33話 なんで興奮してるの?♡気持ち悪い♡異常性癖♡
「ざぁーこ♡」
突如として闇の中に降り立った魔法少女リツは、謎の怪人・切り裂きジャックを前にしながらも一切動じる素振りはない。
「暗闇に紛れて女の子を襲うなんて♡ 変態♡ ロリコン♡ 露出狂みたいなコート着ちゃって♡」
金髪ツインテールの美少女。
しかしその可愛らしい顔に浮かぶのは嘲笑。
大人への畏怖、もとい切り裂きジャックという未知の怪人への恐怖なんてものはみじんも感じられない。
その人を小馬鹿にしたような態度に、切り裂きジャックはたまらなく興奮していた。
***
どんな素晴らしい刺激も、同じものが続けば飽きるというもの。
怪人・切り裂きジャックもそうだった。
名称は不詳。
その犯行の様子や被害者が若い女性ばかりであるということから19世紀にロンドンを震え上がらせた連続殺人鬼になぞらえて「切り裂きジャック」と呼ばれている。
彼は自分の名を名乗らなかったのだ。
切り裂きジャックの目的は、自分の名を世に知らしめることではないから。
もちろん金儲けのためでもないし、ましてや特別な思想があったわけでもない。
己の欲望を満たす――ただそれだけが切り裂きジャックの目的だった。
少女を痛めつけることでしか興奮を得られない。
切り裂きジャックはそういう星の下に生まれた人間だった。
だから悪しき精霊と契約し、それに相応しい能力を得た。
切り裂きジャックは能力を巧みに使いこなし、いままで何人もの少女をその手にかけてきた。
彼はそのことにおおむね満足はしていたが――そこで冒頭の話に戻る。
つまり、飽きたのだ。
どんな少女を襲っても同じ。
キャーキャーと喚いて、泣いて、ただ逃げるのみ。
狩られるだけの獲物。
大量生産された工業製品のごとき画一的な反応。
一定の満足を得ながらもどこか満たされない。
そんな時だった。あの少女に出会ったのは。
セイラ――ではない。
彼女を襲ったとき、たまたま近くにいた姉のルナのほう。
今まさにセイラを殺さんと迫る切り裂きジャックに、ルナはランドセルに付けていた防犯ブザーを鳴らしながらこう言い放ったのだ。
「いま魔法少女を呼びました。お前のような底辺の変態は一生収容施設で反省していなさい」
雷に打たれたような衝撃が切り裂きジャックの体を駆け抜けた。
足りなかったものがなんだったのか、そのとき理解した。
小さな女の子の挑発、罵倒――そしてその生意気な顔が恐怖に歪み、絶望を瞳に宿しながら息絶える。
その落差、つまり理解らせこそ自分が求めているものなのだ、と。
結局その後すぐに駆けつけた魔法少女に邪魔され、ルナをその手にかけることは敵わなかった。
しかし切り裂きジャックはルナを諦めなかった。
あらゆる方法で長年にわたり彼女の所在を探し、そして見つけた。
魔法少女になっていると知ったときは感じたことがないほどの高揚感を抱いた。
きっとより強気に、より激しい抵抗を見せてくれるだろうと期待したのだ。
だが――ルナの反応は、切り裂きジャックの期待に添うようなものではなかった。
再会したルナからは子供らしい無鉄砲さは消え失せ、余計な知識ばかり付け、そして自分の力では切り裂きジャックには敵わないと理解してしまっていた。
そう、理解らせるより先に、ルナは理解ってしまっていたのだ。
期待していた分、その落胆は計り知れなかった。
心にそっとしまっていた大切な宝物を失ってしまったような、そんな喪失感すら抱いていた。
――だからこそ、リツの登場に切り裂きジャックは歓喜したのである。
「なんで興奮してるの?♡ 気持ち悪い♡ 異常性癖♡ 仲間を増やすために備わった性欲のせいで同族を殺すなんて生物として欠陥がある♡」
煽られれば煽られるほど、切り裂きジャックの興奮はどんどんと大きくなっていく。
オトナを小馬鹿にした瞳、嘲笑に歪んだ唇から除く八重歯、口元に添えられた小さな手――
あらゆる要素が切り裂きジャックの心に突き刺さり、そして彼を衝動的に突き動かす。
「理解らせてやる!!!」
***
「さすが高性能機材! 暗いところでもしっかり撮れるプイな……!」
律の背中に隠れていたプイプイがカメラを構えたままふわりと飛び上がる。
配信チャンスを逃すまいと、プイプイはさっそくカメラを回していた。
切り裂きジャックは最古参の怪人のひとりでありながら、当時最強の魔法少女と言われていたモモカですら倒すことができなかった怪人として有名だ。
律が倒せば、きっと盛り上がる――そう踏んでいた。
『リツちゃん!!!』
『配信待ってました!』
『今回は雑談なしでさっそく戦闘?』
『ん?そこにいるふたりは…ルナセイラ姉妹?』
『さっそくピンチっぽいじゃん』
『仲間が駆けつける熱い展開ってヤツか…』
『え?てかコイツ切り裂きジャックじゃね?』
『うお。初めて見た』
『映像が出回るの初めてだよな?』
『まぁリツちゃんが負けるわけないだろ』
切り裂きジャックと魔法少女の交戦記録は少なく、律の活躍が記憶に新しいこともありコメント欄にはどこか楽観的なムードが漂っていたが――次の瞬間、リスナーのコメントが止まることになる。
ゆらり、と切り裂きジャックのシルエットが揺らいだ。
闇に溶け、その姿がどこにも見えなくなる。
律はステッキを握りしめながら、しかしそれを振り下ろす目標を失った。
(え? え? どこ行った?)
律はステッキを構えて辺りを見回す。
次の瞬間に攻撃が来るのではと予見し、身構えたのだ。
律の予想は当たったが、その規模は予想以上だった。
夜の闇――今はそのすべてが切り裂きジャックの体の一部であり、律の敵なのだ。
四方八方から伸びた帯状の影が、律に襲いかかる。
「リツさんっ!!」
セイラの悲鳴。
律はステッキを振って襲い来る影に対応する。
巻き起こる風の刃が影を切り裂き攻撃をいなした。
――が、切り裂いたのは切り裂きジャックの本体ではない。
攻撃は止むどころかますます激しく律を襲う。
「しつこい♡ こんな小さい女の子にムキになっちゃって恥ずかしくないの?♡」
律も風の刃を出し続けて影を切り裂くが、本体がどこにいるか分からない以上、防戦一方だ。
『リツちゃん頑張れ!』
『え、切り裂きジャックってこんなに強いん…?』
『どうなるんだコレ』
『リツと切り裂きジャックの持久戦みたいになる?』
『おい待て、リツの足元……』
ステッキを振り続ける律の足元が影に飲まれていることに何人かのリスナーが気付いたようだった。
まるで底なし沼に足を取られたよう。少しずつ少しずつ、律の体が沈んでいく。
『リツちゃん!』
『大丈夫なのかこれ!?』
『引きずり込まれる!』
リスナーから悲鳴に近いコメントが上がる。
しかし律は引きずり込まれそうになっているのではない。
ただ、足で試したのだ。
影にどの程度干渉できるのかを。
そして次の瞬間――
「えい♡」
ズボッと、律は足元の影に手を突っ込んだ。
『?』
『え?』
『は?』
『え?』
『なに?』
『俺は何を見ているんだ?』
リスナーから溢れる「?」の文字。
そして、律は影から突っ込んだ腕を引き抜く。
いや、引きずり出したのだ。
影の中に隠れた切り裂きジャックの本体を。
「は?」
「マ?」
「ちょっとまてwww」
「そんな大根収穫するみたいにwwwww」
「そんなことできんのかよwwwww」
リスナーたちはこぞって驚愕のコメントを打ち込むが、一番驚いているのは切り裂きジャック本人だろう。
「バ、バカな! 影に干渉できるのは俺だけのはず――!」
切り裂きジャックは叫ぶが、できてしまったのだから仕方がない。
「足元に隠れてるとか♡ リツのスカート覗いてたの?♡ キモッ♡」
律は切り裂きジャックの首をその小さな手でガッと掴み、勝ち誇ったドヤ顔を見せつける。
「てかさっきなんか理解らせるとか言ってたけど、それってリツのスカート覗くって意味だった?笑 さすがにざこすぎ笑」
「ッ……!」
切り裂きジャックの目つきがにわかに鋭くなる。
予想外のことに驚いたが、しかし月のない夜、闇に沈んだ街は切り裂きジャックの領域なのだ。
なにも焦ることはないと切り裂きジャックは思い直す。
暗闇に紛れて影が忍び寄り、そして至近距離から毒蛇のように律へ襲いかかる。
しかし。
「邪魔♡」
パシッ――
その光景に切り裂きジャックは驚愕した。
切り裂きジャックの操る影を、律は小虫でも追い払うみたいにして弾いてみせたのだ。
ステッキすら使わず、素手で。
『え、それ手でいけるん?』
『いけるわけないだろwww魔法少女ふたりがズタボロになってんだぞwwwwww』
『いけちゃうんだよなぁ…』
困惑するリスナーたち。
しかし困惑しているのは彼らだけではない。
「あの攻撃を素手で……!?」
セイラは思わず呟く。
いや、セイラだけではない。
いままでたくさんの魔法を見てきた、そして自身も高レベルの魔法を扱うルナですら、律の攻撃に目を見張った。
もはや嫉妬を挟む余地などない。
同じ相手とさっきまで戦っていたのだから、それがどんなにとんでもないことなのか嫌でも分かってしまう。
格が違う――もはやそれは疑いようのない事実であった。
ルナの瞳が大きく揺れる。
「……?」
セイラは横目で少しだけルナを見た。
ルナの雰囲気が変わったような、もっと言えばなにかが壊れたような――そんな妙な気配を察したのだ。
しかしまだ戦いは終わっていない。セイラはすぐにその視線を切り裂きジャックへと向ける。
一番困惑しているのはもちろん切り裂きジャックだ。
「なっ……なっ……なっ……」
こんなことは初めてだった。
かつて最強の魔法少女と謳われていたモモカですらこんなことはできなかった。
その顔が恐怖に歪み、絶望を瞳に宿しながら切り裂きジャックは体を震わせた。
分かってしまった。いや、理解らされてしまったのだ。
この魔法少女はモノが違う。
勝てるはずがない、と。
「ひいっ……」
「泣いてるの?♡ オトナなのに♡ 情けない♡」
そして律は、輝くハート型のクリスタルがついたステッキをおもむろに振り上げる。
「はい♡ リツの勝ち♡」
ゴッッッッッ。
鈍い音が辺りに響き渡り――切り裂きジャックは夜の冷たい地面に受け身も取らず倒れ伏した。




