秘密のバイト
◆柊木春香◆
誠治君が、バイトをはじめたらしい。
『ええー? お小遣いほしいの? 月三万円くらいでいいならあたしが』
『いやいやいやいや! もらえないって。そういうアレじゃないから。本気で俺をヒモにするつもりだな……』
そう言って誠治君は呆れた。
学生のうちからバイトに勤しむのは、社会勉強にもなるしいいとは思うんだけど……。
誠治君、お金に困ってるのかな? 何かほしいものがあるとか?
「だったら、あたしにひと言相談してくれればいいのに……」
「どしたの、春ちゃん」
夏休みに入ってから、夏海がやってくる頻度が多くなり、今日も夕飯をあたしの家で二人して食べているところだった。
「誠治君が、バイトをはじめたんだけど……ほしいものがあるなら教えてくれてもいいのに」
「いいじゃん。勤労学生。ダラダラ夏休みを過ごすよりかはさ」
「夏海は、週三日くらいの割合でうちに来るけど、進路どうするの?」
「大学は推薦で行くことになったから、別に遊んでていーの」
むう……誠治君とは正反対。
「大丈夫だよ、春ちゃん」
「何が?」
「空き巣君はさ、考えなしの子じゃないでしょ? 何かワケがあると思うんだよね、ウチは」
「ううん……そうだったとしても……心配……」
「うわあ……超過保護」
夏海がちょっと引いている。
やってるバイトは飲食店。小じゃれたカフェで働いているらしい。
「そんなに心配なら、店に行っちゃいなよ」
「…………」
誠治君の働いているところ、見たい……!
「うわ……顔がめちゃくちゃ乙女の顔になった……」
「行くっ!」
……というわけで、週末、誠治君がバイトをするカフェに夏海とむかうことにした。
うちの学校は、バイトに対して厳しくないので、働く前に担任の先生に言って、簡単に書類を書けばそれでオーケー。
という手続きをきちんとする生徒もいるけど、しない生徒のほうが大半だった。
繁華街で車でやってくると、適当な駐車場に車を止め、駅にほど近い裏通りへやってきた。
夜にはイタリアンの店になるらしいカフェは、店構えからしてオシャレで、窓から見えた店内は、女性客でいっぱいだった。
「空き巣君、バーテンみたいな制服着てるんじゃない?」
「どうしよう。写真撮らないと」
「保護者じゃん。過保護で鬱陶しがられる保護者じゃん!」
店内でドリンクや料理を運ぶ店員も女性が多い。
知っている……あたしは知っている……バイト同士は、仲良くなりやすい……!
みんな、あたしよりも年下の女子大生くらい……!
若い………………ッ!
「春ちゃん、ちょっと、変なモン出さないでよ。具体的に言うと、瘴気みたいなドス黒い煙出てるから。あと、ガルルルって唸らないで。目も吊り上げないで」
言われてあたしは一度息を吐く。
ご注文お決まりでしょうか、と女性店員がメモを手にやってくる。
パスタランチを二人分頼んで、料理を待つ。
「あ」と、夏海が声をあげたので、そっちを見ると、誠治君がいた。
「はろー、空き巣君」
「…………」
微妙そうな顔で、セットのサラダを持って立ち止まっている。
カッターシャツに黒のスラックスを履いていて、腰回りにはエプロンを巻いていた。
「セットのサラダでございます……何しに来たの」
「誠治君が、頑張ってるかなーと思って」
あと、職場見学。
「空き巣君、お料理運ぶ人なんだ?」
「いや、手が足りないから、今ちょっと手伝ってるだけ。基本はキッチンの中だから。……あとで連絡するから、用が済んだら帰ってね?」
「はーい」
くるっとターンして、誠治君は奥へ行ってしまった。
「春ちゃん、これで満足?」
「満足はしたけど……不安も増えたよ」
サラダをフォークでつついていると、パスタを別の店員さんが運んできた。
むう……また別の女性店員(あたしよりも若いし可愛いたぶん女子大生くらいの人)。
美味しいパスタを食べ終えて、あれこれ無駄話をしながらアイスコーヒーを飲む。
けど、静かでいいお店だった。店の家具や小物もオシャレ。女子がバイトをしたいって思うのもなんとなくわかる気がした。
誠治君の上がり時間は、確か夕方くらいだったはず。
「終わるのを待って、家まで送ってあげようかな……」
「春ちゃん、まじストーカー。上がり時間まで把握してんだ?」
「す、ストーカーじゃありませんっ」
「彼女だからって、やりすぎると嫌われるよ?」
「誠治君は、それだけじゃ嫌いにならないから……」
ど、どうしよう。本当に嫌われたら。
上がり時間が同じバイト仲間の人たちとご飯を食べにいって、『真田君、高校生なのー? 大人っぽいからびっくりしたよー』とかなんとか女子大生に褒められて……、なんかイイ感じになっちゃったらどうしよう……うぐぐぐぐぐぐ。
「ちょっと、春ちゃん、出てる、出てる。瘴気が。しまって」
「誠治君が、他の女の子と食事に行っちゃったらどうしよう……」
「行ったっていいでしょー? それも春ちゃん的には浮気とかそういうのに入るの?」
「入らないけど……」
「信じてあげなってー。空き巣君は、春ちゃんのこと、大好きだよ?」
本人の口からそれを聞けたら、どんなにいいだろう。
最近は、照れてあまり言ってくれなくなったし……。
何を目的にバイトをしているのか、全然教えてくれないし、何か隠してるような気がする。
誠治君のことなら何でも知っておきたい。それって、もしかしてウザいのかな……。
ナーバスになっていると、夏海がこそこそと話す。
「ねえねえ……空き巣君と、もうエッチした……っ?」
「な、な、な、何、急にっ」
「その様子じゃまだなんだ?」
「……別にいいでしょ、夏海には関係ないんだから。け、結婚するまでは、そういうのナシって話し合ったから……」
「ふふーん? さて、ここで問題です。気軽にしゃべれて可愛いくて肉体関係OKな女の子と、可愛くて何でも完璧だけど肉体関係NGな女の子……どっちが男の子は好きでしょう?」
「前者?」
「そう。大事にすればするほど、あっさりトンビに油揚げ取られちゃうかもね?」
「誠治君は、大丈夫。我慢するって言ったから……」
「だといいね」
ううむ、夏海、あたしを不安がらせて絶対に楽しんでる……。なんかニヤニヤしてるし。
「大丈夫って言ったのは、他の女の子を代用にして発散するから大丈夫って言ったんじゃない?」
「せ、誠治君は、そんなゲスじゃないから!」
「ふふふ。うん、そうだろうね。ごめんね、からかっちゃって」
け、けど、さすがに結婚まで交渉なしは、やりすぎかも……?
結局この日は、誠治君を待つことなく家に帰った。
夕飯を食べ終えてしばらくすると、誠治君から電話がかかってきた。
「もしもし。今日は、お邪魔しちゃってごめんね?」
『ううん、いいよ。ちょっとびっくりしただけだから』
やっぱり、言おう。心配で不安だってこと。
『……あぁ、それでわざわざ来たんだ? 全員彼氏いるらしいから大丈夫だよ』
「あ、そうなんだ」
あたしの心配はあっけなく杞憂に終わった。
「そういう部分もあるけど、一番は、どうして急にバイトしはじめたかってことだよ……何にも教えてくれないでしょ?」
『教えると、効果半減するから言わないってだけだよ』
効果半減?
腑に落ちないままでいると、後日、誠治君があたしの家にやってきた。
ひと抱えほどのクマのぬいぐるみを持って。
「な、何これ!?」
「今日は何の日でしょう?」
「誕生日じゃないから……あ、記念日っ!」
「うん。そういうこと。で、こいつは記念品……ていうかプレゼント」
もふもふの大きなクマを渡される。
抱き心地が気持ちいい……。
「もしかして……バイトしてたのって……」
「前々からいいなーって思ってて、それで今回、無理言って前借させてもらって買ったんだ」
「も、もおおおお、誠治君んんんんんんんんん」
むぎゅう、とクマを抱きしめる。もふもふで気持ちいい。
「夏海の言った通りだった」
「へ? 夏海ちゃんが何?」
「ふふん、内緒♪ この子、ありがとう。名前、一緒に決めよう?」
もう、サプライズなんかしちゃって……。
ぬいぐるみごと、誠治君に抱きついた。
「わ、ちょっと、ここ玄関」
夏海があれから二、三回行ってみたらしく、そのときもテキパキ仕事をこなすデキる男って感じだったらしい。
うんうん……仕事してる誠治君はとってもカッコよかった。
今回の件を通して、また誠治君に惚れ直したのでした。