家庭科部の活動 前
夏休み前のエピソードです
「ねえ、二人ともどこ行くの?」
放課後。
柊木ちゃんの車に乗って二人で部活の買い出しに行こうとすると、紗菜に見つかった。
「うぅ……あとちょっとだったのにぃ……」
小声で柊木ちゃんがぼやいた。
「これから、道具? 材料? の買い出しに先生と行くんだ」
「じゃ、サナもついて行く」
こうなると、ほぼ全員。奏多だけ除け者というのは可哀想なので、奏多も誘って、四人で買い出しにむかった。
「先生、買い出しって、何を買うつもりなの?」
後部座席から紗菜が首を出した。
「前はお料理したでしょ? だから今度は、手芸!」
「シュゲイ……?」
さっぱりワカランって顔をした紗菜が、奏多を振り返った。
「手芸はお裁縫とかそっちのこと」
「あ、そういうこと!」
「最初はあたしが決めようと思ってたけど、みんな一緒だから、何を作るのかは自由にしましょう」
柊木ちゃんが言うと、紗菜が耳打ちしてきた。
「シュゲイって何作るの?」
「あれだよ、雑貨とか、雑巾とかエプロンとか作るやつ」
「ど、どうしよう……サナ、雑巾も作ったことないのに……」
夏休みの宿題であった雑巾一枚提出ってやつな。
ズルして一〇〇均で買ったやつを提出してるからだ。
活動内容からして、家庭科部っていうより花嫁修業部になってきている。
「あ、紗菜ちゃん、もしかして苦手だった?」
「苦手じゃないわよ。ヨユーよ、ヨユー!」
嘘つけ。
最寄りのデパートに到着すると、生地や雑貨などを取り扱う手芸店にやってきた。
「部費からお金出すので、みんな自由に買ってねー? すごく高いのは要相談だけど」
と、柊木ちゃん。
俺も一応部員だし、何か作ろう。
ちょんちょん、と奏多に制服を引っ張られ、生地のコーナーへ連れていかれる。
「何、何、どうした?」
「……どれがいい?」
奏多が指を差したのは、カラフルなそれぞれの糸だった。
「奏多は、もう何作るか決めた?」
「……うん」
……で、何で俺に選ばせるんだ?
じゃ、これとこれ、と俺は適当に青と白の糸を選んだ。
「何作るの?」
「……誠治君も、作る? ミサンガ」
「俺にもできそう……」
「……うん。一緒に作ろう」
ぴく、と近くにいた紗菜と柊木ちゃんの動きが止まった。
「……交換する?」
「あ。それなんかいいな」
「サナもミサンガ気になるなー」
「じゃ、先生もミサンガ作ろっかなー?」
じゃあみんなで作ろうってことになった。けど、それが目標じゃなかったらしい女子三人。
「誠治君が作るミサンガはひとつ――!」
「てことは、サナと兄さんがミサンガを交換するってことになるのね……」
「何言ってるの、紗菜ちゃん。真田君は、先生のと交換するよ?」
「……先生、違う。選ぶのは、誠治君……」
ばっと、三人が俺を見る。
「お、俺が選ぶ流れ?」
「「「そう!」」」
三人が作ったミサンガの中で気に入った物と俺が作った物を交換するってことになった。
もう各々、好きなように好きなミサンガを作ればよろしいのでは……?
もちろん、そう提案したけど、三人とも耳を貸してくれなかった。
「みんなで楽しく作れればそれでオッケーなんじゃ……?」
「兄さんの手作り――」
「……誠治君の手作り――」
「せい……真田君の手作り――」
「「「ほしい」」」
変なところで息ぴったりだな。
俺と糸を見比べるお嬢さん方。
俺も作るので、数種類の糸を選んで購入。
「サナには、兄妹愛っていう最強の武器があるんだから」
「……逆にいえば、兄妹愛しかないともいえる」
奏多は容赦ねえな。
「先生には、師弟愛っていうか、愛そのものがあるっていうか――愛情あふれてるっていうか」
こら、柊木春香。それ以上しゃべるな。
柊木ちゃんは、相変わらず大人げないというか、生徒同士の競争に進んで首を突っ込んでいく。
先生っていう立場からして、こういうときは一歩も二歩も三歩も下がる気がするけど、むしろアクセル全開で前進してくる。
バチバチ、と目を合わせ火花を三人が散らしていた。
「期日は三日後の木曜日。放課後、真田君に選んでもらいましょう」
「……異論はない」
「望むところよ!」
こうして、三日間の制作期間を得た。
俺が家にあるパソコンで作り方の動画を見ながら作業をしていると、キッチンのほうから大声が聞こえた。
「お母さぁーん!? これどうやるのぉー!?」
大見得切ったけど、紗菜は不器用だからなぁ……。
てか母さんに訊いてわかるのか?
「もう、何でわかんないのー!? サナもわかんないのにっ!」
早くも暗礁に乗り上げたらしい。
チマチマと作業を続けていると、視線を感じる……。
じいっと扉の隙間から紗菜がこっちを見つめていた。
「うわっ!? びっくりした……何だよ」
「じゅ、順調みたいね? サナが兄さんの出来をみてあげるわ」
はいはい。
俺が順調そうだから、どうやって作ってるのか見にきたわけだ。
教えてって素直にひと言言えない病気にかかっているらしい。
「変なのと交換なんて、サナ嫌だから」
「人のこと言えんのかよ」
こつん、と紗菜の頭を小突く。
「貸してみ」
俺はくちゃくちゃになった紗菜の糸を借りる。
「見とけよ? これをこうして、ここがこうなったら、こうやって……」
紗菜が俺の膝に手をおいて、体を乗り出して手元をじいっと見ている。
って、顔近いんだよ。
頬白くて睫毛長いな、こいつ……。
俺と同じシャンプーのにおいなのに、紗菜のはいいにおいに感じるのは気のせいだろうか。
「三つ編みの要領だ。女子ならできるんじゃねえの?」
「サナ、自分で編んだことないから……。そもそも編むようなことも滅多になかったし」
言われてみれば、紗菜が髪の毛を三つ編みにしていることはなかった。
だいたいストレートに下ろしているだけか、ポニーテールにするくらいだ。
ちっちゃいときはツインテールとかもあったけど。
俺は「やってみ」と紗菜に返す。
もぞもぞ、と指を動かすけど本当に不器用で、なかなか進まない。
「ね、ねえ……兄さんは……誰のがほしい?」
「……え?」
「な、何でもない!」
慌てて紗菜は俺の部屋から出ていった。
順調にできるようになると、案外ミサンガ作りも楽しい。
ていうか、逆にどうして俺が作ったのがほしいんだ……?
自分で作ったほうが自分好みの物に仕上がるだろうに……。
「紗菜は負けず嫌いで意地っ張りだから……ま、勢いで参戦したんだろう」
紗菜にありそうなことナンバーワンの動機だった。




