64.隣国の王子
王宮の回廊の地面に並んで座る二人。オリビアはバリーの身体にもたれかかるように地面に座っていた。触れ合う肩が熱い。
「本当にこんなことで大丈夫なのか?」
「はい。こうしていると落ち着きます」
医務室に行かないため咄嗟に提案したことだったが、それは本当のことだった。頭を少し傾けるとバリーの香りがふわりと鼻をくすぐり、不快さが消えていく。
「王宮の医師の手を借りるのが嫌なのであれば家に帰ったらちゃんと診てもらうんだぞ?」
「………………医師ではどうにもならぬことかと」
だから行っても無駄だというオリビアを訝しげに見るバリー。
「なぜこんなことになったのか心当たりがあるのか?」
「…………はい」
あるも何も。あれしかない。
やっと友人らしきものができたオリビアの学生生活を脅かす存在。あの男の真っ黒な目と合ったからだ。最近違和感はあったのだ。だが放置してしまった。
「あの……少し相談したいことが」
上目遣いで不安げに自分を見上げながら紡がれたオリビアの言葉を聞きバリーはそっとオリビアの髪の毛を撫でた。
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おかしい。
「ねえオリビア聞いているの?」
「王女様聞いておりますよ」
もう何度も聞いています。
「イルがね。私のこと綺麗だって!一緒にいると心癒されるって」
「そうですか」
「ちょっと!冷たくない!?友人の新たな恋をちゃんと応援してよね!」
そう言ってプンスカ不機嫌になりながら教室を出ていくエリザベスを見送るオリビア。
幸せそうで何よりだと思うものの何度も何度も同じことを聞かされるのも聞いている方としては疲れるというもの。それに――。
「オリビア!」
「セレナ……」
オリビアに声をかけてきたのはエリザベスと入れ替わるように教室に駆け込んできたセレナだ。
「オリビア聞いて!イルがね、私のこと可愛いって!一緒にいると心が癒されるって!」
彼女の口から同じような言葉を聞いたのは何度目だろうか。それについ先程エリザベスからも同じような言葉を聞いた。
「そう、良かったわね…」
「ちょっとオリビア素っ気なくない?」
「…………………………」
そうは言われても……だって……。
「あ!イル!」
不貞腐れたような顔から一転、教室に入ってきた一人の男子生徒に満面の笑みを浮かべながら走り寄っていくセレナ。
男子生徒の周りには何人もの女生徒が侍っている。その中にはエリザベスの姿もある。セレナが近づけば彼女をギリッと睨みつけるエリザベス。
セレナも負けじとにらみ返している。
オリビアはその光景にため息を吐く。
ほんのちょっと前まで3人で話をしたり、お菓子を食べたり……オリビアだってこういう学生生活も悪くないなと思っていたのに。
その生活は一人の男子生徒によって呆気なく崩れ去った。
イル・デライト――隣国デライト王国の王子によって。
高身長ながら黒目黒髪の中性的な神秘的な美貌を持つイルは1週間前に隣国から留学してきて、宰相であるシャドー公爵の邸宅に滞在しながら学園に通っている。
他国の王子や王女が留学に来て学園に通うことはよくあることだし、見目麗しい王子に女生徒が群がるのもなんら不思議なことではない。
それに王子が何人もの女性を口説くことだって普通にあることだ。我らが偉大なるアルバート王国皇太子のレオナルドとて何人の女性に声をかけていることか。
王とて呆れているが、黙認している。それは彼が心に入り込ませぬように一線を引いているから。
だが……彼はそれとは違う――。
「オリビア嬢」
頭に思い浮かべていた相手から声をかけられビクリと身体を震わせるオリビアだったがなんとか顔に笑みを浮かべる。
「ご機嫌ようイル王子」
「先程の授業のこの問題なんだけれど、理解できたかい?よかったら教えてほしいんだけど」
「ここはですね……」
断る理由もないのでペンを取り出しノートに書き込みながら説明をするが視線が痛い。麗しの王子様スマイルを浮かべながらノートではなくオリビアに向けられる視線も王子の取り巻き達からの強烈な視線も。
ああ……本当に嫌だ。
「ありがとうオリビア。理解できたよ」
「お役に立てたようで何よりです……」
用が済んだのなら早く目の前から消えて欲しい。だがそんな思いなど知らぬとばかりにイル王子はオリビアの顔を覗き込む。
「ねぇオリビア。よかったら今日の放課後……」
ドクン――心臓が跳ねる。
最近では向けられることが少なくなっていた敵意を含んだ多くの視線が自分に向いているのを感じる。
キーンコーンカーンコーン
イル王子の言葉に被せるように次の授業が始める鐘の音が響き渡る。
「……ざぁんねん」
そう呟くと自分の席へと向かうイル王子。女生徒たちも名残惜しそうに彼から離れ各々の席へと戻っていく。
どっと冷や汗が流れる。
気分が悪い。気持ち悪い。
女生徒たちからの視線に昔のことを思い出したから?
いや、違う。
これはイル王子によるものだ。彼が側に来るだけで気分が悪くなるのだ。身体は気怠くなり、吐き気がする。これは自分だけのようで自分以外の女生徒たちは競うように彼の側に行きたがる。
自分だけなんておかしい。
自分がおかしいのか。彼に何かあるのか。
とにかく彼の側にいるだけで身体が不快だと訴えてくる。
特にあの目――気味が悪い。視線が合ったら嫌なことが起きそうな……何か嫌な胸騒ぎがするのだ。
だから自分は一度も彼と目を合わせたことはない。
なかったのだが、今日授業が終わり帰ろうとしたときに
「バイバイ、オリビア」
そう言って顔を覗き込まればちりと合う目。
その瞬間に今までの比でないほどの不快感がオリビアを襲ったのだった。




