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うさぎのぬいぐるみ

 なんてつまらない人間だと自分でもつくづく思う、生まれつき厳つい顔に何故か恵まれた体躯。訝しげな雰囲気を漂わせる家柄も手伝い、俺の不審感を引き立たせていた。に違いない。


 つい最近中学生を上がったばかりだと言うのに、人の前を通れば顔を赤くされたり真っ青にされたりと生き辛いことこの上ない。信号機ではあるまいし。


 顔のせいで幾分か人生を損している、俺だってそれなりに青春がしたいんだと一念発起し猛勉強。目標は市内を離れ学力向上を理由に心機一転人間関係をリセットするべく別の町の高校に通う事だ。


 ああだこうだと親を説き伏せ県では少し有名な進学校へ、新天地でめくるめく青春の一ページをと意気込み初登校をしたはいいものの初手校門でガードマンに抑えられ女子生徒には泣かれ男連中には財布を差し出される始末。何故。


 そんなこんなもあり初日も終了、教室の机で腕を組み落ち込んでいる次第である。まさにこの時もひそひそと畏怖の目線がひしひしと突き刺さる、勘弁して欲しい。


 せっかく頑張って勉強したと言うのに、ああ。俺はまた中学と同じ道をーーー


「よっ、暇か?それとも死体の隠し場所でも悩んでるのかな?エスポワールはいつまでも待っててはくれないぜ?」

「誰だお前」


 無礼な男がいつの間にか前に立っていた、俺のような無駄に立派な体型に上の下と言った整った顔。しかしその笑顔は壊滅的であり近寄るだけで不幸が寄ってきそうな雰囲気を纏っている。


「こ、こえーなあ。そう睨むなってぇ、俺は先輩だぞ?」


 緑色のネクタイをぐいと見せつけてくる、一年は全員えんじ色だからこいつは…恐ろしい事に先輩という事になる。


「睨んでません、先輩」

「マジで?そのツラで?チベットスナギツネちゃんも泣いて逃げ出しそうだけど」


 何を言ってるんだこの愚か者は。


「はあ、すみません」

「まあいいや、それで?なんか趣味は?」

「あの、なんで俺にそんな事を聞くんですか。急に」

「ええ?だってお前有名だから、女子生徒に『デビットデビット!楽天カードマァァァァン!!』って迫ったとか警備員を巴投げしたとかそのまま踏みつけて夜叉の構えを決めつつ男子生徒をカツアゲしたとか」


 飛躍しすぎだ、俺が何をしたと。


「あらぶる感情のプラズマを発散させるのもいいがあんまり目を付けられると単位落とされちゃうゾ☆俺みたいに優等生になろうな」

「はあ、でもそれはほとんど誇張です」

「ほーん、まあいいや。それよりこれからメイトに一緒に行こうぜ、お前この世の全ては悪意と嫉妬で出来てるみたいな顔してるぞ。趣味とかあんの?アニメとか見る?」

「いや、特に……」

「はーっ!つまんねー男だぜ、そんなん長門のハイグレードフィギュア入手してもパンツ覗かないようなもんだぞ。ちなみにそれで水色だった時は解釈不一致で発狂しそうになった、やっぱり長門は無機質な白にきま」

「帰ります」

「待てって!俺が今からお前に人生と性の喜びを教えてしんぜよう、さあさあ」


 ぐいと押される、なぜこの男は俺に構うのか。問う。


「だってなんか面白そうだし」


 早々に縁切りをした方が将来のためかもしれない。


「あっそうだ、自己紹介を忘れてたな。しかと覚えておけ、俺の名前は恋恋慕劇毒凶郎(れんれんぼげどくろう)だ!カッコイイだろ」


 不吉すぎる、一緒にいたら呪われそうだ。


「……誤血鬱去、薊です」

「アザミ?女の子みたいな名前してんな、あと敬語いらないから。俺もアザミンって呼ぶし、いいよなウサミン。性格やら見た目やらじゃなくてあの歳で自分のキャラを貫き通しアイドルという悪くいえば偶像とも取れてしまう扱いの立場から頑張っている姿と分け隔てない優しい笑顔を送ってくれかつ自分も最大級に楽しんでいるという心意気が画面の中からひしひしとつた」


 俺の四番目くらいの地雷を踏み抜かれる、このキマっている男とは絶対に短い付き合いにしよう。心にきめた。しかと決めた。






 あの最悪の出会いから二ヶ月。


「おーいアザミン、今日はあなに行こうぜ。ちょうどてぃんくるのアペンドが今日出るんだ」

「凶郎か、やめておく。それよりも今日上映するアクション映画にしよう」

「お前も好きだなあ」

「言ってればいい」


 何故か良好な関係を築けていた、相変わらずこの愚か者は勝手に暴走機関車状態だが。この前も女生徒が座った後の椅子を眺め、


『これ切り取って寿司下駄にしたら絶対客足伸びまくるよな、先駆者になるしかねえよ』


などと宣いて木工教室でグラインダーを起動したところで見つかり一週間の便所掃除を受けていた。


「ま、ええわ。俺もすこし興味あるし、『〜新世紀〜2525年府中の旅』だっけ。HALってAIが管理する府中市に突然現れた黒い球体がラジオ体操の曲とともにライトなセイバーを生み出して、人々がそれを手にプレデターと戦うっていう」

「ああ、アクションが最高そうだ」

「ほんじゃ行くか」


 ガタンと椅子を立つ。まあ、こんな奴でも楽しい時は楽しい。見ていて飽きないし、見ている分には。



「まだ時間あるからゲーセン寄ろゲーセン、新しいプライズを昨日見つけたんだ」

「いいぞ」


 駅周辺の歓楽街に向かう、この近くにはゲームセンターが二つあり片方はタバコが煙たくコアなゲーム揃いの個人店。もう一方は某ハリネズミの会社が元締めの一般層向け店。格闘ゲームに付き合わされる時はもっぱら前者だが今回は後者のクレーンゲームが多く揃う方へ。


「ふふふ、相変わらずこの雰囲気は俺の財布をゆるりゆるゆるお元気にさせやがる」


 ふらりと流れるようにクレーンへ向かった、手持ち無沙汰になってしまったが……


「ぐるりと回ってくる」

「オウ」


 それなりに広い店内を回る、一週間で品ぞろえが変わるのでいつ来ても見ていて飽きない。この調子で二階のガンゲームに付属する銃の修理もしてもらいたいものだが。


「く、くっ!おのれ!布の塊の分際で!」


 透き通るような声の罵倒をケースにぶつけていた、何者だと振り向くと露骨に場違いな着物を身にまといながらクレーンゲームにへばりつく女が。


「またあ!また落ちて!この意気地無し、根性無し!!あたま冨樫!!!」


 横から顔を覗き見る、日本風で穏やかな顔つきの美人だ。落ち着いた化粧を僅かに刺し百合の花のように白い肌を怒りでかほのかに紅潮させている、すらりと腰まで伸びる艶やかな黒髪が美しい。だからこそ余計俗にまみれたこのゲームセンターに浮いていた。


「あの」

「!、なんです!?」

「うわ」


 つい声をかけるとぐると顔を向けてきた、前見た貞子に似ている。


「って貴方は、うちの学校の」

「え?」

「ヤクザさんじゃないですか、どうしたんですか。まさか私をところてんのように」

「いやいやそんな訳ないだろう。で、うちの学校って」

「同学年でしょう?他のクラスの顔も一目くらいは見た事あるでしょうに」


 覚えないと相手に失礼ですよ?と怒られる。いや、進学校ゆえGまでクラスがあるこの学校にそれは酷だ。


「でも制服着てないぞ」

「家が近いので、一回荷物を置いてから来てます」


 そうなのか……じゃあ、


「…やっぱり俺は有名人なのか」

「ええ、警備員さんをはっ倒して女の子にナイフで舌なめずり、男性から財布を奪い取り休日には隣町まで遠征に」

「行ってない」

「本当ですか?」

「本当だ、信じてくれ」


 じ、と顔を覗き込まれる。瞳に吸い込まれそうだ。気恥しくなり、


「それ、取れないのか?」


と誤魔化す。はたとクレーンに向き直り睨み始めた。


「ええ、さっきから何度も挑戦しているのですがするすると抜け出します。無意味だ無駄だ愚かしい事です」


 凶郎(アホ)が前やっていたゲームのようなセリフを吐いている、さてはこの女見た目によらず曲者だな。まあ。


「……貸してみろ」

「わわ」


 ずいと押しやり百円投入、あいつが言うにはタグに爪を引っ掛けるようにして……


「どうだ」


 すいっと輪っかに滑り込ませる。


「ま、まさかあ。あんな貧弱な引っかかり方で」


 ふぃんふぃんふぃんと間の抜けた音と共に景品口へ吸い込まれるうさぎのぬいぐるみ、そのまま無駄にうるさいファンファーレが鳴り響く。


「こんなもんだ」

「ぐっぐぐ」


 いい顔で悔しがっている、百面相だ。


「じゃあどうぞ」

「えっ?」

「欲しかったんだろ?好きなのかうさぎ」


 もふっと押し付ける、真っ白な毛に赤い目が光る自分の半身はある特大ぬいぐるみだ。女は持っただけで完全に隠れてしまう。


「……いいんですか?」

「俺みたいなやつが持っててもすごい目で見られるだけだしな」

「……ふふ、それもそうです」

「フン」


 ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた、しかし体が小さすぎてぬいぐるみに抱かれてるようにしか見えない。


「あの、お名前は?」

「あんまり言いたくないんだが」

「私、東眠(ひがみ)って言います。苗字はーーー」


 先に言われてしまった、答えない訳にはいかないか。


「……薊。誤血鬱去、薊だ」

「女の子みたいな名前ですね」

「それ、俺のかなりの地雷なんだからな」

「ふふっ、そうですかあ。明日からあざみさんって呼んでいいですか?」

「好きにしろ、どうせ学校じゃ話さないだろ」

「どうでしょう?じゃああざみさんも名前で呼んでくださいね?」

「いや、駄目に決まってるだろう」

「もし言ってくれなかったら学校に『襲われそうになりました、あいつだけはガチ』って言いつけます」


 何だこの女、菩薩みたいな雰囲気の割にはとんだ夜叉だった。まあ学校では絶対会わないだろうから、まあいいか。


「……東眠」

「はい」

「……さん」

「さんはいらないです」

「いや、何言って」

「いらないです」

「はい」


 なんだか寒気がする。


「おーい取れたぜえ、見てくれよこのあずにゃんフィギュア。猫耳がいい味してるだろ?帰ったら早速我が解釈が一致しているかどうか確かめたく早漏、じゃなくて候」

「わあ、不吉そうな人。お友達ですか?」

「違う」


 断固として違う。


「どうしたんだよ親友、ってなんだその横にいる美人さんは!」

「ど、どうも」

「初めまして!僕の名前は恋恋慕劇毒凶郎!好きな食べ物は美人の残り湯を煮詰めて残った老廃物と鯖の味噌煮!趣味はプリキュアに変身することとゲームアニメ鑑賞!ピチピチ採れたて高校二年生でっす!」

「あはは、ピエロはサーカスでお願いします」

「頼むから静かにしてくれ」

「そんな!?」




 翌日。


「おはようございます」

「帰ってくれ」


 なんで来るんだ……


「そんな、つめたいです」


 嘘泣きを始めた、クラスメイトからの目線がさらにきつくなる。


「悪かった」

「わかればいいんです、そんな事よりお話しましょう。あざみさんの趣味はなんですか?」

「内緒」

「えええ?」


 早くどっかに行ってくれ、頼むから。


「やっはろーアザミン、おっ。ヒガミンも」

「おはようございます恋恋慕さん、今日も元気いっぱい煩悩いっぱいですね」

「ほめるなほめるな」

「じゃああとは仲良くやっててくれ」

「そんなあ、あざみさんの趣味をまだ聞いてませんよ」

「こいつは映画が趣味だぞ、会ったばっかの頃無理やり映画館連れてったんだ。そしたら次の日こっそり一人で来ててさ、いやー笑った笑った。いつも財布に回数券忍ばせてるし」

「ほほう、本当ですね」

「返せ」


 即裏切られた、しかもいつの間に。


「じゃあ今日は三人で遊びに行くか」

「わあ、いいですねえ。青春です青春」


 せ、青春……?


「いいぞ」

「急に元気になりました」

「じゃあ俺んちでドカポン桃鉄最強決定戦なんてどうだ」

「わー、血が流れますね」

「どんなゲームだ」

「仲良くみんなでゴールを目指すすごろく」


 友達(?)の家に集まりゲーム……


「青春だ…!」

「何かスイッチが入ってますね」

「おっし、じゃあそういう事で。もう一人くらい欲しいし……仕方ない、あいつでも呼ぶか」

「あいつって?」

「腐れ縁」

「女の子ですか?」

「……一応」

「どんな人なんだ、聞いたことないぞ」

「そうだな、イメージで言えば…………妲己?いや、THE HUNTRESSかな。らーらーらーらーらーー」

「は?」

「なるほど?」




 放課後、一旦別れてから待ち合わせ場所の真っ赤に彩られた中権パチ公像前へ。いつか怒られてしまえ。


「オッスオッス、まったりプリン?」

「今来たとこだ」

「男にそんなセリフ言われてもな」

「始めたのはそっちだろうが」


 雑談しながら五分程で東眠が到着、前と同じ動きにくそうな着物姿だ。


「まったあ?」

「まってないぜ」

「あざみさんは?」

「待った、あとどっちもキャラがブレてるぞ」



 もう暫く待つと初対面の女性が、茶色のロングヘアでたれ目。ふっくらと薄いピンクの唇、和服の東眠とは真逆のふわっとした水色のワンピースを着て明るい大学生のようだ。ってなんだその胸は、凶郎じゃないが犯罪的すぎるだろ。そんな性的なものぶら下げて歩いてよく恥ずかしくないな。


「オッス」

「よう」

「はじめまして?だよね、葛宿木(かずらやどき)ちゃんです。どうぞよろしく後輩たち」

「はじめまして」

「恋恋慕さんと同級生ですか?」

「うん、ピチピチの高校二年生だぞ?よろしくね東眠ちゃん」


 まずい、出会って数秒だが横に立っている愚者と同じオーラを感じる。


「そしてこっちはむっつりドスケベヤクザで有名のアザミンくんか、お噂はかねがね」

「どうも、ってなんすかそれ」

「凶郎からそう聞いた、だよね」

「バカ、黙ってろって言ったろうがエセテニサークラッシャー」

「お褒めに預かり恐縮ですことよ」


 最悪な情報伝達をされていた、にしてもさっきから見た目と口調が一致していない。


「いいからもう向かいましょう」

「おん、じゃあ行くか」

「ねーおぶってくれないの?」

「その重そうな胸外してから言え」

「は?そんな事言うなら寝込みに胸で窒息死させちゃおっかな、異世界に胸で転生する気分はどうだ」

「アホ」

「あざみさーん、どうですか?今日の着物似合ってますか?」

「知らん」

「冷たい人ですね、中学校におともだち居ました?」


 最悪の面子だ。




「ハッハア!凶郎クン!その大事そうな剣私にちょうだいよお!」

「ふざけんな!おっまえ態度も胸もでかいなんてこの世の終わりだぞ、これだから中学時代バレーボールを胸でバウンドさせてから暫く男子間のあだ名が『桜島』になった奴は」

「ワタシの魅力が恐ろしいのだわ、おーっほっほ」

「あざみさん、いい加減その金庫破るの諦めたらどうですか?もう十回連続で二択外してますよ」

「つ、次こそ」

「もう……」


 俺の青春は、こんなはずでは。


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