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43. 葉月の世界

 水中にたゆたっていたようにおぼろげだった意識が、急に水面に引き上げられたようにはっきりとしてきた。

 次第に視界がはっきりとしてきて、あたりの様子が見えてきた。


「ねえ、葉月ちゃん、葉月ちゃんったら」


 目の前に座る美里がわたしに呼びかけているのに気づいた。


「え、あれ? ごめんごめん、なんの話だっけ?」


「もう、ひどいよ、全然きいてなかったんだな」


 プリプリと怒って美里に謝りながら、さきほど感じた違和感について考えた。


(目の前にある世界に違和感を感じた? まるで、自分のいるべき場所がここじゃないような……)


 だけど、その違和感も少ししたら気にならなくなり、美里とのおしゃべりを楽しんだ。

 今は、ギルド局の食堂にいて、昼休み最中だった。

 

 能力に目覚めたわたしは、小学校の頃から密かにギルド局で働いていた。だけど、中学に入ってから、任務のためにこっそりと授業を抜け出していると、ある日、美里からわたしのやっていることを聞かれた。

 問い詰められて白状すると、隠し事をしていたわたしを美里は怒って、しばらく機嫌が悪かった。

 口も利かないで、姿を見ない日が続いた。


 ある日、携帯電話にギルドからの出動要請の連絡が入ってきた。


「あーっと、市街地北部に魔物がはっせーしました。ただちに現場にむかってください」


「了解……んん?」


 電話口から聞こえる声は、いつものオペレーターの人の明朗なものではなく、たどたどしくどこかで聞いたことのある声だった。とりあえず、確認は後にして、現場に行くことを優先した。

 現場にいた魔物を掃討して、ギルド局に戻ると、そこにはギルド局員の制服を着た美里が待っていた。


「おかえり、葉月ちゃん」


「……ただいま、さて、どういうことかな」


 わたしは口の端をひくつかせながら美里に迫った。


「実は、わたしも能力者だったのだ~」 


 腰に手を当てて自慢げに胸を張りながら、美里は言い放った。

 先週からギルド局に勤め始め、美里がもつ異能を活かしてオペレーターとして働くようになったらしい。


「葉月ちゃんがヒミツにしてたんだから、お返しだよ、へっへーん」


「はぁ……」


 カラカラと笑う美里を見て、わたしはため息をついたのが、半年前のできごとだった。



 目の前に座るギルド局員の制服を着る美里をみながら、これまで過ごしてきたことを思い出し、思わず苦笑がもれた。

 そんなわたしを見て美里が不思議そうな顔をした。


「どうしたの? 葉月ちゃん」


「ん、いやなんでもない。美里は変わらないなと思ってさ」


「なんだよそれ~。ほらほら、あたし、ギルドで働くようになって大人っぽくなったと思わない」


 小学校からの付き合いだが、美里の能天気さと自分の欲望にまっすぐなところを見ていると、自分に足りない部分を気づかせてもらえた。


(あれ? でも、いつ美里と出会ったんだっけ?)


 また記憶に違和感を感じたとき、警報音がギルド局の建物内に鳴り響いた。


『緊急連絡、市内にて魔物の発生を確認。勇者は直ちに現場に急行せよ』


 放送内容を聞き、食堂で昼休みを楽しんでいた局員たちは立ち上がり、それぞれの持ち場に急いだ。


「いってくる」


「サポートはまかせて!!」


 目を見てうなずき合った後、美里はオペレータールームにむかっていった。

(さて、わたしも現場にむかうか)

 能力を使用して、現場につながる空間の揺らぎを作り出した。

 空間のゆらぎを通って現場にたどり着くと、そこには多数の魔物たちが暴れていた。


「たくさんいるなぁ、はやく倒さないと」


 目の前にいる魔物たちに目を向けて、手を開きながら念じた。

 魔物たちの胴体や首に空間の揺らぎが生じ、まるでその場に縫いとめられたように動けなくなった。


(空間よ閉じろ)


 手にひらを閉じながら、空間を閉じると、目の前の魔物たちは、もとからそういう形をしていたかのように鮮やかな断面をみせて、ばらばらになった。

 

「ふぅ……」

 

 ほかに魔物の姿が残っているか、周囲を見回した。


 すると、奥の方から2つの影が奇妙な動きをしながら近づいてくるのがみえた。

 その姿は人型であったが、関節はおかしな方向にまがり、全体的にねじくれた印象を与える見た目をしていた。

 怪物はよたよたとおぼつかない足取りでゆっくりと歩いていた。


(なんだろう、どこかで会ったことがあるような……)


 いままでにない魔物のはずなのに、なぜか既視感を感じた。

 やがて近づいてきた魔物を警戒しながらみていると、頭部についている口のような器官を動かすのがみえた。


「オモい、ダ、ダ、ダせ」


「っ……!?魔物がしゃべった」


 人型の魔物はいたが、うなり声をあげることはあっても意味のある言葉を発することはなかった。

 その声をきき、全身が総毛立つような悪寒を感じ、すぐに攻撃を仕掛けることにした。


(空間固定、空間よ閉じろ)


 もっともなれた動作で、奇妙な魔物2体に対して能力を発動した。

 いつもどおり、魔物は鮮やかな断面をみせながらバラバラになり地面に散らばった。


(なんだったんだろう、この魔物は……)


 今見たものの違和感がしこりのように心に残るのを感じながらも、他に残っている魔物がいないかこの場を離れようとした。


 だが、つぎの瞬間、わたしは目を疑った。

 魔物の断片が、逆再生するように集まりもとの状態に戻った。


「なんで!?」


 完全にもとの状態にもどった魔物が、よたよたとねじくれた足を動かして、再び近づいてきた。

 ゆっくりとだが次第に距離を詰めてくる魔物を見ながら、混乱する頭で必死に考えた。。


 それから、何度も魔物をバラバラにしたが、変わらない様子でむかってきた。


「く、この!! だったら」


 やつらの足元に空間の揺らぎをつくりだし、誰もいない海上に転移させた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 魔物はこの場からいなくなったが、戦いの緊張感が残っていて、荒い息をついていた。


(なんだったの、さっきの魔物は?)


 海の藻屑になって、二度と現れないことを願うばかりだ。

 

 魔物の掃討が完了し、ギルド局に戻ると「お疲れ様」と美里が声をかけてきた。

 勤務時間が終わり、美里と一緒に食堂に寄って夕食にすることにした。


「今日は唐揚定食~」


 美里はご機嫌な様子で、目の前の唐揚を口いっぱいにほおばっていた。なんというか、見ているこっちまでおいしそうに感じてしまう食べ方をしていて、わたしも唐揚にしたら良かったかなと後悔した。


 二人とも食べ終わり、食堂におかれたセルフサービスの緑茶をすすっていた。

 わたしがふーふーと息をふきかけながら緑茶を飲もうとしたところで、美里が話しかけてきた。

 

「ねぇ、葉月ちゃん」


「ん、なに?」


 わたしは湯のみから視線をはずして、美里のほうをみた。その表情はいつもとは違う真剣なものだった。


「なにか思い出した?」


「え……?」


 美里が口にした言葉は今日出会った魔物と同じセリフだった。


「そう、まだみたいね」


 驚いて口を閉ざすわたしを見て、美里はまたいつものようにへにゃっと顔をゆるめると、お茶を飲み始めた。


「どういういこと?」


「いやぁ、昨日食べた夕食のおかずはなんだったかなぁ~っておもってさ」


 美里はどこか答えをはぐらかすように笑いながら答え、わたしはそれ以上追及しなかった。もしも、その答えをきいたら、なにかが壊れるような気がしたから……


 ギルド局の職員用宿舎に帰り、自分の部屋のドアをあけた。


「ただいま~」


 ここに住んでいるのは、わたし一人なのになぜか習慣でただいまと言ってしまう。

 今日は色々とあった日だった。なんだか疲れてしまったので早めに寝ることにした。

 

 その夜、なにか夢をみた気がしたが、起きたら夢の内容は忘れてしまった。


 次の日も、魔物が発生の連絡が鳴り響き、現場に向かった。


「うそ、またでてきた……」


 現場にいた魔物を倒していると、またあのねじくれたような魔物がでてきた。


「オモいダせ、セ」


「一体なんなの!! なにをいってるの」


 魔物のわけのわからない言葉にイラだちながら、応戦した。

 相変わらずの不死性をみせ、今回も能力を使って遠くに飛ばした。

 

 奇妙な魔物は、それからも何度も出現し、そのたびに同じことを口にしてきた。

 

(次に出てきたときに、決着をつけよう)

 

 終わることのない奇妙な魔物との戦いに決着をつけることにした。

 

 ギルド局に魔物発生の警報が鳴り響いた。


「美里、いってくるね!!」


「がんばってね、葉月ちゃん」

 

 わたしのことを心配するような視線を送ってくる美里と別れて現場に向かった。

 いつものように魔物を倒していくと、やはりあの奇妙な魔物が現れた。

 

「でたわね」

 

 ねじくれた足でヨタヨタとこちらに近づきながら、また同じことをこちらに言ってきた。


「おモい、だセ」

 

「いい加減に、これで終わらせるわ」

 

 普段、能力を使う際には、扉をイメージして平面状に空間のゆらぎを展開している。

 

(対象を中心に周囲に展開)

 

 今回は、魔物を取り囲むように空間の揺らぎ展開した。

 魔物は逃げようのない閉鎖空間に閉じ込められることになる。

 

「縮退!!」

 

 球形の空間が、縮まっていき、そして後には何も残っていなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 普段とは異なる能力の使い方をしたせいか、能力の使用による疲労が激しかった。

 

 汗を手の甲でぬぐっていると、まるでさきほどのことがなかったように、魔物が立っていた。

 

「お、オも、オモい、ダせ」

 

 魔物はゆらゆらと体をゆらしながらこちらに近づいてきた。

 

「うそ、い、いや……」

 

 わたしは恐怖心をおぼえて、あとずさった。


 恐怖心にしたがって、どこでもいいから逃げようと空間の揺らぎに飛び込んだ。


 このとき、強烈な既視感を感じた。


(魔物から必死に逃げる…… たしかあのときも……)


 入ったと思った瞬間、視界がブラックアウトして、意識がなくなった。


「う…… ここは?」


 気がつくと、真っ白な空間にわたしは立っていた。


(なんだろう、ここ、前にもきたことがある気がする)


 ぼーっと、目の前の空間をみていると、なにかが見えてきた。

 そこには、血まみれで倒れ付す両親と、恐怖に顔をひきつらせて逃げ出す自分が見えた。


(そうか、ここは、いつも夢でみる光景か)


 夢では、いつも逃げ出す自分になっていて、こうして第三者の視点でみるのは初めてだ。


 いつもは心への強烈な負担をかけてくる光景のはずなのに、逃げる自分を別視点から見ているだけで違う印象を受けた。


(あんなに必死で逃げて、よっぽど怖かったんだろうな、生きていたかったんだろうな)


 そして、いつもの夢の中では、自分に対して憎々しげな表情と視線を向けていた両親だったが


(なんで、あんなにホッとした表情をしているんだろう……)


 血まみれで満身創痍になりながらも、逃げていく自分を安心したような表情で見送っていた。

 

 しばらく、両親と自分みていると融けるように消えていき、代わりにあのねじくれたような2体の魔物が現れた。

 そして、その横には穏やかな笑みを浮かべる美里が立っていた。

 

「葉月ちゃん、思い出した?」

 

「うん。思い出したよ」

 

 返事をかえすと、魔物は崩れて灰になった。崩れる瞬間、魔物は安心した笑顔をうかべたように見えた。


「まーったく、葉月ちゃん、おそいよ、きづくのおそすぎ」


「ありがとうね。この世界は美里が見せてくれてたものだったんだね」


「うん、葉月ちゃんの中にあたしの魔石が吸収されたときに、葉月ちゃんの記憶や意識が混ざり合うように感じることができたの。それで、あたしに残ったマナを使ってこの世界を作り出して、あたしが最後に葉月ちゃんに伝えたいことを見せたんだ」


「すごく、すごく楽しかったよ、この世界は。美里、これでお別れなのかな…… もっと、話していたかった、遊びたかった、中学生だけじゃなく大人になった美里も見てみたかった」


「ごめんね、ここでお別れなんだ。もうあたしのマナもなくなりそう」

 

『ピシ、ピシ、ピシピシ』

 

 世界にガラスにヒビが入るような音がしはじめ、美里の存在は希薄になっていくのがわかった。


 だが、ふしぎと焦りや恐怖は感じず、いままで自分を捕らえて囲っていたなにかが崩れていく、そんな開放感を感じていた。


「じゃあね、葉月ちゃん!!」


「うん、じゃあね!!」


 手をふる美里は、目の前でスッと姿を消した。


『ピシ、ビシ、ビキキ』

 

 さらに崩壊はすすみ、やがて外の光景がみえてきた。

そこには、血を流しながら戦う兄の姿が見えた。

 

「いまいくよ、お兄ちゃん」

 

『ガッッシャァァァァン!!』


 大音声をたててとうとうこの世界が崩壊し、わたしは元の世界に戻っていくのを感じた。

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