33. 暗中模索
防衛研究所のとなりに立てられた実験棟の中、分厚いコンクリートの壁で囲まれ、窓一つなく人工的な明かりのみで照らされた部屋で、一人の少女が中央に置かれた大型の装置に歩み寄った。
『これより異相境界固定実験を開始する』
部屋の天井に取り付けられたスピーカーから声が響いた。
部屋の上方には分厚い強化ガラスごしに、少女と装置を見つめる白衣の集団がいた。
『フェイズ1、反応炉内における魔石の励起』
白衣のひとりが手元のスイッチを操作すると、部屋に置かれた装備が赤黒い光を発し始めた。
『フェイズ2、異相境界の出現を確認』
周囲になにかが軋み割れるような音がし、装置の前の空間に亀裂がはいるように異相境界が出現した。
『フェイズ3、能力によるマナの経路形成』
少女が、空間に向けて手を向けた。
『よし、いいぞ、そのままの状態を維持しろ』
「マナ濃度の数値安定、位相境界からのマナ流入なし、現界のマナの吸入も認められません」
『反応炉を停止せよ』
装置の赤い光が止まると、異相境界も消失した。
『本実験を終了する。成功だ。お疲れ様』
部屋の様子をみていたものたちは、ホッとした表情のあと歓喜の声を上げた。
ただひとり、部屋にいた少女だけはどこか苦しそうに胸を押さえていた。
厳重にロックされていた扉が開け放たれ、部屋に入ってきたスーツ姿の男が軽薄な口調で、少女に話しかけた。
「ごくろうさーん、葉月。これで、本計画の実行にうつれるぜぇ」
「……やっと、ここまで」
少女は、苦しそうにしながらもかすかに嬉しそうな表情をうかべた。
スーツ姿の男がそんな少女の様子をニヤニヤと笑いながら見ていた。
市ヶ谷駐屯地内に庁舎の一室で、スーツ姿の男が音をたてながらイスに深く腰掛けた。
「どっこいせっと、あー、ほんと長かったぁ。ここまで来るのに2年かかったからなぁ」
男はごきごきと首をならしながら肩をもみほぐしていた。
「まってな、紬。もうちょっとだからよぉ。お兄ちゃんがんばっちゃうからな~」
そういって男は懐から取り出した乳白色に光る球体を、手に持っていとおしそうに見つめていた。
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ギルド局の局長室で、部屋の主である男が電話の受話器を握りながら話していた。
「――かしこまりました。では、準備を整えます。はい、はい、失礼いたします」
受話器を置くと男は眉根をよせて考え込み始めた。
そして、もう一度受話器をとるとどこかに電話をかけ始めた。
「あー、もしもし、敷島くん、ちょおーっと大事な用があるから、金剛くんと、風間くんも局長室につれてきてちょーだい」
数分後、部屋の扉をノックする音が聞こえ、中に3人の男たちが入ってきた。
「失礼します。敷島以下3名はいります」
「よーくきてくれたねぇ。まあ、座って座って」
局長室に置かれた革張りのソファーの入口側の席を勧め、男は奥の席に腰掛けた。
「局長、急な呼び出しでしたが、どのような御用でしょうか」
「ん~、敷島くんはいつまでたっても、ギルドマスターとよんでくれないねぇ」
「敷島はノリがわるいんだよ。ねぇ、ギルマス」
「さすが、風間くん。実に君はわかっている」
意気投合したように二人の男が笑いあっていた。
「さて、本題にうつろうかね。さっき、防衛省から連絡がきて、1週間後に行われる作戦を手伝えだとさ」
「それは、また急な話ですね」
「そうだろ、むこうさんだいぶ焦っててすぐにでも作戦の実行にうつりたいみたいなんだよ」
「作戦内容をうかがってもよろしいでしょうか?」
「そこが、一番の問題でねぇ。なんでも、異相境界を意図的に発生させるらしいんだよ。そのとき、魔物が発生するかもしれないから処理に当たれっていうんだよ」
「異相境界を意図的にですか? それに、魔物がでるかもとはずいぶんあやふやですね」
「例によって、例のごとく、イジワルなおじさんがそのへんをしゃべってくれなくてねぇ。ただ、この作戦が成功すれば魔物の発生がなくなるとかいっていたよ」
「ふむ、なんともうさんくさいですね」
敷島はあごの無精ひげをなでながら、いまきいたことを頭の中で整理していた。
「私の情報網でも当たってみたんだけど、ぜーんぜんひっかかりゃしない。どうも相当高いレベルでの機密情報みたいだね」
神埼はお手上げとばかりに、手でポーズを取っていた。
「ただ、おもしろい情報があってね。防衛研究所にたびたび入っていく榎本と、小学生ぐらいの女の子をみたっていう情報があるんだよ」
「小学生? なんでまたそんな場所に」
風間がいぶかしげな表情をしながら聞き返した。
「さあ、それはわからないね。で、もう一つ、その女の子と敷島君の小隊にいる結城くんが駐屯地の敷地ないで会ってたらしいね」
「結城が、ですか」
「見ていた人の話では、どうもただならない雰囲気だったらしいね」
敷島は、考えこむように数秒黙ると、立ち上がった。
「結城に話を聞いてきます」
「うん、そうしてくれ。たぶん、その女の子がカギを握っているとおもうんだよねぇ」
敷島は一礼すると、扉をあけて部屋を出て行った。
「さて、残った君たちとは作戦当日のことについてお話しようか。あのひとたち何企んでるかわからないから、備えあれば憂いなしだよ」
風間と金剛は、緊張した面持ちで会議をはじめた。
ギルド局で武器の手入れをしていたら、敷島隊長がオレのところに近づいてきた。
どこか緊張した顔をしていて、いやな予感がした。
「結城、ききたいことがあるからちょっと来てくれ」
ミーティングルームにつれていかれて、対面に座った敷島隊長から質問された。
「おまえ、このまえ市ヶ谷駐屯地にいったよな」
「ええ、はい、いきました」
「そのとき、なにしにいったんだ?」
あのときのことは、あまり他人にいいたくはないことだったので口ごもりながら話した。
「えーと、妹と会ってきました」
「妹? たしか、小学生だったか」
「はい、葉月っていいます。今年で12才です」
「ふむ、この前局長室で暴れたのはそのためだったのか」
「あのときは、ほんとにすんませんでした」
オレは頭を下げると、敷島隊長は気にするなといいながら手を振った。
「榎本に連れ去られてたといっていたが、会ってみたどうだったんだ」
「話してみて、妹は、自分の意思であそこにいるようです」
「なぜ、榎本が小学生を連れて行く必要があるんだ。なにか、心当たりはないか?」
「そんなの…… いや、もしかして」
「なんだ、いってみろ」
オレはある考えを思いつき、敷島隊長が身を乗り出して聞いてきた。
「妹は、葉月は、能力者なんです。敷島隊長も見かけたと思いますが、ぶかぶかのローブみたいな真っ黒な服にフードをかぶったやつ、あいつが葉月だったんです」
「なんだと!?」
オレの言葉をきき敷島隊長が、勢い良く立ち上がった。
「なぜ、報告しなかった!!」
「すんません、家族のことだったので、話しづらくて……」
怒鳴る敷島隊長に謝ると、ため息を吐きながらイスに座りなおした。
「妹さんが能力者だと知ったのはいつだ?」
「この前の路上で暴れる能力者を取り押さえにいったときです。そのとき、榎本と一緒に葉月がいて、能力をつかってあの場から離れていくのを見ました」
「はぁ~、一緒にいた赤井のやつも黙ってやがったのか。ったく、あとで説教だな。まあいい、たぶんこれで必要なことはわかった」
敷島隊長は立ち上がると、小走りで部屋を出て行こうとしたが、一旦とまりこちらを振り向いた。
「結城、おそらくおまえの妹はその能力を榎本に利用されている。そして、防衛省の連中は何かを企んでるようだ」
「なにが起きるんですか?」
「わからん、これから局長と話し合ってくる!!」
そういうと、焦るように走って出て行った。
断片でしかない情報だけでは、不安は余計に募っていった。




