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イメチェンの威力!

 俺の人生史上、一番楽しくて一番色んなことが起きた夏休みが終わり、二学期を迎えた。


 お馴染みの面々が教室にやって来る様を眺めていると、見覚えのないギャル男が教室に入ってきた。


「おう、真田、ひさしぶー」

「あの、どなたですか」

「ヘイヘイ、マイメンの顔忘れるって、おま、どういう了見よー」


 と言いながら藤本の席に俺のマイメンらしいギャル男が座る。


「そこ、藤本っていう冴えない童貞の席なんですけど」

「誰が冴えない童貞だよ」

「……あれ、おまえ藤本?」

「気づくの遅すぎっしょー!」


 ヘイヘイ、と俺の肩をバシバシと叩いてくる藤本。

 面倒なノリだった。


「冴えない童貞マン、どうしたんだよ。その風貌。どこぞのダイジョーブな博士に改造されて失敗したのかよ」

「誰が冴えない童貞マンだ。失敗してねーから。むしろこれから成功してくんだし。オレぁ気づいたんだ……」


 遠い目をした藤本が何やら語り始めたけど、話が長かったので割愛する。


 要は、藤本のバカは、高二の二学期デビューをしたらしい。

 高校デビューでもなく二学期デビューでもなく、高校生活半分くらいが終わったあたりで遅咲きのデビュー。

 オレはイケてると思っていた認識と彼女がいない現実を、この夏休みで受け止めて改めたようだ。


 こいつの中でのイケてる像がギャル男だったらしいけど、イコール藤本がイケ男になるってわけじゃねえだろうに。


 この話を、昼休憩、家庭科室に集まった三人にした。


「ふうーん。で、兄さんは何デビューなの?」

「は? 強いて言えば未デビューだよ」

「せい……真田君は、別に、デビューしなくってもいいんじゃないかな?」


 弁当を食べながら、デビュー話と相成った。


「……柊木先生は、デビューはいつ?」

「え? あたしは……どうだろう……ずうっとこんな感じかな」


 あー。そんな感じっぽい。

 紗菜も奏多も納得らしく、何度かうなずいた。


「兄さんもやってみたら? どーせ冴えないんだから」

「冴えてるよっ」


 俺よりも先に柊木ちゃんが反応した。

 じいっとした二人の視線に負けて、我に返るとすぐに口をつぐんだ。


 過去を改変してないオリジナルでは、たぶん大学デビューになるんだろう。イメチェンしたとか、キャラを変えたとか、そういうレベルじゃなくって、髪型や服装にきちんと気を遣って垢抜けたのがそこらへんだ。


「…………カッコいい人がいれば、その人の身内は鼻が高い」

「そ、そういうことよ。……兄さんがモッサリしてるから、サナ、この人が兄ですって言いにくい」

「俺はそんな恥ずかしい存在だったのか、妹よ」

「恥ずかしいだなんて言ってない! け、けど、兄さん……――じゃなくて。家族にカッコいい人がいれば、サナは嬉しいから……どうかなって、思っただけよ。それだけっ」


 ちら、と黙り込んだ柊木ちゃんに目をやると、ちょっと考えてからうなずいた。


「紗菜ちゃんの言わんとしていることはわかるよ。あたしは真田君が変だとは思わないけど、自分を磨く努力をしたほうが、より魅力的にはなるよね。より、魅力的に」


 今でも十分魅力的だと柊木ちゃんは伝えたいらしいけど、垢抜けたほうが柊木ちゃんも嬉しいらしい。


 逆に、柊木ちゃんが髪の毛ボサボサで服もヨレているシャツなんて着ていたら、本来の魅力は霞んでしまうはず――。


 なるほど、そういうことか。


「オーケー、わかった。やってやんよ。高二の二学期デビュー、俺も飾ってやる」


 大学に入った頃の『気遣い』を、今再現してみよう。


 そっちのほうが、柊木ちゃんも嬉しいらしいし。


 放課後になると、俺はいつも行く美容室ではなく、街中のシャレオツな美容室に足を運んだ。

 ガラス張りで店内が見える感じの、普段行くにはちょっと敷居が高いところ。


 雑誌でそれとなーく見当をつけて、「こんな感じで」と美容師さんに言ってカットしてもらう。

 垢抜けるのもこれが二回目なので、別段恥ずかしくともなんともないし、どれが似合っていたのかも心得ている。

 垢抜けたはずの現代の俺を知っているので、それに寄せていく感じだ。


 家に帰ると、まず母さんに「あんた、それどうしたの」って怪訝な顔をされた。

 食卓で紗菜と顔を合わせると、ささ、と物陰に隠れた。


「だ、誰……?」

「そんなに変わってねえだろ」

「兄さんなら……もっともっさりしてるから、あなたは、知らない人……」


 人見知りが発動するレベルで変わったらしい。

 雑誌のさわやかそうな短髪にしてもらっただけで、そんなに大きく変わってないんだけど。


「お、お母さーん!? に、兄さんが、知らない人になってるぅー!」

「俺が誰だかもうわかってんじゃねえか」


 ともあれ、紗菜のこの反応ならデビューには成功したらしい。


 次の日、登校するときもやたらと視線が集まった。


「バージョンアップした兄さんへの視線がすごい……とくに女子」

「言うほど、女子の視線は感じないけど」

「こそっとチラ見してるのよ、兄さんの鈍感っ……」


 やっぱり、バージョンアップはかなりの効果を上げているようだ。

 柊木ちゃんに会うのが楽しみだ。


「デビューを煽るの、やめとけばよかった……」

「え、なんで?」

「な、な、なんでもよ! 兄さんには関係ないからっ」


 ぷい、とそっぽをむいた紗菜は自分の下駄箱のほうへ走っていった。


 紗菜の反応に首をかしげつつ、教室に入ると反応は顕著だった。とくに女子。


 昨日は藤本のデビューで持ち切りだった話題は、一日にして俺のイメチェンへと移った。


 バレンタインで男子がそわそわするレベルで、どことなく女子がそわそわしている。

 ホームルームで配られたプリントを後ろの女子に回すと、


「あ、ありがとう……」と、うつむきがちで顔を赤くしていた。


 昨日までお礼を言われたことなんてなかったのに。

 休み時間になると、さりげなく隣のクラスの女子がそれとなーく俺をのぞきにくる始末。


 気分は、主人公の学校に転校してきた美少女の気分だった。


「真田……テメェ……オレより目立ってんじゃねえええええええええええええええええ!」


 隣の冴えないギャル男はキレていた。


 一時限目の時間になり、担当の先生がやってくる。


「はーい、みんな席についてくださーい。世界史の授業を……はじめま、す……」


 ちら、と俺を見た柊木ちゃんが、ぎょっとしてさらに三度見をした。


「さ、真田君……ど、どうかしたのかな」


 柊木ちゃんまで俺を見つめて、照れはじめた。

 垢抜けの効果がハンパねえ。


 柊木ちゃんも煽ったくせに。俺の二学期デビューは想像越していたらしい。


「いえ、別に……ちょっとした二学期デビューです」

「そ、そうなんだ……」


 テレテレの柊木ちゃんを女子たちがからかった。


「やっぱ先生も気になるー?」

「オトナのオンナも気になる存在って、真田君ちょっとヤバいっ」

「若手俳優のあの人に似てるって……」

「だって、二〇人くらいよその女子がホームルーム終わってから見に来てたし……」

「手が早い子は放課後あたりにアピるかもねーっ?」


 女子の評価を聞いていた柊木ちゃんの表情が強張った。


「きょ、今日は、じ、自習にします……。せ、先生は、資料室で色々とやることがあるので……」


 ちら、と俺を最後に見た柊木ちゃんは、出席簿と教科書を抱えてそそくさと出ていった。


 資料室に行くってことは……俺に来てほしいんだろうなぁ……。


「なんで真田ばっかりッッ!」


 ばん、と机をたたいて、よよよ、と藤本が泣いている。


「ヘイヘイ、ギャル男マン、落ち着けって。涙ふけよ」

「ギャル男マンってなんだ! 腹痛が痛いみたいになってんぞ! 天狗になってんじゃねえっ」

「キャラ立ち抜群のくせに、二日目で早くも目立たなくなったからって、俺に絡むのやめろよ」

「クッソ! 言い返せねえ……!」


 ガチ泣きをするギャル男マンを放っておき、俺はトイレに行くため席を立つ。


 多少寄り道をして世界史資料室まで足を伸ばした。

 誰もいないことを確認して、中に入る。


「春香さん、二学期早々、自習って大丈夫なの?」


 柊木ちゃんは机に置いた物陰から、こっそり俺をのぞいている。


「……誠治君で、いいんだよね?」

「うん。春香さんのよく知っている真田です。て、そんなに言うほど変わってないでしょ?」


「か、変わったよ! すっごくカッコよくなった! クラスの女子も言ってたでしょ!?」

「そこらへんは、成功してよかったと思うよ」

「よ、よくないよっ!」

「なんで!?」


「あたしは、誠治君がカッコよくなるのは大賛成だけど、学校の女子にモテるのは大反対なんだよぉおおおおおおおっっっっっ!!」


 世界中に響くかもってくらいの大声だった。

 むう、と不満そうに唇を尖らせる柊木ちゃん。


「確かに、魅力的になるって言ったけど、限度があるでしょーが。高校生の限度を越してカッコよくなってるでしょーが」

「クレームつけられても……それに、髪型ひとつでそんな大げさな」


「自信溢れる感じがスゴイんだよっ! フェロモン的な何かが出てるんだよ!」

「そ、そうなの……?」

「そうだよ。反則だよ、そんなの……。あたしだって今も、目を合わせるの、照れちゃうくらいなんだから……」


 うん。さっきから全然目を合わせてくれない。


 近づいていき、柊木ちゃんを捕まえて、こっちを見るまでじいっと見る。


「……、や、やだぁ……」


 顔を真っ赤にして照れまくりだった。


「普段でも心配してるんだから……余計に心配になるよ……色んな女子が誠治君のことを好きになるだろうし……」


 あ、そうか。

 俺には柊木ちゃんがいるから、別にモテなくていいのか。

 柊木ちゃんと紗菜に乗せられて髪型変えてみたりしたけど、俺の本気をわかってもらえたみたいだから、もう満足と言えばそうだった。


「わかった、やめるよ」


 切った髪はどうにもならないけど、髪につけているワックスを解かせば、印象はほとんど元通りになるはずだ。


「うん。ごめんね、やれって言ったりして振り回して」

「ううん。いいよ。春香さんにカッコいいって褒めてもらえたことは、素直にうれしいから」

「も、もおおお……誠治君…………好き♡」


 ひしっと抱き着いてきた柊木ちゃんを受け止める。


「あたしは、ずっとずっと前から知ってたから。誠治君は、カッコいいって」


 相変わらずの彼女バカな柊木ちゃんだった。


 このあと、トイレで髪を洗ってセットした髪を元に戻した。

 すると、俺の二時間ほどのモテ期はあっさりと終わりを迎えたのだった。

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