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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゾクブツのヨクボウ
57/144

08

「……アパートとかどうするよ」


「壁を作るしかないでしょう」


「いや、それは分かってんだよ、だからアパートに大穴を空けずに中身を取り出す方法をだな」


「だから、壁を作るんですよ」


「壁っておま……ぐぬぅ」



 シリウスの言いたいことが分かり、勇人は静止した

 つまり、アパートの一室を抽斗のように抜き取って、抜けた場所には後付けで壁でも足して塞いどけばいいだろ、と


 因みに勇人の考えでは、アパートと同じ間取りの箱を用意して、そこにアパートの中身をそっくりそのまま持っていければ、というものだった

 勇人のやり方ならばアパートに損害は無いが家具その他細かいものの配置を保ったまま中身を綺麗に取り出すということが難しく、シリウスのやり方だと中身ごと綺麗に取り出すことは可能だが大きな風穴が空くことになる


 その後いくら塞いだところでアパートの大家は泣くはめになるだろう

 大家が早百合を強請った人間の内の一人なら兎も角、そうではないので完全にとばっちりである

 今現在だって早百合の結界の所為で一部屋封鎖されているのだ、他の住人に影響が無いとは言え、大塚家の噂話を知っていれば嫌がって引っ越した店子もいたかもしれない

 これ以上は泣きっ面に蜂だろう、哀れ過ぎる


 因みに蛇足だが、失われたアパートや戸建の家の鍵については心配の必要は無い、何故って植物を使ってのピッキングが可能だから



――無理そう?


「ん? 大丈夫大丈夫、俺達に任せときな」



 地獄の門の上で考える人のようにシリウスの膝の上で苦悩する勇人を見て心配になったのか不安そうな顔をして近づいて来る早百合に、内心苦笑しながら大人の笑顔で勇人が応じる

 子供は極力不安にさせるべきではないというのが勇人の主義だ


 大人が不安そうな顔をしていれば子供も不安になる、笑顔を見て安心した早百合はもじもじしながら勇人に伺いを立てた



――はい! ……あの、何かお礼ができたらって藤乃さんに相談したら、水の精霊が生まれた後の殻が価値があるって教えてもらったの、是非それを貰ってくれる?


「いいの? (どうだ?)」


(恐らく)


「(渡りに船だな)ありがとう、頂くよ、丁度そういうものが必要だったんだ(!)」


――ほんと? よかった!



 "丁度そういうものが必要だったんだ" ……この台詞を吐いた直後、早百合の満面の笑みを見ながら勇人は思い至った


 水の、つまり幸治郎が言っていたものはソレだろう

 彼は自分達にとって都合の良い未来を読んだ、確かにそう言っていた


 あの理の裏返った逆さの土地を越え、こちらへと渡り、早百合を連れ戻すことが出来る者はそれなりにいただろう

 だがその"それなり"の中で、こちらの世界に惑わされず、言葉を理解し目的を達せる者はどれだけいたのか


 更にはその"どれだけ"の中で、果たして傷付き弱り果てた早百合のその未練を、執着を、悲哀を理解し、もしくは理解しようと努力し、それ以上傷付けずに連れ戻せた者は一体何人いただろう


 幾重もの篩をすり抜け、早百合の心の傷を多少なりとも癒し、不安を取り除き、涼太郎や藤乃の心の枷を軽くできた者が、果たしてどれほどいただろうか



(都合の良い未来……ね)



 早百合が申し出て、こちらが有り難く受け入れ、早百合が笑顔で応じる、幸治郎は先程の瞬間を見たのだろう


 ……彼にとって最も望ましいであろう、早百合の満面の笑みを


 一から十まで逐一見えているのか、それとも断片的に見えているのかは知らないが、恐ろしい力だと肝が冷える



『生まれた瞬間砕け散って四散するのでお気をつけ下さい、散った殻は地に融ければ水の恩恵を齎すのです』


「わかりました、じゃあ俺達はまだ暫くどうするか煮詰めるから、早百合ちゃんはしっかり藤乃さんに力の使い方を教わっときな」


――はぁいっ



 藤乃の補足に了解しつつ早百合を促すと、彼女は足取りも軽く藤乃の方へと戻っていく

 早百合は勇人の提案で藤乃から精霊の力の使い方をレクチャーされていた


 藤乃によれば、大概の精霊は生まれたてでも元々力の使い方を体(本能)で知っているようだが、それでも生まれたばかりの精霊と永い時を生きた精霊では実力が違うという


 下手をすれば、生まれたばかりの力が強い精霊よりも、永く生きた力の弱い精霊が勝つこともあるのだそうだ

 それは知恵が備わっているだとか、機転が利くだとか、経験則によるものだとか、恐らくそういった類いの要素だろう

 先達の知恵とは尊いものだ、覚えておいて損は無い(たまに間違ったものや根拠がまるで無いものもあるが)


 ところで現在地は一旦戻って神社だ、大塚家はまだあちらへ送っておらず、他の親類の家々もまだ鉄で覆ってすらいない

 戸建の家は兎も角、アパートなどの場合どうするかの相談をシリウスとしていたのだ

 因みに涼太郎は、外出用に動きやすい洋装に着替える為に席を外しているのだが、その妻がなにやら手土産をごそごそと見繕っているらしく中座してからそれなりに時間が経っている


 しかし遅くとも夜明けまでにはどうするか決めなければ、鉄で覆われた大塚家を誰かが見れば大騒ぎになるだろう

 今現在、まだシリウスによって齎された眠りの効果は続いているが、あの家の前を通るのはなにも近隣住人だけではない

 当然のことながら車通りの少ない夜間や早朝ランニングに通り掛る者もいるだろうし、飲み明かして午前様で帰る者だっているかもしれないからだ



「……もう、いっそのこと本人に決めてもらうか」


「そうですね、持ち主が転生しているか分かりませんが」



 転生していても記憶が無い場合もある、が、まぁそれはそれとして一旦大塚家をあちらに持って行って幸治郎に他の家の話しをし、家の持ち主たちに話しをつけてもらうのがいいだろう


 どうせならこちらへ連れてきて整理させるのもいいかもしれない、戸建だって持って行くことは可能だが一軒なら兎も角として何軒分も置き場所を確保するのは突然だと難しい

 そうだ、そうしよう、それがいい、勇人は面倒になって放り投げた


 口を噤もうが噤むまいが結局のところ勇人とシリウスがこちらへ渡れた話しは伝わってしまうのだ、勇人が言い出さなくとも自分から言い出す者は出てくるだろう


 その際、未練が蘇り、こちらへ残りたいと願う者が出るかもしれないが、その時はその時だ

 あちらの人間は、こちらと違い髪や眼、肌の色と多少の体格差だと誤魔化せる人種と誤魔化せない人種がある


 その辺りが分かれ目だろうが、どのような選択肢を選んだとしても、その後は自分で責任をとっていかなければならない

 故郷であるはずのこちらに馴染めなかったとしても、それはそれだ

 例え一生隠れ暮らすことになったとしてもこちらがいいのだと言われれば、それ以上は何も言えない



「とりあえず処遇はぶん投げるっつーことで決まったな」


「そうですね」



 早百合には今回持っていくのは彼女の家だけだとその理由を話し、その他の家については先に置き場を確保してからと、アパートの場合にできる処置、それを当人達に選ばせると話し、彼女もそれに同意した

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