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20. 助けた小さな命

 敷島隊長が班分けをしていくなかで、陸と空の双子が風間隊長に話しかけていた。


「たいちょー、アレやってもいいかな?」


「あー、そうだな。許可しよう。おい敷島、ちょっと考えがある」


「なんだ、手短にたのむぞ」


「陸と空の二人を攻撃班に加えてほしい。とっておきの攻撃があるんだよ」


「ふむ、今は詳しいことをきいてるヒマはないな。金剛と、そこの金髪の男、葛原でドラゴンの前面にたって挑発してくれ」


「金髪の男じゃなくて、ちゃんと名前があるんだ。武藤隆二だ」


「すまない、それじゃあ武藤たのめるか」


「いいよー」


「まかせろ、挑発なら得意だ」


 金髪男あらため武藤は、ドラゴンの前に立つという危険な役割にもかかわらず軽い調子でうなずいた。そのあと、鬼のおっさんと二人でなにかコソコソと話しだした。


「水無瀬と風間、赤井は近づいてきたドラゴンの足止め、残りの人間がドラゴンの側面に回り込んで攻撃をしてくれ」


 敷島隊長の言葉をきき、全員がうなずいた。


「作戦開始!!」

 オレは進んでくるドラゴンの右側面に回りこめるように、建物の陰を進んでいった。


 そこに、鬼のオッサンの大声が聞こえてきた。


「オラでかぶつ!! こっちにきてみろ!!」


 葛原と金剛さんがドラゴンの鼻先に立って、盾をかまえていた。

 迫るドラゴンの巨体に比べて、二人の体はアリのようだった。


『ガア゛ア゛ア゛ア゛』


 ドラゴンは口を大きく開けて、丸のみにする勢いで迫った。


「隆二!! 杭だせ!!」


「あいよ、練成!!」


 金剛さんの後ろに控えていた武藤と鬼のおっさんが声を掛け合った後、鬼のオッサンの両腕には電柱なみに太くて長い鉄の杭が抱えられた。


「よいせっとぉぉ!!」


 鬼のオッサンが杭を抱えながらドラゴンの口の中に飛び込むと、顎を貫通させて地面に縫いとめた。

 痛みに思わず口を閉じようとしたが、長大な杭がつっかえ棒のようになり、ドラゴンは口が閉じられなくなった。


「いまだ!! 風間たち、やってくれ」


「了解、これでも食べてろ!!」


 炎の槍が開きっぱなしのドラゴンの口中に入り、口腔内を焼いた。ドラゴンがもだえくるしんでいるところに、ダウンバーストが発生し荒れ狂う風がドラゴンの体を地面におしつけ、さらに、地面を覆うほどの氷がドラゴンの足元を地面に貼り付けた。


「攻撃班、開始しろ!!」


「やっと、出番だ。いっせーのっせ」


 空と陸が掛け声を合わせると、同時に能力を発動させた。

 ドラゴンの体内から軋む音がしだし、腹が裂け始めた。


「マジかよ!?」


 目の前で起きている光景に驚き思わず声がでた。

 突如発生した痛みにドラゴンが建物を砕きながらのたうち回り、あたりには粉塵が舞っていた。


 オレは粉塵に身を隠すようにドラゴンに近づき、サイクロプス戦での感覚を思い出しながら、足に力をこめて空高く飛び上がった。

 足元にドラゴンの巨体をとらえ、だんだんとドラゴンの頭部に風をきりながら落下していった。


「ぶっつぶれろぉぉぉぉ!!」


 渾身の力をこめて、六角棒をドラゴンの頭部に振り下ろした。

 硬いものにあたった感触がし、さらに力を振り絞るように腕に意識を集中して振りぬくと、ドラゴンの頭は爆散し、ドラゴンの血と脳漿があたりに散らばった。


 そして、ドラゴンの体から力がぬけたように、ズシンという音を立てながら地面に倒れ付した。


「うおっしゃああぁぁぁ!!」


 オレはドラゴンの上に立ち、ふりそそぐ血をあびながら高揚感にまかせて雄たけびをあげた。


「やったじゃねえか」


 みんなのもとにもどると、鬼のオッサンに笑いながら話しかけてきた。


「さっきの、陸と空がやった、あれはなにやったんだ?」


「あー、あれはね、ぼくたちが同時に斥力と引力をドラゴンの体にかけたんだよ。前やったときも、魔物の体がギリギリーっていいながら真っ二つになるんだ、不思議だよねー」


 オレの疑問に陸と空が声をそろえながら説明した。


「ただ、今回はおっきいやつだったから、もうふらふらだよ」


 二人は能力を使いすぎたときの疲労で、つらそうな表情をしていた。


「今回のMVPはこいつらだな」


 鬼のオッサンが二人の肩をバシバシたたきながら笑っていた。


「そういう、オッサンもずいぶんと無茶してただろ。口の中にとびこんで杭うちこむとか」


「そうだったかな」


 呆れながらおっさんをみると、大口をあけてがはははと笑っていた。

 そんな、緊張の抜けた空気の中、敷島隊長や金剛さん、風間さんは厳しい顔でドラゴンの死体を見つめていた。


「どうしたんですか、死体なんてみて?」


「いや、以前出現したドラゴンについての情報で気になることがあってな。ドラゴンにミサイルを数発打ち込んだ時点でかなりのダメージを負わせたにも関わらず、なおもミサイルを撃ち込み続けてようやく倒せらしい」


「そりゃあ、ずいぶんと念入りに倒したんだな。これだけの傷を負わせたんだ。生きてるわけないだろ」


 オッサンが苦笑しながら、敷島隊長の言葉に返した。

 だが、次の瞬間、金剛さんが鋭い声をあげた。


「おい、ドラゴンの死体をみろ!!」


 後ろを振り向くと、頭のつぶれたドラゴンの死体がおきあがろうとしていた。

 そして、首のつけねから肉が盛り上がり頭部が再構築された。


「再生した、だと……」


 オレは目の前でおきた現象に口をあげながら驚いていた。


「ほうけている場合か、攻撃がくるぞ」


 まだ体の再生が不十分ながらも、ドラゴンが右前足を振りぬいてきた。

 金剛さんが前に飛び出し、大盾をかまえた。大剣ような鋭い爪が大盾とぶつかり、火花を散らした。


「ぐうぅぅぅ」


 攻撃の勢いは止まらず、金剛さんは両足をふんばったまま、足で地面をえぐりながら後ろに押された。


「こなくそ!!」


 そこに鬼のオッサンが、ドラゴンの爪を下から蹴り上げると、方向がそれて頭の上を掠めながら爪が通過していった。


 ドラゴンは足に張り付いた氷を、鱗ごと無理矢理はぎとり立ち上がり、憎悪に満ちた目をギョロリとこちらに向けた。



 ――ドラゴンの恐怖とは、強固な鱗に守られた巨大な体でもなく、あらゆるものを焼き尽くす炎を吐き出すことでもなく…… どのような攻撃を受けても再生を繰り返す強靭な生命力にあったと、今思い知った。



「もうだめだ、あんなのどうしようもない……」


 住民たちを守っていた自衛隊員のひとりが、恐怖に顔をゆがめて後ずさった。

 その様子をみた住民たちにも恐怖が伝染したように、恐慌状態におちいっていった。


「どけ!! はやくしろ」


 列をつくっていた住民が、我先に脱出しようと列を崩し始めた。


 そんな混沌とした空気の中、敷島隊長がドラゴンを指差しながら叫んだ。


「やばいぞ、あいつなにかするつもりだ!! 全員、防御体制、住民をまもれ」


 ドラゴンが前かがみになり、4本の足を地面につけて体をしっかりと固定してから、顎を前にだしてこちらにむけてきた。

 そして、口をあけた瞬間、のどの奥から広範囲に広がる炎が吐き出された。


(塊にして打ち出すと返されるとしって、広範囲にうってきやがった!?)


「練成、盾の壁!!」


 金髪男が前方に壁のように大きい盾をつくりだし、こちらに来る炎を防いだが、炎にあぶられた盾は形を崩し始めた。


「手伝うわよ!!」


 水無瀬さんが叫ぶと、炎の熱によって融け始めた盾に氷が張り付き冷やしはじめた。

 盾の後ろ側には炎はきていなかったが、すこしでも離れると炎にまかれそうだった。


 そのとき、列からはじきとばされた女の子がしりもちをつきながら、痛そうに腰をさすっていた。


「キャアッ、いったぁい」


 女の子の位置は盾の防御範囲からはずれていた。


「ひっ」


 炎の舌があわれな子供をなめとろうとしたとき、子供の前に大きな影が飛び出した。


「葛原さん!!」


 子供を腕にかかえたまま背中を炎にまかれ、ようやくドラゴンが炎を吐き出すのをやめたとき、全身から煙をあげて背中側はほとんど炭と化していた。


「……隆二、子供は、無事、か?」


「はい、無事です。なんでこんな無茶を……」


 鬼のオッサンの腕のなかには、無事な姿の子供もがいた。気絶しているようで、うごかなかった。


「そうか…… 今度は、助けられたか、よかっ、た」


 そういって、満足気に笑うとオッサンは動かなくなった。


「葛原さん!! 葛原さん!!」


 金髪男が鬼のオッサンの体をゆすっていたが、反応はなかった。


 鬼のオッサンが死んで、仲間たちの間に重苦しい雰囲気と絶望感がながれた。


 そんな中、フード野郎の様子がおかしかった。

 ふらふらと足元が定まらない様子で、ドラゴンの方に向かっていっていた。


「お、おい、なにをするつもりだ」


「……」


 フード野郎は無言で両手を前につきだすと、ドラゴンの体全体を空間のゆらぎが覆った。


 ドラゴンはただならない雰囲気を感じ取ったのか、その場から飛び立とうとしたが、まるで狭い空間のなかに閉じ込められたように身動きがとれなくなっていた。

 フード野郎は力をこめるように両手の手のひらを近づけていくと、だんだんとドラゴンも圧迫されるように体をひしゃげさせていっていた。

 その間もドラゴンは咆哮を上げながら体をばたつかせていたが、その抵抗もむなしくやがて、フードや牢の手のひらが合わさった瞬間


『グジャアァッッッッッ』


 まるで、つぶれたトマトのように原型をとどめない、ただの肉塊となっていた。


「……魔石を、とりだして」


 フード野郎は体をふらつかせ息も絶え絶えの状態になりがら、肉塊のなかに見える赤く光る巨大な魔石を指差した。


 魔石が明滅するたびに、周囲の肉が反応してうごめきながら集まろうとしていた。


「ぬうううおおおぉぉぉ!!」


 オレは走りより、魔石に手をかけると、まとわりついてくる肉から引き剥がすように、魔石を引っこ抜いた。

 すると、魔石の明滅がとまり、うごめいていた肉がとまった。


 また動き出すんじゃないかと、恐々と肉塊を周囲の人間が固唾を呑みながら見ていた。

 10分がたち、20分がたったあと、ようやくドラゴンの脅威はなくなったと実感した人々は、歓声をあげた。


「すげーぞギルド、あんな化け物をたおすなんて!!」


 あたりには戦いを見ていた住民や自衛隊隊員の歓声が響き渡った。


 実質、ひとりでたおしたフード野郎になにかいってやろうと思って近づくと


「グ、ゴホッ、ゴホッ、ガハッ」


 ふらつかせていた体を九の字に曲げ、手を胸にあてながら苦しそうにせきこみはじめた。


「おい、大丈夫か」


「……だい、じょうぶ、ゴホッ」


 とても大丈夫そうには見えない様子で、空間のゆらぎをつくりだしこの場から消えた。


 ドラゴンが死んだ後、異相境界の消失の連絡がはいった。

 被害は街全体におよび、無事な場所をさがすのが難しいほど壊滅的なものとなっていた。

 死者は100人を超え、行方不明者はさらにその倍以上いると予想された。


 鬼のオッサンは、死者の一人にはいるはずだった少女を助け、代わりに命を失った。

 金髪男は口を真一文字に結びながら去っていき、オッサンの死を知った柊さんは口を抑えながら泣き崩れた。


 だが、今回のことでギルド局の勇者の働きによって、命を助けられたものは数多くいて、そのものたちの声によってギルド局の必要性が確かなものとして認識されるようになった。


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