柊木の父3
お昼を迎え、柊木家で昼食をご馳走してもらうことになった。
「誠治さん、ごめんなさい。うちの人が変なことを言いだして」
愛理さんが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ」
豪邸の食堂だからどんな大きなものかと思いきや、一般家庭のそれより少し大きいくらいで、俺と柊木家の五人が使うにはちょうどいいサイズだった。
「一族が揃うときは、また別のダイニングルームがあるから、そこで食事するの」
俺の疑問を察してか、柊木ちゃんが解説してくれた。
お高そうな和食を静かにみんな食べていく。
俺のむかいにいる隆景さんの反対の頬は、いつの間にか赤く腫れていた。
……またビンタされたのか。
「お父様が、麻雀弱いくせに何度ももう一回と言うので、遅くなってしまったんです」
お嬢様モードの夏海ちゃんが愛理さんに言う。
今は昼の一時を回ったところ。
本当は一二時に食事する予定だったらしい。
「接待麻雀ばかりされていい気になるからよ」
じろり、と愛理さんがねめつけると、隆景さんが肩をすくめて小さくなった。
「誠治君、本当に遠慮容赦ない勝ちっぷりだったもんね」
「空き巣くん、結構強いんだね」
「ううん、普通だと思うぞ?」
接待麻雀で、隆景さんは天狗になっていたんだろう。
「あたしも、今度教えてほしい」
「うん。いいよ」
「そしたら、誠治君とあたし、夏海と紗菜ちゃんの四人でやろう」
紗菜はできたっけ?
まあ、こういうテーブルゲーム系も好きだから教えたら、あっさり覚えそうだ。
「この人にも容赦なく勝っちゃう誠治さんは、本当にいい根性をしているわ」
「勝ったら、交際を認めてくれるとおっしゃったので、必死にもなります」
あらあら、と愛理さんはお上品に笑う。
「誠治さんが、どれほど春香のことを想っているか、よくわかったでしょう?」
誰にともなく言うと、隆景さんは口をへの字に曲げた。
「だから、交際だけは認めることにしたんだ」
「誠治さんなら、この人が何か誤ったら容赦なく正してくれそうね」
さすがにそれはわからないので、どうでしょう、と返しておいた。
「企業のトップというのは、案外孤独なもの。常に最終決定と責任を求められるわ。そこに部下は口を出せないし、頼りになる腹心のような人も今はいないから」
隆景さんは否定することなく、黙々とご飯を食べている。
「案外、いいコンビになるかもしれないわね」
「どうでしょう」
苦笑しておいた。
さすがに、会社の経営に口出しできるほど経験や知識が多いわけじゃない。
「真田君」
「あ、はい」
はじめて隆景さんに名前を呼ばれた。
「……今度はゴルフだ」
「……いいでしょう」
現代では、先輩や上司に連れられて多少やっていたのだ。
よかった。嫌々だったけど、やっておいて。
ニヤリ、と笑うので、俺も笑みを返しておいた。
柊木ちゃんが不思議そうな顔をしている。
「結構気が合うんじゃ……?」
「意外と似てるところあるかもだね」
お淑やかな箸捌きを見せる夏海ちゃんも言う。
「私は誠治さんを認めているから、もうそんなのどうでもいいのだけれど……」
そっと愛理さんが箸を置いて俺と柊木ちゃんを見る。
「もう、事は済ませたの?」
「「事?」」
「セックスはしたのかと聞いているの」
ズビシャァーン! と柊木ちゃんに衝撃が走った。
「な、な、何でそんなこと言わないといけないのっ! 食卓の席で!」
「当たり前よ。柊木の大事な跡継ぎなのだから、早く出来るに越したことはないでしょう」
「で、で、でも……そ、そういうのは……まだ……」
顔を赤くしてモジモジしている柊木ちゃんとは違い、夏海ちゃんはシシシと笑っている。
「あーあ、やっぱり言われた」
「もし春香に問題があるのなら、夏海と」
「にゃ、なななな、なんでウチとっ!?」
夏海ちゃんも顔を赤くして大慌てだった。
「春香も今年で二四。子供がいてもおかしくはない年齢でしょう?」
「そうだけどぉ……」
モジモジ、と膝をすり合わせている柊木ちゃん。
隆景さんなら、こういう話題はいち早く止めようとしそうなのに、何も言わない。
何してるのかと思ったら、目をつむってお経を唱えていた。
無我の境地ということか……。
現実逃避の仕方すごいな。
「お母様たちのときはどうだったの?」
さらりと夏海ちゃんがキラーパスを出す。
「大学を出た年、HRG社で同期だったこの人と、しばらくして付き合って、一か月くらいで」
「げほげほッ、ごほん」
隆景さん、むせていた。
けど、大人同士が一か月付き合えば、経験することなんだろう。
「とっても早かったわ」
「何がっ、ねえ、何がっ!?」
夏海ちゃんが目をキラキラさせていた。
「愛理さん、食事どきにする話じゃないと思うが」
「聞きたくないのなら、席を外したら?」
完璧に愛理さんのほうが強いんだなぁ……。
隆景さんを見ていると、なんだか不憫に感じる。
俺と柊木ちゃんだったら、どうなるだろう。
俺もやっぱ尻に敷かれるんだろうか。
……けど、真田家でも親父はこんな扱いだったな。
どこでも父親という存在はこうらしい。
両親の馴れ初めを姉妹は興味津々に聞いていた。
話もそこそこに終わり、俺と柊木ちゃんはお暇することにした。
「春ちゃん、頑張ってね!」
「な、何の話っ」
「さあ、何のことだろうー?」
柊木ちゃん、完全に夏海ちゃんにからかわれていた。
見送りに来ていた夏海ちゃんと愛理さんに会釈をして、車が走り出した。
「真田様、今日は、ありがとうございました」
吉永さんにお礼を言われた。
……? 何の話だ。
「麻雀……旦那様が、珍しく楽しそうにしておられたので」
「楽しそう、でしたか?」
ぐぬぬぬ、って唸りながら眉間に皴を作っている表情しか思い浮かばない。
「確かに、楽しそうだったかも」
柊木ちゃんが言うと、吉永さんも首肯した。
「はい。してやられる、ということがほとんどないですから」
遊ぶにしても、周りが気を遣ってしまって、本気でぶつかってくれる人がいないのかもしれない。
俺も、現代で先輩や上司とプライベート出かけるってなったら、それなりに気を遣ったし、下々の者の気持ちはよくわかる。
「今度はゴルフでしたか?」
「はい。そうらしいです」
「楽しみです」
そう言う吉永さんはどこか嬉しそうだった。
柊木ちゃんちまで送ってもらうと、もう夕方。
「疲れたねえ」
まったくもって同意だ。
部屋に入った俺たちは、揃ってソファに体を預けた。
手を握り合ったまま無言が続くと、柊木ちゃんが口を開いた。
「あの話…………誠治君、どう思った……?」
「あの話って? ゴルフ?」
「う、ううん……そっちじゃなくて…………こ、事の、ほう……」
じっと見つめてくるので、結構本気の質問らしかった。
これは真面目に答えないと、ぽかぽか叩いてくるパターンだな。
「愛理さんには、愛理さんの考えがあるんだろうけど、無理せず、俺たちのぺースでいいんじゃない?」
「……っていうと?」
「これまで通り、順序を守りましょうっていう方針で」
「…………そ、そうだよね。うん。そうだよね……」
おっぱい揉むのはセーフなんだろうか。
一線は越えてないから、セーフなのでは?
「……何、誠治君。目がいやらしいよ……?」
「いや、何でもないです。けど、夏海ちゃんを次の候補にさっと挙げたときはビックリした」
「夏海はダメだよ、夏海はっ! あの子のほうがスペック高いんだから……負ける気しかしない……」
しょぼんとヘコむ柊木ちゃんを励ますと、「美味しいご飯を作ります」と言って柊木ちゃんはキッチンへむかった。
「仲良いもんねー、誠治君は。夏海と」
「あれ? やきもち?」
否定するかと思ったら、全然しない。
ちらっとこっちを見て、うんうん、とうなずいた。
可愛いので、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「あ、こら。お料理してるときは危ないから……」
とか言いながら、顔をこっちへむけて、二度三度とキスをした。
「好きだよ、先生」
「イイ感じのところでいっつも先生って言うー!?」
結局ぽかぽかと叩かれることになった。