36話 怪人もBBQするんだ♡
「ヒルタぁ……いいやつだったなぁ……」
東京、郊外のとある河川敷。
ズラリと並んだ構成員たちを前に涙ぐむガタイの良い中年男性こそ、怪人組織〈ブラッディドラゴン〉のボス、怪人・リュウザキであった。
「ヒルタがやられた……例のメスガキにだ! 絶対に許せねぇ!」
都内繁華街の雑居ビル2階に事務所を構えていた〈ブラッディドラゴン〉だったが、魔法少女リツを恐れて事務所を引っ越した。
ところがうっかり忘れ物をしてしまった怪人・ヒルタが子分を引き連れて旧事務所を訪れたところ不運にも魔法少女リツと遭遇。
なすすべもなく倒され、怪人収容施設へと送られてしまったのである。
「絶対に……絶対に殺してやる!」
リュウザキは日焼けした太い腕で涙を拭うが、拭っても拭っても涙は止まらない。
「アイツは俺がガキの頃からの仲でさぁ。初めて万引きしたときも、近所のシャバゾウからカツアゲしたときも、強盗やったときも、金持ちのババア殺して財布くすねたときも……いつだって俺の隣にはアイツが――」
リュウザキはどこか遠くを見ながら友人との青春の日々に思いを巡らせる。
しかし長くなりそうな雰囲気を感じ取ったのか、部下のひとりから待ったがかかった。
「ボス! 肉が焦げますよ!」
「おお! わりぃわりぃ!」
河原に並んだBBQ台からは白煙がのぼり、肉の焼ける良い匂いが辺り一面に漂っている。
リュウザキはさっきまで泣いていたのが嘘のようにパッと笑顔を浮かべ、クーラーボックスから取り出したキンキンに冷えている缶ビールのプルタブを「カシュッ」という小気味いい音と共に起こす。
「まぁ真面目な話はまた後でだな! 今日はみんな楽しんでくれ! そんじゃ、カンパーイ!」
構成員たちもそれぞれ手に持った缶を掲げ、〈ブラッディドラゴン〉バーベキュー大会は和やかに幕を開けた。
リュウザキもアウトドア用の折りたたみ椅子に腰を下ろし、大きなトングで肉を焼く。
「俺は本当は都内よりこういう田舎のほうが好きなんだよなぁ。毎週末は仲間と庭でバーベキューしたり、デカい犬飼ったりしてぇなぁ」
「マイルドヤンキーってヤツ?」
リュウザキにそう声をかけたのは、少年だった。
成長途中の少年特有の細い体はリュウザキの拳ひとつで簡単にひしゃげてしまいそうだが、少年にリュウザキを恐れる素振りはない。
なぜなら、彼はリュウザキの息子だからだ。
「おお、琉羽久、楽しんでるか?」
「別に。なんで車で2時間もかけて屋外で肉なんか食べるの? 焼き肉屋でもいけばいいのに」
「ハハハ。シティーボーイは言うことが違うな!」
リュウザキはからかうようにそう言って、息子の頭をくしゃくしゃと掻く。
なんの情報もなくリュウザキと琉羽久が父子だと見破れる人間はそう多くないだろう。
ふたりから受ける印象はまったく違うからだ。
リュウザキが地元志向で仲間思いな明るい雰囲気だとしたら、琉羽久は都会のエリート層特有の冷たい雰囲気を放っている。
それもそのはず。
琉羽久は母親の意向で小学校から都内の有名私立校で学んでおり、彼の言うところの「マイルドヤンキー」である父の田舎っぽいところが好きではなかった。
組織の単なる部下を仲間だ家族だと称するところも好きではなかったし、乗っている車やファッションセンスが学友たちの父親とは違うところが気になっていたし、なにより自分の「琉羽久」という名前も嫌だった。
西洋風の名前を漢字にしているのが気に入らず、彼は持ち物などには「ルーク」とカタカナで名前を書いているほど。
こういったイベントごとも好きではなかったが、わざわざついてきたのには理由がある。
「魔法少女リツを殺す――そうすれば〈ブラッディドラゴン〉が東京の怪人組織の王だよ。それくらいは父さんたちにも分かってるでしょ?」
ルークは大人びた表情で物騒な言葉を口にする。
〈黒き森〉が壊滅した今、あらゆる怪人組織がその後釜を狙っている状況だ。
〈ブラッディドラゴン〉がその座に座るには、確かに魔法少女リツを潰すのが最も手っ取り早い。
それは火を見るよりも明らかだ。
しかし。
「ワハハ! お前は賢そうに喋るなぁ。それよりほら、肉食え肉! おっきくなれねぇぞ!」
「子供扱いするなよ。俺だってもう14歳だ。リツの情報、ある程度調べてるんでしょ? 教えてよ。なんなら、俺も怪人に――」
「そうだな。大きくなったよなぁ。でもビール飲みすぎんなよぉ? おい、ササキ! レバ刺しってある?」
微妙に噛み合ってない会話をした挙げ句、リュウザキは部下の元へと行ってしまった。
残されたルークはもどかしさに唇を噛む。
〈黒き森〉が壊滅したいまこそ、〈ブラッディドラゴン〉がのし上がる絶好のチャンス。
逆に言えば、これを逃せば〈ブラッディドラゴン〉がのし上がる機会はもうないかもしれない。
にもかかわらず、ボスのリュウザキはのんきにビールなんか飲んでいる。
それを遠巻きに見ながら、ルークは怒りと歯がゆさに襲われていた。
(父さんはなに考えてんだ……こんなところでバーベキューなんかしてる場合じゃないのに。俺なら……俺ならもっとうまくやれるのに……)
拳を強く握った、その時だった。
彼のそばに駆け寄る少女がいた。
「ルークくん! 来てたんだね」
弾むような声。満面の笑み。
ルークの腕にするりと絡みつき、赤く染まった頬をその肩に乗せる。
「珍しいね。こういうイベント嫌がるのに」
「うん。姫王冠に会いたくて」
涼しい顔でそう言ってみせると、少女――姫王冠はとろけるような笑みを見せる。
ルークはすべて分かっていた。
姫王冠がルークの整った容姿に心を奪われていること。
彼女の父親であるササキはリュウザキの最側近であり、様々な資料や情報を持っているであろうこと。
そして姫王冠に探りを入れさせれば魔法少女リツに関する情報も手に入るだろうということ。
「ねぇ、あっちで話そうよ。ふたりだけでさ」
「ルークくん……」
手を握ってやると、姫王冠はたちまち夢でも見ているみたいなとろんとした目つきになる。
その様子に、ルークは心の中でほくそ笑む。
(女ってほんとチョロいわ。リツとかいうヤツだって所詮女だろ?)
魔法少女リツ――その戦いぶりはルークも動画で見ていた。
恐ろしい魔法少女には違いない。
あの〈黒き森〉を1日で壊滅させてしまったのだから。
もちろん真正面から怪人として戦ったのでは敵わない。それはルークだって分かっている。
しかし、別角度から攻撃をしかけるのではどうだろう。
(女なんて、ちょっと笑いかけて褒めてやれば簡単に堕ちる。そしてリツを倒せれば〈ブラッディドラゴン〉が――そして俺が、東京の怪人界の王だ!)




