昼休みの異変①
手芸部に所属しているので、自分が休み時間に堂々とアクセサリー(魔法具)のデザインを考えていても怪しまれる事は無い。
卒業後は獅子倉グループが経営している、ハンドメイド作家を育成する専門学校に進学すると明言いしているので、何も言われない。来年の進級先は被服科にしている。
レオーネ学校の手芸部は珍しい事に、ハンドメイド作家を希望する生徒が多く在籍している。
その為、手芸部と言うよりも、ハンドメイド部と呼ぶにふさわしい部になっていた。
一口にハンドメイドと言っても様々な種類が存在する。
刺繍で例を上げてみよう。
刺繍を細かく分類すると、ヨーロッパ、ビーズ、スモック、リボン、スウェーデン、レジェール、ハーダンガー、ニードルポイント、カットワーク、クロスステッチ、アップリケ、モラ(リバースアップリケとも言う)、刺し子などが存在する。
更に、刺し子は日本の伝統刺繍方法で、こぎん刺し、菱刺し、庄内刺し子の三種が、日本三大刺し子と言われている。
こんな感じで、一口に『刺繍』と言っても十以上の種類が存在した。
今例えに挙げたものは『代表的なもの』と言われたので、探せばまだまだ種類が存在しそうだ。
二学期の現在、自分が手芸部で学んでいるものは毛糸を使用した編み物だ。
一般的な編物として広く知られているのは、かぎ針編みと棒編みだろう。
棒編みは目作りで失敗すると、毛糸を解いて最初からやり直す事になったので、経験のあるかぎ針編みに絞った。
ただし、かぎ針編みの正式名称は『クロッシェ編み』で、ステッチと呼ばれる『編む順番セット』が存在した。鎖編み、細編み、中長編み、長編み、引き抜き編みの五種類しか知らなかったので、基礎から学び直した。この五つを知っていれば、組み合わせ次第でカーディガンも編めるから困らなかった。
さて、ステッチで有名なのは、海外で流行っていたと言う『ヘキサゴンカーディガン』かな?
このカーディガンを編む際、使用されるステッチが『長編み三つ、鎖編み一つの組み合わせのグラニーステッチ』だ。最初の一段目は『輪を作り、そこに長編み三つ、鎖編み二つを編む』んだけど、二段目以降は『長編み三つ、鎖編み一つと、六角形の角に当たる部分だけ長編み三つ、鎖編み二つ』の編み方を延々と行う。
この六角形を二つ作り、綴じ接ぎするだけで、カーディガンが一着編めるのだから不思議だ。
試しにこのヘキサゴンカーディガンを一着編んだが、長さが欲しい部分を編み足ししたものの、ちゃんと作れて吃驚した。
そうしてカーディガンが編めて、マフラーや巾着系も作れるようになったところで、かぎ針の棒を使った別の編み方に挑戦する事になった。
アフガン編み(チュニジア編みとも言うらしい)を使用して、現在巾着を作っている。
このアフガン編みと言うのは、長さが二十センチ以上も有る長いアフガンかぎ針を使用する。
アフガンかぎ針の動きと目の取り方は棒編みに似ているけど、出来上がる作品はかぎ針を使用したのかと思うぐらいに編み目が詰まっているので、見た目は大分違う。巾着を大量に作ったよ。
大量に作った作品は、顧問がネットで代理販売(学校から許可は取っている)してくれるので、出来上がってからの扱いに困る事は無い。
一学期は様々な編物の基本を学んだ、タティングレース、ニードルタティングレース、ボビンレースなどの『ヴィンテージレース』と呼ばれるレース編みも体験した。
タティングレースとニードルタティングレースは専用のシャトルと針を使用してレースを編むから、寮部屋(個室)で黙々と作業をする事が出来た。
だが、ボビンレースは専用の道具が気軽に持ち運べない程に大きい。作業台の上でカッチャカッチャと、大きめの音を立てて十個以上のボビンを使いレースを編む(?)、と言うよりも、糸を織り合わせる(?)か、そんな感じの手法でレースを作る。タティングレースは『結ぶ』感じでまた違う。
ツイストとクロスは『右と左、どっちが上だっけ?』と、作業中に訳が分からなくなった。更に技法の一つ『ポワン・デスプリ』と言うものがあるのだが、最初名前を聞いて意味が解らなかった。ポワン・デスプリと言うのは、葉っぱの模様を作る技法だ。
実際に始める前はミシン用のボビンとレンガ型の発泡スチロールと裁縫用の待ち針で『出来るんじゃね?』と思ったけど……これは専用のボビンじゃないと無理だわ。
しかもこのボビン、ネット通販じゃないと売っていないのよ。学校近くの手芸用品店を全部回ったけど、全滅だった。タティングレース用のシャトルはあったんだけどね。
部活の顧問経由で購入は可能らしいので、ネットで買わなくても済むのが唯一の救いだけど、高い。十個セットで三千円近くもする。
ボビンと言っても、一つの長さは十数センチもあるし、何より木製だ。その形状は木の棒の先端に、レース糸を巻く溝が二ヶ所も存在する。糸がボビンから外れないようにする為の巻き方も存在する。
挙句の果てに、ボビンレースには流派が存在し、とてもではないが独学で習得するのが難しい。
始める前から難易度が高いボビンレースで作るレースは、レースカーテンに似た仕上がりになる。どのレースよりも繊細緻密なのだ。
熟練の職人が作るボビンレースのブレード(ブレスレットのように腕に巻くレース)一つに、万単位の値が付くのも納得出来る仕上がりなのだ。
このボビンレースに関しては来年になったらしっかりと学ぶ気でいる。
自分は何かとファンタジー系の世界に転生しやすいので、手に職を持っていても損は無い。
レース関係の需要は貴族相手ならばある可能性が高い。
タティングレース共々、学ぶ気でいる。道具は卒業するまでに購入してしまえば、繰り返し使えるので無駄にはならない。
卒業までに部活で学ぶ事は、クロッシェ編みとタティングレースと、ボビンレースの三種類だ。
三階の一室。作業中の部員がいる部室に到着した自分は、指定の作業台(毛糸を収納するスペースと鍵付き)でアフガン編みで作り途中の巾着を編む。
毛糸は個人の好みが違うので、流石に自費だが部員は業者から直接購入出来るので市販のものよりも格安だ。アメリカやカナダで販売されているような『一キロ大玉毛糸』は存在しないが、六百グラムの大玉毛糸は存在した。ただし、色はグラデーションしかない。マジで買うか悩んだわ。
巾着を編み進めて、糸処理や脇を引き抜き編みで綴じ接ぎを始めとした最後の仕上げを行い、紐を通せば完成だ。
アフガン編みで作るポーチや巾着は、物珍しさから売れ行きが良かった。
来年になったらアフガン編みの小物の人気は落ち着くと言うのが顧問の推測だ。アフガン編みは目が詰まっていて丈夫そうに見えるし、プレーン編みはワッフルに似た見た目なので、人気は根強かった。
糸くずなどをゴミ箱に捨てて、収納スペースの蓋を開けて仕舞っている毛糸を眺めた。次は何を作るか考える。
季節的にカーディガンが良いかもしれない。でも、カーディガンは一学期に三着も作っている。
ならば、マフラーかと思ったけど、まだそこまで寒くない。
少し考えて、二年生の先輩の一人が『動画を見て知ったの』と言って、巨大な三角形のショールを作り、体に巻いてカーディガンっぽく着ていた事を思い出した。
アフガン編みで三角形を作る事は出来ないが、大判の正方形ならば作れる。
……よし、ショールかブランケットを作ろう。
六号のかぎ針を使用してショールを作り、八号のかぎ針を使用してブランケットを作ろう。
次に作る予定の作品を決め、使用する毛糸を選び始めた時、奇妙な揺れを感じた。
一瞬地震を疑ったが、室内にいる他の部員は無反応だ。
勘違いと判断した直後――視界が真っ赤に染まった。
「っ!?」
己の眼球の異常ではない。その証拠に、室内にいた部員が気絶し、椅子から落ちて床に倒れた。
近くで倒れた女子部員の一人に駆け寄り、その容態を確認する。
眉間にしわが寄り、苦しそうな呼吸を繰り返している。
「鑑定」
異世界に行った際に、『視るだけで対象物の情報が見える鑑定スキル』を手に入れた。そのスキルを使用して、目の前の部員の容態を確認する。
状態:異常。
生命力が抜き取られています。
残りの生命力が抜き取られるまで残り一時間。
抜き取られた生命力は空に向かっています。
……おい。空に向かっているって。いや、そんな事よりも、ここの部室内だけでも隔離するか? でも、残り一時間もあれば、元凶を討ちに行く事も出来る。
どうするかと悩んだ時、部室のドアが開いた。
無事な人間が他にもいるのかと思いきや、やって来たそれを見て、自分は絶句した。
「あ゛~」
やって来たそれは呻き声を上げた。
腐臭を振りまく腐り掛けの青白い体と、だらしなく開けられた口から覗く鋭い乱杭歯。
「ゾンビ!?」
真昼の学校に似つかわしくない存在――ゾンビがドアを開けて入って来た。出現したのは一体だけかと思ったが、その背後にはまだ何体もいた。
最初に入って来たゾンビは自分ではなく、近くで倒れている生徒を見た。乱杭歯がカチカチと鳴った。
……不味い!
自分が駆けだしたのと、ゾンビが動いたのはほぼ同じだったが、如何せん距離があった。
ゾンビは倒れている生徒に近づき、屈んで生徒の腕を掴み、大口を開けた。
ゾンビが何をするのか察した自分は、迷わずに魔法を使った。
魔法でゾンビの顔を燃やし、生徒の腕を掴んでいるゾンビの腕もスパッと風の刃で切り落とす。ゾンビの腕を燃やして塵にし、己の体に身体強化魔法を掛けてから、ゾンビの胸の辺りに爪先蹴りを力一杯叩き込んだ。ゾンビは後方に吹き飛び、背後にいたゾンビを巻き込んで廊下に吹き飛んだ。
ドアに跳び付き急いで閉めて施錠する。だが、ゾンビが叩いただけでドアが変形した。
結界を部屋の内側に沿って展開し、ゾンビの侵入を防ぐ。透視を使用して廊下にいるゾンビの数を確認し、炎属性の魔法を使って燃やす。
部室の周辺にゾンビがいない事を確認してから、窓に駆け寄る。
「うっそ……」
校庭にはゾンビが大量に居た。空は赤く染まっているが、目を凝らすと結界のようなものが見えた。多分だが、この結界に学校の敷地が全て取り込まれている。
おい、ここはファンタジーとは無縁の地球だぞ?
「って、突っ込んでいる場合じゃない!!」
教室に入ったゾンビが取った部員への行動を見る限りだけど、ゾンビは人間を襲う。
自分はゾンビへの対抗手段を保有するが、倒れている他の在校生は無力だ。
「――はぁ、仕方が無い」
仕方が無い云々以前に、緊急事態だ。目撃者がいない事を祈ろう。
自分は窓を開けて、そこから外に出た。ここは五階建て校舎の三階だ。そのまま地面に落下しない為に、重力魔法による疑似飛翔で宙に浮き上がり、校舎の屋上へ移動する。
窓から出たのは、校舎内にゾンビがまだいる可能性を考えてだ。室内から施錠したのに、解錠する必要は無い。
「うわっ」
疑似飛翔で屋上の給水塔の上に降り立ったが、屋上にもゾンビが大量にいた。
どこから湧いて出て来たのか知らないが、全部魔法で焼いた。
ゾンビを葬り去ったら、今度は別の魔法を使用する。
「選別、……範囲指定、青天」
魂魄レベルで対象を取捨選択する魔法を発動し、ゾンビだけを選別する。そしたら、空間に干渉する魔法で魔法の効果範囲を結界内部に指定し、ゾンビだけを燃やす炎属性の魔法を放った。
青い炎がゾンビを纏めて焼き払った。当面の間はこれで良い。幸いにも、ゾンビが湧いていたのは高等部の敷地内だけで、中等部の方は無事だ。
高等部の敷地内にいるゾンビは、これで全部葬り去れた筈だ。追加でゾンビが湧かない限りはね。
追加でゾンビが湧く前に、元凶を探し出さなくてはならない。少なくとも、高等部の敷地内にいる筈だ。
再び魔法を使って捜索を始めるが、出鼻を挫くように足音が響いた。しかも、近づいて来る。
魔法の発動を中止して給水塔の上に立ったまま、近づく音源の登場を待った。
「とぉうっ!」
そんな、聞くと気が抜ける掛け声を上げながら、同学年で有名な女子生徒が『校舎の壁を駆け上がって』出現した。意外な人物の登場に、思わず半眼になった。
折れた竹刀を手に、結い上げたポニーテールの先を揺らして登場した人物の名は確か、宇賀神だった筈。
「あれ? いない?」
奇抜な登場をしたにも拘らず、給水塔の上にいる自分に気づいていない。少し悩んだ自分は給水塔の上から、音を立てて降りた。
「うわっ! 吃驚した。……って、君は確か手芸部の」
女子生徒こと、宇賀神さんは大袈裟に驚いたが、自分の顔を見るなり目を丸くした。その反応を見た自分は舌打ちを零す。
「有名になった覚えは無いんだけど」
「いや、五大不良部の男子生徒と普通に話をする君は割と有名だよ?」
嫌な事を聞かされたて、思わず天を仰いだ。
深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせてから、宇賀神さんと情報を交換した。




