赤色追録 1
まだ、薄暗く日の登り始める早朝。
道場の床が大きく鳴り響いた。
膝と手を着いて息遣い荒くゆっくりと揺れる床を見ていた。
「ほら、次」
男の声が聞こえ、赤華は息を素早く整えて立ち上がり、構え直す。
床を強く蹴り、男の元へ突っ込む。
幾十と繰り出される拳の突きと蹴りの攻防。
男が蹴り払いを腕で受けながら距離を取るべく後方へ飛ぶのに合わせ更に距離を詰め、右の拳を放つと、それを迎え入れるように左手で伸ばしていた。
上下、左右…どっち…。
そう身構えていると、放ったその拳を引かれて突き進む勢いが増し、進む先には右拳が置かれており、そのまま腹部へ打ち込まれた。
何とか左手を挟み入れダメージを軽減するのだが、すかさず左手の掌底が横腹を目掛けて放たれ、それを避けるべく後方へ下がる。男はそのまま止めることなく放ち下へ向けて両手を床に着いて、体を小さく丸めて前転してバネのように全身を伸ばして跳ね、腕をクロスさせて防御を取るそこへ飛び蹴りをする様に両足で蹴り込む。
受け止めるも、ミシミシと骨が悲鳴を上げるのが微かに聞こえてくる。
そのまま受けながら上へ弾きあげ、宙で無防備となったそこへ攻撃を放つも、男は容易くそれを弾き受けながら着地をすると、お返しとばかりに床を蹴り距離を詰め迫る。
蹴りや突きと繰り出されるそれらを、その体勢から予測し迎え撃とうとするのだが、パチンっと音とともに頭が後ろへ引っ張られた。
男は蹴るでも突きを打つでもなく、ただ額にデコピンを放ったのだ。
あまりにも予想出来なかった猫だましとも思えるそれに気取られて動きが遅れ、気がついた時には既に遅く、手と足を払われ倒され、気づけば天井と男の手の側面が目の前にあり。軽い力で頭をチョップされる。
「いたぁ」
軽いチョップと言えどそれは何時もより強く、声が漏れた。男は立ち上がり着ている黒い袴の道着の乱れを整える。
チョップされた所を抑え、それを眺め見る。
「もしかして、怒ってる?」
それを聞いて軽いため息を吐く。
「まぁ、少しだけね。なんで怒ってるかは…ちゃんと分かってるんだろう」
起き上がり胡座をかいて人差し指の先を合わせてモジモジとそっぽを向く。
「い——」
「いや、まぁじゃないよ」
「う…」
言おうとした事をこうも先に言われると何か…もどかしいんだよなぁ。
「いくら夢の世界とは言え、実際に死んでしまう世界だ。それは説明されてたろう。それなのに少年の鬱憤に真正面から付き合うなんて…。まぁ君の性格だから、何となくは察していたが…」
「えへへ」
「褒めては無いよ」
「その…ごめんなさい」
「次からはそういう事しないようにね」
「うん。分かっ…」
「それはそれとして、昨日のことで強くなったと少し自惚れていないかい?」
「す、少しだけ…」
「はぁ〜全く…。あれはあくまでもあの結界のおかげで君の理想に近づけただけだ。決して君がそのまま強くなった訳では無いんだよ。今日は少し動きが合ってなかったから修正しておくように」
「う、うん…」
「まぁでも、少しくらいは感覚を掴めたんだろう」
「それは…ほんの少しだけ…埃や塵程度の本当に少しだけど…」
「それだけ掴めてたら十分だよ。まぁ、とりあえず今日はこれで終わろう。これから学校なんだろう」
「うん」
「放課後——」
「うん、するよ。当然」
言いかけるその言葉真っ直ぐなその目で力強く彼女が言うその姿を見て、肩を落とす。
「怪我するのは仕方ないとして大事にならないようにね」
「分かってる。気をつける」
「うぬぼれては無いね…なら、いいよ」
二人は道場の中心に立ち向かい合うように正座をする。
「それじゃあ行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」
互いに挨拶を交わし、礼をし合い今日の手合せを終える。
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じじじとトースターが動き焼いている音を鳴る。
朝食を作るべく冷蔵庫を覗く。
「ん…食べてくれたんだ…」
昨夜に作った味噌汁を火にかけて温めながら、その横で目玉焼きとベーコン焼いていた。
冷蔵庫から取り出したレタスとミニトマトを丁度いい大きさに切って、お皿に盛り付け、その上に出来た目玉焼きとベーコンを盛り付ける。
自分用の朝食の準備を終えて食べよう手を合わせると、上の方から微かに物音が聞こえた。
階段を降りてキッチンのこの部屋まで来ているのが分かり、その扉が開かれた。
「おはよう、梓麻さん」
「んぅ…おはよう」
その彼女の様子を見て少し驚いた。
猫か何か小動物の寝起きかのように、まだ眠たげに目元をこすっていた。
昨日はずっと堂々と強い感じに気を張っていたのに…こんなにも、まさかこんなにも朝に弱く可愛らしいなんて…。
「ご飯食べる?」
「ん…んぅ…食べる」
「じゃあ、はい。ここ」
そう先程、用意したモノを置いてある席の椅子を引くと、ふらふらと彼女は席に座りパンを手に取りかじりつく。
その様子を見て、新しく自分の朝食の準備を始めようとする。
と言っても時計を見ると七時十分になっていた為、簡単に手早く作れるように火力を上げ、かき混ぜた卵と細かく切ったベーコンを流し入れて、火を通しながらかき混ぜ、スクランブルエッグを作る。
焼いていない柔らかい一枚のパンに先ほど余分に切ったレタスに軽くマヨネーズをかけてスクランブルエッグを乗せそれを口の中に放り込み、味噌汁でそれを流し込む。
すでに食べ終わったのだが、梓麻はまだ、先ほどのパンをモクモクと食べていた。その様子はやはり、
しょうど…。いや、それは失礼だな。
朝食を食べ終えたことだし、洗面所へ向かい歯磨きなどと朝の身支度を済ませる。
キッチンに戻ると、梓麻が食器を洗い片付けていた。
すると彼女はこちらに気が付いて、洗い終えた食器を水切り籠に入れてこちらを向く。
「おはようございます」
「あ、ああ、おはよう。洗ってくれたんだ、ありがとう」
「いえ。これくらいは。朝食ありがとうございました」
「う、うん」
様子を見るに、ちゃんと目覚めたみたいだけど…。先までのことは…忘れた方がいいのだろうか…?
「じゃあ、私は先に学校行くね」
「では、私も準備しないと…」
「いや、まだ大丈夫だよ」
「それは、どういう…」
「一応昨日車に乗ってて何んとなく分かっていると思うけど、ここ結構な山奥なんだよね」
「まあ、それは分かってるけど」
「だから、ここで待ってていいよ。四十分くらいになったら歩地さんか千和々さんが車で迎えに来てくれるから」
「そうなんだ…なら、一緒に待っていればいいんじゃ」
「あ~うん。まあ、私は日課だから気にしなくていいよ」
「日課…」
「そう、日課。だから先に行ってるね」
「あ、ああ。はい、行ってらっしゃい。また後で」
「うん、また後でね」
そう少し嬉しそうに返事をして彼女は部屋の外へ出ていく。
廊下を歩き玄関で靴を履いていると、階段を降りる足音が後から聞こえてきた。
振り向くとそこにはまだ眠たげに目を擦り降りてくる唯一の姿がそこにあった。
「おはよう。唯一さん」
「お、おはようございます。赤華さん。も、もう家出るんだね」
「うん。昨日話した通り、七時四十から五十分くらいに迎えが来ると思うからそれまでに支度しといてね。それと冷蔵庫の中のモノは自由にしていいから」
「う、うん」
「鳶鷹さんは…まだ、起きてないのかな…」
「あ、あはは、鳶鷹くんは朝弱いからね。心配しなくていいよ。僕が起こしておくから」
「そう?なら任せるよ」
「うん、任せて」
「それじゃあ、先に行ってるね」
「うん。い、行ってらっしゃい」
外に出て体を伸ばし軽く呼吸をしながら準備運動をする。
…やっぱりいいな…こういうのは…。
そう、頬を緩ませながら、赤華は鞄を背負い学校に向かって走りだす。
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白い四人乗りのクーペが大通りから外れ、水路横の狭い道をしばらく進み止まる。
「それじゃあ、悪いがここから歩きな。流石に生徒を車で送ってるのを見られると贔屓やらと色々思われたり言われたりと良くないからな。
このまま真っ直ぐ進んでたら着くからな。気をつけて来いよ」
「は、はい。ありがとうございました」
「ありがとうな先生」
「ありがとうございました」
「ああ。変な寄り道とかして遅刻するんじゃないぞ。あとそれと鳶鷹、明日からはもう少し早起きするんだぞ…まあぁ色々と頑張るのはいいが」
「は、は~い」
そう言って窓から手を出してヒラヒラと振りながら発進して行った。
「いや〜迎えに来てくれるってのは聞いてたけど。まさか千和々先生が外車で迎えに来てくれるなんてな」
「だ、だね。かっこよかったね」
「それにしても、赤華はんあそこからここまで毎日走ってるなんてなぁ。あの身体能力も何となく納得できるわぁ」
「す、凄いよね。一体どれくらいの距離なんだろう」
「だいたい十二キロメートルくらいよ」
「お、どうやって測ったんや」
「看板とかでの距離を見てなんとなくよ。まぁ走ってる速度と時間、停車時間とか計算を細かくすれば確かな距離を割り出せるけど…」
「さっすがやな。梓麻。わいには何言ってるかさっぱりやけど」
「...小学生教育の範囲でしょう…これくらい…」
「マジでか」
「あ、あはは…そうなのかな…」
「そうでしょう…」
鳶鷹だけならまだしも、唯一のその反応を見て自分が少しズレているのだろうかと、唯一は速度変化や停車などと、さっきまでの走行中のことを思い出しながらそんな簡単なことなのだろうかと考えていた。
鳶鷹はと言うと、二人のその考えとは一切関係なく。
ワイも走って登校してみようか、や、それにしても先生の車かっこよかったなぁ。ワイも大人になったら欲しいなぁなどと考えていた。
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朝の挨拶、校門では様々なクラスの生徒や教師達とすれ違う。
靴を履き替えて自分達の教室へと向かう。
道中では様々な話が聞こえてくる。それは朝食や夕食、ドラマやバラエティーといったテレビ、部活やクラブでのこと、そして今日のことを話している。
そして教室に入ると、また多くの話が聞こえてくる。
「みんな、おっはよう」
鳶鷹のその声に男子生徒の殆どが入り口を向いて挨拶を返す。
どんな所でも人が多く、長い時間を共にするとなると、様々なグループが生まれる。
それは隣同士やとある人物を中心とした少し大きなグループ。そしてただ一人で読書をしたり、まだ眠たげにうつぶせにしていたりと様々だ。
鳶鷹はその男グループに呼ばれてその場所へ向かい、唯一もそれに付いて行く。
そして三人の女子グループがそれとすれ違い梓麻の元へ近寄る。
「おはよう綾嶄寺さん」
「…ええ、おはよう」
「それで————」
挨拶をし合うと本来であれば会話が始まると思うのだが、その会話の始まりをあからさまに避けるように梓麻が自分の席へと向かった。
だが、直ぐに席に付かずに窓の方を向いて立ち止まる。
そこにはまた一人と、ただ静かに窓の外の空の景色を眺める赤華の姿があった。
「おはよう。赤華さん」
呆っとしていたのか、赤華は少ししてその声に気が付いて振り向く。
「あ、うん。おはよう。綾嶄寺さん」




