夢想還魂 9
歩地を見送った後、赤華は三人に洋館内の案内をしていた。
「で、ここがキッチン兼食事をするところだけど、食事は別に自室でしてもらっても大丈夫だから。飲み物とか欲しい食材とかはさっき歩地さんが話してた手伝いの時にお願いしとくといいよ。そうしたら翌日から翌々日には自室か、冷蔵庫の中に入っていると思うから。それと冷蔵庫内の自分の物には名前を書いといてね」
「おう、りょうかいや」
「う、うん、分かった」
「ええ」
「それで部屋割りだけど、皆どこの部屋がいい?」
用意されていたその部屋の位置は一階と二階の左右の一番端であり、上下は少し近いが同じ階の部屋とはそれなりに距離が空いている。
「ん?この家の家主なのに赤華はんも今から部屋決めするんか?」
「まあ、平等にね。だから私は三人が決めた後残った部屋にするよ」
「赤華はんがそういうなら…。じゃあ、どう部屋割りするか?」
そう鳶鷹と唯一が見合わせた後、ゆっくりと梓麻の方を見る。その意図は恐らく先に決めてもいいという意味なのだろう。
「なら、私は二階の右側にさせてもらわ」
「じゃあワイは一階の左側で」
「ぼ、僕はその上で」
「となると私の部屋は梓麻さんの下の部屋だね。それじゃあ、部屋割りも決まったことだし、事前に一日目に必要な皆が用意した荷物はたぶんこっちに歩地さんが運んで置いてくれてると思うから行こっか」
この屋敷の玄関の真横にある物置部屋に案内されると、そこには三人には見覚えのある事前に用意したものを入れてある段ボール箱があった。
「じゃあ、私はお風呂の用意とかしとくから入りたいなら三人で順番とか決めといてね。別にお風呂じゃなくても歩地さんが言ってた通り、部屋に小さな浴室があると思うからそれで済ませてもいいけど」
「掃除とか大変やろうし手伝おうか?」
「いや、いいよ。今日こっち来たばかりにも関わらず、騒動に巻き込まれて疲れてるでしょ」
「ま、まあ少しだけ」
「無理しなくていいよ。それで荷解き終わった後、お腹すくだろうし。少し遅いけど夕食を用意しようと思うけど食べるよね?」
「お、おう。腹減ってたから頂きます」
「ぼ、僕も」
「私は今日はいらないわ」
「そっか。一応梓麻さんの分も用意しとくから、お腹すいたら冷蔵庫から出して温めて食べといてね」
「…分かったわ」
その返事を聞いて赤華は部屋を出て三人は自分たちの荷物の入った段ボールを抱える。
「そんでどうするんや梓麻」
「何が?」
「風呂入る順番や」
「私は自室ので済ませるから好きにしなさいよ。私は今日は疲れたから早めに休ませてもらうわ」
そう早足になりながら先程決めた自室の方へと向かって消えていった。
「そ、そうか。なら唯一はどうする?」
「ぼ、僕も今日は自分の部屋ので済ませるよ」
「そうか、ならわいもそうしよっかな。荷解き終わったらキッチンに行って食事ついでに赤華はんと話しついでに言っとこっか」
「う、うん…そうだね」
「それじゃあ、また後でな」
「うん」
自分の荷物を整理を終わらして、梓麻はシャワーを浴び終え着替えると、流したまま部屋の扉を開いて見ており、一度扉を閉める。すると先程まで聞こえていたシャワーの音が聞こえなくなった。更に耳を壁や扉、隣の部屋の壁に当てて聞くシャワーの音は一切聞こえない。
部屋に戻り壁を触り眺める。
壁には強度を上げる強化。そして扉を占めることにより部屋を囲うように施された術式の回路が繋がり防音魔術、遮音空間の展開…更に術式そのものに改変や壊されない様にといくつかの術式…。
そのまま壁に反って月明かりの差し込む窓から外を眺める。
見渡して見えるのは辺り一面に広がる深い森なのだが、彼女の見るそれは全く違うもの。
この部屋に来て落ち着いてきてから気がついたけど、この屋敷を大きく囲う様に結界が張られてる。二…四…九…?今の私の知識じゃ、数もどんな術式が施されいるのか、はっきりと分からないけど…これだけの術式を安定させるなんて…。
身を放るようにベットに倒れ込み、窓から顔をのぞかせ少し赤がかった月を眺める。
「大三家…赤神…赤夜…そして、これを施したのは一体何者なのよ…」
謎ばかりが溢れかえるも、今日色々あり疲れてからか、皆ベットに倒れるなり明日を迎えるために眠りについた。
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深夜零時を越え一時を迎えようとしていた頃。
三人が目覚めたあの病院の真っ暗な一室で二人の人影が起き上がる。
「ここは…」
「まさく…そこにいるの?」
「ああ、いるよ…ゆうちゃん」
「真っ暗で何も見えないよ…」
「大丈夫だよ。僕がすぐ近くにいるから」
ゆっくりと声を頼りに二人は近寄って行くと、ガラガラと音を立てて扉が開かれ、懐中電灯の光が眩しく二人を照らした。
「な、なんだ!?」
「まさくん怖いよぉ…」
身を寄せ会いながら怯えていると、そんなことはお構い無しにその光の主が足音を立てながら二人の方へ歩み迫る。
カチッと音が鳴ると蛍光灯の明かりがつき明るくなる。
「患者を脅かすな馬鹿」
「いやぁ〜いいもん見れそうだなぁって思ってな」
そう、二人の目の前には懐中電灯を持って満足そうな顔で呟く千和々と入口の所でタバコを吸う歩地がいた。
「やぁ、目覚めたようだね。お二人さん」
「あのここは…」
「病院だよ。道路で気を失って倒れてる二人がいるって電話が掛かってね。君達を搬送してこの部屋で寝させてたという訳だ」
「病院…」
疑うように辺りを見渡しながら呟く。
疑うのも無理は無い。二人のその格好は、どう見ても病院出みるようなものでは無いし、何しろ患者の目の前、病室でタバコを吸う医者など普通は有り得ない。明らかに怪しい。
「えっとそれで僕達は」
「ん?君達の容態は特に異常はないからね。目が覚めたなら今からここを出て帰ってもいいし。今日はもう遅いから明日までそのベットで寝ていても別に構わないよ」
「じゃあ、帰ります」
「そうか。ならこの部屋を出て左に行けば入口があるから」
「ああ…はい」
二人は顔を見合せるなり、自分の荷物を確認して部屋を出ていく。
「じゃあ、気をつけてね」
そう手を振って見送ろうとするのだが、二人は戸惑い見る。
「どうしたんだい?」
「えっとその料金とかは」
「ああ、料金ね…別に要らないよ」
「「えっ…」」
「さっきも言った通り特に異常は無いからベットで寝かせてただけだからね。だからお金は要らないよ」
「で、でも…」
心配と困り顔で女性がおどおどと口篭る。
それは恐らく今この時にちゃんと対価を払わなければ後で何を求められるのか分からないという不安からなるものなのだろう。
ましてや、この二人からすれば…。
歩地は少し考えたフリをして告げる。
「なら、千円。休憩料二人で二千円でどうだい?」
その言葉に二人は安心したのか、「はい」と言って二千円を差し出した。
「それじゃあ気をつけて帰るんだよ。二人とも」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
そう二人は深くお辞儀をして手を繋ぎ、歩地の見送られながら静かな町の中へ消えていった。
「良かったのか?あの二人を行かせてしまって。捜索、確保依頼の二人だったのだろう」
「別に問題ないよ。あの二人を行かせようと、このままここで一日滞在させて依頼者の到着と同時に差し渡そうと。先の過程や結末等が違うだけで結果に変化は無いのだから」
「そこまでするんだったら助けてあればいいのに」
「全部が全部、助けることが救いになるとは限らないんだよ。それに僕達は何者に対しても決して深くは干渉しない。そう取り決めているだろう」
「ふ〜ん」
なんの迷いもないその言葉に千和々はニマ〜と眺める。
「なんだ?」
「いや~なに。深くは干渉しないって言う割りには優しいなぁと思ってなぁ。今の二人のことも、結界の案件に関しても」
「…なんの事だか」
「はいはい、私は何も察してないし…何も知りませんよぉ〜」
そう微笑みながら胸ポケットからタバコを取り出し火も付けぬまま咥える。
そのまま歩地の方を向いて、咥えてるタバコをクイックイッと上下に揺らす。
ため息ばかりに煙を吹くと少量の煙がその咥えられたタバコの先へ向かうなり、火がついた。
そのまま吸うと、少し渋い顔を見せる。
「相変わらず甘いの吸ってんだな…味が移ってるよぉ」
「文句を言うならそれくらい自分でしろ」
「まぁ何はともあれ、これからあの二人に幸せが…なんだっけ」
続きを忘れ、何だっけと振り向く。
「…あらんことを…か?」
「そうそう、幸せがあらんことを祈ろうか」
そう、タバコ先を天に向け少しふざけながら十字を切るように祈りを捧げる。
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波の音が鳴り響く。
海沿いの道路の街灯はついていないが、月明かりを遮るモノのないその開けた場はそれなりに明るく、アスファルトは少し濃い藍色に染まっていた。
周囲には民家などなく、静かなその道路の真ん中を二人の男女が特に会話もなく手を繋いで歩いていた。
進むにつれて見える建設途中の島と島を繋ぐ巨大な橋と真下にある深い森。その前で一度立ち止まり顔を見合わせた後再び歩み進み、その深い森の中へと入っていく。
森の中はとても暗かった。
その視界は立ち延びる木々と草むらを僅かに区別できる程度。
進む先を阻む、木々を避けながらも、腰まで伸びるその長い草むらなどは、お構いなしにただ、進んで行く。
すると先から薄暗い明かりが見えてきて、二人はその光へと向かっていく。
その光の元へたどり着くと開けた場所に出る。
先に見えるのは無限に広がる広大な月と星々、天を映す海の鏡。
数歩、歩み進み真下を覗きあるのは、激しく波に打たれできたであろう歪な岩肌の崖。
だが、今日は波はとても静かに撫でるように漂っていた。
二人は幻想的なその巨大な天を映す鏡を眺めた後、今一度、向かい合い身を抱き寄せる。
それでも言葉を交わすことは一切無く、身を離し再び海の方を向き、二人は静かにその身を差し出すように投じた。
静かに鳴り響く、海のさざ波。
その中で僅かに二つの羽ばたく音が天へと向かっていった。