何の日でしょう
「今日は何の日でしょー?」
超上機嫌で柊木ちゃんが訊いてきた。
日曜日の昼下がり。
昼前に柊木ちゃんちに召喚された俺は、お昼を食べさせてもらい、のんびりテレビを見ていた。
ソファの隣に座った柊木ちゃんは、ワクワクしながら俺の顔をのぞいている。
「何の日……? 何それ。虫歯の日とか」
「それ六月四日だから。違うから!」
ツッコミひとつ取っても、やたらとテンションが高い。
なんだ……? 今日? 何の日?
「ヒントは?」
「ヒントー? えー、これ言っちゃうとほとんど答えみたいなもんだからなぁ、どうしよっかなー」
「パンツの日」
「それ八月二日だからっ」
詳しいな!
「ボケはいいよ、ボケは~」
もう、わかってるんでしょー? このこのー、と柊木ちゃんがつんつん、とほっぺに指を差してくる。
「今日のために、春香さん、昨日の夜から準備してたんだから」
「え――!? 昨日から準備……あ、あー!」
「ねー! わかったでしょー!?」
「春香さんの誕生日!」
「違いますうううううううううううううううううううううううう!」
びっくりするくらい大声だった。
「え。ちょっと……誠治君、ほんとに……? ほんとにわかんない……?」
ハイテンションが一変して、不審そうに俺を薄目で見る柊木ちゃん。
「わかってる。わかってる。オーケー。今答える。今、答えるからもうちょっと待ってておくれ」
洋画に出てくるキャラみたいに、俺は両手で柊木ちゃんに待ったをかける。
っていっても、マジで何の日だ?
俺の誕生日でも柊木ちゃんの誕生日でもない――。
ぴ、と柊木ちゃんが人差し指を立てる。
「一回間違えるごとに――」
「ご、ごとに……?」
「首筋にキスマークをつけます♡」
「やめろおおおおおおおおおおおおお! 明日学校だぞおおおおおおおおおおおおお!」
「大丈夫、正解すればいいんだから♪」
本当にわからん……。むしろ、柊木ちゃんは、キスマークつけたくてうずうずしてるっぽい。
昨日から準備? 立ち上がって、キッチンのほうへ行く。
今日家に遊びに来て、違和感は何もなかった。
だから、キッチン。普段俺は絶対に立ち入らない場所だから。
ちらっと柊木ちゃんを見ると、吹けもしない口笛を吹いている。
わかりやすっ。ここに何かしらのヒントがありそうだ。
「どこだろうなー」
と、俺は柊木ちゃんの顔色をうかがいながら捜査する。
「っ……」
ん。反応あり。冷蔵庫だ。
扉を開くと、冷蔵室の中に、ホールケーキが大皿の上にどーんと置いてあった。
色とりどりのフルーツが乗っていて、かなり美味しそう。
「ケーキ……?」
準備したのがこのケーキ……? 確かに、買ってきた物じゃなくて手作り感がある。
どっちの誕生日でもないのにケーキ?
「ってことは祝い事の類い?」
首をかしげていると、柊木ちゃんが俺を後ろから抱きしめた。
「そうだよ~」
ちゅ、とほっぺにキスをする。
「昨日、これ一生懸命作ったんだから。出来は上々ってところかなー?」
出して、と耳元でささやかれて、ケーキを皿ごと外に出して、テーブルまで運ぶ。
「チョコで何か文字が書かれていれば、何の日かわかったんだけど……」
「ねえ。なんで、わかんないの?」
目がちょっと虚ろな柊木ちゃんが、包丁を持ってきた。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいい!? ご、ごめんなさいいいいいいいいいい!」
すぐさまソファのほうに逃げると、包丁でケーキを切りはじめた。
よ、よかった。俺を刺すつもりじゃなかったらしい。
「座って? 一緒に食べよう」
「は、はひ……」
フォークで切り崩したケーキをあーんされて、柊木ちゃんに食べさせてもらう。
というか、半ば強引にあーんされている。
「どう?」
「うん。美味しい」
「よかった」
にっこりと笑うと、お茶準備するね、と柊木ちゃんが席を立つ。
うう……怖いのも嫌だけど、あんなに純粋な笑顔をされるのも、なんか罪悪感。
卓上カレンダーには、今日の日付が、ぐるぐるとペンで丸を書いてある。
女の人は細かい記念日を覚えているってのは本当だったらしい。
今月は五月で、先月は当たり前だけど四月――。
あ。
ああああああああああ!
「コーヒーでよかった?」
「うん、ありがとう」
たぶん――いや、間違いない。
「一か月――」
「うん! うん、うん! 何の日から!? 何の日から一か月!?」
柊木ちゃんが今日一番の食いつきを見せた。
もう、俺が正解を得ているもんだと思って、柊木ちゃんの表情がキラキラ輝いている。
けど、その思い込みは正しい。これなら間違いない。
「春香さんのパンツをはじめて見た日から、一か月」
「違あああああああああああああああああああああう!!」
え、うそ。違うの?
フシー、フシー、と大型ロボの排気音のような呼吸をする柊木ちゃん。
「なんなら、それ、一日ズレてるから。それ今日じゃなくて明日だから!」
「ピンクのパンツをはじめて履いた日から一か月……」
「それも違ぁああああああう! そうだったらもっと前だし!」
むむむ、と柊木ちゃんの眉間に皺がどんどん寄っていく。
はじめてパンツを見た日が一日ズレているってことは、その一日前?
「あ。わかった! 付き合って一か月記念!」
「正解いいいいいいいいいいいいい!」
ずびしっと俺を指差した。
「もう、覚えててよねー? 大事な記念日なのに」
「ごめんごめん」
柊木ちゃんが作ってくれたこのケーキは、甘さ控えめでいくらでも食べられた。
カップを片手に、柊木ちゃんはちょっと顔を隠す。
「はじめてだったから……。こういうの、やってみたかったの。細かくて、ごめんね?」
「ううん」
ケーキとコーヒーを楽しみながら、あまり遅くならないうちに、俺は柊木ちゃんちをあとにした。
家に帰って、リビングで今日の出来事をぼんやり回想していると、
「兄さん……何ニヤニヤしてるの?」
紗菜に気持ち悪がられた。
「してねえよ」
「あ。首! 兄さん、大丈夫!? 何かに噛まれたあとが!!」
あ。絶対柊木ちゃんだ。
「首のところ、あざになってる!」
「こ、これは、その、だ、大丈夫なやつだから。大丈夫なやつに噛まれたアレだから」
「し、仕方ないから、サナが消毒してあげる……兄さん、自分じゃどこ噛まれたかわかんないだろうし……」
ててて、と紗菜が救急箱を探すべく、奥へと消えていった。
そのあと、めちゃくちゃ消毒されたけど、記念日のキスマークは全然消えなかったのであった。