51話 報酬次第では考えなくもないけど?♡
今までSNSに応援や感謝のコメントが寄せられたことは多数あるが、ファンレターというものをもらうのは律にとって初めての経験であった。
先日、怪人・リュウザキに飲み込まれた被害者の家族から送られたものである。
『怪獣から母を救い出してくださりありがとうございました。魔法少女のみなさんの避難誘導のお陰でわたしも妹も怪我なく、また家族全員で今まで通り元気に暮らすことができています。妹がリツさんにお礼をしたいというのでこうしてお手紙を送らせていただきました。同封した絵は妹が描いたものです』
封筒の中には上記の文章が書かれた便せんが1枚と、それから手紙にも記されたとおり画用紙に描かれた絵が1枚入っていた。
色鉛筆で描かれた金髪ツインテールの魔法少女の絵。
幼い子供が一生懸命描いたのであろうことが伝わる良い絵だと律は思う。
温かい気持ちを覚えながらも、しかしふきだしに書かれた「ざーこ♡」の文字には思わず苦笑した。
「なんか……教育にあんまり良くないような気が……」
「なに言ってるプイ! 律さんがやってるのは勧善懲悪なんだから、むしろ教育には良いプイ!」
「そうかなぁ。そうだといいけど」
「それから、律さんにはもうひとつお話があるプイ」
「お話?」
律は自室の壁に絵を飾りながら首をかしげる。
プイプイが律の部屋まで持ってきたのはファンレターだけではない。
新たな仕事の話が舞い込んだのである。
突如として現れた人食い怪人の出現と、前代未聞の怪獣化、そしてそれをたったひとりで倒してみせた律の活躍はネットのみならず新聞やテレビのニュースでも大々的に取り上げられることとなった。
そのせいか律の名前は普段魔法少女に感心を持たない層にまで普及したらしく。
「――え、雑誌の取材?」
「そうプイ!」
律が思わず聞き返すと、プイプイは目を輝かせて小躍りしながら答える。
「律さんのインタビューを記事にしたいんだそうだプイ! きっと魔法少女のイメージアップになるプイ!」
魔法少女のファンが増えることは妖精さんや魔法少女の魔力が増えることに繋がる。
そのためプイプイは取材に意欲的だが、しかし当の律は乗り気ではなかった。
「でもさぁ、俺が男だってこと喋っちゃダメなんでしょ?」
「良いわけないプイ! 当たり前プイ!」
「じゃあいろいろ聞かれてもウソついたり誤魔化したりしなくちゃいけないじゃん。面倒だしイヤだなぁ」
「そのへんはまぁ、うまくやってほしいプイ。ぼくもフォローするプイ!」
「ええ……?」
律はため息をつきながらクシャクシャと頭を掻く。
魔法少女になる前の話や年齢の話もできないのに、プイプイのフォロー程度でどうにかなるものなのか。
「魔法少女へのインタビューならルナとかに代わってもらったほうがよくない? 確かルナが東京の魔法少女代表みたいなやつだったよね?」
「話は律さんに来てるんだプイ。まぁでもそんなに嫌なら仕方がないプイね」
プイプイはわざとらしくしょんぼりしながらスマホを取り出す。
「報酬は弾むと言われたプイが、いま断わりの連絡を――」
「待って♡」
凄まじい速さでふわふわの腕を掴み、律はうっかりメスガキ語が出ちゃっていることを気にする余裕もないままプイプイに迫る。
「報酬次第では考えなくもないけど?♡ ちゃんと条件提示してよ♡ ざぁこ♡」
人間というのはそう簡単には変わらない。
長らく経済的に切り詰めた生活をしていた律は、口座に莫大な金額が入っていて、高級マンションにタダで住めていても、まだまだ金銭に不安を感じている。
(確かに少し懐に余裕はできたけど、とはいえ一生それで暮らせる額ではないしな。お金がもらえるならどんな仕事でも受けないと)
律の変わらぬ金への食いつきぶりに、プイプイはしめしめとほくそ笑むのだった。
***
そして数日後。
律とプイプイは連れ立って待ち合わせ場所へと向かっていた。
指定されたのはある喫茶店。
魔法少女の姿で公の場に現れれば騒ぎになる可能性もあり、律は私服かつ電車と徒歩で目的地へと向かう。
この判断は正解だった。
「……ん?」
律は車道を挟んだ向かいの道路へ視線をやり、思わずギョッとする。
歩道を埋め尽くす、人人人。
まるで行進でもするように隊列を組んで歩いてくるのが見える。
(デモかなにかかな……?)
それぞれ横断幕やプラカードを手に持ち、シュプレヒコールを叫んでいる。
それだけであれば普通のデモ隊だ。
しかしなぜか全員頭にアルミホイルを巻いていた。
そしてなにより――問題はその内容だった。
「追い出せ! 追い出せ! 魔法少女を追い出せ!」
「魔法少女は人類の敵! 魔法少女が怪人を生み出している!」
「妖精さんと闇の精霊はグル! 真実に目覚めよ!」
プイプイは小さく悲鳴を上げ、律のカバンに張り付いた。
どうやらキーホルダーのふりをしているらしい。
「H&Pだプイ! 律さんも俯いて顔を隠すプイ!」
「え、H&Pってなに?」
言われたとおりアルミホイルの集団から顔を背けながらも、カバンにしがみつくプイプイにそう尋ねる。
プイプイの表情がたちまちキーホルダーらしからぬ苦々しいものへと変わった。
「魔法少女が災いを呼ぶとか、妖精さんは悪魔だとか闇の精霊とグルだとかとんでもない主張をしてるアンチ魔法少女団体プイ」
アンチ魔法少女団体。
そういうのがあることはなんとなく知っていたが、実際にこうして目にするのは律にとっては初めてのことだった。
それはそうと、律には気になることがある。
「頭のアルミホイルは?」
「魔法少女の出す魔力は脳に影響するとか、思考を盗み見るとか言っていて……それをアルミホイルが防ぐそうプイ。もちろんそんな事実はないプイが」
「あー……まぁいろんな考え方の人がいるもんね」
律は誰のことも否定せず無難に場を収める魔法の言葉を唱えた。
アラサー社会人の処世術である。
そこそこの距離があったからか幸いにもH&Pのデモ隊に律の正体が露呈することはなく、ふたりは無事に待ち合わせ場所である喫茶店へと到着した。
木のぬくもりが感じられる温かな雰囲気の店内は日曜日ということもあってかほとんどの席が埋まっており、しかし騒々しさとは無縁のゆったりと落ち着いた空気が流れている。
「あ、リツさんこちらです!」
ドアベルの音に反応し、振り向いた女性が律に向かって手を挙げる。
どうやら彼女がインタビュアーであるらしい。
おっとりとした雰囲気のお姉さん、といった感じの女性であった。
大きく開かれたシャツから覗く胸の谷間に視線がいきかけて、しかし律は慌てて視線を逸らした。
メスガキに姿を変えてもなお、律は紳士であろうとしたのである。
「今日はわざわざありがとうございます。さぁ、どうぞおかけになってください」
女性に促され、律はいそいそと彼女の対面の席へと座る。
「きょ、今日はよろしくお願いします……あの、こういうインタビューとか初めてで。もしかしたらご期待に添うような内容にはできないかもしれませんが……」
律が元アラサー男であることを隠すのであれば、いろいろと言えないこともでてくる。
そのため、最初に予防線を張っておこうと思ったのである。
緊張する律に、しかしインタビュアーの女性はにこやかに頷く。
「全然大丈夫ですよ! 肩の力を抜いて、自然体でいてくださいね」
その言葉と柔らかな笑顔に、律はホッと胸を撫で下ろす。
そしてまだキーホルダーのフリをしてカバンにひっついているプイプイへチラリと視線をやる。
(プイプイにも一応ついてきてもらったけどこの感じなら出番ないかもな。まぁこんな人の多い喫茶店に妖精さんがいたら注目されるだろうし、それならそれで良いや)
一方、インタビュアーの女性はなにやらカバンの中に手をつっこみ、中をごそごそと引っかき回していた。
「ちょっと待ってくださいね。ええと、どこへやったかなぁ。すみません、整理できてなくて」
なにを探しているのか。
自己紹介のための名刺だろうか。そういえばまだどこの出版社のどんな雑誌なのか聞いていないなぁと律は考える。
あるいはメモ用紙と筆記用具だろうか。いやいや、ボイスレコーダーだろうか。それともノートパソコン?
いろいろと律は予想を立てるが、いずれもハズレであった。
「あ、あったあった」
インタビュアーの女性は、カバンから取り出したアルミホイルの帽子をスチャッと頭にかぶせる。
「え」
それはまさしくH&Pのデモ隊が被っていたアルミホイルと同じものである。
動揺する律に、女性は柔らかな笑顔を浮かべたまま、テーブルから身を乗り出すようにして詰め寄った。
「どうして悪魔の手先などやっているのですか?」
「ッ!?」
律は立ち上がった。
椅子が倒れるのを気にする余裕もなかった。
店内にいた客が全員、不気味な視線をこちらに向けていることに気付いたからである。
彼らもおもむろにカバンからアルミホイルの帽子を取り出し、頭に被る。
「君は騙されている!」
「魔法少女なんて一刻も早くやめなさい! 君のためを思って言っているんだ!」
「早く穢れを"代表"に祓ってもらわないと、取り返しのつかないことになるわよ!」
店にいる客がみんな律に詰め寄り、口々に魔法少女を非難するような言葉を口にする。
店員が平然としているところを見るに、どうやら店もグルだと律は気付いた。
(な、なんだよ一体! でも相手は怪人じゃなくて人間みたいだし、手荒なことをするわけにも――〉
メスガキアラートが作動しないということは、彼らには律を傷つけようとする意図はないということ。
ここでヘタに暴れて怪我でもさせれば相手の思うつぼだ。
どうしたものか、律は咄嗟に行動できなかったが。
「インタビューって話は嘘プイか!? ゆっ、許せないプイ! 楽しみにしてたのにプイ!」
カバンに張り付いてキーホルダーのフリをしていたプイプイが怒りにまかせてそう叫んだ。
瞬間、店内のあちこちから悲鳴が上がる。
まるで白昼堂々バケモノが出現したような騒ぎであった。
「ひいいいいっ!? あ、悪魔だ!」
「目を合わせるな! 魂を取られるぞ!」
「塩だ! 代表からいただいた清めの塩をもってこい!」
「ええ!? な、なんだプイ? ぶ、ぶへっ!?」
店内の大パニックぶりに呆然とするプイプイへ一斉に塩がぶつけられる。
大相撲を彷彿とさせる豪快な塩撒きに思わず見とれていた律だが、やがて我に返ったように首を振った。
(チャンス、この混乱に乗じて逃げちゃお。ごめん、プイプイ!)
「なにするプイ! 人をナメクジみたいに! や、やめるプイ! 目に入ったプイ!」
飛び交う塩と叫びまくるプイプイに背を向け、律はそっと喫茶店を抜け出すのだった。




