

 大切に思うモノの数は変化したのかも知れないが、 傍目には分からないだろう。

 余段になるが、 近衛隊の隊員も全て肩書きは騎士となる。

 君主に仕える事を条件にその位を与えられはするのだが、 本人は国の為には働くが君主の為に仕えている気はサラサラなかった。


 そんな二人が付き合っているかどうかと言うのは、 話題になる事が頻繁にある。

 それだけ平和な証拠と言えばそうかも知れないが、 その原因は興味や羨望、 妬みなどなど。

 暇な者たちの食い物にされているだけなのは、 同情の余地があった。

 実際仲が良いのは周知の事実だが、 境遇を考えれば当然であると思うところだ。


 と、 ここまではカトニスが調べた結果と主観を織り交ぜている事も付け加えて置こう。


「しかし……」


 顔を上げて、 息を吐く。


「いっそ恋人だったら、 面倒な話にならないと思うんだけどな。 いろんな奴らの希望を打ち砕く事にはなると思うけど」


 他人を介して確認する者たちの胸中には、 同じ思いが宿っているはずだ。

 要するに。 ライバルがアレでは勝てない、 と。 そういうことだろう。


「……ほんと、 暇だよな皆。 羨ましい位だ」

















 あれからまた二日程経過した日の夕方である。

 近日中に女王から王女へと戴冠の儀を行うと聞き、 近衛隊は騒然としていた。

 何せ突然の発表である。

 騒然としているのは勿論近衛隊だけでは無く、 各部署がそれぞれ追われている。

 慌ただしく準備が進む城内ではあったが、 この日、 キールは喫茶室に居た。

 奥まった隅の窓際の席は、 マスターの配慮で殆ど専用と言っても過言では無い。

 昔はライアやペルナが使って居た席である。

 少しの間、 ぼんやりと、 窓の外を見ながら椅子に掛けていた。

 何をするでも無い、 と言うのは彼には珍しい時間だ。

 テーブルに乗ったカップにはまだたっぷりと珈琲が入っている。

 まだ温かそうに湯気が立ち上るが、 手を付けた様子は無かった。

 そんな静かな時間は、 来訪者を告げる靴音で変化を生む。


「……あれ、 珍しいね」


 女の声だ。 振り返る間も無く、 彼女は彼の対面の席へ当然の様に掛けた。

 何故って、 彼女の指定席は其処だからだ。


「久し振り。 今日は御休み?」

「……ああ、 おかえりアジェル。 休憩中だよ」

「へぇ。 あ、 マスターもお久しぶりです」


 彼女が見上げる先には、 エルフの男性がにこやかに笑っていた。

 この喫茶室のマスターである。

 バーテンの様な出で立ちと、 薄茶の撫で付けられた髪。 小さな丸メガネの奥には穏やかに目尻を下げた目が見える。


「おかえり、 アジェルちゃん。 本当に久し振りだね。 元気かい?」

「はい、 元気にしてました」

「そうか。 それは良かったよ」

「おじ様、 ケーキセットお願い出来ますか?」


 了承すると、 マスターはカウンターの奥へと入っていった。

 嬉しそうに顔を緩ませるアジェルを見ながら、 キールは苦笑する。


「好きだね」

「そりゃ、 帰ってきたら食べたくなるじゃない?」

「そうかな」

「そうよ。 陛下への報告も終わってるし、 おじ様のケーキ食べて貴方の顔みたら帰ってきたなーって思うの」

「もうすっかり此処が家になったんだね」

「此処がって言うか、 まあ、 そうね」


 困ったように笑ったアジェルと、 苦笑したキールと。

 その二人の間に、 アジェルの注文したケーキセットが割って入る。

 白い皿の中央に乗ったピンク色の柔らかなそれは甘酸っぱい香りがして、 周りに散らされたソースが彩りを添える。

 一緒に運ばれてきた紅茶のポットからは、 キャラメルに似た甘い、 それでいて上品な香りがしていた。


「はい、 どうぞ。 今日は野イチゴのムースだよ」

「わー! 有難う、 おじ様!」


 ぱああ、 っと花でも咲くような笑顔になる。

 そんな変化に、 マスターはにっこりと笑った。


「女の子がそうして喜んでくれると尚嬉しいね」


 そう言いながら差し出されたのは小さなバスケット。

 小ぶりのスコーンとジャムの小瓶が入っている。


「これはサービス。 キール君と分けてお食べなさい」

「「有難うございます」」


 つい同じタイミングで伝えられた感謝の言葉に、 マスターはまた微笑んだ。


「どういたしまして。 ごゆっくりどうぞ」


 そうして、 和やかに始まるのは一時の休息の時間だった。

 満面の笑みでムースを食し一頻り感想まで述べ、 紅茶を一口飲んだところでアジェルは、 はて、 と首を傾げた。


「そうだ。 さっき報告ついでに王女とお話をしてたんだけど」

「そんな余裕良くあったね……忙しいんだと思っていたけど」

「うん。 だからドレスの試着しながら」

「……へぇ。 で、 何の話を?」

「雑談よ。 それで、 聞きたい事があるんだけど……、 どうかした? 顔色悪いけど」

「いや、 ……良い。 続けて」


 嫌な予感がする、 と彼は思っていたが。

 アジェルは「そう?」と承諾すると、 言葉を続けた。


「私達が付き合っているのかって聞かれたんだけど」

「………………」


 再び小首を傾げたアジェルの前で、 疲れたように彼は溜息をついた。


「王女まで……。 本当に暇だな、 この国は」


 気を落ち着ける様に珈琲の入ったカップを手に取る。

 一口だけ飲むと、 アジェルはくすりと笑った。


「珍しい~。 騎士様が悪態ついて良いの?」

「良いよ。 揃いも揃って、 そんな話ばかり……」

「ふぅん。 まあ、 今更でしょ」

「それはそうだけど……」

「人の事にそれだけ興味が有るのは良いことじゃない?」

「……流石に、 頻繁に言われすぎて疲れてきたよ」


 ふぅ、 と息を吐く。


「そんなに疲れるなら、 もう恋人だって言えば良いじゃない」


 丁度、 受け皿にカップが帰るところだった。

 がちゃん、 と派手な音が、 彼の動揺を表している様だ。


「あれ、 良い案だと思うんだけど。 よく分からないから噂になるんでしょう?」

「……」

「頻繁に言われるって事は、 否定しても信じられてないんじゃない?」


 言われて初めて、 「ああ、 そうかもしれない」と納得をした。

 定期的に言っているのに同じことを尋ねられるのは、 可笑しいとは思っていた筈なのに。

 言われる事と否定する事が習慣になっていて、 深く考えなかったのかも知れない。


「……いや、 でもだからって」

「私じゃ不満? それか好きな人が居る?」


 きょとんとして尋ねられた質問に、 すぐ回答が出せなかった。

 けれど、 一瞬の後、 苦笑して答えた。


「居ない、 けど」

「事実なんてきっと何でも良いのよ。 大事なのは〝そういう話〟じゃない?」


 人の噂は勝手な物で、 それが例え囁く人同士にも受け入れ難くても、 より真実味がありそうなら納得をするのだろう。

 其処に事実は必要ない。 それらしければ良いだけの話。 そんな話をしているのだ。


「アジェルは、 それで構わないのかい?」

「キールだったら良いわよ」

「…………そっか」


 複雑そうな顔でまた彼は珈琲に口を付ける。

 その様子をアジェルは苦笑して見ていた。


「真面目過ぎると疲れちゃうんだからね。 深く考えなくて良いと思うし、 噂が片付くなら良いでしょう」

「まあ、 そうなんだけど」

「……もー、 はっきりしないなぁ。 何が引っ掛かってるの?」

「良い大人が子供みたいな話してるところ」

「……ああ、 それは私も思うけど」

「あと、 形だけって言うのにも引っ掛かってる、 と思う」

「だから、 それが真面目なんだってば」


 うーん、 と二人して困ったように悩んだのも束の間。

 ひょっこりと出てきたのは赤毛の青年であった。


「なら本当に恋人同士になりゃ良いじゃないですか」

「!!!」

「あ。 カトニス君だ~、 久し振り」


 驚いて振り返ったキールと、 ひらひらと手を振るアジェルを交互に見て、 カトニスは笑う。


「すいません、 聞こえたんで横槍入れました」

「ううん、 良いよ。 相席する?」

「いえ、 隊長呼びに来ただけなので、 すぐ失礼します」


 言われて初めてカウンターに乗っている時計を確認したキールは、 申し訳なさそうに顔を曇らせた。


「すまない、 もうすぐ時間だったね」

「いや、 まあ良いですけど。 隊長、 もう普通に付き合っちゃえば良いと思いますよ」

「君までそんな無責任な」

「噂云々は置いといて、 それが一番平和な気がします」

「……う」

「カトニス君、 キール真面目だからそれくらいで許してあげて」


 苦笑するアジェルと、 しれっと言いのけるカトニスに挟まれて、 キールは一人顔色を悪くしていた。


「あ、 すいません。 じゃあ、 隊長借りて行きますね。 それでは」

「はーい。 またね。 キールも、 ただの提案なんだから考えすぎちゃダメよ?」

「分かったよ。 ……兎に角、 今日中にちゃんと回答するから。 また」


 連れ立って喫茶室を出ていく二人を眺めながらアジェルは紅茶を一口飲む。


「やっぱり、 キールも嫌なのかなぁ」


 寂しげな呟きを受けたのは、 再び現れたマスターだった。 片付けに来たらしい。


「そうでも無いと思うよ」

「おじ様……」

「随分長く一緒に居るから、 どうしていいのか分からないんじゃないかな。 君達は少し不器用だから」

「……そうですか?」

「そうさ」


 優しく響く声音に、 けれど、 アジェルはうつむいてしまう。


「力が強いと敬遠されたりすることも多いです。 それでも良いって思っているけど、 キールもそうだったら、 ちょっと……傷付く」

「それは一番心配しなくて良いところじゃないかな。 あの子は、 そんな事思えない子だから」

「思えない……?」

「ああ。 だから、 気にしなくて良い。 どうなるかは分からないけど、 ちゃんと誠意ある答えをくれるよ」


 にこりと笑った顔が、 じんわりと沁みるようだとアジェルは思っていた。
















 次の日の朝。 一番隊詰所にて。


 疲れた様子で扉を開けたキールを出迎えたのはカトニスだった。


「おはようございます、 隊長」

「おはよう、 カトニス」

「お疲れですね」

「……そうだね。 昨日は色々考えすぎて、 ……仕事より疲れたよ」

「そうですか。 それで?」


 じぃっと見詰める切れ長の目は、 珍しい瞬間を納める事に成功した。


「その……だから、 付き合う事にした」


 照れたように言うその言葉や表情は、 多分、 今後一生見ることは無いだろう。

 思わず顔がにやけそうになるのを我慢して、 カトニスは言葉を贈る。


「それは良かったですね」

「うん、 ありがとう」


 改めて尋ねられるのが余程堪えるらしく、 さっさと机に向かって報告書に目を通し始める。

 そんな様子を見ながら、 カトニスは気付かれないように笑みをこぼした。

 許されるならガッツポーズを取りたい程、 彼も内心ホッとしたのだ。


 この事実はあっという間に広がって、 最終的には本当かどうか分からない話にまでなったのだが。

 いつぞやカトニスが言ったとおり、 ショックを隠せないものも暫くの間は出たとか出なかったとか聞くが。

 それはまた別のお話。


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