罪と罰
デスターとライア。死しても尚、彼女を苛むのは。
"アナタの力が欲しい"
それは生き物の業。
ヒトには過ぎたる力を求める、 ヒトの業。
他者を支配する為に、 他の全てを蹂躙する為に、 求める。
"……アナタの力が欲しい"
呼ぶ声は止まらない。
欲に塗れたその願いは、 いつも、 いつまでも響いている。
「……」
音は、 彼女の霧散した意識をかき集めるには十分だった。
その声で、 また目を覚ました。
「……」
自室の扉の前で、 デスターは顔を顰めた。
何やら気配がする。
けれど、 リアクトやシャールのものでは無い。
ならば何か。
それが思い当たらず、 そんな顔をしていた。
だが、 考えたのも一瞬。
構わず、 扉を開ける。
そして、 やはり、 と息を吐いた。
「……あら、 おかえりなさい」
出迎えた人物を見やり、 彼は表情を幾分和らげる。
ぱたんと扉を閉めると、 何事も無いように椅子に掛けた。
「お前か。 なんでまた出てきてるんだ?」
問われたのは赤い髪の女である。
と言っても、 彼のマスターである少女ではない。
今彼の眼前に居るのは、 少女の母ライアであった。
「……うーん。 私にも分からない。 気付いたら此処に居たの」
「……ふぅん」
じっと見詰める。
ライアは困ったように笑いながら、 視線を受け止めていた。
デスターは暫しそうして見詰めた後、 彼女に向かって手を差し出した。
「何?」
「良いから」
ほら、 と手を繋ぐよう催促する。
ライアは不思議そうに、 彼の手に手を重ねた。
実体の無い彼女の手はすり抜ける様だったが、 形だけでも繋ぐ格好になる。
すると、 火花が飛び散る様な、 そんな音がした。
「え……?」
「術を返した」
「術って……」
「反魂の呪でも使われたみたいだな。 中途半端に力が強い奴が使ったから、 起こされたんだろ」
さらりと言ってのける彼の言葉に、 ライアは多少面食らった様に表情を曇らせた。
繋いだ手は放されていたが、 自身の両手を見つめながら彼女は言葉を繰り返す。
「反魂……」
「……」
「どうして?」
「さあ。 目的は知らないが、 どうせまたお前の力が欲しいとか……そんなところだろ?」
悲しそうにライアは顔を曇らせるが、 それでも拳を握り締め笑ってみせる。
「どうしても居なくならないね……そういうヒト。 力なんてあっても自滅していくだけなのに」
「人ならざる物にまで称された訳だからな。 そりゃ、 居るかどうかも分からないモノを呼び出そうとするより堅実的じゃないか?」
ライアの力は破格だった。
規格外と言っても良い。
精霊と契約する前から十分強かったが、 最終的には誰も彼女に勝てる者など居なかった。
彼女を有するアルミスは世界に恐れられ、 だからこそ、 最終的には戦争の最前線へと送られた。
ライアならば、 納められるとして。
神も悪魔も、 信仰対象ではあるが曖昧な存在だ。
けれど、 彼女は確かに世界に存在した。
だからこそ、 邪な願いを持つ者は思う。
存在したヒトならば、 ヒトの手が届くのではないだろうかと。
「死者を蘇らせる事の何が堅実的なのか、 話し合う?」
「……遠慮する」
「それは残念だわ」
眉間に刻まれた皺が、 これ以上ないほど嫌だと主張していた。
ライアはその様子に笑って、 でも、 と続ける。
「これならまた眠れそう」
「……お前は」
「……うん?」
「眠り続けるだけで、 良いのか?」
ちらり、 とデスターがライアを見やる。
彼女は、 それはそれは優しく笑っていた。
「哀れんでくれてる? デスターは〝魂〟にはストレートに優しいね」
「……」
「でも良いの。 私は……この魂は、 私で終わり」
大きな力を有した彼女でも、 制御するのが難しかった世界を司る為の力。
制御する為に酷使したのは心だったが、 得る為に酷使したのは魂だった。
幾ら眠り続けても癒される事の無い傷を負って、 彼女は永久に苦しむ道を選んだ。
世界を守る為に全てを背負う。 人の身には余りに大きな理想を抱いた罰として。
人であった時の彼女と精霊達が契約する度に、 魂は摩耗した。
彼等は皆そんな彼女を心配したが、 それでも力を得たいと言ったライアと止められはしなかった。
それに、 彼女は知っていた。
自身には受け入れるだけの力が有ることを。
そんな力が有った事自体を罪だとして、 「それで良い」と、 この道を選んだ。
「だけど、 哀れむ必要は無いよ? 私は、 私の望んだ道を歩んでいたから」
「……」
「あ、 もしかして! やってた事が無駄だったって言いたい?」
「まあ」
「そりゃ、 焼け石に水だったと思うけどね。 きっかけには成れたでしょ?」
出来る限りの全てを使って結果的に彼女が成し遂げたのは、 創造主に気づかせる、 と言う事だった。
世界の在り方。
探し求める"幸せ"の方向性。
ビィとの戦いが終わった今、 創造主は世界を創る詳細な夢を見ない。
生ける者達の自由意思に任せ、 見守っている最中だ。
今後、 その方針が変わることもあるかも知れないが、 一度変えてみると言うのが大事だった。
「これは、 結果論だけど」
「……」
「貴方と契約出来なかった事、 今は良かったと思う」
「……何故?」
「契約破棄をした時に、 皆には二度と……例え死しても会えないと決まったから。 リアクトとでさえも、 会えない。 私が今こんな風に意識を保って話せるのは、 多分、 貴方とだけは契約しなかったからよ?」
「……そうか? 魂になる以上、 俺の管轄にはなるわけだしそうでも……」
「欠片すら無い物は形に出来ないでしょ? 意識が無ければ、 私はただの大きな厄災だもの。 眠る事すら満足にできないし、 こうして度々起こされちゃうけど。 今は、 貴方を通して時々子供達の成長も見守れる訳だし……実は私って意外と幸せよね」
彼女はただただ、 嬉しそうに笑っていた。
けれど、 気が済んだのかぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、 そろそろ休みます。 有難うデスター、 助かっちゃった」
「……転生出来ないんだから、 もう俺がずっと面倒見るしかないだろ。 気にするな」
「その台詞は、 意味深ね」
「……からかうな」
くすくすと笑うライアに、 デスターは面倒臭そうに言う。
「ごめんごめん。 それじゃ、 御休みなさい」
「ああ」
ひらひらと手を振って見送ると、 彼女は忽ち空気に解けて姿を無くす。
その様子を見詰めていたデスターは、 溜息をついた。
「……人柱になってまで、 世界とやらの為に働いて。 粉々になる寸前の魂になってまで精霊を守り、 永久に苦しむ事を条件に弟子を守り。 契約破棄して不安定な状態でダークエルフ助けただけでも見上げた根性だと思うのに。 ……まったく」
知らず、 不機嫌そうに彼はひとりごちる。
「挙句の果てには、 それでも子供の成長が見守れるから幸せだ? ……お前に関わった奴ら皆がお前の安らかな眠りを望んでいるのに、 なんで自分だけ苦しもうとするんだよ」
しかし、 これはもう誰にも変えられない決定事項。
だから彼は、 思考を此処で終わらせる。
死者であるにも関わらず、 彼女の時間は動いている。
リアクトの本には記されない、 欄外の時間。
だから、 彼は密やかに願っている。
いつか彼女自身が己を赦す日が来たら、 あの苦しみも終わるだろう。
そんな日が来ることを、 願っている。




