エクソシスト ②
宇賀神さんを肩に担いだ大熊先生を先頭に、騒動が発生していると思しき空間に突撃した。
体育館並みの広さを誇る開けた場所では、複数種類のゴーレムを相手取る乱戦が発生していた。
複数種類のゴーレムと戦闘を繰り広げているのは、十数人の男女の生徒と二人の男性教員だった。でも、二人いる男性教員の片方の様子がおかしい。何故かケヒケヒと笑いながら、千鳥足で移動していた。三人の生徒が空中にいるゴーストに向かって、攻撃を繰り出して、様子のおかしい教員を守るよう戦っている。
「シャウトゴーレムの攻撃を受けたのか。教員の身で何をしているんだ」
大熊先生は片手で顔を覆って嘆いた。どうやら、教員には何かしらの規則が存在するらしい。
どんな規則が存在するか知らない自分は十数人の男女の顔を眺める。
「あ、合唱部の部長さんだ」
大熊先生の肩から下ろされた宇賀神さんがとある女子生徒に注目した。
十字鎌槍を持った合唱部の部長を務める女子生徒が最後尾で怒声を上げていた。
「……モヤシ?」
でも自分は、ボクシング部に所属する見知った男子生徒がいる事に気づいて小さく声を上げた。
乱戦の最中では聞こえない筈の音量だ。けれど耳が良いのか、両手に手甲を装備した件の男子生徒はわざわざゴーレムから距離を取り、戦闘を一時中断した。
「俺の名前は、も・も・せ・だぁっ!! いい加減クラスメイトの名前ぐらいは覚えろっ!!」
クラスメイトを自称した男子生徒は、わざわざ振り返って自分に怒鳴り返した。自称ではなく、クラスメイトである事は正しいのだが、戦闘中に訂正する事ではない。
その近くで、ロックゴーレムとの拳をタワーシールドで受け止めていた別の男子生徒が、百瀬を向かって声を上げる。
「百瀬! 何をして――って、大熊先生!?」
男子生徒は自分達に気づいて、絶叫にも似た声を上げた。
その絶叫を聞いた他の面々も自分達がいる事に気づいて、戦闘中である事を忘れて皆一様にギョッとする。
そんな彼らの様子を見た大熊先生は天ならぬ天井を仰いだ。
「……坂月。こいつらから事情が聴きたい。悪いが、アレを全部一掃してくれないか?」
「私も状況の把握がしたいので、今回だけですが、良いですよ」
流石にこの状況は、自分も看過出来ない。
一先ず自分は、当たった対象を問答無用で吹き飛ばす風属性の魔法『風槌』をゴーレムに向かって乱射した。
風槌が当たった『地面に立っていたゴーレム』は全て吹き飛ばされて、自分の向かい側の壁に叩き付けられた。轟音を立てて背中から壁にぶつかり、そのまま砕け散ったゴーレムもいたが、鈍い金属の光沢を持ったゴーレムは地面にずり落ちて動かなくなった。
地面に落ちたゴーレムが何時動き出すか判らない。封じ込めるついでに、境界線を引くように、光属性の障壁を天井や壁に沿って展開した。すると、奥の方で戦闘を行っていた生徒が何かを感じ取り、自主的にこちら側に戻って来た。動かない生徒は大熊先生が大声で指示を飛ばす。
『キィイイイイッ』
唯一、風槌を食らわなかったゴーストが甲高い声を上げてこちらに向かってやって来た。
……最近のゴーストは鳴くんだね。
場違いな感想を抱いたが、早々に斃してしまおう。
魔法で気流に干渉してゴーストの動きを封じ、そのまま今度は霊体用の魔法を発動させる。
「――封禁、滅」
光属性の攻撃魔法『封禁』は、『光属性の魔法で作る檻の中に閉じ込めた対象を圧殺する』魔法だ。
発動の度に『滅』と唱えないと圧殺されないが、霊体相手に攻撃する時には役に立つ。そんな機会は少ないけどね。
ちなみにこの魔法を実体を持った相手にも発動させる事は可能だ。霊体以外にも通用するけど、割とヤバい事になるので、霊体用の攻撃手段にしている。
そんな魔法で圧殺されたゴーストは、空中で粒子と化して消えた。
地面に落ちたゴーレムは、ちょっと威力過剰だけど、威力を調整した空間破砕魔法を使用して纏めて砕く。
『……』
ズシンッと地響きを立てて、全てのゴーレムは砕かれた。そのまま粒子になって消えて行く。境界線のこちら側にまで避難した、先程まで戦闘を行っていた面々は口を半開きにして呆然とした。戦闘が終了したので、境界線代わりにしていた障壁も解除する。
「んんっ」
呆然としていた面々を正気に戻すように、大熊先生は咳払いをした。全員がゆっくりと首を動かして大熊先生を視界に収めて、顔を強張らせる。
「さて、加藤先生。こうなった状況を説明してくれ」
「……はい」
大熊先生に加藤と呼ばれた男性教員は、蚊が鳴くような声で返事をしてから項垂れた。
負傷者の手当てを行ってから、加藤先生からの説明が始まった。
時間にして十分程度だが、戦闘を行っていたものは『全員が地面の上に自主的に正座をして』、大熊先生からの質問に答えた。
なお、ケヒケヒと笑っていた男性教員は脳天に大熊先生の拳骨を受けて復活した。
扱いが酔っ払いとあまり変わらないが、ゴースト(こいつがシャウトゴーレムだった)の音波攻撃が齎す精神異常状態は、『酩酊状態』と『泥酔状態』の二種類らしい。扱いが酔っ払いと変わらないのは当然だった。
「状況は理解した。理解したが、――山口先生。教員は原則として『シャウトゴーレムの攻撃を回避し、生徒を攻撃から庇わない』となっている。にも拘らず、何故攻撃を受けたんだ?」
そんな原則が存在したのか。そんな原則が存在するのならば、攻撃を受けるのは駄目だな。
山口先生は口を半開きにしたまま目を泳がせている。
「そ、それはですね……」
そして何かを言おうとするのだが、これしか言わないのだ。
大熊先生の額に浮かぶ青筋が徐々に太くなる。山口先生の顔が徐々に青くなる。
山口先生の反応を見た大熊先生の口から、深い息が漏れた。
「厳重注意と始末書提出ものなんだが、分かっているんだろうな?」
山口先生は大熊先生の威圧に耐え切れなくなったのか、ずっと目を泳がせていたが、徐に土下座をした。
「……済みません。半年振りにダンジョンに来たので、攻撃をうっかり受けてしまいました」
「来月、柴田先生からの説教を覚悟しなさい」
「…………………………分かりました」
山口先生が返答するまでには、長い間が存在した。山口先生が土下座を止めて顔を上げた時の顔には、死相が浮かんでいた。そこまで覚悟する事なのか?
確かに、柴田先生は『慈悲深い天使の顔をした魔王』と言われている。実際に、校長が血相を変えて柴田先生から逃走しているところを、何度か目撃した。
そんな、校長が裸足で逃げ出す人物の説教となると、『骨を拾って下さい』と言いたくなるのかもね。
自分が別の事について考えていた間も、大熊先生は先程の状況について少し考えていた。
「う~む。それにしても、奇妙だな。シャウトゴーレムは基本的に五階層から下にしか出現しない」
「大熊先生。ゴーレムの出現の仕方に法則が存在するのですか?」
ゲームみたいな法則を思い浮かべた自分は大熊先生に質問した。未だに正座中の面々が若干血相を変えたが、大熊先生は気にしない。
それ以前に、今日の自分は『説明を受けに来た』ので、回答は拒まれないと言う確信があった。
「確かにここはダンジョンだが、エクソシストの訓練用のダンジョンだ。下層に行くに従い出現するゴーレムが強くなるように設定されている。シャウトゴーレムは足が速いから、五階層から下でないと出現しないように設定されているんだ。リジョンゴーレムやアイアンゴーレムも、もう少し下の階層に行かねば、遭遇しない」
「昨日のゾンビ騒動で、その辺りの設定にも異常が発生しているって事ですか?」
大熊先生は自分の読み通りに、立て板に水を流すように説明してくれた。正座中の面々がホッとしたような顔になる。
「坂月には既に一度言ったが、調査は殆ど進んでいない。この分だと、手隙の教員全員でダンジョンを調査するしかなさそうだな」
訓練用のダンジョンは全部で二十階も存在する。
大熊先生の呟きを聞いた加藤先生と山口先生が嫌そうな顔をした。
「最下層の造りはここと同じなんですか?」
「いや、最下層には大型のキメラゴーレムがダンジョンボスとして控えている。倒してもドロップ品は無い。称号を得るだけだな」
「そうですか」
大熊先生の説明を聞き、改めて『ドロップ品が無いな』と思ってしまう。
でも、ここまで徹底してドロップ品が無いのだから、真っ当な理由がありそうだ。
大熊先生は少し考え込んでいたが、不意にため息を零した。
「考えても何も分からない以上、ここに長居は不要だな。全員で帰還するが、ここにいないダンジョン利用者について知っているものはいるか?」
大熊先生の質問に、正座中の面々は顔を見合わせた。知っている人はいないっぽい。
漸く正座が解除された面々はふら付きながら立ち上がった。
そして、大熊先生を先頭に奥へ進む。大熊先生からの『背後からの攻撃に魔法で対応してくれ』の指示で、自分は殿を担当する。
「坂月さん、ちょっと良い?」
無言で移動する中、小声で自分に話しかけて来たのは、十字鎌槍を肩に担いだ合唱部の部長(三年生女子)だった。
「確か合唱部の……」
「真鍋よ。真鍋奏音。坂月さん、改めて聞くけどちょっと良い?」
「良いですけど、どうしたんですか?」
「明日は一日、暇?」
唐突な誘い文句に、自分は半目になった。
「……どう言う意味ですか?」
「実はね――」
真鍋先輩から、明日開催される予定の内容を聞き、『暇か?』と聞かれた意味を理解した。
先ずは自分の予定を聞いて欲しかったけど、明日定休日のお店が存在するからと、急遽決まったらしい。
「明日の予定は無いですけど、何をどうしたらメインの予定を無視して決めようって、なるんですか?」
「校長だから、そこは諦めて」
真鍋先輩は自分から視線を逸らしてそう言った。『校長だから』か。変なパワーワードを聞いた気がする。
無言のまま、三階層を奥へと歩き続けて、学校の教室一部屋並みに広い空間に出た。
「ここが、三階層の終わりよ。ここには、ダンジョンの出入り口に繋がる隠し階段が存在するの」
真鍋先輩の説明を聞き、遂にダンジョンから出るのかと、自分は軽く息を吐いた。
三階層の最奥の壁には、魔法陣が刻み込まれていた。あそこがダンジョンの出入り口に繋がる場所なのかな?
大熊先生がストレージキーを魔法陣に接触させた。すると、魔法陣が俄かに輝き出し、ゴゴゴッと、音を立てて壁の一部がスライドドアのように横に動いた。その奥には上階へ続く階段が存在した。
大熊先生が壁の向こうの階段を上り始めた。疲れ切った顔をした生徒達も大熊先生と同じく、無言で階段を上る。殿を務める自分が階段を三段ほど上ると、背後で音もなくスライドドアが閉まった。
あちこちに自動ドアが存在するのか。地下に降りる際に利用したドアが、閉まったかどうかの確認はしていない。でも、自動で閉まらないと事情を知らない生徒が発見するかもしれない。
……だから自動ドアなのかな?
関係の無い事を考えて、長い階段を上り、ダンジョンの一階層の入り口にまで戻って来た。
疲労がピークに達したのか、幾人かがその場に座り込む。
だが、大熊先生から『さっさと寮に戻れ!』と一喝を受けて、蜘蛛の子を散らすように生徒達は慌てて走り去った。その中には、山口先生も混ざっていたが、大熊先生から足払いを受けて転倒し逃げ遅れた。加藤先生は大熊先生に首根っこを掴まれていた。
宇賀神さんはクラスメイトに手を引かれて一緒に走り去った。
自分は一歩後ろに下がったせいで、取り残された。
「坂月。私は管理室に向かうが、どうする?」
二人の教師の首根っこを掴んだ大熊先生に『どうする?』と尋ねられて、自分は真面目に悩んだ。
……厨房に行って、夕食の準備をしたい。でも、朝の様子を思い出すと集りにあいそうだなんよなぁ。せめて別のところで作りたい――あ。
ふと疑問を抱いた。その疑問に答えて貰う為に、大熊先生に同行すると申し出た。却下されなかったので、大熊先生と管理室へ移動ついでに質問をする。
「校内の厨房か」
「はい。自炊するのならば、自炊しない生徒と食べる場所を別にして貰えると助かります」
レオーネ学校には、校内と学生寮内の二ヶ所に食堂と厨房が存在する。今朝まで自炊で利用したのは、学生寮の厨房だ。
「確かに、今は自炊が出来るか否かで、食事のタイミングが変わっている。既に自炊可能な生徒に『何か作れ』と迫った生徒が何人か出ているから有効そうだな。校長に相談するが、すぐには利用出来んぞ。最低でも明後日になる」
「この際、利用出来ればそれで良いです」
大熊先生に回答しながら、自分は今朝の宇賀神さんを思い出した。
羨ましそうに見られながら食事を食べるのは居心地が悪い。自分はサバゲー会のようにグループで食べるのではなく、一人で食べるのだ。ふらりとやって来た奴に取られる可能性は高い。
移動先の管理室の一画で、大熊先生が二人の教員に説教するところを観察しながら、自分は夕食のメニュー候補を思い浮かべた。
大熊先生の気の済むまで、説教が行われるのかと思ったが、意外な事に一時間で終了した。
たった一時間とは言え、大熊先生はそれなりに気が済んだような、スッキリとした顔になっている。
「坂月。宇賀神はどうした?」
「大熊先生、先の集団に宇賀神さんのクラスメイトの生徒が混じっていたのか、手を引かれて行きましたよ」
今になって不在の宇賀神さんについて思い出すのは、割と致命的な気もする。でも、宇賀神さんは何も言わずに連れて行かれたんだよね。フォローは……ま、いっか。
心の中で宇賀神さんを見捨てた自分は、大熊先生と一緒に地上に戻った。
地上へ戻る道すがら、宇賀神さんの武器はどうなるのか大熊先生に尋ねた。
「宇賀神には、後日支給品を渡す。だから、坂月が貸出を求められる事は無い」
「支給品が存在したんですね」
サラッと言われたが、よくよく考えると武器の入手方法が確立されていないと、エクソシストとして活動できない。支給品が存在するのは当然と言える。
その支給品が、貸出なのか、最初に一度目だけが無料で、二回目以降は金銭を支払うのかは知らない。
第一武道場の裏手にまで戻り、自分は大熊先生とそこで別れた。
急いで学生寮の厨房に向かい、夕食の仕込みを始める。そして、完成した夕食を弁当箱に詰めて自室に引き上げる計画を立てていたが、居合わせたサバゲー会の面々と一緒に夕食を作る事になった。
「悪いな、坂月。揚げ物のコツが判らないんだ」
「泡の出方を見ていれば、引き上げるタイミングは大体判りますよ。芋系ならば、竹串で刺せば良いだけです。冷凍食品を揚げるのならば、油を温める前に入れてキツネ色になって浮いて来た奴を拾えば失敗し難いですね」
「ふむ。唐揚げはどうするんだ?」
「唐揚げは一分半程度揚げてから引き上げて、一分程度余熱で火を通す、二度揚げの方が失敗しないですよ」
「余熱を利用するのか! それは盲点だった」
サバゲー会の全員が驚いた。
自分としては、余熱を利用するやり方に切り替えた事で失敗の回数が減った。その経験を口にしただけなのだが、こうも驚かれると一般的なやり方では無いのかもしれない。
完成した揚物が中心の夕食――グリーンサラダと味噌汁と、土鍋で炊いたお米も存在する。飯盒でお米を炊いた経験があるからか、絶妙な炊き加減だった――サバゲー会の面々と一緒に食べながら、『学校内の厨房利用について大熊先生に相談した』事を告げる。
「校内の厨房か。確かにあそこが使えるのは良いな」
「明後日からの利用可能でも、他の奴に作れとか言われずに済むのか」
「大熊先生も仰っていましたけど、本当に言われたんですか」
誰が『作れ』と迫られたのかと思えば、サバゲー会の面々だった。しかし、どうやって断ったんだろう。
「ああ。元会長の寺田が聞き付けて来てくれたお陰で断れた」
「元生徒会長ですか。怒ると柴田先生程じゃないですけど、怖い分類に入りましたね」
五大不良部の一角の男子柔道部の元部長は、美形の分類に入る容姿をしているので、怒ると迫力がある。
「大熊先生が明日中に校長と交渉してくれる事を祈ろう」
席に着いていた面々と一緒に、自分もその言葉に首肯し、塩を振った海老の天ぷらを食べる。
食べ終わったら手分けして片付けて、部屋に退散した。
ちなみに、部屋には手狭なシャワールームが存在するので、大浴場に向かう必要は無い。だから、入浴中に他の女子生徒から嫌がらせを受ける事も無いのだった。
元生徒会長にチクればそれなりに対応はしてくれるんだけど、面倒だから、チクる気になれないんだよね。
こんな感じで、ちょっと慌ただしかった休校初日は終わった。
色々と知ったけど、自分に被害が出るまで関わる予定は無い。




