23話 どんな気持ち?♡ねぇどんな気持ち?♡
『新規も多いし、ただの荒らしかと思ってたけど…もしかしてモノホン?』
『ストーカーじゃん…』
『気をつけて律ちゃん!』
『どこかに隠しカメラとか仕込まれてるってこと?』
『最悪だな…』
「魔法少女へのストーカー行為は厳正に対処していくプイ! 配信もここで終了するプイ!」
コメント欄はドン引き、非常事態にプイプイもカメラの前に出張ってぬまぶくろに警告するが。
『@ぬまぶくろ 調べても無駄だよw何も出てこないからw』
『@ぬまぶくろ てか配信の邪魔すんなクソ妖精wクソリスナーどもも嫉妬乙w』
『@ぬまぶくろ お前らと違って僕はリツちゃんと運命の糸で結ばれてんだよw』
ぬまぶくろはますますヒートアップし、まるで話が通じない。
そうこうしているうちに、部屋をごそごそと調べていたプイプイが戻ってきた。
カメラのありそうな場所を探ってきてくれたようだ。
ただでさえ狭い部屋。カメラを仕掛ける場所は限られるが。
「ダメだプイ。見つからないプイ」
『@ぬまぶくろ だから言ってんじゃんw』
『@ぬまぶくろ ホテル変えても無駄だよwそういうことじゃないからw』
『@ぬまぶくろ 僕らは運命の糸で繋がってるんだってw』
『なにコイツ…なんか怖…』
『おい…ぬまぶくろって本郷花梨の配信にもいたやつじゃね…?』
『本郷花梨って、この前殺されたアイドルの?』
『なんかストーカー被害に悩んでたとかって話もあったよな…?』
『まさかコイツが…?』
ぬまぶくろのあまりの異様さに戦々恐々とするコメント欄。
若い女の子であれば悲鳴を上げて失神するような状況だが――アラサー男性である律は気味悪く思いながらもどこか冷静だった。
(本当に運命の糸で繋がってたら俺が男だって分かるはずだろ……)
律は半分呆れつつ、しかしそのカラクリはやはり分からないまま。
(とはいえカメラは部屋にないし、ここは5階で風呂場には窓もないから物理的に覗くのは無理なはず。じゃあどうして――)
律は色々な仮説を立てて考えようとするが、それよりも早く口が開いた。
〈メスガキアラート〉である。
「勝手に人の目に寄生しておいて、運命の糸で繋がってるとか♡ 笑えるんだけど♡」
『目?』
『目って?』
『どういうこと?』
コメント欄は「?」でいっぱいだが、それは律も同じだ。
(目……?)
律は目元に手をやり、そして違和感に気付いた。
手に触れる、糸のようなもの。
それは律の目から伸び、壁をすり抜けてどこまでも伸びていた。
(な、なにこれ。こんなの、朝に顔を洗ったときにはなかったし……っていうかプイプイもリスナーも気付いてない!?)
ちょっとした糸くずというレベルではない。
数メートル、いやもしかしたら数キロの長さがあるかもしれない目から出た糸に誰も気付かないなんておかしい。
律本人ですら、今の今まで気付かなかったのだ。
魔法の力によるものと考えるのが自然。
律は糸を目から抜こうと力を込める。
やや抵抗はあるものの、力を込めれば抜けそうだ。痛みもない。
しかし。
『@ぬまぶくろ は?待てよ抜こうしてる?』
『@ぬまぶくろ いやいや…これくらいファンサービスだろwリツちゃんも魔法少女とはいえ配信者なんだからこれくらいは許容しないとw』
『@ぬまぶくろ 有名税って知ってる?w見られて悪いことしてないなら見られてても問題ないよね?w』
『ずっとなに言ってんだお前』
『リツちゃんどうしたの?目にゴミでも入った?』
『なんかヤバいよ。配信止めたほうがいいんじゃ…』
ぬまぶくろと他のリスナーの反応の差を見て、律は確信する。
この糸こそ律を盗撮しているなんらかの仕掛けであることを。
この糸の先にいるのは、きっと怪人だ。
そしてここ数日、律を悩ませている頭痛。
その正体は、魔力を消耗したことによる疲労などではなかった。
――スポンッ。
糸に力を込めて目から引き抜く。
先端がイヤホンの端子のようになったそれは、まるで生き物のようにウネウネと動いている。
それが抜けた瞬間、律の頭痛は嘘のように消えていた。
つまり。
「なーんだ♡ 全然疲れてなんかない♡ これなら怪人倒せるじゃん♡」
***
怪人・ヌマブクロはゴミ溜めのような部屋の中で慟哭した。
「クソックソックソックソッ! 願いなんか叶わないじゃねぇか、あのクソ精霊が!」
ヌマブクロの元に、あの黒い猫のぬいぐるみのようなものが現れたのはおよそ1年前。
当時、ヌマブクロは引きこもった部屋の閉め切ったカーテンを少しだけ開けて、ある女子学生の登下校を見守ることを趣味にしていた。
とても可愛い女の子で、名前も知らない彼女のことをいつの間にかヌマブクロは好きになっていた。
もっと彼女のことを知りたい。
しかし引きこもりのヌマブクロにそんなすべはなく、鬱屈した日々を送っていた。
そんな時だった。
「君の願い、叶えてあげるみゃ」
悪しき精霊――その猫がそんな風に呼ばれる存在であると知ったのはもう少し先の話だったが、とにかくヌマブクロは精霊と契約し、闇の力を得るに至った。
彼の能力は意中の相手の視界を盗み見ること。
あくまでも盗み見るだけであり、相手に干渉したりすることはできず、戦闘能力も普通の人間とほぼ同じ。
その代わり、クラスのマドンナも、アイドルも、配信者も、果ては魔法少女にすら能力を使うことができる。
さて、ヌマブクロは意中の女学生の視界を盗み見ることで彼女のほとんどすべてを知ることができた。
彼女は思った通りの素晴らしい子で、ヌマブクロは彼女をますます好きになった。
しかしそうなると欲が出てくる。
彼女を一方的に知るだけでなく、彼女に自分のことを知ってほしいと願うようになったのだ。
しかしろくに他人とコミュニケーションをとったことがないヌマブクロが接触をはかったところでうまくいくはずもなく――事態は最悪の結末を迎えた。
そのあともヌマブクロは何人もの人間の視界を盗み見てきたが、だいたいいつも同じような顛末をたどる。
最初は視界を覗き見るだけで満足するが、だんだん彼女の目が自分に向いていないことを嘆き、接触を試みては拒絶され、殺し、自分を見てくれなかったその眼球を持ち去りコレクションする。
しかし今回は違った。
律はヌマブクロの能力を見破り、それを解いてしまったのである。
視界を覗き見る――そんなささやかな願いすら拒絶されてしまうのか、とヌマブクロは絶望した。
このままでは律に会いに行くことすらできない、と。
が、それは杞憂だった。
律に会えないどころか、律の方から会いに来てくれたのだから。
ガシャン――
締め切っていた窓ガラスが砕け、遮光カーテンが開き、数ヶ月……いや、もしかしたら数年ぶりに部屋の中に光が差し込む。
だがヌマブクロが目を細めたのは陽の光が眩しかったというだけではない。
「ざぁーこ♡」
ステッキを構えた輝く魔法少女――律が、そこにいたからだ。
ふたりを結ぶ糸を辿って、彼女はこの部屋に来たのだ。
「コメント見てよっぽどモテない人なんだろうなと思ってたけど想像以上♡ 人のプライベート覗く前に部屋掃除して鏡を見なよ♡ っていうかこの部屋クッサ♡」
嘲笑に口元を歪め、キュートな八重歯を覗かせて煽る。
怒るだなんて、とんでもなかった。
むしろヌマブクロはこれまでの人生で一番幸せだとすら思った。
誰も彼を見てくれなかった。
まるで透明人間にでもなったかのように、世間は彼を無視した。
殺して目玉を抜き取らなければ、誰も彼を直視しなかったのだ。
なのに。
「こうして会いに来てくれたのはリツちゃんが初めてだよ。最高だ。一生刑務所でも構わないくらいだよ」
ヌマブクロは本心からそう言った。
薄汚れた顔の中で、目だけが子供のように綺麗に輝いていた。
これから律にボコボコにされてしまうのかもしれない。その後は怪人収容施設に送られることになるだろう。
それでも構わない。
この思い出を心のよりどころにしてこれから一生暮らしていける。
そう信じて疑わなかった。
「なにをしても僕の心は負けないよ。だってこの状況が僕にとってはもう"勝ち"なんだから」
「……ふぅーん♡」
ヌマブクロの一方的な勝利宣言に、律はその顔を悪戯っぽく歪めた。
「僕が知らないリツちゃんを知りたい……って、そう言ってたよね?♡ じゃあ教えてあげる♡」
「え?」
――そして。
ヌマブクロの脇にふわりと降り立ち、律は彼にそっと耳打ちをする。
たっぷりと吐息を含んだ声で。
「リツ、本当はオトコなの♡」
「……は?」
ヌマブクロは怪訝な表情を浮かべる。
律がなにを言っているのか、ヌマブクロには分からなかった。
「なに言って――」
「嘘だと思うなら、確かめてみなよ♡ 手伝ってあげる♡」
この部屋までたどり着くのに使ったヌマブクロの端子を、律は自らの目に差し込む。
ヌマブクロの能力は視界の盗み見。
現在律が見ているものしか見られない――そのはずだった。
しかし律の魔力が端子を通じ、ヌマブクロへと逆流。
ヌマブクロの視界に律がかつて見てきたものが映し出される。
それは、冴えないアラサー社畜男性の生活。
べつに特別じゃない、決して煌びやかじゃない、しかも冴えない男の反吐が出るような生活。
決して作り物なんかじゃない。リアルの、そして最低の生活。
「しかも、多分ぬまぶくろさんより年上だよ♡ それなのに夢中になっちゃって、バカみたい♡」
呆然とするヌマブクロに、律は容赦なく嘲笑を浴びせる。
「ねぇねぇ♡ 男に人生めちゃくちゃにされて、どんな気持ち?♡ ねぇどんな気持ち?♡」
「う、う、うううう……」
ヌマブクロは崩れるようにゴミだらけの床に膝をつき、頭を抱え、やがて絶叫しながら律に飛びかかった。
「うわああああああ! ふざけんなふざけんなふざけんな――」
「えいっ♡」
がら空きのみぞおちに、リツのステッキがめり込む。
ヌマブクロは咳き込みながらゴミ溜めの中に仰向けになって崩れ落ちる。
視界に映る、かつてヌマブクロを見なかった女たちの眼球。
今はまるで男にはめられたヌマブクロを嘲笑うかのように彼を見下ろしている。
「見るな……見るな見るな見るな見るな見るなァ!!」
『あれ?音声戻った?』
『なんか音聞こえなかったけど』
『ってか部屋汚ぇ』
『え……棚に飾られてるのって、眼?』
『うわヤバ』
『ってかなんで発狂してるん?』
『リツちゃんがとんでもない煽りしたんだろうなぁ……wwww』
マイクの電源を再びオンにし、そして律はリスナーたちにも聞こえるようハッキリと言い放った。
「はいリツの勝ち♡ ざぁーこ♡」
――それ以降、律の配信にマナーの悪いリスナーが湧くことはなくなったという。




