15. キャッチボール
磯野~、キャッチボールしようぜ、おまえボールな
授業中に、携帯電話が鳴り出した。
最近、出動要請が多く、授業を抜け出すことが多くなった。
先生に断りをいれたが、またかという渋い顔をされた。
ギルド局に到着すると、廊下をあわただしく行きかう人が多かった。
すぐに着替えてから、ブリーフィングルームにむかった。
部屋の中には勇者小隊03のメンバーと局長しかいなかった。
「小隊03メンバー全員そろいました」
「それでは、今の状況の説明を始める。現在、都内の2ヶ所で異相境界が同時発生している。最近、発生頻度が多いから小隊03には予備戦力として残ってもらう予定だったが、戦況が変化した」
いつもは飄々とした軽い口調でしゃべる局長が、すこし焦っているように感じた。
「異相境界にそれぞれ、小隊01と小隊02にむかってもらったのだが、小隊02の向かった先でバジリスクが出現した」
「バジリスク?」
初めて聞く名前の魔物だった。
「バジリスクはにらんだ相手を石化する能力を持つ魔物でな、小隊02のメンバーが石化されてしまった。《僧侶》の能力を持つ柊君と小隊03のメンバーで救援に向かってくれ」
「質問いいッスか?」
「いいぞ」
「バジリスクの石化能力への対抗手段ってなにかあるんスか」
「いい質問だ。バジリスクの視界に入らなければいい」
「ちょっと待ってください。それってかなり難しくないですか」
「そうだな、そのせいで《初見殺し》なんていう別名がつくぐらいだ。突然現れたバジリスクに、小隊02も被害を受けたららしい」
局長の説明をきいたメンバー全員が、渋い顔をしていた。
「おまえらならできるって、ほらいったいった」
不安を抱えたまま、ジープにのり現地に向かった。
着いた先は商店が立ち並ぶアーケード街で、八百屋や花屋などさまざまな店が並んでいた。
だがそこにあるのは日常風景ではなく、石化したモノがたくさん転がっていた。かつては人間だったものや、鉢植えにはえた草花が精緻な石像のようになっていた。
「柊さん、あいつらは治せますか」
「彼らはすでになくなっているので……」
「石化した範囲が内臓にまで達すると、生命活動が停止し死亡に至るから、万が一バジリスクの視界内に入ってもすぐに逃げ出せるように注意しろ」
オレたちに注意したあと、敷島隊長がインカムごしに小隊02に呼びかけた。
『こちら小隊03、現場に到着した』
『こちら小隊02、救援感謝する。現在、二名が石化による負傷をうけ身動きできない。場所を指示するのでこられたし』
無線での指示にしたがい、慎重に進んでいった。
道中、バジリスクによって石化したと思われる戦闘服に身をつつんだ自衛隊隊員が、銃を構えたままの姿勢で固まっていた。
やがて、本屋の前にたどりつくと、並んでいる本棚の陰から、こちらに手招きする小隊02の姿が見えた。
「よう、すまないな、みっともないところみせて」
そこには体の右半身を石化させた小隊02隊長の風間さんと、同じく隊員である野波さんが左腕と顔の左半分を石化させた状態で、本棚にもたれかかっていた。
「「おねがい、隊長と野波っちを治してあげて」」
同時にいってきたのは、双子の区部田空と陸だ。
「柊、すぐに取り掛かってやれ、赤井と結城は周囲の警戒を頼む」
敷島隊長が指示をだすと、柊さんが二人の石化した部分に手を当てた。すると、みるみるうちに灰色で固くなった部分が、やわらかそうな肌色に戻っていった。
「治療した部分はさきほどまで血が通っていなかったので、しばらくそのままでいて下さい」
治った二人がすぐに立ち上がろうとするのを、柊さんが押しとどめた。
「サンキュー、まじ助かったぜ。いやあ、石化した部分の感覚がなくてほんと焦ったぜ」
「風間、状況の説明をしてくれ」
《音響使》の能力をもつ野波さんが、ソナーのように魔物の位置を把握することができ、最初確認したのはゴブリンや、オーク、トロールだけだったらしい。
そいつらを、着々とたおしていっていたが、急に近づいてくる魔物を野波さんが感知し注意をした瞬間に、道の先から現れたバジリスクにやられたらしい。
「あいつら、足が速い上に視線がとどく範囲のものを石化できるから、ほんとうに厄介なんだよな」
「バジリスクの数は何体確認できた?」
「オレたちを襲ってきたのは、三体だったな。野波が能力で探索したら、まだ他にも数体いそうだとさ」
「すくなくとも三体か……」
「前にバジリスクとやりあったときは、どうやってたおしたんスか?」
「前のときは、2体だったが、路地にうまく誘い込んで背後から攻撃をしかけて倒した」
「だ~けど、今回は数が多いからねぇ。攻撃しようとしたら他のやつに石化されるってことになりそうで、ほんと怖いわ」
風間さんがやれやれといいながら首をすくめた。
「はい、はーい、それならボクと空ならなんとかできるよ」
どうしようかと全員が悩んでいるところに、双子の弟の陸が声を上げた。
「うんうん、ワタシの《斥力士》の力で魔物を動かして」
「ボクの《引力士》の力で一箇所に集めればいいんだよ」
息の合わせるようにテンポよく双子の姉の空が、続けて話した。
「ほう、そこに一斉攻撃をしかければなんとかなりそうだな」
段取りをきめている間に、石化していた二人の体調も戻ったのでバジリスク退治作戦を始めた。
攻撃組を担当するオレと、赤井、風間さん、陸が透明な強化プラスチックでできたアーケードの屋根の上に立っていた。
風間さんがインカムを通じて、誘導組に指示をだした。
『それじゃあ、手はずどおり頼むぞ』
『了解、作戦を開始する』
作戦の段取りとして、まず、空と野波さん、敷島隊長が一緒にバジリスクに接近する。野波さんが敵の位置を把握し、敷島隊長が索敵を行い、空が魔物を攻撃予定地点に移動させる手順となっている。
『バジリスクはっけ~ん、一匹め、いくよ~』
インカムを通じて空の声が聞こえると、バジリスクが音もなく飛んできて、急に勢いがなくなるとゴロゴロと転がりながら目標地点で止まった。
バジリスクは体表に羽毛が生えたトカゲで始祖鳥のような見た目をしている魔物だった。
バジリスクの体型からは、上方には視線を向けにくいため、アーケードの上に位置どっているオレたちは死角になっていた。
「空、ナイスコントロール。それじゃあ、こんどはボクの番だね」
空がバジリスクにむけて、手をかざすと、バジリスクが地面に貼り付けられた。
同じように、次々とバジリスクが飛ばされてきて、集められたバジリスクが塊になっていった。
「うわっ、団子みたいで、きっも」
赤井がバジリスク団子をみながら、げんなりした顔をしていた。
『隊長、他に魔物の反応はありません』
『よし、それじゃあ、これから攻撃に移る』
どうやら、バジリスク集めが終わったようだ。
「おまえら、これから攻撃をしかけるぞ、タイミングをあわせろよ」
風間さんが声をかけ、オレと赤井がうなずいた。
「3、2、1、攻撃開始!!」
風間さんの能力《風術師》による竜巻が発生し、バジリスクたちを巻き上げながら、竜巻内の気圧差によって体に無数の切り傷をつけていった。
同時に放った赤井の火炎が竜巻に巻き上げられ、バジリスクたちを焼き焦がした。
竜巻が収まると、バジリスクたちはぼとぼとと地面に落ちていった。
「やったか!?」
しばらく様子をみていたが、ピクリとも動かなかった。
いざとなったら、アーケードを割って下に降りて攻撃しようかとおもっていたが、その必要はなかったようだ。
「あんた、今回は出番なかったわね」
口元をにやけさせながら赤井がからかう口調で話しかけてきた。
「まあ、そうだな。やるじゃねえか、赤井」
たまには褒めてやろうかと思って口にだしたら、赤井が顔を赤くした。
「な、なんなのよ、急にほめてくるなんて……」
「おーおー、若いっていいねぇ」
その様子を見ながら風間さんがニヤニヤ笑っていた。
「んじゃあ、バジリスクから魔石回収すっか」
風間さんに言葉に従い下に降りて、バジリスクの胸部に埋まっていた魔石を取り出した。
取り出したにごった赤い色をした魔石を眺めながら、ふと思ったことを聞いてみた。
「風間さん、魔石ってなんのために回収してるんスかね」
「さあな。研究班がサンプルとしてほしがってるってのもあるけど、回収した魔石の大部分は政府のところに送られてるらしいぜ」
「はあ、こんな石っころ何につかうのやら」
「なんでも、魔石の中には未知のエネルギーがつまってるらしいぜ。魔石のエネルギーの利用も考えてるなんて話を聞いたな」
「へえ、ただの敵だと思っていた魔物の利用まで考えるなんてたくましいッスね」
おれの言葉をきいた風間さんが、そうだなといいながら笑っていた。
(そういえば、オレたち能力者の体内にも魔石があるらしいけど、魔物と同じだなんてキモチわりいな)
戦闘終了後、バジリスクから回収した魔石を提出したところ、勇者小隊03のレベルが3から4に上がった。
小隊01と02のレベルも4なため、同じぐらいの戦力であるとギルド局から認められたようだ。
●○●○●○●○
異相境界出現の連絡を金城さんから受けた。今回は数が多いらしく、学校を早退してから、各地に出現した異相境界をつぶしていった。
5つめの異相境界の消失を確認し、報告のために金城さんに連絡をいれた。
『……仙台市、異相境界けした』
『おつかれさま、これで現在発生してる異相境界はなくなったわ』
『……わかった、それじゃ』
携帯電話の通話を切り、体から緊張が抜けた。
体がふらついて、かなり気分が悪い。能力を使いすぎたのかもしれない。
空間のゆらぎを通って宿舎にもどったが、ベッドまでいく気力もわかず、居間のソファーの上に転がった。
気分の悪さのせいであまり眠ることはできずうとうとしていたら、夕方ごろに玄関の扉を開く音が聞こえた。
「ただいま」
帰ってきた兄が居間に入ってきて、ソファに寝ているわたしを見つけた。
「なんだ、寝ていたのか」
「……おかえり」
「おまえ、顔色わるいな。どこか調子悪いのか?」
「……大丈夫」
横になって多少ましになったので、なんとか立ち上がりベッドにむけてふらふらとおぼつかない足取りでむかった。
「無理そうだったら、医者につれていくからちゃんと言えよ」
「……うん」
心配そうにこちらを見る兄を後ろ目でみながら、ベッドの到着し倒れるように横になった。
数時間まどろんでから、夜になってようやく深い眠りにつくことができた。
次の日、体に違和感を感じながらも学校にむかった。
いつもどおり兄も一緒にいくのかとおもったら、最近の魔物の出現頻度があがったから、ギルド局員はギルド内で待機するようにいわれたらしい。
「それじゃあ、おれはギルド局にいくからな。無理するんじゃねえぞ」
「……大丈夫、もう治った」
兄がまだ心配そうにわたしを見ながら、宿舎をでてから別れた。
学校に到着すると、今度は美里に心配された。
「葉月、昨日早退したけど、どっか体がわるいのか?」
「……ううん、平気」
「そっか、ならいいや」
美里はにかっと笑った。
「そういえば、クラスのやつらも何人かが体調悪くてやすんでるらしいよ」
教室を見渡すと、いつもより人数が少ないのに気づいた。
「風邪でもはやってんのかな、あたしも気をつけねーとな」
「……美里なら、だいじょうぶ」
いつも元気な美里が、風邪で寝込んでる姿なんて想像できなかった。




