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金曜日の夜


 そんなこんなで、甘々な学校生活が数日続いたある日の夜のこと。


『土日は、先生、予定がありません。さて、柊木先生は何がしたいでしょー?』

「何がしたいって……ゲームとか?」

『ぶっぶー』


 メールからで、と言いつつ、初日から柊木ちゃんはアクセル全開だった。

 学校でのルール上メールはしないけど、付き合ってからというもの、夜はメールではなく電話をするようになっていた。


 いつの間にか俺も敬語は使わなくなった。


『誠治君は、彼女ができたらデートしたいって思わない?』

「!?」

『つまりは、そういうことです♡』

「じゃ、じゃあ……外はまずいから春香さんの家に……」

『え。まずいの?』

「いや、余裕でまずいって。生徒や先生がどこにいるかわからないんだし」


 いつの間にか、柊木ちゃんは俺のことを誠治君って呼ぶようになり、俺は春香さんと呼ぶようになった。学校では、教師と生徒なので、先生と真田君と呼び合っている。


『あ。じゃあ、ドライブはどう? 遠くの街まで行けば、あたしたちのことは誰も知らないでしょ? それなら見られてもオッケー』


 柊木ちゃんの危機管理能力の無さを侮ってはいけない。


「ドライブはオッケー。でも、どこの街だったとしても人目につく行動は却下」

『むう、厳しいなぁ……』


 そりゃあ、俺だって一緒に歩き回りたいけど、恋人関係を長く長く続けるためだ。

 考え得るリスクは排除しないと。


『うん、了解。じゃあ、明日は誠治君の家まで迎えに行ったらいいのかな?』

「言ってるそばから!?」


 俺はどうして直接我が家に迎えに来てはいけないのか、一から一〇まで説明し、どうにか納得してもらえた。


『そっかぁ。待ち合わせもなかなか難しいね。じゃあ、誠治君がウチに来ておけば待ち合わせする必要もないよね』

「ふぁ?」


 天然ティーチャーは、いつも俺の予想の斜め上をいく発想をする。


「いや、あの、でも、お邪魔しちゃ……悪いっていうか……」

『んーん。あたし一人暮らしだから大丈夫』


 来ちゃえばいいっていっても、時刻は夜の一〇時を回っている……で、待ち合わせせずにドライブするってことは……おとぅまりってこと?

 お、俺、柊木ちゃんちにこれからお泊りしに行くってこと――!?


「こ、こ、心の準備が、まだ……」

『だいじょぶ、だいじょぶ、家は結構キレイだから。迎えには行けないけど』

「あ、いや、先生んちの準備じゃなくて、俺の心の――」

『住所言うから来てね?』

「……はい」


 というわけで。

 ちゃっちゃと準備をした俺は、住所をメモったノートの切れ端を手に、自転車を漕ぐ。


 住所は思ったより近く、到着したのは、自転車で一〇分ほどの場所にある二階建てのキレイなアパートだった。駐車場に、柊木ちゃんの愛車である丸っこい軽自動車があったので、間違いないだろう。


 二〇五号室のチャイムを鳴らすと、パタパタと足音がして扉が開く。


「誠治君~いらっしゃーい」

「あ、ども」


 いつも以上に柊木ちゃんの口調が、とろんとしているような?

 部屋着じゃなく、今日学校で見かけた私服だった。

 ほんのり顔も赤いし、目じりも下がっている。


「誠治く~ん……」


 しなだれかかってくる柊木ちゃんを抱きとめると、ぎゅっと抱きしめられた。


「ちょ、うわっ!? は、春香さん、ここ玄関。中、早く。中に――」

「う~ん」


 ゆるく唸る柊木ちゃは、俺から離れる様子がない。

 仕方ないので、抱きかかえたまま俺は柊木ちゃんを引きずるように中へ連れていった。


 体がふにっとしてて柔らかい。少しだけ酒の匂いがする。


 柊木ちゃんちの間取りは1LDKでなかなか広い。言ったとおりで、キレイに片付いていた。奥のソファに座らせ、俺も隣に座った。


「呑んだの?」

「うん……先生たちの飲み会があってねぇ……二次会も行きましょうって熱心に誘われたけど……」


 眠そうに目をこすりながら、こてん、と俺の肩に柊木ちゃんは頭を乗せた。


「明日は、誠治君と遊びたかったから、遅くなると困るから断ってきた」

「ああ。それでいつもより電話かけてくるのが遅かったのか」


 今日、教職員用の駐車場に柊木ちゃんの車がなかったのは、飲み会があったからか。


「そういや、大人は金曜日にそういう文化があったなぁ」


 俺は酒がそれほど好きじゃなかったから、付き合いもそれなりだったけど。


「遅くに呼び出してごめんね?」

「近くだったから大丈夫。水でも飲む?」


 背をさすりながら訊くと、


「誠治君、なんか介抱慣れてる……?」

「え――あ、ああ、ええっと、親父がよく酔っぱらうから……」

「そっかあ……」


 危ねぇ……。親父は、全然酒を呑まない。

 俺の介抱スキルは、職場の同僚や先輩を相手に培ったものだ。


 水をお願いされたので、冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに入れて持って戻る。


「ん……脱ぐ……」


 と、俺の女神がストリップショーをはじめていた。


「着替えないと……」

「どわぁああああああああっ!? なんで!? なんでこのタイミング!?」


 ブラウスをぽいっ。

 インナーをぽいっ。


「ちょ、ちょ、ぶ、ぶう、ブラジャーが見えて――」

「うん、これも……」


 ブラジャーもぽいっ。


「わぁああああああああああああ」

「うんしょっと……」


 近くにあった部屋着らしきTシャツを頭からかぶった。


 下はすでに着替えていて、ジーンズからハーフパンツに変わっていた。


「び。びっくりした」

「お水、ありがとう……」


 ポニーテールにしている髪をほどいた。

 色気が一層増した気がする。


 はっきり言うとエロい。


 水をひと口飲んで、柊木ちゃんはテーブルにコップを置く。

 まだ心臓がバクバクしている俺が隣に座ると、またくっついてきた。


 Tシャツがゆるんで、首元の隙間からおっぱいが見えそう……


「先生」

「二人のときは、春香さんでしょぉー?」


 ぶすぶす、と柊木ちゃんは俺の頬を指で刺してくる。


 冗談っぽく怒った顔や口調がかなり可愛いので、これからも積極的に間違えていきたいと思う。


「春香さん、胸が見えそう――」

「いいよ、別に見えても」


「いいんかい!」


 ふにっと抱きついてくる柔らかい生物。

 酔っぱらっているのと眠いので、低い判断能力がさらに下がったものと思われる。


「水飲んで、今日は寝よう?」

「誠治くぅん、甘える年上は嫌い……?」


「甘える春香さんも、俺を甘やかす春香さんも、どっちも好き」

「よかったぁ。あたしも誠治君のこと好きぃ」


 懐いた猫みたいに、ごろごろと引っついてくる柊木ちゃん。

 水を何度か飲むと、俺の膝の上で寝てしまった。


「教師っていう仕事してるんだもんな。そりゃ疲れるし、酒呑めば眠くなるのも当然か」


 よしよし、と頭をなでる。寝室らしき奥の部屋に連れていき、ベッドに寝かせた。

 部屋から出ようとすると、袖を掴まれた。


「誠治君、どこいくの?」

「え。ソファのほうで寝ようかなと思って」

「使えばいいじゃん……シングルだけど、二人くらい寝られるから」


 毛布をめくって、ぽんぽん、とベッドを叩く。


「おいで」と柊木ちゃんは両腕を開いた。


 俺は大人しく『おいで』されることにして、ベッドに入った。


「俺は、酔っぱらっている人には何もしないから」

「何、その言いわけみたいなの」


 くすくす、と柊木ちゃんは一緒に入ったベッドの中で笑う。


「生徒を誘っているって思われますよ、先生」

「だからぁ、二人のときは春香さんでしょー? それに、先生と生徒だけど今は違うでしょ?」


「これって犯罪らしいですよ、知ってました?」


「だからああして、毎日コソコソしてるんでしょ。それにぃ、知ってた? 彼女が彼氏を誘惑しても、別にいいんだよ?」


 吐息みたいな静かな言葉のやりとり。

 俺にしか聞こえない声で話し、俺は柊木ちゃんにしか聞こえない声で話している。


 毛布を俺に被せて、柊木ちゃんも中にやってきた。


「ほら。こうすればもう誰にも見えない」


 ちゅ、と柊木ちゃんは俺にキスした。


「ちょ、いきなり――!?」

「不意打ちのお返し。生徒にちゅーしちゃった」


 きゃー、とじたばた、ごろごろする柊木ちゃん。俺もたぶん一人でいれば同じリアクションをとった思う。


 それから毛布の中で、長いキスを三回した。


 幸せ爆弾が炸裂して死にそう。


 そのあとすぐに、電池が切れたかのように柊木ちゃんはぐっすり眠ってしまった。


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