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最強騎士、昭和に帰還。理不尽をやり返す話  作者: 水戸直樹


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第1話 昭和末の小学校。理不尽ドッジボールをやり返す

「おおらぁ!」


 座っていた俺は、突然、背中を殴られて前のめる。肺の空気が押し出され、机の角に腹が食い込んだ。


「痛ッ!」


 休み時間、教室に気分次第の暴力が吹き荒れる。

 ターゲットになるのは、決まって言い返さない大人しい男子たち。

 小四の俺も、その中の一人だった。


 下手に言い返しても、余計にやられるだけ。

 震える拳を隠し、ヒヤリとしながらも何事もないようにやり過ごす。それしかなかった。


「おらぁ!おらあ!」


 だが、今日の桜田はしつこい。何度も何度も、壊れた機械のように俺の背中を打ちつける。


(早く終わってくれ……)


 数発を耐えると、飽きたのか、やっと立ち去ってくれた。

 悔しいとか、思う余裕なんてなかった。ただ嵐が過ぎ去るのを待つだけの、無力な存在。




 昭和末から平成までの二十八年。思い返そうとしても、指の間から砂がこぼれるように何も残らない。

 青春の思い出なんて、ブラウン管の中でピコピコ動くドットの塊だけで、ただ真面目が取り柄だけの人生。


 あの日、友人がいじめられているのに目を逸らした、気弱で情けない自分。

 好きな子ができても、遠巻きに見ているだけで。

 就職してからも、理不尽な要求を断れず、心身を壊しても辞められず。


 すべて、世間に、他人に遠慮しているうちに、俺の人生が終わった。




「……生きてる、のか?」


「そう。勝手ながら召喚させてもらったわ。あなたのモラルの高さ、肉体の資質。騎士に向いているの」


 リュシアンナという魔女が、何を思って、死に体の俺を拾ったか。

 それからの二十年は、物語にあるような華やかな異界の騎士。そんな格好のいいもんじゃなかった。ただ「遠慮ばかりの自分」への憎悪だけで、狂ったように剣を振った。


 幾千の屍を超え、魔王の首を撥ねたとき、魔女は「何が欲しい?」と笑った。

 俺は、返り血で真っ黒に汚れた籠手で、自分の顔を拭った。


「できることなら、やり直したい。それだけだ」




 気がつくと、セミの声がうるさくて頭が割れそうだった。

 強烈な陽光。喉を焼く熱気。


 目の前では、一人の男子・小出が大勢に詰め寄られ、小突かれている。

 あの、最悪なドッジボールの時間か。


 小出は、今の一球をかわしていた。


「ボール当たっただろ!」

「ズルすんじゃねえぞ、小出!」


 クラスの王様として君臨する、桜田の汚い怒鳴り声。

 それに同調する取り巻きどもの、太鼓持ちのような笑い声。

 


 担任の海野が、ニヤついた顔で近づいてくる。


「小出、みんな言ってるだろ。見え見えの嘘つくな。いるんだよな、お前みたいなろくでもないヤツ」


 吐き気がする。何もかもが、あの日のままだ。


 ターゲットにされた小出が、助けを求めるように、絶望に染まった瞳で俺を見た。


「……慎太、見てたよな?」


 かつての俺は、ここで恐怖に負け、目を逸らした。


「——ああ」


 一歩。前に出る。

 目の前には、記憶よりも少し背の低い、クラスの暴君・桜田が立っている。


「……おい、桜田」


 自分でも驚くほど、低くて平坦な声が出た。

 怒鳴る必要はない。ただ、向こうの世界で「断罪」を下し、命を刈り取る時に使っていた声音で、告げた。


「お前、さっきからうるさいんだよ。小出は当たってねえだろ。俺が見てた」


 桜田が言葉を詰まらせ、喉を鳴らす。海野が、何か言いたげに口をパクパクさせたが、俺がそいつの瞳の奥をじっと覗き込むと、目を泳がせ硬直した。


 俺はさらに一歩、踏み出す。

 ジャリッ、という砂利の音が、静まり返った校庭に異様に響く。


 先ほどまで威勢のよかった桜田の取り巻きたちが、一人、また一人と、得体の知れないものから逃れるように後ずさりしていく。


「そのボール、貸せよ」


 俺は、桜田が抱えていた、土で汚れたゴムボールを、ひったくるように奪った。


 ——二十年。剣だけでなく、ありとあらゆる武器、そして自らの感覚を研ぎ澄ませてきた。


 俺は、ボールを投げた。


 空気を切り裂く爆音。

 剛球は、桜田の頬をかすめ、横っ面をすり抜け、重力に逆らうようにぐわんとホップした。

 一直線に伸びた弾道が、校舎最上段の時計に直撃する。


 乾いた音が、静まり返った校庭にどこまでも響いた。


 俺の力が、すでに子どものそれではないことに、ようやく桜田が気づいた。


「次、小出にまたちょっかい出してみろ。今のボールみたいに、お前の頭をぶん投げてやる。……わかったか?」


 桜田の膝が、生まれたての小鹿のように笑い、生温かい液体が彼のズボンを伝って地面に落ちた。


 むせ返るような土埃の臭い。狂ったようなアブラゼミの声。

 そして、プライドを粉砕された情けないガキの泣き声。


 誰も、もう「当たった」とは言えなかった。


 俺は、地面にへたり込み、呆然としている小出の肩を、ポンと叩いた。


「よく泣かずに耐えたな。……もう、大丈夫だ」


 戻ってきた理由。

 これで、ひとつ。


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