65話 リツのために争わないで♡
『本日未明、群馬県の住宅にて強盗が発生しました。犯人の特徴から、またもや"闇バイト怪人"によるものと思われ、警察は慎重に捜査を――』
夕方のトップニュースとして女性アナウンサーが報じたのは、今話題の"闇バイト怪人"による強盗事件である。
それを眺める律の目は、とてもテレビ画面に向けるそれとは思えない深刻なものだった。
まるで親の敵でも見るような鋭い視線。
「許せない……許せないっ……」
律は憤慨していた。
この強盗事件だけではない。
闇バイト怪人事件すべてに対して。
律は魔法少女としてたくさんの闇バイト怪人と相対し、倒し、そして間近で爆発を見てきた。
一般市民が半ば騙されるようにして怪人にさせられ、そして犯罪に加担させられる――それに怒っている、というのもまぁ多少はあるが。
律の怒りの大元は、報奨金にあった。
「くそっ、俺の33万円が……!」
プイプイの地道な努力によって少しだけ値上げした報奨金。
しかしながら、怪人が戦闘中に死亡した場合は報奨金が15万円に減額されてしまうのだ。
怪人を生きたまま収容所に閉じ込めることで闇の精霊の持つ魔力のリソースを削ることができる。
怪人を殺してしまったらまた新しい怪人を作る余力が生まれてしまう。
だからこそ魔法少女はできるだけ怪人を殺さず捕らえることを推奨されているのだが――しかし爆破機能が備わっていれば、さすがの律にもどうすることもできない。
「倒そう! 闇バイトを集めて悪ささせてるヤツらを! 全員残らず!」
そうプイプイに訴えてみたが、しかし返答はなんとも後ろ向きなものだった。
「いまは警察に捜査を任せるプイ。僕らにできることはないプイ」
「もうずっとそれじゃん! 〈ブラッディドラゴン〉のときは魔法少女で捜査してたのに、なんで今回はなにもできないの?」
「あんな規模の怪人組織と比べちゃダメだプイ。今回は大人しく待つしかないプイ」
そうは言うが、しかし警察の捜査も難航しているらしい。
実行犯の怪人はなにも知らない下っ端。
その上、“仕事”に失敗したとなるとすぐ爆破されてしまうので、なかなか手掛かりをつかめないでいるのだ。
警察はもちろん、魔法少女連盟も闇バイトに関わらないよう注意喚起を繰り返しているものの、若者を中心に応募者はあとを絶たない。
「なんでみんな考えなしに応募しちゃうかな」
「SNSのDMで簡単に応募できちゃうから、怪しい言葉に騙される若者があとを絶たないらしいプイな」
「ふうん……ん? ってことは、俺も応募できちゃうってこと?」
「な、なに言ってるプイ。そんなことしなくても、律さんの口座にはちゃんとお金が――」
「そうじゃなくて! 潜入捜査!」
律は閃いた。
天才的だと自分を褒めたくなった。
つまり律が自ら闇バイトに応募すれば指示役と接触することができるではないか、と。
律はさっそくトイッターアカウントを作り、#闇バイトで検索。
たくさん出てきた闇バイト求人広告アカウントのひとつにDMを送る。
『突然のご連絡失礼致します。わたくし、東京で会社員をしている七瀬と申します。御社のポストを拝見し、ぜひともお話を伺いたくご連絡いたしました。つきましては――』
仕事のできる人間をアピールすべく、律は渾身のビジネスメールを打つ。
それから数分後。
闇バイト求人アカウントは律をブロックした。
「どうして!?」
「こんなのに引っかかる人間の書く文章してはちゃんとしすぎているからじゃないプイか?」
「ああ……そういわれたらそうか……」
律の10年以上にもおよぶ社会人スキルが仇となった瞬間だった。
が、そうでなくとも潜入捜査はなかなか難しいらしい。
プイプイはため息交じりにこう説明をする。
「警察も似たようなことを試しているプイが、難航しているらしいプイ。潜入捜査には向こうもかなり警戒していて、いまは高校生男子しか受け入れてくれないらしいプイ」
「こ、高校生? なんでまた」
「力はあるけどまだまだ子供で御しやすいプイ。それでいて捜査員も化けにくいし、かといって警察が本物の高校生を連れてくるわけにもいかないプイ」
「男子高校生か……」
律はガラステーブルに反射した自分の姿を見る。
小柄な体。幼い顔。どう頑張っても、どんな服を着ても、男子高校生には見えない。
SNS上のやりとりで騙せても、直接顔を合わせるタイミングが来れば結局正体がバレてしまう。
ただでさえ律の顔は有名になってしまっているのだから。
「はぁー、ダメか。良い案だと思ったんだけどなぁ。仕方ないからご飯でも買いにいこ」
「今日はなに食べるプイ?」
「冷凍うどんがあるから、お惣菜のコロッケでも買ってきて乗せようかな」
「またスーパーの値引き品プイか……律さんの食生活終わってるプイ。もっと良いもの食べればいいのにプイ」
「うるさいな。放っておいてよ」
などと言い合いながら部屋を出てエレベーターで下りる。
柔らかな光が降り注ぐ白亜のエントランス。
普段はゆったりとした時間が流れているその場所に、今日はなにやら言い争うような声が響き渡っていた。
そちらに視線をやって、律はギョッとする。
そこにいたのが見知った顔だったからだ。
「ルナとセイラに……カナコ? 3人でなにしてるプイ?」
プイプイは怪訝な顔で3人を見る。
仲良く談笑している――とは言い難い状況だった。
「わたしはリツさんに届け物をしたいだけなんです! ルナさんなら部屋番号ご存知ですよね!?」
「だから! 部屋番号は個人情報だからわたしは教えられないの! っていうかカナコがリツ様になんの届け物!?」
「ふたりとも落ち着いてよ……なんでそんなことで喧嘩してんのさ……」
ルナとカナコがなにやらバトっており、その間でセイラが疲れた顔をしている。
が、セイラの顔がにわかに輝く。
ちょうどエレベーターから降りてくる律と目が合ったからだろう。
「ああ、良かった。ほら、リツさんだよ。直接言えばいいじゃん」
そうセイラが言い終わらないうちにカナコは駆け出していた。
ギラギラと輝く光を瞳に宿して、うっとりとリツを見る。
「あの、リツさん、あんまりちゃんとしたものを食べていないってプイプイに聞いていて……」
(プイプイめ。なに俺の食生活のこと言いふらしてるんだよ!)
律はプイプイに抗議の視線を送る。
しかし次の瞬間、律はプイプイの口の軽さに感謝することとなった。
「良かったらこれ、食べてください」
そういってカナコがトートバッグから取り出したのは、たくさんのタッパーである。
中には煮物やおひたしなど種々の家庭料理がたくさん詰め込まれている。
律は目を輝かせた。
「これカナコが作ったの? すごいな。家庭的なんだねぇ」
「そんな風に言っていただけて、本当に本当に嬉しいです……!」
律は思わずギョッとした。
カナコの目に涙すら浮かんでいたからだ。
憧れの人に褒めてもらった――というレベルを超えている。
まるで神の啓示を受けたとでも言わんばかりの反応に、律はなんとも言えない歯がゆさを覚える。
この盲信ぶり。
このまま大人になれば、カナコも母親のようにうさんくさい人間に騙されてしまうのではないかと心配になったのだ。
しかしそうのんびり心配してもいられない。
ここにはもうひとり、毛色の違う盲信者がいるのだから。
「わ、わたしだって本気を出せばそれくらい作れるんだから……!」
「勘弁してよ! 姉ちゃんの失敗作食べるのなんてゴメンだからね!」
カナコに闘志を燃やすルナに、それを必死で宥めるセイラ。
学生と魔法少女の二足のわらじを履いて忙しく生活しているメンバーがプライベートで偶然集まるのはなかなか珍しいことだ。
「ええと、闇バイト怪人の捜査のほうはどうなってるの?」
律の質問にいち早く答えたのはカナコだった。
「警察のサイバー犯罪対策課などとも協力しているのですが、思うような成果が出ないみたいで……」
「実行役のスマホは押収されているんですが、秘匿性の高いアプリを使っていてなかなか尻尾をつかめないようです。そういったことはわたしたちには専門外なので、警察の捜査を待つしかなくて」
カナコの言葉に補足するようにルナが付け加える。
そして最後に、ルナがため息交じりにこう呟いた。
「で、わたしたち捜査組は暇してんですよ」
闇バイト怪人は怪人としては素人。
魔法少女歴の浅い子たちでも制圧は難しくないし、律などは言わずもがな。
ルナのような年長者はやることがないようだ。
だから今回のようなつまらない諍いも発生したのだろう。
だが3人が私服姿で並んだことで、律はひとつの発見をした。
「……3人とも、結構背が高いよね」
「ああ、まぁ。割と高い方ですかね。アタシも姉ちゃんも160ちょっとあるし、カナコも同じくらいあるよな。それがどうかしました?」
律は半目で3人を見る。
「イケる……か? 微妙だな……いや、でも少なくとも俺よりは……それにこのエネルギーを無駄な争いに使ってるのはもったいないし……」
「な、なんですか? どうしました?」
ブツブツと呟く律に困惑するセイラ。
ややあって、律はようやく決心した。
ルナ、セイラ、カナコに対してこう提案をする。
「3人で潜入捜査、やってみない?」




