34話 こんな小さい女の子に媚び媚びして♡恥ずかしくないの?♡
「至急怪人護送車の手配を頼むプイ! 住所は――」
切り裂きジャックを撃破。
配信を終えたあともプイプイは後処理に追われて忙しそうにしている。
片付けるひまもなかったのか、自慢の高機能配信機材もベンチの上に乱雑に転がされていた。
切り裂きジャックは冷たい地面に転がされて気を失っているが、じきに妖精さん謹製の護送車が到着し、怪人収容施設へと送られるだろう。
そして魔法少女たちはというと。
「はい♡」
「……なにからなにまですみません、リツさん」
すっかり暗くなった公園の片隅。
ふたつ並んだベンチの、機材が転がっていないほうにセイラとルナは揃って座っていた。
律が手渡す毛布にくるまり、夜風を遮る。
変身を解いた彼女たちは疲労困憊といった様子ではあったが、大きな怪我はないように見える。
敵からの攻撃をまともに受けたことがない律は知らなかったが、魔法少女の時に受けたダメージは変身を解くタイミングで魔力によって修復される。
とはいえ魔法少女も不死身というわけではない。
魔力を使いすぎることで倦怠感や疲労感が出たりといった弊害はあるし、全魔力を使っても修復しきれなかった分の傷は残るのだ。
ふたりはかなりギリギリの状態だった。
律が駆けつけていなかったらふたりとも致命傷を負っていただろう。
セイラはリツに頭を下げる。
「結局リツさんに頼りっぱなしでしたね。本当にありがとうございました」
(いやいや、そんなことないよ。ふたりともよく頑張ったね)
と、この姉妹をねぎらいたい気持ちで律はいっぱいだった。
しかし律の口はそうはいかない。
「本当だよ♡」
「うっ……」
「よわよわざこ姉妹♡ 最初からリツに任せておけばそんなボロ雑巾みたいにならずに済んだのに♡ あんな大口たたいておいて、いまどんな気持ち?♡ ねぇどんな気持ち?♡」
「そ、そんなこと言わないでください!」
律の煽りに反応したのは、意外にもルナではなくセイラのほうだった。
「アタシのことはなんと言ってもらっても構いません。でも姉ちゃんは……」
さっきからうつむいたまま反応のないルナを横目で見て、セイラは小さくため息を吐く。
「姉ちゃんは必死だっただけなんです。先輩はどんどん抜けていって、それでも後輩の魔法少女を守りながら怪人と戦わなくちゃいけない――正しいことばかり言っていられる状況じゃなかったって今は分かります」
セイラはそう言ってうなだれた。
律を責めているわけでは決してない。ただ、大事な姉を守りたい――その一心だったのだ。
先輩たちは次々にいなくなり、自分の身はもちろん後輩たちのことも守り抜き、彼女たちを統率し、怪人と戦っていかなくてはならない。
しかしいくら地道に怪人を倒しても世間の注目はどうしても〈黒き森〉へと向かう。
どんなに頑張っても〈黒き森〉が暴れるたびにその批判は魔法少女たちに向けられる。
いくら大人びているとはいってもルナはまだ子供だ。
その重責は十代の少女の身には余る。
(そうだよね。こんな子供が、必死に怪人と戦ってたんだもん。責めるべきじゃないよ)
律は変身を解こうとした。
ふたりに謝ろうと思ったのだ。ふたりを助けたとは言え、失礼なことを言っていいわけではない――律は大人として、今まで頑張ってきた彼女たちをねぎらいたいと考えた。
しかし、そうするより早くルナが顔を上げた。
「――待って」
(え?)
ルナのその表情に、律は違和感を覚えた。
律のメスガキ煽りに怒っているわけではない。
怪人にやられ、律に助けられた情けなさに泣いているわけでもない。
――笑っていたのだ。
頬を染め、潤んだ瞳の焦点は定まらず、口元はだらしなく緩んでいる。
恍惚。そう表現するしかない笑み。
「ね、姉ちゃん……?」
ルナの異変に、セイラもギョッとして姉を凝視する。
このような表情を見るのは妹のセイラですら初めてのことだった。
――社会的地位が高い人間に、マゾヒストや赤ちゃんプレイを嗜む者は多いという。
組織を支配し、強いストレスに晒され続けている者というのは自分より強い人間に支配されたがっているのかもしれない。
ルナがそうだった。
「わたしの負けです♡ よわよわ魔法少女でごめんなさい♡」
「……は?」
セイラも律も、呆然とした。
すぐには言葉が出なかった。
律と切り裂きジャックとの戦いを間近で見て、ルナは衝撃を受けた。
頭の中で花火が弾けたような感覚。
心に渦巻いていた妬み、嫉み、反感、対抗心――圧倒的強者の圧倒的な力を前にして、そんなものはすべて吹っ飛んでいた。
そしてその衝撃はルナの心を蝕んでいた重責をも吹き飛ばし、そして“脳を焼いた”。
「理解っちゃいました♡ 格の違い♡ どちらが生物としてより上か♡」
「姉ちゃん……? どうしたんだよ。そ、そうか。ちょっと疲れちゃったんだな。ゆっくり休んで――」
「下に見てた妹に守られて♡ わたしは姉としても最低です♡ ざこざこお姉ちゃんでごめんなさい♡」
「えっ……はぇっ……!?」
成績優秀眉目秀麗運動神経抜群――ルナはあらゆるジャンルでセイラよりも出来がよく、そのせいかプライドも高かった。
それだけに、この変わりようにセイラは理解が追いついていない。
しかし困惑しているのは律も同じ。
(なにが起きてるの!? 切り裂きジャックに負けてショック受けてる……って感じじゃないし。な、なんて言えば――)
なんて律が悩む必要はなかった。
律の口は意識せずとも勝手に開く。
――もちろん飛び出す言葉はメスガキ煽りだが。
「きゃははっ♡ なっさけな〜い♡ お姉さんなのにこんな小さい女の子に媚び媚びして♡ 恥ずかしくないの?♡」
「恥ずかしいのに気持ちいいです♡ このままじゃお姉ちゃんの威厳がっ♡ でも媚び媚びやめられないよぉ♡」
変わり果てた姉の姿に、セイラは頭を抱えた。
なにがどうなっているのか、なにも分からなかった。
(クソッ、変身を解きたいけど……よく考えたら倒したとはいえ怪人の前で素に戻るのは危険だよね……。まぁ幸いここにいるのはセイラとプイプイっていう身内だけだし、怪人護送車が来るまでは仕方ないか)
夜の公園、しかもさっきまで怪人との戦闘が行われていた場所に突撃してくる人間などおらず。
この凄まじい場面を誰かに見られていなくて良かったなぁ、などと律がのんきに考えていたその時。
プイプイが隣のベンチでなにやらごそごそとしていることに気付いた。
自慢の高額機材をいじりながら、ボソボソと独り言を言っている。
「ん? なんかスイッチ切れてなかったプイねぇ……ええと、スイッチはっと……」
(は? え? ……いや、まさか)
律は自分のスマホを操作し、おそるおそる配信画面を覗く。
するとリスナーたちのコメントが高速で流れていくのが目に入り――
『おいwwwwwwwwwww』
『ヤバwwwwwww』
『俺たちはなにを見ているんだ…?』
『ルナさん脳焼かれてて草』
『メスガキ堕ちしとる…』
『尊厳破壊かよぉ!(歓喜)』
『まぁ…なんだ…仲直りできて良かったね』
律は頭を抱えた。
切り裂きジャックは撃破できたが、この状況を打開する術はさすがの律も持ち合わせてはいなかった。




