午後の終わり
食堂で昼食を食べながら思う。
祖国を離れて、入学一年前からいたから、そろそろ三年目に突入するよね?
二年以上もこっちにいた事になるのか。留学先の選定に失敗した、いや、選べなかったな。留学したいとか言わずに、家に帰って雲隠れすれば良かったな。
後悔は先に立たないと言うが、こんな未来は流石に予想出来ん。
昼食後。残りの昼休みは図書室に引き籠った。
このクラスの午後の授業は、『特別種族授業』に割り振られている。午前は常人クラスと同じ、貴族としての授業を受けている。
だが、担任教師共々クラスに所属する面々が『人ではない種族』で構成されている為、午後にこの授業が行われる。己の種族と他種族への理解を深める為の授業で、単位修得が必須だ。定期試験で赤点を取れば、追試で合格点が取れるまで試験を受ける。それぐらいに重きを置いている授業でもあった。
昨年度の前半は、最上級生と一緒に授業を受けた。今年はクラス内だけで授業を行う。
去年の授業で知ったけど、ウチのクラスは十年に一度の割合で誕生する『問題児クラス』だった。
その筆頭として見做されているのが、転生者の自分だったので愕然とした。余りにも酷い言われように、ショックを受けた。図書室で本を読んでいた覚えしかないのに。
しかも、一番酷いのは、『転生者は総じて精神年齢が高く、子供として扱いづらい』から、問題児筆頭を扱う教師が多い事だ。あんまりな言い分に頭を抱えた。
特別種族授業(今日は木霊の生態についての授業だ)を受けながら思う。
常人クラスはの午後は選択科目制だ。今から常人クラスの授業に混ざりたい。
願いは届かず、授業は淡々と進んで行く。
午後の授業が終わったら、放課後になる。
放課後になったらクラスメイトは好き勝手に動く。
常人クラスに迷惑が掛からない限り、教師は動かない。
朝と同じように騒ぐクラスメイト達を横目に、自分は荷物を鞄に詰めて図書室へ向かった。ここしか安全地帯が無いんだもん。
さて、辿り着いた図書室で静かに本を読む。
留学して唯一良かったと思えるのは、図書室の本が充実している事だ。
今更読む必要が無さそうな『新しい魔法薬の作り方』と言うタイトルの本を読み直したら、水と熱湯の扱いの違いについて、面白い説明があった。
更に別の本は、薬草を育てるうえで意外な発見があった。
これらの本の他に、様々な論文が所蔵資料として収蔵されていた。在学中は読み放題なので、毎日通って読んでいる。勿論、必要な個所はメモを取っている。
オリハルコンを薄く引き伸ばして、槍の穂先に貼り付けるやり方が書かれた論文は、存在そのものが珍しかった。と言うか、この世界にオリハルコンが存在するのか。
どこでオリハルコンが入手出来るのか調べると、ダンジョンなどに赴けば入手出来るとかではなかった。
ゴーレム系の魔物からでなければ、入手出来ないらしい。
ミスリルゴーレムは聞いた事があるけど、オリハルコンゴーレムは聞いた事が無いな。初耳だ。オリハルコンゴーレムの生息地は、主に『鉱山ではない、標高の高い山の山頂付近』だった。意味が分からん。
この大陸の鉱山は、どこも標高が高い。そんな鉱山があるなんて聞いた事がない。
どう言う事なのか調べたら、案の定と言うべきか、他の大陸に関する情報だった。おまけ情報と言うべきか、この大陸にオリハルコンゴーレムは生息しない。
わざわざ他所の大陸にまで出向いて調査した執念の情報だった。
感心していると、ドタバタと煩い足音が聞こえて来た。本を閉じて棚に戻し、自分は物陰に隠れた。
放課後に図書司書を兼任している女性の先生がやって来た生徒に注意するも、大声で反論する声が聞こえる。声を聞いた限りだが、やって来たのは複数の女子生徒だ。
「待ちなさい。図書室では静かにしなさい」
「おどきなさい! 特別種族化の生徒が訓練場で暴れていますのよ!? 一刻も早く、ここでよく見かけるあの留学生に――」
「その手の相談は教職員に赴いて行いなさい。同じ学科の生徒に行うものではありません。それから何より、訓練場は教師監督下で訓練を行う場所です」
「で、でも、あんなバケモノ――ひっ!?」
「その発言は他者への名誉毀損及び、保護活動を行っている王家への不敬罪に当たります。不敬罪の適用範囲は判っていますね? 授業で習う事なのに、どうして守れないのですか?」
「そ、それは……」
「はぁ、警備員、彼女達を校長室へ連れて行って下さい」
図書司書の先生がため息を吐き、喧しく騒ぐ女子生徒達は警備員の手で校長室へ連れて行かれた。
警備員と呼ばれているが、その正体は『新米近衛兵』である。警備訓練の一環として、国が派遣している。
近衛騎士になったら、貴族令嬢の負の側面と言うべきか、我がままで自分勝手な姿を見る事になる。今の内に見慣れておけと言う事なのかもしれない。
女子生徒一行が図書室から出た頃を見計らって、物陰から出て図書司書の先生に声を掛ける。
「またですか?」
「またです。貴女は気にしなくても良いですよ。アレは向こうが悪いんです」
「一応、私も訓練場に向かった方が良いですか?」
「貴女が行かずとも、担当の教師がいるから大丈夫です。今日は本を借りて行きますか?」
「今日はもう帰ります。このまま居残っていると、何かに巻き込まれそうですし」
「それが良いかもしれませんね」
図書司書の先生と顔を見合わせて、『あははは……、はぁ~』とほぼ同時に笑いため息を吐いてしまった。
この国には、先程の女子生徒のような、『特別種族を疎む人』が少数いる。
けれどこの国は、『特別種族との共生に成功した事で発展した』国でもある。
その証拠と言うべきか。この国で伯爵家以上の爵位を持つ家のおよそ四割が特別種族で構成されている。
特別種族を疎むのは、基本的に子爵や男爵と言った下位貴族や平民が中心で、高位貴族にも少数だがいる。
平民が特別種族を疎むのは、『得体の知れない種族』として認識されているからである。だが、国家の成り立ちを考えると、貴族と平民の間で特別種族への認識がズレたままだと問題が発生する。
特別種族への認識のズレを修正する為に様々な策が取られているものの、特別種族を政敵と見做す高位貴族が妨害工作を行っているので、結果は芳しくない。
特別種族は政敵どころか、国家の文官武官の要職についているものが多く存在する。
外交に関しても、別視点からの意見を元に国益を生み出している。最も貢献しているのが星の旅人だった。
特別種族はちゃんと成果を出しているのだが、その活躍を目にする機会が少ない平民はともかく、貴族で疎んでいる人は『単純な嫉妬心』で忌み嫌っている。
実に面倒な実情だった。そしてそこに星の旅人(ルビ:転生者)を混ぜないで欲しい。
図書司書の先生に分かれの挨拶をしてから、鞄を手に帰ろうかと思ったけど、鞄の中見の異常の有無を調べた際に教室の机に忘れものをした事に気づいた。
取りに行くのは明日の朝でも良いかと思ったが、教室に置きっ放しにした事が原因で何かが起きては困る。
クラスメイトの面々が自分の私物に悪戯をするとは思えない。その手の悪戯をするのは別のクラスの生徒になる。
クラスメイトの場合は――先程の女子生徒ではないが、今朝の事を思うと不注意から駄目になりそうだ。
忘れものの無事と、教室に戻りたくない感情を天秤に掛けた自分は、肩を落として教室へ向かった。
教室に戻ると、朝と同じ光景が、いや、それ以上の広がっていた。
腐女子トリオはスケッチブックを中心にワイワイと盛り上がり、他の全女子生徒を巻き込んでいた。
人魚(♂)は何故か服を脱いでいるし、足が魚の尾鰭になっていた。
教室の片隅には……今にも大往生しそうな顔で転がっている二人の男子生徒(片方は今朝も焼かれていた駄目氷霊)が、残りの男子生徒一同から介抱を受けていた。
自分が教室を出て、図書室から戻って来た合計時間は、一時間半程度だ。
この短時間で、一体何が起きたのか。
想像するだけで頭が痛くなる。忘れものを回収したら早々に帰りましょう。
今は放課後だ。にも拘らず、クラスメイトは全員が残っている。
未だに学校に残っている理由は簡単だ。
この学校に通う普通の人間の貴族の子女の生徒達は、特別種族を受け入れている生徒と拒絶している生徒が半々の数でいる。特別種族を受け入れている生徒の中には『下心込みで受け入れている』ものもいる。
下心丸出しの生徒を躱すのは割と面倒なのだ。厄介な事に、下心丸出しの生徒に交じって、特別種族を拒絶している生徒が、悪意を持って馬鹿をやらかす事もあった。
その為、護身の意味も込めて、特別種族の生徒は下校時間ギリギリまで学校に残っている事が多く、集団で行動する癖が付いていた。
自分のように単独で行動するものは極めて少ない。
教室内に足を踏み入れると、流石と言うべきか、ほぼ全員が自分に気づいた。
「ドロシーじゃない。教室に戻って来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「忘れ物を取りに来ただけ。すぐに帰るよ」
イーニッドの質問に回答し、教室内で割り振られている己の机に近づいて、忘れものを取り出して素早く鞄に仕舞った。
このクラスの生徒は全員貴族だが、互いに名前で呼び合っているし、口調も砕けている。
帰り支度をしている自分に、チョコレート色の髪を揺らして一人の女子生徒が近づいて来た。
「ドロシー、帰るのなら、私の実家が経営している喫茶店に行きませんか?」
「ミリセント……。新作のお菓子をまた作ったの? 前回から十日も経っていないよ」
「前回作ったお菓子を作り直したものよ。ドロシーが何も言わずに美味しいと言ってくれたお菓子の売れ行きが、非常に、良いの!」
「……行くのは私だけ?」
「女子全員で行きましょう!」
ミリセントの声にクラスの残りの八名の女子が歓声を上げた。
歓声を聞き付けたのか。今にも往生しそうだった男子生徒が息を吹き返した。彼を介抱していた男子生徒を押しのけてアルヴィンは立ち上がった。
「僕を置いて行かないでぇええええっ!!」
「しつこい! 煮沸消毒!!」
「ぎぃあああああああっ!?」
ハーマイオニーの炎を浴びた駄目氷霊――アルヴィンが再び倒れた。周辺の男子生徒一同が慌ててアルヴィンの手当てを始める。
そんな光景を無視して、アルヴィンの焼き加減に満足したハーマイオニーは豪奢な金の巻き毛をかき上げてからニッコリと笑顔を浮かべた。
「さぁ、今の内に行きましょう」
クラスメイトの女子一同を急かすハーマイオニーを見て思った。
……煮沸消毒は突っ込み待ちなのか?
勿論、答えは無い。
ミリセントに誘われて向かった喫茶店は、学校から徒歩で三十分程度のところにある。
ここにいるクラスメイト全員が貴族令嬢なので、馬鹿正直に歩いて向かったりはしない。
学校敷地内で人目の無いところへ移動し、お店の裏口前に通じる空間転移魔法で作ったゲートを自分が開き、全員でゲートを通り抜ける。
一応人目を避けて、お店の裏口前に通じるゲートを作っている。そのまま裏口から入店する。
ミリセントの両親からの許可は取っているので、問題は無い。寧ろ、経営者の娘が十人近い数の貴族令嬢と一緒にやって来たら、平の店員が恐縮する。
ミリセントがお店の裏口を堂々と開けて店内に入って行く。裏口はスタッフルームに繋がっていない。裏口の先は廊下だ。全員で店内に入ったら、ゲートを閉じる。
ミリセントが廊下を歩いて、店長室に入り、店長に簡単な説明をする。ミリセントの説明が終わったら、今度は店長の案内で二階へ移動する。
二階には仕切られた個室が存在する。ミリセントに呼ばれてこのお店に来た時には、必ず二階に案内されていた。
ミリセントに連れられて来た場合、大体十人でこのお店を利用する。
店長も、一年以上経営者の娘の行動に付き合っているので、対応には慣れていた。
二階に存在する、十人で利用する個室のテーブル席に全員で着いたら、喫茶店なのに『総料理長』と呼ばれている四十代半ばの男性料理人がお菓子を運んで来た。
運ばれて来たお菓子は、前回と同じフルーツパフェとフィナンシェに似た焼き菓子のセットだった。
断層の見た目も美しいパフェだが、前回から変わった点は器かな? 前回、パフェの器には、フルーツパフェのイメージに合わせたデザインの陶器が使用されていた。
今回のパフェの器は透明なガラスの器が使用されており、内側の窪みにはジャムかジュレが入っている。
「わざわざ透明なガラスの容器を作ったの?」
ガラス細工を得意とする工房の少なさを知っているので、シャンパングラスにも似た縦長のグラスを見て、自分の右隣に座るミリセントに尋ねた。
「そうよ。前回『透明なガラスの器で、横から綺麗な断層が見えると良い』って言っていたでしょう? だから、ガラス細工を得意とする工房を探して、器を作って貰ったの」
「作って貰ったのじゃないと思うんだけど。よく工房が見つかったね」
「結構な数の工房に断られたんだけど、『商品を持ち帰ったあとに、花瓶の代わりになるぐらいの見た目にしたい』ってお願いしたら、向こうの職人魂に火が付いたのか、徹夜で見た目について議論する事になったけど、言いものが作れたわ」
「ウルフスタン先生が聞いたら怒りそうだね」
「……嫌な事を言わないで頂戴」
ミリセントはそっぽを向いた。
ミリセントはお菓子が好きで得意だが、学業成績はよろしくない。定期試験で毎回追試を受けている。ミリセントの両親は、娘の状況について何も言っていない。
ミリセントが勉強を苦手としているのは両親からの遺伝らしい。彼女の父親がそうなのだ。
自分がミリセントと話していた間に、共に来たクラスメイトが先にフルーツパフェを食べている姿が目に入った。そっぽを向いたままのミリセントを放置して、自分はフルーツパフェを一口食べる。
器を陶器からガラスだけに変えたのでは芸が無いと感じたのか、パフェは見た目も味も変わっていた。
キンキンに冷えたガラスの器に盛りつけられたフルーツパフェの果物は少し凍っていて、アイスクリームのように冷たいのかと思えば、上に掛かっているソースは熱々に融けたチョコレートだった。
熱々のチョコレートが掛かった果物はアフォガードか、チョコフォンデュを連想させる。
下の層に行くと、クッキーと緩めのアイスクリームを混ぜた層に当たった。
「焼き菓子にに、その層のアイスを少し乗せて食べると美味しいわよ」
ミリセントの言葉を聞き、クラスメイト達が一斉に試す。一方自分は、前回の焼き菓子が口直し扱いだった事を思い出した。
「一緒に出て来た焼き菓子に、乗せる前提だったの?」
「そうよ。口直し以外にもなりそうだから、合わせてみたの」
「乗せる乗せないは個人の自由だから、これはこれで良いね」
焼き菓子を半分に割ってから、アイスを乗せて食べる。甘さ控えめの焼き菓子だからか、アイスと一緒に食べると丁度良い甘さになる。
「焼き菓子は半分残して、最後に食べると口直しに良さそうだね」
「そうでしょ! お母様と総料理長の三人で甘さの加減について議論していたら、危うく徹夜するところだったの」
嬉々として語るミリセント見て、自分この十日足らずの日々で、ミリセントが何度徹夜をしたのか気になった。目の下に隈が無いから、徹夜は一回か二回だけだと思いたい。
疑問を飲み込んで、体が冷えて来た自分はミリセントにふと抱いた疑問をぶつけてみた。
「ミリセント。一番上に掛かっていたソースはまだ残っているかな?」
「総料理長に頼めば作れるけど、どうして熱々のソースなの?」
「小さい器に入れて一緒に出して、アイスの層に掛けたり、焼き菓子に掛けたり出来たら良いかも」
「熱いソースを別容器で出す?」
「冷たいアイスクリームに濃い目の熱い紅茶を少し掛けて食べる『アフォガード』って言うものが存在するの。冷たいと甘さが強調されるけど、濃い目の熱い紅茶を掛ける事で、甘さが良い感じになるの」
「ふむ。そのアフォガードに近いものにする為に、冷たい層に熱々のソースを掛けるのね」
「ここまで食べると、冷たいもの続きだから、少し暖かいものを食べたくなるってのもある。ソースは余ったら焼き菓子に付けても良い。それに、一番上の果物は半分凍っているでしょ? 人によっては『凍った果物に対してソースが足りない』って思う人がいるかもしれないから、別容器で添えても良いかもね。あるいは、追加注文で可能にしても良いかも」
個人的なイメージは『追いソース』だろう。ソースたっぷりが良い人はどこにでもいるだろうし。
「ソースの追加注文か。考えた事が無かったわね。その辺りはお父様と相談するしかないか」
考え込むミリセントを見て、自分は『今夜は徹夜しそうだな』と思った。
喫茶店で新作のフルーツパフェを堪能し、紅茶を飲みながら全員で意見を交わして終えたら退店する。
行きと同じで、学校の馬車駐車場と繋がるゲートを作り全員で通ったら、今度こそ解散となる。
バウンド公爵家の家紋が入った馬車に乗りこみ、今度こそ帰路に就いた。




