いけない恋
◆真田紗菜◆
兄さんに借りたゲームをクリアしたから、そろそろ返そう。
部屋を出て、兄さんの部屋まで行くと、扉越しに声が聞こえてくる。
「うん……うん……おやすみ――」
最近、夜になるといつも部屋にこもってしまって、兄さんは全然出てこない。
ちょっと前は、サナがゲームをしていると部屋までのぞきにきて、一緒に遊んだのに。
学校の帰りも別々になることが多いから、きちんと顔を合わせるのは朝食と登校と夕食のときくらい。
――あいつ最近付き合い悪いよな?
――知らねえの? カノジョできたんだって。
――それでかー。
教室で男子たちがそうしゃべっているのを聞いたことがある。
兄さんも、もしかして……?
できっこないって思ってたけど……実は心配……。
それとなーく、カナちゃんに兄さんの様子を尋ねてみたけど、クラスが違うから全然わからないそうだ。
そっと中をのぞくと、椅子に座ってマンガを読んでいた。
「兄さん? ゲーム、クリアしたからこれ返す」
「うん。適当に置いといて」
「…………誰としゃべってたの? ごめん、立ち聞きするつもりはなかったの」
「……。クラスの友達だけど?」
そっか。よかった。
女子同士でも、明日学校で会うのに電話で無駄話をしていることがあるって聞く。男子同士でもそうするみたいだ。
「どうかした?」
「別に……。明日、お昼は家庭科室ね」
「ああ、そういやそうだったな」
カナちゃんと同じゲームをしているから、それを勧めると「今忙しいからいいや」と素気ない。
共通の話題で盛り上がろう作戦は、見事に空振りした。
むうう。ちょっと切ない。
次の日の昼休憩がやってきた。
柊木先生が色々と気になるけど、いい先生だっていうのはわかる。
根拠はないけど、柊木先生は、兄さんを気に入っている気がする。
可愛いし……料理上手だし……大人の女の人で、おっぱいはサナよりおっきいし……。
だからこそ、もし恋愛がしたいなら、生徒じゃなくて大人同士ですればいいのに。
もし兄さんのことが好きなら、だけど。
悶々と考えて家庭科室に入ると、兄さんが頬杖をついて眠っていた。
いつも一番のカナちゃんも柊木先生もいない。
がら空きの横顔を見ると、ドキドキしてしまう。
「……兄さん?」
呼んでも揺すっても全然起きそうにない。
「せーくん? 起きないと。ご飯食べられないわよ?
お、起きない……。
きょろきょろ、と周りを見ても家庭科室には誰もいないし、カナちゃんと柊木先生がくる気配はまだない。
「ほ、本当は起きててサナのことからかってるんでしょー?」
「ねえ、ちょっと。……ほんとに熟睡中?」
「そんなことしてると、キスするんだから」
「さ、サナ、本気なんだからね……?」
同じように頬杖をついて顔の高さをそろえる。
ドキドキ。
息がかかるくらいの距離に近づいてみる。
ドキドキ……。
鼻同士をつん、とぶつけてみる。
これで起きれば――やめよう。
ドキドキ……。
って思ったけど、全然起きないし誰もこない。
ぎゅ、と兄さんのほっぺを思いきりつねった。
ぜ、全然起きない……。
サナが間違いを起こしてしまう前に早く目を覚まして、兄さん。
でも、目を覚まさないでって思っている自分もいる。
「き、キスするわよ……? ほ、本気なんだからね……?」
ドキドキドキドキ……!
邪魔にならないように、長い髪の毛を耳にかける。
「ちょ、ちょ、ちょっとした、あ、あいさつ、みたいなもんなんだから……」
首を曲げて、唇にキスをした。
ドキドキドキドキドキドキ――!
かさかさしてるけど、あったかい。
も、もう一回……もう一回だけ……。
「兄さん……」
妹サナが脳内でぎゃーぎゃーと騒いでいる。
『も、もうダメ、ストップ! 二回目はもう無理っ。兄と妹なのよ!?』
「い、いいもん……。サナ、兄妹とかじゃなくって、兄さんのことが好きなんだもの……」
『余計ダメよっ』
ちゅ。
もう一度キスをして離れると、ガラガラ、と扉を開ける音がした。
っ!?
や、やばい。
ばっと、兄さんから距離を取って、すまし顔を作っておく。一気に現実に引き戻されてしまった。
やってきたのは、先生だった。
「あ。先生……こんにちは」
先生の固い表情が笑顔になる。
「あ……うん…………こんにちは……」
あれ……? なんか、変な間……。
もしかして――さっきの、見られたんじゃ……!?




