怠惰と平穏は紙一重だと感じる昼
自分こと、坂月菊理には人に言えない秘密がある。
色んなファンタジーな世界を転生しているとか、魔法が使えるとか。これら以外にもう一つ。
それは、二年近くも前に異世界に召喚されて、単身で帰って来た事だ。
私立レオーネ学校。ここが自分が現在通っている学校である。
創設者が遊学中に、イタリア人のレオーネ(男)と言う人物と教育について議論し感銘を受け、その人物の名が校名なっている。
男女共学の全寮制で、中高一貫学校だが、中等部で卒業するものや、高等部から入学したものもいる。
そこそこの富裕層の子供が通う学校でもある。
国内外に幾つもの姉妹校が存在し、運動部では交流が盛んだ。学校法人獅子倉グループに入っているので、分校ではないが、大学から幼稚園までの系列校が多く存在する。
全寮制かつ、入りたかった部活と学科が存在する学校だったので、自分はレオーネ学校を選んだ。
レオーネ学校は出身地から離れた場所の県に存在する。でも、自分が異世界に召喚された時に、顔写真付きの行方不明者名簿が全国ネットで公表されてしまった。
そのせいで、簡単な変装をせざるを得なくなり、現在、野暮ったい黒縁の伊達眼鏡を掛けて、髪を二本足の簪でお団子にしている。
当然だが、この眼鏡は魔法具の一種で、魔力を通せば『眼鏡掛けた自分を認識した人間の記憶を消す』事も可能だ。その他にも、認識阻害系の魔法を付与しているので、目立つ事も無い。
それ以前に、文学少女のように空き時間に読書をしていれば、誰かが話しかけて来る事は無い。
まぁ、入学早々レクリエーション中に発生したトラブルで、男子生徒相手にやらかしてしまった。その日以降、自分の人物評は『大人しいけど、怒らせたら怖い人』で定着した。その後、たまたま職員室に行ったら、教師からお遣いを頼まれて男子テコンドー部に赴いたら男子上級生に絡まれて、……疲れる展開になった。
これ以降、面白がって話しかけて来る男子生徒は未だにいるが、半分以上が上級生だ。
男子生徒に絡まれる機会が多いせいで、同性の生徒からは余り良く思われていない。ボッチは慣れているし、気楽だから別に良んだけどね。
成績上位を維持していれば教師から多少は見逃して貰えるし、男子生徒に絡まれる機会が多い事が幸いして、虐めもにもあっていない。
嫉妬心から行動した結果が、男子にバレた時の末路を理解している女子生徒が多くて助かったよ。
季節は十月中旬。
制服の衣替えが終わり、二年生が修学旅行でイタリアに旅立ってから約二週間が経過した。
二年生が全員いないので、校内には少し閑散とした空気が漂っている。
レオーネ学校の修学旅行は特殊で、イタリアに存在する姉妹校に短期留学をする。
留学は修学旅行と言わないと言われるかもしれない。
だが、修学旅行の日程は『一ヶ月』にも及び、最初と最後の一週間は修学旅行のようにヨーロッパ各地を回る。その為、実際の短期留学期間は二週間だ。
二週間イタリアの学校で授業を受けるだけで、二週間もヨーロッパ各地へ赴く事が出来る。
まぁ、二年生半ばでイタリアに留学するので、イタリア語の授業が必修科目に入っている。全生徒、修学旅行に備えて、皆必死にイタリア語を勉強する。
異世界帰りの自分は『言語理解』なる、反則気味なスキルを所有しているので、語学勉強に関して困ってはいない。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
食堂へ向かい、お昼を食べる。修学旅行でイタリアに行くだけあり、食堂のメニューの約半分がイタリア料理だ。
自分は大盛りのボロネーゼパスタセットを注文した。
幾人かの男子生徒が自分を見た。でも、自分が毎朝十キロのジョギングをしている事を知っている生徒達でもあるので、視線はすぐに逸れた。
自分は運動部でも無いのに、毎朝ジョギングをしている。一部生徒からは奇異な目で見られているが、何かを言われた事は無い。
女子運動部から誘いは貰ったけど、既に手芸部と料理部を兼部しているので断った。
何時もよりも浴びた視線の数は少ない。幾つかの運動部(メインは一年生で、三年生は半分付き添い)が大会に出場している為だ。どこの部活が大会に参加しているのかは覚えていない。
ただ、昼休みになると必ず絡んで来る数人の男子生徒の姿が無いので、空手部とボクシング部と弓道部と、テコンドー部、あ、レスリング部と柔道部もいないな。
我が校は『そこそこの富裕層の子女が通う学校』だが、当然のように『不良』と呼ばれる男子生徒もいる。
その不良の溜まり場は、男子空手部、男子ボクシング部、男子レスリング部、男子柔道部、男子テコンドー部の五つの部活だ。五大不良部とも呼ばれている。女子の不良? 本物の前に淘汰されてたのでいない。富裕層の女子の不良の数が少ないと言うのもある。
この五つの部活の男子部は――と言うよりも、運動部の男子部の殆どが、設立から必ず一度はインターハイに出場している――インターハイ出場の常連として有名だ。この五つの部活以外の男子部で、今年のインターハイに出場したのは、剣道部と軟式テニス部に、バスケ部だ。
逆に、この五つの女子部が、最後に県大会に出場したのは『二十年前』なので、そのレベルはお察し下さい。今年、女子部でインターハイに出場したのは剣道部とバレー部に、水球部だったかな?
不良部の異名を持つ男子部の練習は基本的に根性理論で、顧問は厳しい。更に部活内での生徒同士で定めた規則も厳しい。校内外問わずに喧嘩をすれば即退部。規則を破れば、最悪退学になる。
これだけ厳しいのにも拘らず、不良の溜まり場と化しているのは、単純にこの五つの男子部がそれぞれの不良の『派閥』になっているからだ。月に一度、『異種格闘技戦』と言う名の交流戦(生徒と顧問で行っている)を行っているので、派閥間の争いは激しい。
しかも、恐ろしい事に、この五つの男子部に所属する全生徒の学年成績は五十位以内で、各部活の部長は生徒会に所属している。代替わりした男子ボクシング部の二年生の部長が現在の生徒会長を務めている。
人数がおかしい? 一軍(各学年十人)が部活に、それ以外の部員が二軍として同好会に、それぞれ所属している結果だ。
インターハイ常連、成績優秀、不良の烙印を押されているが、問題は起こしていない。
普通、不良と聞いたら保護者やPTAや教育委員会が何か言いそうだけど、問題を起こしていない文武両道な生徒が所属する部活なので何も言えていない。
厄介なのは、この五つの男子部に所属する男子生徒は顧問を含めて、全員女受けする容姿をしている。
簡単に言うと女子生徒からは『不良系男性アイドル集団』の扱いを受けている。見た目の良さが受けて、ファンクラブが存在する。ファンクラブには他校の女子生徒までもが名を連ねている。
様々な事情が重なり、この五つの男子部は『不良の溜まり場』と認識されているが、無視出来ない結果を出しているので、部活の存在は認められている。
そもそも、この五つの男子部がどうして『不良の溜まり場と認識されるようになった』のか、その始まりは知らない。
ガラの悪い振りをした生徒で構成されている事が原因だと、個人的には思っている。
実は、テコンドー部の顧問と一度話す機会があった時に判明した事になるけど、この五つの男子部に所属する男子生徒は『基本的に女嫌い』だ。
誰が考えたのかは知らないが、『ガラの悪い不良の振りをすれば、女に近づかれにくい』を実行しているだけなのだ。これは理事長と校長も知っている。偶然知った自分は他言しないようにと、顧問から言われた。
何時もよりも視線を浴びない中で、お昼を食べ終えた。
食堂を出てコの字型の校舎内を歩き、自分は所属している手芸部の部室へ向かった。
今日の放課後は兼部している料理部で、イタリアンデザートを顧問が招待した料理研究家(レオーネ学校のOG)から学びながら作るのだ。美味しいデザートを食べる為には、手芸部の用事は昼休み中に終わらせる必要があった。
校舎内を歩いていると、思い出す事がある。
あの時のクラスメイト一同と巻き込まれた教師は全員、異世界で死んだ。
世間では未だに行方不明扱いだ。
――全員、異世界で死にました。向こうで丁重に弔われました。
行方不明者の家族にこう言えればどれだけ良い事か。ただ一人帰って来たと知れば、『一人で帰って来て恥ずかしくないのか』と、自分に面と向かって言うものが出て来る可能性が有る。
こう言われても、『恥ずかしくないのかと言われても、再会した時点で既に死体でした』としか言えない。
面倒事の予感と、『どこかで生きているかもしれない』と言う希望を砕いて、遺族から色々と言われる可能性を考えて、自分は戸籍を変えて生活をしている。
世間の関心は無情にも別のものへと移り、最近になっては忘れ去られている。
遺族の希望を砕いてまで、死亡を伝えるべきか、それは分からない。
知らない方が良い時もあるのだ。このまま黙っているつもりだ。




