42. 世界の救済
榎本の体はまばゆいほどの乳白色の光に包まれて、あまりのまぶしさに目を閉じずにはいられなかった。
次第に光がおさまり目を開けると、そこには乳白色の光を体にまとった榎本が立っていた。
腕の傷はなくなって元のキレイな状態になっていて、雰囲気もどこか変化し、その迫力に気圧されたようにつばをゴクリと飲み込みながら見つめていた。
「はぁ~、なんかすっげぇいい気分だ。この全能感はあれか? 神様になった気分ってやつだぜぇ」
榎本は深く息を吸ってはいたあと、晴れやかな顔をしていたが、なにをしでかすかわからないような危うさをまとっていた。
「さて、さて、さて、さぁ~て、まずはなにをしようかなぁ。とりあえず、うちの妹を返してもらおうか」
「兄さん……」
瞳孔が乳白色に変化した瞳をこちらに向けて、オレたちの後ろに控えていた紬にむけて言い放った。
「このっ野郎、いい加減に観念しやがれ!!」
「おい!! 待て結城!!」
オレは威圧感に耐え切れず、榎本に向かって飛び掛り、ボロボロになった六角棒を振り下ろした。
「ん~、なんだこりゃ」
「んなっ!?」
榎本はなんでもないように六角棒を無造作に片手で受けて止めると、手の握力で圧壊させた。
「邪魔」
オレの腕をとると壁にむけて投げつけた。
「ぐはぁっ」
「結城!! くそっ、ジェネレーターを使った様子はないのになぜあんな力を使える!?」
敷島隊長が肩にかけていた小銃を構えて、榎本に向けて銃弾を浴びせた。
「よくもやってくれたわね!! 燃やしつくせ!!」
敷島隊長のとなりにいた赤井も同時に攻撃を開始し、床から噴出するように炎の舌が榎本を巻き取った。
「な~んで、どいつもこいつも邪魔してくるかなぁ。 …衝撃波展開」
榎本がつぶやくと、榎本を中心に爆風が周囲に広がり、銃弾も炎も全て吹き飛ばされた。
余波を受けて敷島隊長たちも吹き飛ばされ床をゴロゴロと転がった。
「兄さん、もうやめて!!」
「なるほど、紬の能力は《マナ操作》か。これでさっきマナを抜き取られて体がだるくなったわけだな。いやぁ、紬も成長してるみたいでうれしいな」
紬が自分の能力を榎本にかけたようだが、特に効果を示さず平然としていた。
「でも、紬ィ~、反抗するなんてお兄ちゃんは悲しいぞぉ」
榎本は少しも悲しくなさそうな表情で、やれやれといった感じ首をふった。
「えーのもーとくーん」
「なんだ、神埼、いたのか」
局長が死角から、榎本の首筋めがけてナイフを振り下ろそうとしたところで、榎本はひょいと半歩ずれて避けた。
「てめえの能力はちとやっかいだけど、まあなんとかなるか。…凶獣変化」
榎本がつぶやくと、筋肉が膨れ上がり体毛が体中から生えて、二足歩行の虎のような姿に変化した。
「おや、榎本くんが猫ちゃんになったねぇ」
慌てる様子もなく局長は、拳銃をホルスターから抜き取ると続けざまに3発打ち出した。
しかし、体にはえた針金のような体毛によって銃弾は体の表面で受け止められて、ぽろぽろと床に落ちた。
『グルアアァァァァァ』
変化した榎本は強靭な肉体を活かして、床をえぐるようにして地面を蹴って飛び出すと、局長に向けて指先に生えた鋭い爪を振るった。
「おっとぉ、あっぶないなぁ」
局長は、服のすそを切り裂かれながらも何とか回避したが、榎本は逃げる局長を追い回すように猛攻を続けた。
「結城君、いま治しますね」
壁にぶつかった衝撃で動けないオレのもとに、柊さんがやってきて能力をつかって治療を始めた。
治療の間、局長はのらりくらりと榎本の攻撃をかわし続けた。局長が作ってくれた時間を使って、敷島隊長と赤井のもとにも行き治療を施した。
もう一度、全員でかかってもさっきの二の舞になると思い、敷島隊長と作戦を練った。
「なんなんだ、あいつは、まるでいくつもの能力を自在に操ってるみたいだ」
「うーん、みたところ、他人のマナが体内でごっちゃになってるように見えるわね。たぶん、うばった他人が持っていた能力まで使えるようになったってところかしらね」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには金城さんが立っていた。
「なんで、金城さんが!? 危険だから制圧完了後にくる筈でしたよね」
「長引いているみたいだし、手助けにきたのよ。道中の魔物はほかの人たちががんばって引き受けてくれているみたいだしね」
あっけらかんと言い放つ金城さんに呆れながらも、打開策を期待して聞いてみることにした。
「それで、あいつをどうにかできる方法ってありますか?」
「うーん、そうねぇ。ちょっと私を装置のところまで連れていってくれないかしら」
「結城、赤井、柊は局長の加勢にいけ、おれは二人を装置のもとまで連れて行く。いいか、攻撃をせずに防御だけに徹して、時間を稼ぐようにするんだ」
敷島隊長の指示に従い、俺たちは局長のもとに向かった。
いまだ、局長は榎本と着かず離れずの距離を保ちながら、なんとかしのいでいる状態でところどころ浅くない傷をつくっていて、服は血にまみれていた。
「局長、いったん下がって治療を受けてください。オレたちが引き受けます」
「やあ、待ってたよ。ちょーっと、きつくなってきたからね」
局長は顔に疲れを見せながら、後ろにさがり柊さんから治療を受け始めた。
「オラァ!! かかってこや!!」
大声をだして榎本を挑発すると、牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
自分の役割はただの時間稼ぎということを念頭において、防御に徹した動きに専念した。
「あたしもいるのわすれないでよね」
横から、赤井が小さめの火球を散弾のように打ち出して、飛び込んできた榎本にけん制を加えた。
「へっ、頼りにしてるぜ」
隣に立つ頼もしい存在に自然と笑みが浮かぶのを感じながら、こちらに向かってくる榎本を迎え撃った
金城は紬を連れて装置の方へ足早に進みながら、隣にいる紬に話しかけていた。
「さて、紬ちゃんだったかしら。あなたに協力をお願いしたいのよ」
「わたしにやれることならなんでもやらせてもらいます!!」
「現界のマナが吸い取られているのは、異界のマナを送り出す出口ができているせいなのは知っているわね。だから、今からそれを閉じるわ」
「でも、出口がなくなったら、異界のマナがまたこの世界に入り込むようになるんじゃ?」
「この世界に拡散しないように受け入れ先を作ればいいのよ。これからやってもらうことは、葉月ちゃんの魔玉に異界のマナが流れ込むように経路をつくることよ」
「わたしの体に現界のマナが流れ込むのと同じようにするのですね。でも、人間の魔玉に異界のマナは毒になりませんか?」
心配そうな顔をする紬に、金城は自信たっぷりの表情で返事した。
「葉月ちゃんの魔玉は装置起動のために、異界のマナへの親和性も持たせてあるから、流れ込ませても大丈夫よ」
「そうですか。でも、葉月さんには、さらに負担をかけることに……」
「そうね、それでも、私たちは彼女の命を利用してでも守りたいものがある」
つらそうな顔をする紬に、金城はきっぱりといった。
二人は装置の前にたどりつくと、紬は金城の指示に従い、葉月の魔玉に手をあてて集中するために目を閉じた。
紬はまた葉月を利用してしまうことに、罪悪感を感じ心の中で謝りながらマナの操作を始めた。
額に汗をつたわらせながら集中をつづけ、やがて目を開けた。
「経路の形成完了しました」
「おっけ~、それじゃあ、出口閉じるわよ」
金城は装置を操作すると、装置の近くで整った流れを見せていた赤黒いマナが、葉月の魔玉に向かって渦巻くように流れ込みはじめた。
「葉月ちゃん、こんなこと言えた義理じゃないけど、どうかこの世界を救ってやって」
金城は、魔玉をみながら小さな声でつぶやいた。




