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「面白くない男はいらない」と姉からお下がりで婚約した侯爵様が、実はかなり……面白い。  作者: 大虫ころも


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1.面白くないと噂の『顔だけ侯爵』と、お下がりで婚約することになりました。


「イルトゥール・ド・ボーフォールって、あの『顔だけ侯爵』でしょ? 面白くない男、私はいらないわ。アオイファにあげる」

 

 貴族の結婚は、面白い面白くないで決めるものではない。なのにお姉様は、恥ずかしげもなくそう宣った。お父様は形式だけ、「お前もそれで構わないな」と確認してくる。断る術を持たない私——アオイファ・クロムウェルは、ただ微笑んでうなづいてみせてた。


 姉・クイヴァには昔から、私に何かとお(・)下(・)げ(・)る(・)癖があった。

 流行りの終えたドレス、ピンと来なかった本、思った発色ではなかったインク……。飽きたもの気に入らなかったもの面白くないもの、自分にとって不要な物を、何でも「アオイファにあげる」と渡してきた。

 

 その上、お下げたものが後に流行ると「返してくれる?」と、それが当然とばかりに私の部屋から持って行く。

 かつて渡された冒険小説は、お下がりながらも私は気に入っていた。しかし、その物語が後に舞台で興行され一世を風靡すると……お姉様は、自分は前々から好きだった、友人に貸すからと私の本棚から持って行ってしまった。——その本はそのまま、返ってこなかった。

 

 まるで倉庫か、塵箱だ。自分の部屋を思い浮かべると、自嘲してしまう。

 姉の興味は縦横無尽で、その末期を引き受ける私の部屋は、いつも雑然としていた。

 私にだって好き嫌いはあるし、好みでないドレスをワードローブに並べる趣味はない。

 

 しかし、私には、そのお下がりを断ることはできない。


 姉と私は、母が違う。お姉様は正妻の娘で、私は……お父様と使用人の間にできた娘。いわゆる、庶子だ。

 私が生まれたとき、それはもう大騒ぎだったらしい。どんな騒ぎだったのか。それを私に教えてくれるようなデリカシーのない人は、さすがに屋敷には居なかった。けど、想像はつく。

 すったもんだの末お父様たちは、手(・)札(・)は多い方が良いと私だけをキープした。私の産みの母である女性は、屋敷から追い出された。

 

 追い出されたと言っても、定期的に送金はしていて、生活に困らないよう便宜は図っているらしい。

 ——ひとり産んで、それで一生働かなくて良いだなんて、なんて羨ましい! 私なんて三人の子を養うために……。

 厨房の女性がそんなことを話しているのを、偶然聞いてしまったことがあった。

 ……そういうものなのだろうか。母は、私の生みの母親は、羨ましがられる境遇なのだろうか。

 

 とはいえ、それで私が屋敷で特に酷い目に遭っているというわけではない。

 お父様は、私との適切な距離が分からないようで、ずっとギクシャクとしている。お母様は当然、私と物理的に距離を置いていた。屋敷の人たちは、自分たちの同僚から出た錆である私を、腫れ物のように扱う。

 だが、衣食住は共にしているし、表面上は普通の家族であるように見せていた。

 お姉様だって、きっと、私に対する施しのつもりなのだろう。

 

 ——私は庶子で、手札として手元に残されているだけ。それなのに、生まれを思えば身に余る待遇。身の程はわきまえなければならない、感謝しなくてはならない。

 だから私はいつも、「あげる」と言われたら「ありがとうございます」、「返して」と言われたら「もちろん」と、笑みを浮かべて返している。


(でも……婚約者までお下がりで決まるとは思わなかったな……)


 ボーフォール侯爵ご令息・イルトゥール様とクロムウェル伯爵家の婚約も、本来はお姉様のものだ。

 まあ、ドレスや小説と違って、婚約者には好みも何もない。だから、いつものお下がりよりは、むしろマシに思えた。


 ◆


 王都には貴族学校があり、この国の貴族の子は、ほとんどそこへ通っていた。通う期間は、16歳から18歳の三年間。

 私も一応、通わせて貰っている。私が庶子であることは、クロムウェル家の秘密とされていた。……と言っても、亜麻色の髪に鮮やかな青い目の姉と、青鈍色の髪に左右で目の色が違う妹を、世間が本当に姉妹だと信じてくれているのかは謎だ。


 例の婚約話から数日後。音楽の授業を終えた、昼の長休み。教室へ戻ろうと、校舎二階の廊下を友人たちと歩いていると……。


「あ。ほら、顔だけ侯爵よ」

 

 言って、友人の一人が窓の外を指さした。

 つられて見れば、中庭のガゼボにイルトゥール様が居た。ガゼボの中にはベンチとテーブルがあって、そこで何か書き物をしている。


「本当、顔だけは良いのに」

「このくらいの距離で眺めるのがちょうど良いわ」

「私、前に図書室でお見かけしたことがあるのよ。本当、噂通りの方なのね。無口で無表情、口を開いても……ふふっ……声が小さくて、何を仰ってるのか分からないの!」


 クスクスクス。友人たちの笑い声が響く。


 イルトゥール様は、銀髪に金色の瞳で、涼やかな目元の眉目秀麗な方だ。それこそ、入学当時は女子生徒の注目の的だった。

 しかし、友人の一人が言っていた通り。彼はとんでもなく鉄仮面……なのだそうだ。私は実際会ったことが無いので、真実は知らない。


 貴族学校に通う生徒たちは当然貴族の子どもで、皆いずれ婚約者と結婚する。そんな世界で、誰が格好良いだの素敵だの言うのは、しょせん娯楽でしかない。娯楽は、面白くなくては意味がない。


 結局、自分たちの黄色い声に何の反応もしないイルトゥール様に、女子生徒たちは数ヶ月で飽きてしまった。そして次には笑いものにすることで、どうしても目を惹いてしまう彼を娯楽に昇華した。


 ——という経緯が去年の出来事、なのだそうだ。


 今さらながら整理するが、私は16歳で、お姉様は18歳。そして、イルトゥール様は17歳だ。

 なので、私が入学する頃には、彼を嘲笑する土壌が出来上がっていた。先輩方が作り上げた空気に、わざわざ反抗する理由もない。私たちの学年の女子生徒も、それに倣って彼を小馬鹿にしていた。


 とはいえ、私がここで一緒になって彼を嗤う筋合いはないだろう。


「そういえば、私、婚約したの」

「えっ、おめでとう!」

「どなたと? 私たちが知ってる方?」


「イルトゥール様と」


 私の急な告白に、一瞬の沈黙が生じた。

 それから友人たちは……え、うわ、あちゃー、と気まずそうに視線を交わす。


「違うの、みんなを責めたいわけじゃない。ただ、理由も言わずにみんなの会話に入らないのも——その……卑怯な気がしただけで……ごめんなさい」


 変になってしまった空気に、つい謝ってしまう。

 友人たちは「何でアオイファが謝るのよ〜」と苦笑してくれたので、それ以上居た堪れなくなることはなかった。


「でも、イルトゥール様が婚約者だなんて大変ねぇ」

「そう……なのかしら。一度も話したことがないから、分からないの」


 考えてみれば、おかしな話だと思う。この距離にいる相手と、一言も話さないまま、婚約を結ぶだなんて。

 理由として考えられるのは、この国で女性貴族に対して貴族学校の門戸が開かれたのは、つい十数年前のできごとだからだ。

 かつて女性貴族は、家庭教師から学問も学び、屋敷から出る機会も限られていた。その頃の名残りで、今も婚約は両家の当主間で行われ、婚約の当人同士は輿入れまで直接会わないなんてことも珍しくない。

 最近は、王都周辺の貴族間なら、当人同士を交えて一席設けることもあるらしい。でも、ボーフォール家は辺境の侯爵家だった。なので今回の婚約にはそう言ったこともなく、完全に書面だけで交わされた。

 

「まあ顔だけとは言え、侯爵家よ? それも辺境伯の流れを汲む。良い婚約に変わりはないわよ!」


 良い婚約。それは、……それだけは、確かなことだった。

 ボーフォール家は、ルーツは辺境伯で、数代前に爵位として侯爵を授けられた、王室からも信頼厚い血筋だ。それがなぜか、王都周辺でありきたりな商売ばかりをしているクロムウェル伯爵家に縁談がきた。

 まあ、なぜかも何も、おそらくお父様が頑張られたのだろう。あの人は、クロムウェル家を繁栄させることに余念がない。


「それに鉄仮面が実は妻だけは溺愛するとか、よくある話じゃない?」

「あんなのは小説の中だけじゃないの?」

「でもでも、事実は小説より奇なりって言うわよ。ね、アオイファ!」

 

「……そうね」


 私が、友人たちの慰めにてきとうにうなずいてしまったのは、彼女たちの会話をてきとうに聞いていたからではない。

 

 彼女たちの話に耳を傾けながらも、私の目はイルトゥール様を観察していた。すると、ガゼボにいる彼の元に、一人、女子生徒が近付いたのだ。タイの色からして、彼と同学年の方だろう。何か一言二言交わして、その女性はすぐにそこを後にする。多分、同じ学級か委員で、何か事務的なやり取りをしていたのだろう。この距離からでも伝わるほど、二人のやり取りにはイロを感じなかった。でも……。


 ——本当の愛を見付けたので、婚約は破棄する。

 そんなのも、よくある話だ。もちろん、小説の中でだが。


 イルトゥール様と今のあの女性には、何もないのは分かっている。

 ただ、もしもこの先イルトゥール様がどなたかとそんなことになったら……所詮は、侯爵家と伯爵家だ。婚約破棄と言い渡されたら、クロムウェル伯爵家に、ボーフォール侯爵家を引き止める術はない。


「手札として、務めを果たすか」


 とはいえ、せっかく婚約者殿と同じ学校に通わせて貰っているのだ。ただ、手をこまねいていることもない。

 クロムウェル家の手札。侯爵家と縁を結ぶ。それが私の、ここで生かされている理由なのだから。


「アオイファ?」

「せっかくだから、話しかけてみようかしら」

「あら、いいじゃない!」

「アオイファも気になるわよね。イルトゥール様が溺愛系なのか、どうなのか!」


 ——違う。そこは別に、どうでも良い。

 そう思ったものの、それを今ここでわざわざ否定する必要性はないだろう。私はてきとうに微笑んで、友人たちに送り出してもらうことにした。


 ◆


「イルトゥール様」


 彼の座るガゼボへ近寄り、そっと声を掛ける。イルトゥール様はなおも走らせていたペンをピタリと止めて、ゆっくり顔を上げた。


 ——このくらいの距離で眺めるのがちょうど良い。

 友人の言葉は、正しいように思えた。自分が何しにここへ来たのかも、一瞬飛んでしまいそう。今のこの距離で改めて見るイルトゥール様は、そんな顔貌と容姿をしていた。


 え、待って。さっきの女子生徒は、この顔面を前にあんな味気なく声を掛けて去って行ったの? いやまあ同学年なら、彼とはもう一年以上共に時間を過ごしている訳だし……慣れるのか? そうかな……そうかも……。


 そんなことはさておき。


「お初にお目にかかります。私は、アオイファ・クロムウェル。クロムウェル伯爵家の末娘です。婚約の件は、お聞きになられていますか?」

「……」

「……」

 

 数秒の後、彼は言葉もなくうなずいた。

 ……お、遅い! 婚約の話を聞いたか聞いてないかの二択で、何をそんなに考えることある!?


「……あ」

「は、はいっ?」


 イルトゥール様が、一音、声を出す。ちょうど内心で毒づいていたタイミングだったので、私は変な声をあげてしまった。


「俺は、イルトゥール・ド・ボーフォール。初めまして、こちらこそよろしく」


 内心身構える私に、イルトゥール様は席を立ち、慇懃な一礼と共にただ自己紹介をされた。単に私が自己紹介をしたから、自分も名乗らなくてはと気付いただけのようだ。

 悪い方ではないのだろう、多分。


「はい、よろしくお願いいたします」

「うん」

「……」

「……」

「あ、座っていただいて大丈夫ですよ」

「君は?」

「えっ、私? あ、では、失礼します……」


 学園内で孤立されてる婚約者殿に優しく声を掛けて、捨てられない程度に気に入っていただく。私は、そんな目論見でここに来た。なのに、完全にペースを崩されている。

 私は流されるまま、彼の隣におさまることとなった。


「何をなさってるんですか?」


 いや、私は話をしに来たのだから、これはむしろ好都合。そう思い直し、当初の予定通り、てきとうな話題で会話を続けようと試みた。


「……手紙を書いてた、家族への」

「あ、見せなくて良いですよー」


 婚約者に、後ろめたいことなどないと表したかったのか、何も考えていないのか。イルトゥール様は言いながら、手元の紙をペラペラとめくってみせる。内心慌てて、その手を上から抑えた。


 文面が脳に入らないよう、薄目でその便箋を確認してみる。ぱっと見で手紙はすでに8枚以上に及んでいた。な、長くない? そういうもの?? 屋敷から離れて暮らしたことのない私には、一般的な文量は分からなかった。


 一般的な量はさておき、その長い手紙は、噂に聞く無口無表情な彼のイメージとは一致しなかった。そう言えば、会話は妙なテンポなのに、廊下から見たときはとてもサラサラ文字を書いていたことを思い出す。


 ——そして。ちょうど私の手元には、今日新しく下ろそうとしていた白紙のノートがあった。


「イルトゥール様」

「何」

「あ、近いです、顔。……ではなくて、あの、交換日記をしませんか」


 私の思いつきからの提案は意外と言えば意外、計画通りと言えばその通り。いとも簡単にうなずいて、受け入れていただいたのだった。


 ◆


「どうだった? 溺愛してくれそう!?」


 とは言え、最初は発案者が書くべきだろう。放課後までに書いてお渡ししますと伝えて、その場は後にした。

 教室に戻るなり、友人たちに囲まれる。そう言えば、そんな勘違いをされていたんだと、思い出す。


「……とりあえず」

「うんうんっ」

「声は、別に小さくなかった。面と向かってなら、普通に話せたわ」


 そこ〜!? と言う女の子らしい賑やかな声が、教室に響いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


色々調べながら書きましたが、貴族用語や文化を誤っていたら、

「この世界はこうなんだなぁ」と思っていただきつつ、

次作に生かしますので、そっとご指摘いただけますと助かります。


もし楽しんでいただけたのなら、

リアクション・ブックマーク・評価などいただけますと、嬉しいです!


よろしければ、続きにもお付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>

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