2.……ちょっと……面白いかも……。
『親愛なるイルトゥール様
このたびは突然の提案でしたのに、交換日記を快く了承してくださり、ありがとうございます。
はじめに、私のことを少し書かせていただきますね。
私は——』
年齢、学年、得意科目は数学、趣味は読書で何でも読む。そんな自己紹介の補足を書いて、交換日記の1頁目をなんとか埋める。
約束通りその日の放課後にお届けすると、翌日、早速返ってきた。こちらの学年にまで届けに来られたものだから、『顔だけ侯爵』の突然の登場に教室は一時騒然となった。
そんなこんなで、夜。自室で、戻ってきた交換日記を開く。
『親愛なるアオイファ殿』……そんな出だしで始まり、年齢と学年、得意科目は特になし(全教科満遍なく優良とのこと)、趣味としては読書・思索・散歩が上げられること。イルトゥール様も私と同じように、とてもありきたりな交換日記の1頁目を埋めている、かと思った。
『ボーフォールなどという辺境の領地から這い出てきた私は、今はこうして寮生活というやつを送っております。まあ話の補足としては、この程度で充分でしょう。
さて。これだけで素気なく筆を投げてしまっても一向に構わないわけですが、それではいくら何でも味も素っ気もない。もし気ままな慰みに付き合っていただけるなら、私が郷里を発ったあの日の、とりとめもない思い出話にでもお付き合いください。』
「……ん?」
『出立の朝のこと。父も母も、目をうるませて私を見送ってくれました。悲しいからではありません。わが子の成長というやつを、しみじみと噛みしめていたのに相違ないのです。
私には弟がいます。私と弟は、すこぶる仲が良いです。当分会えなくなるのだから、あいつもさぞかし泣いているだろうと高をくくっていたら、どうでしょう。弟の顔を覗きこむと、「そんなことより早く行けよ」とでも言いたげな、あまりに素っ気ない面をしているではありませんか。
実は、その原因を私は知っていました。あいにくその日は、弟が待ちに待った本が届く日だったのです。弟は一刻も早く部屋へ取って返し、その本を貪り読みたいに決まっていました。
しかし、そうと分かれば、無性にからかいたくなるのが人情というものです。
私と弟は、弟が産まれたときから、始終一緒でした。十も歳の離れた弟で、赤子の時分からその成長を見守ってきたのです。それが明日からは間近で見られなくなると思うと、あまりに切なくて辛い——私は弟を抱きすくめ、大袈裟に離れがたき情を演説してみせました。
すると、母がポツリと言うのです。
「イルトゥール、そんなに辛いのなら、行かなくてもいいのよ」
見れば、母の目は当初よりもっとうるんでいました。私の悪ふざけを額面通りに受け取って、この仲睦まじい兄弟を引きさくなんてあんまりだと、打ち震えていたのです。
おい、どうすんだよ、これ——弟の冷ややかな視線が突き刺さります。
どうやら私は、少々張切りすぎたようなのです。』
首をかしげながらも読み進めていたが、私はいったんそこで本を閉じ、表紙を確認した。
間違いなくそれは、私とイルトゥール様との交換日記だ。1頁目には私が綴った適当な文章も残っている。
そこで私が思わず確認してしまったのには、理由がある。追加の自己紹介と出立の朝の出来事で、すでに2回改頁があったのだ。つまりイルトゥール様の記載は、3頁を超えている。
先に頁をめくって、その数だけ確認してみる。……全部で、10頁だった。ながっ、長くない!?
とはいえ、交換日記としては長すぎるが、寝る前に読む文章としては気後れするほどでもない。私は気を取り直して、先を読み進めた。
——今のは冗談で、弟をからかっただけだ。そう白状できれば良かったのだが、それは出来なかった。それを言うには、弟が兄の出立に気がそぞろだったこと、見送られる場で見送られる側(イルトゥール様)がふざけたことを打ち明けなくてはならない。それは必ず、母の怒りを買う。曰く、母君は怒るとかなり恐ろしい方なのだそうだ。
イルトゥール様は、弟君と目くばせをした。弟君もあい分かったと頷く。
そこで二人は、穏便に、しかし感動的に。別れはつらいが互いの成長を受け入れる、素晴らしい兄弟愛を、アドリブで演じてみせたのだそうだ。
母君は「二人の成長の機会を奪おうとした自分が愚かだった」と、兄弟の別れを受け入れた。父君は笑いをこらえながら、いいものを見せて貰ったと、少々心付けをくれたのだそうだ。
そうしてすったもんだの末に、無事、イルトゥール様は生家を出発された。
だが、そのすったもんだに勝手に巻き込まれた弟君は、どうやら気がすまなかったらしい。王都までの長い道中、中継とする町までの間にと持たされていた軽食が、馬車から消え失せていたのだそうだ。
『私もまだまだ未熟ではありますが、だからといって一食分くらいの空腹に音を上げるほど、幼稚でもないつもりです。弟をからかって遊んだ天罰、せいぜい自業自得というやつだろうと諦めをつけ、次の町へ着くまでは腹の虫をなだめておく気でいたのです。
ところが、道中の関所がいけなかった。私は、空腹がすぎて、頭の芯まで呆けていたのです。書類を一枚書き損じたばかりに、野盗のようにあっさりと捕縛されてしまったのです。滑稽としか言いようがありません。
どうも筆が滑りすぎたようです。いつのまにか、夜も随分と深まってきました。今夜のところは、このくらいで。続きはまた、次の機会にお付き合いいただければ、幸いです。』
そこでイルトゥール様の交換日記は締めくくられていた。内心つっこみ、ときに吹き出しながら読了した私は、一度頭を抱えてしまう。それから湧き出る感想を抱えておくことができず、思わず口に出してしまった。
「……ちょっと……面白いかも……」
◆
翌日、学校にて。休み時間のさなか教室の窓からふと見ると、イルトゥール様がまた中庭のガゼボで、今度は何やらぼんやりと座っていた。
一緒に世間話をしていた友人たちに断りを入れてから、交換日記を抱えて中庭へと向かう。
「イルトゥール様」
声を掛けると、彼は驚いた様子も見せず、顔をこちらに向ける。そして私の姿を確認すると、席を少し横に避けて、空いたそこを掌で示した。隣に来いという意味だろう。ちょうど少し話したいことがあったので、素直にお邪魔させていただく。
「イルトゥール様は、交換日記——」
「うん」
「あの、まず、聞いてください」
交換日記の単語を出すなり、手を差し出された。私の手にあるそれを、受け取ろうとしたのだろう。実際渡しに来たのだが、それより先に、確認したいことがあった。
「イルトゥール様は、交換日記がどういうものか、ご存じですか?」
「……君は、したことは」
「え。いやまあ……私も、したことはありませんが……」
イルトゥール様は声も出さずに首を横に振って、そしてこちらに話を振ってくる。
私も実際に交換日記をするのは今回が初めてだが、それでもイルトゥール様の交換日記がおかしいことは、間違いないと思った。なので、必死に言葉を選んで、それを彼に伝えようと試みる。
「交換日記は、つまり、日記なんですよ? イルトゥール様の書かれたものは、その……」
「日記」
「はい」
「つまり、あまり過去のことは、書くべきではない」
「頁数の話をしています」
頁数。イルトゥール様は口内で、音もなく呟いた様子だった。それから、またじっと黙りこくってしまった。相変わらずの無表情で何を考えているのかは分からなかったが、何かを考え込んでいる様子ではあったので、とりあえず、こちらも黙って待つ。
「迷惑?」
数秒の後、聞こえてきたのは、そんな優しい声色だった。
「いえ。迷惑、では……」
別に、迷惑ではなかった。実際、イルトゥール様の交換日記は、読み物としてかなり面白い部類だった。次もあれが読めると思うと、楽しみにすら思える。ただ……。
「私は、そんなには書けません」
私にとっての一番の問題は、そこだった。昨日イルトゥール様の文章を読み終えた後、私は私の頁を綴ろうと思った。でも私にはそんな語れる過去もなければ、ユーモアもない。結局、彼の文章に対する読書感想文のようなものを綴ってしまった。それだって、一頁を埋めるのが精一杯だった。
彼に、私が、愛着を持ってもらわなくてはならないのに。この自己開示の差は、何だかちぐはぐのように思えた。
「まだ書いてない?」
「いえ、書いてはあるのですが……」
「そう」
そんな私の企みを知る由もないイルトゥール様は、書いてあるのならばと、交換日記を受け取るための手を出してくる。その手を断る言い訳もなく、私は白状するような心持ちで、そこへ交換日記のノートを乗せた。
「……迷惑でないなら、もっと書いても?」
「エッ、10頁よりも!? 私は……構いませんが……」
「よかった」
「よかったって……そんなに好きなんですか?」
「君を?」
「違います。書くことを、です」
「ああ、うん」
好きだよ。イルトゥール様はそれが常識とばかりに、淡々と呟く。その正直さは、聖職者を思わせた。
——好きなのか。好きならば、書かせておいて損はないか。
その隣で、こちらも、粛々とそんなことを思っておいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
色々調べながら書きましたが、貴族用語や文化を誤っていたら、
「この世界はこうなんだなぁ」と思っていただきつつ、
次作に生かしますので、そっとご指摘いただけますと助かります。
もし楽しんでいただけたのなら、
リアクション・ブックマーク・評価などいただけますと、嬉しいです!
よろしければ、続きにもお付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>
(追記)
誤字のご連絡、ありがとうございます!
野党⇒野盗
驚いて様子⇒驚いた様子
早速帰ってきた。⇒早速返ってきた。




