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赤夜 Sekiyo  作者: KIKP
理幻鏡想
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理幻鏡想 24

競が目覚めたのは、あの騒動から三日後の事。

長い眠りからの目覚めで体は重く、全く動かない。

視界も耳も、ぼんやりとしていてはっきりとしていないが、両親の嬉し涙を流すその顔と、その声、抱き締めれ伝わるその温かさに、溢れる安心と喜びに涙を零した。

翌日。両親の付きっきりの看病を受けて体調も少し良くなった頃に、ここまで様子を診た歩地と梓麻、そして彼女のコーチである風道が面会に顔を出した。

風道は眠れてないのか目元に隈ができており、少し痩せたように見える。


「体調はどう?」

「皆のお陰で随分良くなったわ。流石に足はダメそうだけれどね」

「そう…」

「でも、いいの。私にはお母さんとお父さんがいるもの。これからは私に出来ることをしていくよ」

空元気の言葉では無い。少し残念そうにも確かに、既に覚悟は決まっていたという意思が感じられる。

「だから、ごめんなさいコーチ。これまで私に尽くしてくれたのに裏切ってしまうことになってしまって」

「いや、俺はいいんだ。それより謝るのは私の方だ。意図せず、君に重責を背負わせてしまったのだから」

「そんな事は…」

「そんな事はあるよ」

本当に申し訳なさそうにする颯希の顔を見て、少し悲しく黙ってしまう。

「はぁ…非生産的な責任の被り合いは辞めなさいよ」

そう、梓麻が空気をぶった斬るような言葉を吐き出す。

「そんな事よりも、本当に伝えたい事を口に出しなさいよ」

その言葉に風道はハッとして競の傍に近寄る。

「競…ほんとに命に別状はなく…目覚めてくれて…良かった…」

涙を零しながら、不慣れに抱き締められる。

「コーチ…ごめんなさい…。心配かけて…。そして…ありがとう…ありがとうございます…」

そう、応えるように腕を回し感謝と涙を零す。


しばらくして、落ち着き椅子を用意して並び座る。


「競。今回、私が貴方に会いに来たのは、ただ様子を見に来ただけじゃないわ。一つの提案を話に来たのよ」

「提案?」

「そう。貴方のその足が治る可能性に関して」

「治るの!?」

余りにも衝撃的なその話に皆の視線が集まる。

「あくまでも可能性よ。変に期待しすぎないように」

「ご、ごめんなさい」

「私の家…綾嶄寺は様々な分野に精通し、開発しているわ。それは生活用品に乗用車や家電に医療関係。そしてここ最近ではスポーツ業界。貴方のよく知る閃卿院せんきょういんれんの父である閃卿院 双徹そうてつのスポンサーとして付いてもいる。そして提案というのは、そこに貴方を売り込みに行く事よ」


唐突な売り込むという言葉に、ここまでの信じられない物事もあって人身売買!?と脳によぎり、場が凍る。


「梓麻。少し言葉足らずだよ。それだとまるで人身売買のように聞こえてしまうよ」

「半分くらい意味はあってるのだから間違ってはないわよ」

せっかく歩地がカバーしようと発言したのだが、梓麻は容易く切ってしまう。

「ちょっと。私達の前でよくもまぁ娘を売るなんて発言できるわね」

怒って当然の発言に、母親である鶴冥かくめいが静かに怒りを露わにし、見たことの無いその母の姿に競は驚く。

「…怒るのも分かるけど、話は最後まで聞いて貰えるかしら」

「…そうね。話は最後まで聞いてあげますけれど、言葉はもう少し選んでもらえるかしら」

「ごめんなさいね。気をつけるわ」

物怖じしない梓麻のその返答に、夫である松旭しょうこくが静かに感心していると、心を読んでいるように鶴冥に睨みつけられる。

「話を続けるわね。今回、貴方の足が壊れたのは肉体のリミッターの解除、言わゆる火事場の馬鹿力の状態で走った事によって耐え切れ無かった事によるモノよ。

これまで長いこと世界が、その肉体のリミッター解除について研究されているけれど、全く進歩していないわ。

その理由は単純明快。まず、その火事場の馬鹿力の実例が極めて少ない事。

それもそう、命の危機に迫る状況なんて、そう多く経験できることでは無いし。そもそも、その様な状態に陥る事なんて誰も望みはしない。

そして、その危機的状況下で必ずしも、馬鹿力を発揮できるとは限らない。故に、どの様な希病よりも情報が無い。

だから、その力を発揮した貴方は、研究者からすれば可能性の塊そのモノ。喉から手が出るほど欲しい希少な情報が、その肉体に刻まれ、秘められているの。つまり、その体を調べられれば研究が進み、スポーツ界は少し先へと発展できる。

都合がいいことにその研究所は、日本の中でも最先端の医療機器が揃っているわ。研究者からすれば、その力の詳細を調べることも大切だけれど、その医療法も調べることも必要となる。貴方のその足の治療に、尽力する筈よ。なんたって、その力を抜きにしても、全国トップレベルの成績を出している貴方を放っておくわけがないもの」


そう話すも、今回のことで自分達が知らない、大きな世界があるのだと不安そうにする。


「安心していいわ。研究者どもは、貴方のことを実験動物の様な目で見るだろうけれど、非人道的な実験や研究が行われることは無いわよ。そんな事は最も嫌いだもの、私の兄は…。だから、貴方はただその場所へ売り込めばいいのよ」


その言葉に、少し考えていると三人がそっと背中に手を当ててくれる。


「貴方の言う通りにすれば、足は治るかもしれないのよね」

「ええ。他で治療するよりも断然確率は高いわ。だけど、治ったとしても、以前のように走れるとは限らないけれどね」

「それでも構わない。治る可能性があるのなら、私はその道を進むわ。支えてくれるみんなを、まず安心させたいし。以前の様に走れなくとも、それ以上に走れないという訳でも無いのでしょう。少しでも可能性があるのなら、迷う必要なんてない。私は走り続けるつもりよ」

「そう…」

彼女を支える三人に視線を向けると、既に彼女の為に尽くすというのが目を見て分かる。

「なら、後の事はこちらでなんとかしておくわ」

「ありがとう。梓麻さん」

「感謝しなくていいわよ。貴方は不幸な事故にあうも、幸いにも細いその道があり、それを教えただけに過ぎないのだから」

「それでもありがとう」

「はぁ…。遠慮なく受け取っておくわ」

感謝されることに慣れてないように、顔を背ける。

「私からも貴方にアドバイスしとくわ」

「何?」

「貴方は利用される立場。だから、貴方もとことん最大限に利用してやりなさい」

「うん。そうさせてもらうよ」

これまでまだ少し暗かった彼女の様子が、すっかりと晴れていい顔をしており、その意気だと、安心する。


「さて、梓麻からの話は決まって、ひと段落着いたところで悪いけど、そろそろ僕からの本題を話させてもらおうかな」

せっかくいい感じに終わろうとしていたのにと、梓麻の突き刺すような視線が歩地に向けられるが、まったく気にしないように、話し続ける。

「まず、皆さん方、今回の騒動と今の彼女の話からもわかる通り、私達は普通の人間ではないです。貴方達の住む世界が表とすれば、私達は裏の世界の住人といったところだろう。昔であれば、表の住人が意図せずとも裏世界に巻き込まれ、関われば、口外を防ぐために、その命を消すのが私達の仕事だ。

だが、私達の上にいる人はそう言った無駄な殺生を望まないからね。貴方達の記憶の改竄を行うようにしている。

多少の記憶改竄であれば、障害を負うことは無いが、彼女に関しては騒動の本格に深く関わってしまった。だから、何かを起点に記憶が思い出され、混乱といった障害をきたす可能性がある。だから、君たちに選択の権利を与えなくてはならない。

起こるかも分からない、その記憶障害を背負いながらも、従来の普通の生活を送る。

記憶が残ってることから、再び巻き込まれる可能性を背負いながら、生活を送る。その、どちらかを」

「…その記憶改竄って、どこまで忘れるの?」

「君が異形となった事、そのナニかと話したこと。それ以外は矛盾しないようにうまく調整するといったところだろうか。ああ、安心していいよ。今回のことを忘れても、ちゃんと治療は受けられるから」

その確認を聞いて、競は悩み、悩み…。三人を一度見て、その答えを口にする。


—————————————————————————


まだ、新しく綺麗なマンションの一室。

ベランダの手すりで小鳥たちの戯れる鳴き声に、柳矢競はベッドの上で目を覚まし、上体を起こす。

部屋の中は引っ越したばかりのようで、机とタンス以外の殆どの物は、まだ壁側に積み重ねられたダンボールの中に閉じ込められている様だ。

壁に掛けられた時計の針は、五時半を指していた。


相変わらず、この時間に起きちゃうな。


ベッドの傍に置かれた車椅子の手すりに手を置いて、手馴れた様子で椅子に乗って机へと移動して、その上にある教科書とノートを開いて勉強を始めた。


しばらくして隣の部屋で眠っていた両親が目を覚ましたのが微かに聞こえ、少しして朝食を作っているのか、味噌汁のいい香りが漂ってくる。

部屋の扉が静かに開かれて鶴冥が顔を覗かせる。

「おはよう競。起きていたのね」

「うん。おはよう、お母さん」

「朝食もうすぐできますからね」

「うん。直ぐ行く」

その返事を聞いて、鶴冥は扉を閉じる。


今までは朝練とかがあって、早くに家を出ていた為出来なかったが、今はその朝練は無く、家族団欒の朝食の時間をゆっくりとしている。

朝のニューステレビを流し聞きながら、白いご飯に味噌汁、納豆にたくわん、魚に卵焼き、おひたしに漬物と日本の和食らしい朝食を頂く。

「競、体調は大丈夫?一応今日も休んでも大丈夫ですよ」

「大丈夫だよ、お母さん。むしろ休み過ぎてだらけちゃいそうだから」

「そうですか…。でも、しんどくなったらすぐに言ってくださいね」

「そうだぞ競。お父さん達はずっと競の味方だからな」

「うん、ありがとう。お父さん。お母さん。だけど、大丈夫。私は進みたいから」


強い意志ある彼女の顔と言葉に二人は安心する。

三人は身支度を済ませて、マンションを出る。

整備され植えられた木々に挟まれ、舗装されたその長い道を父親に車椅子を押されがら進み行き、その大きな研究施設の中へと入って行く。

受付の職員に父が書類を渡し、五分ほど待っていると、直ぐに検査室へと案内された。

診察台に乗せられて職員が機材の準備をしているのを待っていると、ふと気が付く。右側に視線を向けると、何もないただの壁の様に見えるのだが、その先から幾つもの異様な視線を感じる。

それは、マジックミラーのようにあちら側からだけ見える壁であり、何人もの職員がその部屋に集まり彼女を見ていた。


梓麻の言っていた視線ってこのことか…。


機材の準備が終わり、寝かされて機械の中へと動いていき、検査が始まる。

触診から血液検査と一般的健康診断を受けて、休憩室へと案内されていると、窓の外から見覚えのある景色が見えた。

「あの、あそこの方で休んでもいいですか?」

競の指差す方を見る。

「ええ、勿論構いません。出口はこの先の突き当りの右扉から出られます」

「分かりました」

「時間になりましたらお迎えに行きますね。何かあれば近くの職員にお声掛け下さい」

「はい。ありがとうございます」

「いえ。ごゆっくりと」

職員に会釈をを返して両親と共に、案内通りに外へと出る。

扉が開かれ、入り込む横に過ぎ吹く、身に染みた、覚えのあるひりつく空気。眩しく光るその景色が目に広がって映る。

それは、楕円の人工芝を囲う、白い九つの楕円の白線が走る広大な陸上トラック。

この施設はスポーツ競技の為に綾嶄寺家が学校と医療・研究施設を併設したもので、現在練習中の人たちが走っているのが見え、近くに観察席らしき場所で眺め見る。


—————————————————————————


「私は今回のことを忘れたくない。だから、記憶の改竄は必要ないです」

「いいのかい?先も言った通り、これからきっと嫌な思いをするかもしれない。危害を受ける可能性もあり得る」

「大丈夫です。そもそも、記憶が残っていても無くても、危害を受ける可能性はあるんでしょう。今回のように」

「まあ、そうだな」

「なら、必要ないです。なにより、私は今回のことを忘れてはならない。忘れたくないんです。自分の犯した罪を。みんなの気持ちを。梓麻さん…そして赤華さんの言葉を」

「そうか。では、あとの御三方はどうします」

「私達も必要ないです。この子が産まれる前から、信じ応援し、支えようと決めておりましたので」

同意するように松旭が頷く。

「僕も大丈夫です。僕自身も今回の事で学んだことがあるので。今はただ、彼女の行く末を見ていたいだけです」

四人の顔にそれ以上の言葉は必要ない。

「では、私達はする事があるからここらへんで。後は皆さんで、色々と話す事もあるでしょうからね」


それからは競が検査の為に東京へと出る為に、両親が着いていくにも仕事など、どうするのかと話し合いをしていたのだが、後から歩地さんからの提案や計らいで、色々と何とかなった。

元々、競の使用していたスパイクは、お父さんが私の為と勉強し、最も足に合う様にと作ったオリジナルのものであり、その技術と手入れの丁寧さに加え、個人営業のスポーツ販売店としては業績も、顧客からの評価も良いが見られ、綾嶄寺が展開するスポーツ用品に関わる仕事にスカウトされ、家族みんなで紹介されたマンションに引っ越すことが出来、仕事場も近いのもあって、一緒に暮らすことが出来ている。

そしてお父さんが営んでいた元の店は、綾嶄寺グループから数人の従業員が派遣され、無事に営業は続けられている。

そして、風道コーチは旧友からの誘いを受け入れて、陸上競技協会の役員をしながら、指導員としての勉強を一から始めたと、トントン拍子で話が進んで行った。


—————————————————————————


スタートの合図のブザー音と共に、選手たちが駆け行く足音が、風に乗って響き、聞こえてくる。

横を並走する、同世代の選手たちを置き去りに、徐々に差を開きながらトップにゴールを駆け抜けるその少女を、眺め見る。


閃卿院せんきょういん れん

常に私の前を走り続け、越えられなかった存在。


汗を拭きながら指導員と話す錬が、こちらの視線に気が付き、少しの間こちらを見るも、直ぐに背中を見せるように話しながら歩いて行く。


それでいい。貴方が私にも、誰にも興味を持ってないのは知っている。

目を閉じて、真っ暗な世界に思い浮かべ、先に立つその背中姿を見る。

焦る必要なんて無い。私は、既に決めたその道を、辿ればいいのだから。

いつか、私が、そのスタート位置について、貴方を越えるその時まで。


縛り付ける、期待やプレッシャーといった、重りなんてモノはもう無い。


ただ、私は。


私の思う自由(みち)を、駆け走るんだ。


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