01 野獣辺境伯の婚活
「結婚相手を探すどころか、話すらできないと?」
向かいに座るクロードに問われ、ガレスは渋い顔のまま頷いた。
「何度も夜会に参加していますが、大半の令嬢方は俺の顔を見るなり逃げていきます。それに——」
「ふふっ……いや、続けてくれ」
「どうにか声をかけても『命だけはお助けください』だの『死にたくない』だのと怯えるばかりで……」
「……く、くくっ」
「挙げ句の果てには気絶される始末です」
ガレスの散々な現状を聞き終えたクロードは、とうとう耐えきれずに腹を抱えて笑い出した。
王宮の一室に、遠慮のない笑い声が響く。
「……殿下。笑いごとではありません」
「ははは! これを笑わずに聞けというのか? 無茶を言うな」
クロードは肩を震わせながら、改めて向かいの男を眺めた。
二メートル近い巨体。全身に刻まれた荒々しい傷の数々。中でも顔を大きく横切る傷はひときわ目を引いた。そのうえ目つきは獣のように鋭い。
ただ黙って座っているだけで、近寄りがたい威圧感があった。
「そういえば、巷ではお前、〈野獣辺境伯〉と呼ばれているらしいぞ」
「……存じております」
「北の魔境から、年頃の娘をさらいに来たそうだな」
「さらいません」
ガレスの眉間の皺がいっそう深くなる。
笑い話で済めばよかったのだが、そうもいかない。
ガレスには、できるだけ早く結婚しなければならない理由があった。
ガレス・ヴァルグレイブは、北の国境地帯を統べる若き辺境伯である。
彼の治める領地は、常に他国からの侵攻の脅威にさらされ、領内には魔物も多く棲息する厳しい土地だ。
そのためヴァルグレイブ家では、当主に万が一のことがあっても家を絶やさぬよう、早くに妻を娶り、跡継ぎをもうけるのが慣例となっていた。
ところがガレスは領地経営や国境防衛、魔物の討伐に追われて自身の結婚を後回しにし続け、気づけば年は二十三になっていた。結婚適齢期も中盤を過ぎたというのに婚約者すらいない。
いつまでたっても身を固める気配のないガレスに、とうとう両親や家臣たちが痺れを切らした。
「嫁を連れて帰ってこい」
そう言い渡され、ガレスは雪の降り始めた領地を半ば追い出されるかたちで、社交シーズンの王都へやってきたのである。
その結果は、先ほど本人が語ったとおりだ。
「……殿下のような顔に生まれていれば、少しは違ったんでしょうが」
ガレスが恨めしげにクロードを見やった。
輝く金髪に澄んだ碧眼、絵画から抜け出たような端正な顔立ち。そのうえクロードは、相手の喜ぶ言葉をさらりと口にすることができた。第一王子という肩書きに惹かれて近づいた令嬢でさえ、言葉を交わすうちに頬を染め、いつしか本気で彼に焦がれていく。
ガレスの視線の意味を察して、クロードは肩をすくめた。
「顔だけの問題ではないと思うがな」
「どちらにせよ、もう万策尽きました」
「それで、私のところへ来たというわけか」
「……はい。王家のお力を借りて、どなたか紹介していただけませんか」
「ふむ。それはもちろん構わないが」
王族として、国防の要であるヴァルグレイブ家の断絶を見過ごすわけにはいかないし、何よりガレスは幼い頃からの友だ。頼まれれば、手を貸さない理由などなかった。
「ちなみに、婚約者の条件に希望はあるか」
「一つだけ。領地と領民を悪く言わない方がいいです。あとは特にありません。辺境に来てくれるなら、俺が責任を持って生涯お守りします」
まっすぐ告げられた言葉に、クロードは目を細めた。
(まったく、もったいない話だ)
ガレスは〈野獣辺境伯〉などと呼ばれる風貌ばかりが目につくが、よく見れば精悍で整った顔立ちをしている。
不器用だが誠実で、ひとたび妻を迎えれば誰より大切にする男だ。
しかもヴァルグレイブ家は、王家と深い親交を持つ名門。北の防衛を一手に担い、王国随一の軍事力を擁する。その発言力は、並の貴族家をしのぎ、財力にも恵まれている。妻に不自由な暮らしをさせることなど、まずあり得なかった。
夫に望むべきものを、これほど兼ね備えた男はそうはいない。
それなのに令嬢たちは恐ろしい外見にしか目を向けず、当のガレスまで、自分には結婚相手としての魅力などないと思い込んでいる。
その見事な売れ残りぶりがおかしくて、クロードは思わず口元を緩めた。
(さて、問題は誰を紹介するかだが……)
辺境という土地を厭わず、領地や領民を大切にしてくれること。そして何より、ガレスの恐ろしげな外見に惑わされず、その奥にある良さが分かる女性がいい。
そんな令嬢がいただろうかと、クロードは知り合いの顔を一人ずつ思い返していった。
やがて、一人の令嬢が脳裏に浮かぶ。
リリアンナ・ルベルハルト伯爵令嬢。
「あ……」
「殿下?」
「ガレス。さっきお前、領地と領民を悪く言わない以外に望む条件はないと言ったな?」
「はい」
「本当に、それ以外はないんだな?」
「ない、ですが……」
クロードの顔に、見るからに機嫌のいい笑みが広がった。
「それなら、ぜひ紹介したい令嬢がいる」
「本当ですか」
「ああ。伯爵家の非常に優秀な女性だ。彼女には少々事情があって、なかなか結婚相手が見つからずにいてな。私も以前から、誰か紹介できる相手はいないかと考えていたところだった」
「それで俺を紹介していただけるのはありがたいですが、その事情とは?」
もっともな問いだったが、クロードは答えず、ただにこにことガレスを見返した。
リリアンナには、〈魅了の祝福〉と呼ばれる特殊な力がある。
彼女を目にした男を魅了し、理性を奪い、手に入れようと暴走させてしまう危険な力だ。
今はその力も抑えられ、誰かを惑わすことはない。だが〈祝福〉については、尾ひれのついた噂ばかりが広まった。
近づいた男は正気を失う。男を破滅させる魔性の女だ——。
その悪評のせいで、彼女には縁談ひとつ来なかった。
優秀で人柄もいい。だからこそクロードは以前から、彼女の事情ごと受け入れてくれる相手を探していた。
そこへ、実に都合のいい男が転がり込んできたのである。
ガレスは昔から、小さくてか弱いものを放っておけない男だ。
そしてリリアンナは、小柄で、何事にも一生懸命な娘だった。
三か月も一緒に過ごせば、ガレスが彼女を気に入るのは目に見えている。
一度、自分が大切にすべき相手だと認めてしまえば、あとからどんな事情を知らされようと、簡単に手のひらを返すような男ではない。
情に厚いヴァルグレイブの人間たちも、一度リリアンナを身内と認めれば、見捨てはしないだろう。
要するにクロードは、リリアンナを丸ごとガレスに託してしまおうと考えたのだ。
「そうだな。お前も彼女も、それぞれ事情があって結婚相手が見つからずにいる。なら、いきなり正式な婚約を結ぶのではなく、まずは三か月、仮の婚約期間を設けてみないか。彼女にはその間、お前の屋敷で過ごしてもらう。互いに事情を抱えているのだから、結婚を急いで決める必要はないだろう。一緒に暮らして互いのことを知り、それでも結婚したいと思えたなら正式に婚約する。どちらかが望まなければ、その時点で白紙に戻せばいい」
クロードはそこで大きく頷いた。
「うん。我ながら、なかなかいい考えだ」
「……殿下?」
事情ははぐらかされたまま、話だけが勝手に進んでいく。ガレスは訝しげにクロードを見る。
「そんな目で見るな。分かってるさ。彼女の事情は、期間の終わりにお前の気持ちを確かめてから、きちんと話す。それまでは何の先入観もなしに、彼女自身を見てやってほしい。そのうえで事情を聞いて、正式に婚約したいと思えるかどうかを判断してくれ」
クロードはにこやかな笑みを浮かべたまま、ガレスの返事を待った。
「……なるほど」
ガレスは腕を組み、しばし考え込む。
クロードが何か企んでいることくらい、ガレスにも察しはついている。だが同時に、この幼馴染が面白半分でこんな話を持ちかける男ではないことも、よく知っていた。
「分かりました。同じような悩みを抱えている方なら、互いに助け合えることもあるかもしれません。その仮婚約の話、進めていただけますか」
「そうこなくては。こちらで段取りを整えておく。決まり次第、すぐに連絡しよう」
「お願いします」
話がまとまり、ガレスが頭を下げる。
「ああ、そうだ。ガレス」
顔を上げると、クロードがにやりと笑っていた。
「楽しみにしておくといい。会ったら、たぶん驚くぞ」
「驚く、とは?」
問い返しても、クロードは意味ありげに笑うばかりで、それ以上は何も教えてくれなかった。
——その日のうちに、王家からの手紙がルベルハルト伯爵家へと送られた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
完結まで温かく見守っていただけましたら幸いです。
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